Language

  • 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁體中文
  • 한국어

Translated by machine

投稿記事

2020年 02月の記事(2)

ナントカ堂

ナントカ堂 2020年02月17日 02:06

朝鮮という国号

なぜ朝鮮という国号にしたのか甚だ疑問。

『高麗史』の「世家」巻十の宣宗三年二月庚辰条に
「朝鮮公の燾と鶏林公の熙を守太保、常安侯の琇・扶余侯のスイ(遂に灬)・金官侯の杰・卞韓侯の愔を守司徒、辰韓侯の愉を守司空とした。」
との記事があり、高麗が朝鮮・鶏林・扶余・金官・卞韓・辰韓の故地を含んで、朝鮮は高麗よりも下位と考えていたはずです。
(上記の人物は全て王族で、朝鮮公の燾の記事は他にも『高麗史』に散見されます)

更に巻百二十七の叛逆伝一に立伝されている謀叛人の李資謙が朝鮮国公で、李資謙没落後は朝鮮国公の称号は使われなくなりました。


李成桂と李資謙は同じ李氏ですし、張士誠の名前のように、李成桂の新王朝を快く思っていなかった人が悪意を以って勧めたのでしょうか。
(和寧は弾かれることも想定して)

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート
ナントカ堂

ナントカ堂 2020年02月04日 20:00

李斉賢

『高麗史』を読んでいると「李斉賢が賛して曰く」というのが所々に入ってます。
 李斉賢は『高麗史』成立よりもはるか前、恭愍王の時代に没しているので、もとの史料からの流用なのでしょう。
 李斉賢の伝は『高麗史』巻百十に収められていますが、検校政丞のテン(王に真)の子としか記されていません。ただ『東文選』巻百二十六所収の墓誌にはこう記されています。


 新羅の始祖の奕居世を補佐した大臣に李謁平がいた。その子孫が蘇判(官職名)の居明、その子が兵部令の金現、金現の子が三韓功臣大守の金書である。
 新羅王の金溥が高麗に降ると、太祖は娘の楽浪公主をこれに嫁がせた。金溥と楽浪公主の間に生まれた娘が金書の妻となり、潤弘が生まれた。
 潤弘の子が承訓、承訓の子が周復、周復の子がショウ、ショウの子が侈連。侈連の子が寵暹、寵暹の子が春貞、春貞の子が玄福、玄福の子が宣用、宣用の子が升高、升高の子が文林郞・尚衣直長同正の得堅、得堅の子が贈左僕射のカク、カクの子が検校政丞のテン。
 テンは戴陵直の朴仁育の娘の辰韓国大夫人を娶り、至元丁亥十二月庚辰に公(斉賢)が生まれた。

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート
  • クリエイタータグ

最新の記事

月別アーカイブ

記事のタグから探す

限定特典から探す

記事を検索