Language

  • 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁體中文
  • 한국어

Translated by machine

投稿記事

2020年 10月の記事(2)

ナントカ堂

ナントカ堂 2020年10月29日 01:19

海陵王小話①

 ブログの初めの頃にも海陵王の小話を書きましたが、また何話か書こうと思います。
今回は『金史』巻八十三の張通古伝から。



 磁州の僧の法宝が寺を去ろうとしたところ、張浩と張暉が引き留め、朝官の中にも留まらせたいと望む者がいた。海陵王はこの事を聞くと、三品以上の官人を招集してこう責めた。
 「卿らが寺に行くたびに、僧の法宝が正面に座り、卿らはみな傍らに座ると聞く。朕はこれを大いに不当と考える。仏なる者はもともとは一小国の王子で、富貴を容易に捨てることができ、自ら苦行を行って仏となり、現在人々から崇敬されている。これに福や利を求めるのは根拠の無いことである。まして僧というものは、往々にして科挙に合格できず、市井で遊び暮らし、生計が成り立たなくなって、逃げ道として僧になった者たちである。卿らと貴賤を比べるに、対等の礼を執ることさえできないはずだ。町中の老人たちは、死期が迫ると多くがこれに帰依する。卿らは宰輔の位に在りながら、これらと同じ真似をするなら、大臣としての体面を失するであろう。張司徒は古くから朝廷に仕えて老成し、三教に博く通じているのに、あのような者を礼遇して、何を学ぶというのか。」
 そして法宝を呼び出すと言った。
 「汝は既に僧となったからには、留まるも去るも自分の気持ち次第だ。何故、自分が去ることを人に知らせたのか。」
 法宝は恐れ慄き成すところを知らなかった。海陵王は言った。
 「汝は長老となったからには定見があるはずだが、今、死を恐れるのか。」
 そして朝堂にて法宝を杖で二百回打ち、張浩と張暉は杖で二十打った。

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート
ナントカ堂

ナントカ堂 2020年10月17日 20:13

金章宗の母

金の章宗の母は章宗紀にあるように孝懿皇后徒単氏です。
ただ『大金国志』巻十九に
「母は趙氏、故降授千牛衛将軍・鄆王の楷の娘。」
とあります。
趙氏で鄆王で楷といえば徽宗の三男です。
(趙楷についてはwikiに項があるのでそちらをご覧ください)
おそらくは漢族の間の「金国皇帝に徽宗の血が流れていたら良いな」という願望の現れと思われますが
「章宗は本当は母が趙氏で、徒単氏が養育して、金の公式では徒単氏の子となっていて『金史』もそれに倣った」
・・・・だったら面白いな、と思います。

\いいね・ツイートで記事ランキングアップ!/
ツイート
  • クリエイタータグ

最新の記事

月別アーカイブ

記事のタグから探す

限定特典から探す

記事を検索