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2018年 08月の記事(2)

片倉九時

片倉九時 2018年08月28日 15:53

TVで何かがあっても非難はよくても怒ってはダメ。

 岡田斗司夫さんのニコ生を見てて印象的だったのがいわゆる下劣な雑誌等を作っている人たちは頭が悪いわけではない。この雑誌を目当てで買う層を計算して作っているんだ的な話をしてて思ったのがよくツイッターで回ってくる「TVではいまだにこんなことやってる!ひどい!」的なやつだ。
 そのTV番組はあなた向けではないのだ。その「ひどい!」とおもってるやつでも喜んで見ている層がいるのだ。
 ただ、それが本当にひどい物だったら非難してもいいだろう。ただ怒るのはやめたほうがいい。かっとなった時何かを見落としてる可能性が高くなるからだ。
 たとえそれが悪かろうとも、それに内在する何かが。自分では見当もつかない何かがあるかもしれない。沈黙は金なりである。

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片倉九時

片倉九時 2018年08月07日 13:50

世の中で問題が起きたとき、点ではなく面と線を見て考えたほうがいいのではないかと思った。

 常日頃日本や世界中どこでも問題が起きているとき、それに対してどうコメントするかについて考えてたら、点ではなく面と線で考えなくちゃいけないのではないかと思った。

 点はその事件だけを指していて。これだけ見て何かコメントするのはだれでもできる簡単な仕事だ。いけないと思います。どうにかならなかったのでしょうか?そんな言葉は俺でも言える。大事なのは面と線だ。
 面は他の所ではどのようなことが起きているか比較検証すること、線とは歴史を通してどのようなことが起きて今に至ったのかを検証すること。一言でいえば専門家に任せればいいのだ。むしろ専門家にしか判断できない事だと思う。
 今の時代、ネットに専門家の意見が聞けるのだからもし何かしら問題が起きたらすぐにどうこうと判断せず、ちょっと待っていればいいと思う。そうすれば目端の利く人たちが専門家に意見を求めてそれを記事にしてくれている。そんな時代だ。便利ですなー。
 それを待たずに何かしら意見するのも悪くない。別に悪くない。だれがどんなことを思っているのかわからないし、自分の意見を言うのはいいことだ。
 ただ、もし自分が間違っていたとしたらどうすればいいか?
 謝ればいいのだ。
 むしろ謝り方で自分の評価が上がることもある。ただ、ちゃんと謝らないともっとマイナスなこともあるからそこ等へんは注意したほうがいいだろう。

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