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ぼんやりクラブ

【創作】情報についてアレコレ雑記

もし、ネットもTVも新聞も見ず外界からの情報がほとんど入ってこない状況下で生活していれば、新型コロナウイルスだけでなく令和になったことすら知らずのまま日々を過ごすのだろうな。

と、ふと思った。

世の中を動かす情報には必ず発信元がある。
そして人々が信じる理由も存在する。

・権威や名声、信用をもつ人物/企業/公的機関等だから
・(発信者が)偽る必要がない/それにデメリットしかないないから
・今までずっと正しい情報を発信し続けてきたから
・内容がごく自然だから/疑う余地がないから   等

昔見たことのある海外の壮大なドッキリは、メディアや大勢の人間を使い
それらの認識を上手く利用して当人が信じざるを得ない状況を作り上げていた。
※仕掛けられる人が演じている可能性は十分ある

映画『トゥルーマン・ショー』のような状況は、
小規模であれば案外簡単に作れてしまうと思う。

特にネット情報が信頼を得た昨今であれば、
リアルでの実感が一切なくても
「あぁ、世間はそんな状況なのか……」と
信じさせることが容易になってきている。

そもそも情報でしか知り得ないものがゴマンとある。
政界やら芸能界やらあれやこれや……
一生実感を得られないものの、
しかし「そうである」と認識しつづける情報は無尽蔵にある。

当然、情報公開されない場合もあるはず。
公開する必要性がない情報もたくさんある。
要するに公開される情報は発信者の意思のもと"選別"されている。
影響力さえあれば"印象操作"が可能になる。

すでに、この世界はある種『トゥルーマン・ショー』のような状態だと思う。
これ以上は踏み込めない

実感の伴わい情報が人間の感情を動かし
挙句普段の言動や生活を変化させる力を持つこと、
その情報に踊らせれてしまう人間の特性は、
創作においてすごく魅力的なテーマ、エッセンスになる。

情報操作する者(騙す者)とされる者の立場を明確に分けて描いたり、
完全に信者と化した者、信じない者、懐疑的な者、
賛成反対を表明しない者など、それぞれの対立と心理を描いたり……

情報のもつ「不透明性」を利用して人々の感情を煽る手法は、結果として
「信じたいものを信じる」という人間臭さが際立つのでとても魅力的に感じる。


最終的には自分が信じるか信じないか、それだけ。
それは主義であり、生き様とも言える。
「創作において」は、その辺の多種多様さを活かせる点が良い。

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【悲報】○○さん、ついに**してしまうwwwwwww/「~してしまう」の用法について

改めて「~してしまう」について考えてみた。


ふと「~してしまう」を「~しちゃう」とする表現ってなんなのか、
と疑問をもって調べると日本語の学習系サイトが多く出てきた。

改めて「~してしまう」について考えてみた。

完了
彼女はすーぐ実家に帰ってしまう。
彼女はすーぐ実家に帰っちゃう。

様態
街が燃えてしまう!
街が燃えちゃう!

命令(勧誘)
この問題、解決してしまいましょう。
この問題、解決しちゃいましょう。

など、元々の「~してしまう」にはたくさんの用法があるが、
何かを意識的に終わらせたという「完了」以外の「~してしまう」は、
「乗り過ごしてしまった……」「宿題忘れてしまった……」
のように失敗に対して後悔するニュアンスが強い。

その他、どんなときに使うか考えると、

可能
彼は軽々と大岩を持ち上げてしまう!
彼は軽々と大岩を持ち上げちゃう!

みたいな、能力的にできるをこと示すパターンがあった。

これには、伝え方や文脈・シチュエーションによって

「余裕でできてしまいますw」

みたいな嫌味を含むニュアンスがあって面白い(興味深いの意)

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ちょっとズレるけど、それに近いニュアンスで最近見る「~してしまう」

【まとめサイト】
【悲報】○○さん、ついに**してしまうwwwwwww

また単純に用法として「やつ一人で一国を滅ぼしてしまうぞ!」みたいな
過剰さを含ませた上で「可能」を示す意味合いでの「~してしまう」も面白い。

個人的に好きな「~してしまう」

祖父はペットに中指を立ててしまいます

トムは都合が悪くなると偽名をつかってしまいます

校長先生は卒業式をVRで済ませてしまいました

トムは校長先生の培養に成功してしまいます

祖父は家族に内緒でペットを競売にかけてしまいます

校長先生は体育館の天井に挟まってしまいました

本来「やっちゃいけないことをやってしまった」と
失敗に対して残念に思う・後悔する意味合いでの「~してしまう」を、
あえてシュール・ブラックユーモア路線へ持っていくことで
コメディなのかホラーなのか?という微妙なラインに位置させ、
「奇妙・不可解」や「病的・狂気」を生み出すという、
この手法が自分は一番好きらしい。

※もっとも上のはギャグ漫画をイメージして考えたけど

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【Netflix】ブルックリンナインナインの感想/アレコレ雑記

Netflix ブルックリンナインナイン
コミカルでウィットに富んだ会話が楽しい、
テンポが良過ぎる刑事ものの海外ドラマ。
1パート20分程で非常に見やすい。

ここすきポイント

・要所要所のズームアップ
・社内での学生ノリ
・シナリオすごく丁寧
・まともな奴が少ない
・ジーナの辛辣を越えたただの暴言
・ローザのキャラ
・ボイルのガボガボ
・無能2人の容赦ない無能さ
・基本的にキャラがブレない

・とにかく展開が早くて飽きるタイミングが無い。
かなりガッツリ翻訳された字幕なので、
英語が分かれば尚楽しいだろうなと感じる。

・コメディに全振りしておらず刑事ものとしてのシナリオ部分では
しっかり緊迫感があり、緩急の線引きが素晴らしい。

・犯罪の持つ「凶悪さ」や「狡猾さ」そういうものから感じる「胸糞悪さ」を
しっかり取り入れてるところが個人的にすごくポイントが高い。
この辺の緊張と緩和が物語を支える主軸として機能しているはず。

・問題発生⇒解決という1つの流れは
観る側にとってすごく明確な目標となるので、
どんな作品を作るにしても大切だと感じる。

・もし仮にコメディを100%貫いた場合、どうなるかと想像してみた。そうすると、きっと作品世界の常識となる「基本軸」が曖昧となるため、その基本軸からズラすことで生じる笑いが「笑い」として成立しづらくなる。もちろん、それはそれで面白いとは思う。究極はボボボーボ・ボーボボの世界観のような感じで。

・端からコントとして脚本する場合は「コント」という基本軸がある。でも、そうでない場合は、主軸をどこにおき、どのくらいコメディ的要素を含ませるのか?という配分調整が必要になる。※結局コントも同じだけど

ブルックリンナインナインは、コメディとシリアスのバランス感覚が素晴らしい作品。

シリアス部分へ無理やり笑いをねじ込んでこないし、
コメディ部分もくどすぎず「スッパリ次へ切り替わるタイプの笑い」中心でとても爽快。

※でも、たまに「そこにそれ入れるのか」と思うシーン(カット)が入る。
頻繁でないので、唐突に雰囲気をぶち壊す「不謹慎系の面白さ」として成立していて、そのバランスはまさに繊細微妙。例としては、シリアスシーンに場違いな割り込みをするスカリー&ヒッチコック等。こういった枝葉まで感情のウェイトを緻密に計算している作品であるならば面白くなって当然である。……想像すると胃が痛くなる。

観るモチベーションの一点で考えると、
約20分区切りの海外ドラマはすごく手がつきやすく、ありがたい。

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