崔瑩と金興慶
崔瑩って結構嫌な人なんじゃないかなと。
以前に『高麗史』巻百二十四「嬖倖二」から金興慶の伝を簡単に訳したのですが、その時省いた箇所を改めて見たらこんな記事が。
金興慶は倡妓の小斤荘を愛し、密かに他の男と通じることを恐れ、毎日一党の崔仁哲に様子を見に行かせていた。崔仁哲は、李成林が小斤荘の家に泊まったのを見て報告した。翌日、金興慶は戯れて、「宰相は倡家に泊まったのでしょうか。」と言うと、李成林は顔色を変えて「そのような事は無い。」と言った。以後互いに憎むようになった。これを金興慶が王に言うと、李成林は楊広道都巡問使として地方に飛ばされた。李成林は楊広道で倭寇と戦い敗れたため、都巡察使の崔瑩は、金興慶の意を汲んで殺そうとした。しかし李成林の異父弟の廉興邦も王に寵愛されていたため、力を尽くして救い、李成林は死を免れて、杖刑に処された上で烽卒として流され、部下で都鎮撫の池深が斬罪となった。
金興慶は恭愍王の遊び仲間で軽薄な人間なのですが、その金興慶に気に入られようとして他人を陥れるなんて・・・