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2019年 06月の記事 (16)

ぼんやりクラブ 2019/06/20 19:12

【シナリオ作り】制作進捗

作業中メモ

2019.6.19

・ネタだし進める
・一本だいたいのプロット作る
 話の方向性は定まった

1話ずつ公開していってもいいかもしれない
どうせ短くても編集入れたら、すげー大変になるし

・シーンのラフも描く
どれだけCGを使うのか?そもそも自分で描くのか?
いずれにせよ必要になる


複数作るより まず、今の話1つで完成度を高めたほうがいいかもしれない
話は短いけれど この作品群の「型」をつくる意味で
最後まで作っちまったほうがいいかもしれない
いや、リハビリとしては それがいい そうしよう
年内に出来上がるかもしれない

1つ作って公開したら、次作るかどうか考える
改善しつつ、だいたい同じ規模でつくるのがいいかもしれない

とにかく、0~100までの作業工程をクリアする これでいこう

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ぼんやりクラブ 2019/06/18 17:54

【日記】成果とぼんやりクラブの目標

目標

①発想や視点の面白さで興味を持たせる
②専門的な知識・情報の面白さで興味を持たせる
③語り口や文章そのものの面白さで興味を持たせる

※構成・心理描写含まれる前提で

個人的に、この①、②、③の組みわせで、だいたい物語が作られている感覚があります。

私には「自分の知らない世界を垣間見たい」という欲があるので、②の要素のある内容に惹かれます。

専門的な知識・情報=一般的ではない知識・情報
ここには、日常生活ではほぼ体験し得ないような内容が含まれます。
不思議・奇妙な体験。不気味・謎な出来事など

ぼんやりクラブは、そういったテーマの作品を生み出すことをここ最近の目標としています。


今読んでる星新一作品なんかはまさに①です。
③でぱっと思い浮かんだのは、森見登美彦
③は文学的な作品に多いです。

作業中メモ

2019.6.15

・不可解な出来事は実体験を語っているような形式だと
「わからなかったけど、なんか奇妙な経験でした」で終われる。
でも完全に創作を前提とした場合オチがないと気持ち悪いから、
結局「その不可解な出来事の原因はなんだったのか?」を示す必要がある

・いくつかネタ出し
いわゆる「闇が深い」系の事件をそのまま取り入れると、現実的すぎて難しい。
創作とはいえタブーも入ってくるし
物語だから作り出せる「不思議さ」がほしい。
不気味だけど引き込まれる  ロマンみたいな

・今日の天候は雷雨。運動ができず、気持ちが悪い。
飯食って風呂に入って多少楽になる。

・キーボードが届いたので、学生時代に練習していた「ザナルカンドにて」の楽譜を引っ張り出す。当時も今も読めないでの、MIDIうちして、音を確かめていく。
8小節くらい進める。道のりは遠い。

・練習後、タイピングが1.5倍くらい快適!特に左手の指の動きがいい。

2019.6.16

・創作のために買ったけど読んでない本がたまってる
消化して綺麗にしたい
今後は電子書籍で買っていくのか、どうなのか

2019.6.17

短編をテーマ別に分けて1つにするオムニバス形式となりそうな気がする。

2019.6.18

ガンガン中身を作っていきたいけど、おいそれといかず。
急がば回れ 今はインプット比重多めで

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ぼんやりクラブ 2019/06/17 20:28

【読後の思考】神 (『ちぐはぐな部品』より/著者:星新一)

※一応ネタバレ注意






ちぐはぐな部品

超大雑把な内容

ある会社の男が信仰心を集めるために博士に依頼して、「神」を作らせる。
その方法は、世界各地の神に関する情報を収集し、高機能なコンピュータへ蓄積させていく、というものだった。
大量のデータに基づく情報は徐々に本物へと近づき、やがてコンピュータは「神そのもの」となる。神となったコンピュータは消えて、目に見えなくなってしまう。

それを真似続けると、やがてそれは「本物」となる。
(ルパンのCVが山田康雄からクリカンになったように)

この話を読んで【雑記】欝展開について思うことの最後に書いたことを思い出した。

最近、というか、前々からネット上で流行ってる感じの短編ホラーノベルをを作りたいと思っていたのですが、ガチで作るなら、本当に恐ろしいものをインプットしていかなければ良い作品が作れないと思い、半ば諦めています。
なぜなら、怖いからです。
恐怖を研究していくということは、すなわち真実に近づいていくということです。
多分、その行為はやがて禁忌に触れるので、できないです。

ここに書いたように、それに近づけば近づくほど、本当にそうなってしまう、ということは実際にあると思います。
ホラー系の制作物なんかで本当に呪われたり、霊現現象が起きたりした、といった話は調べると結構でてきます。

また、人間が怖い系の方向でいえば、

「お前は知りすぎた」
――そして彼は二度と戻ってこなかった……。BADEND

こういうことが創作の世界だけでなく、現実でも確実に起きていると思います。
深く関わりすぎたことで生じた、何か恐ろしいことが。『表立ってない』だけで……。
ことに「ホラー・オカルト」系で踏み込みすぎるのは個人的に怖いなと感じます。

身の安全を確保しつつも、その領域に足を伸ばし、非日常的なスリルを味わえるからこそ、ネットで見る体験談やそれらを題材にした創作物は素晴らしいですよね。


現実世界では、画家が一生懸命模写を続けた結果、本人にその技量を認められる…みたいに職人やアーティストが「本物」に限りなく近づいたり「本物」になってしまったりと、すごく夢のある話を国内外問わず耳にすることがあります。

創作ならば「自覚はないものの、何かを繰り返し続けてるうちに狂人や犯罪者となってしまっていた」といったミステリーや猟奇的なストーリーが似合うな~と個人的に思いました。

まだ途中ですが、前回から読み進めたなかで引っかかったテーマでした。

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ぼんやりクラブ 2019/06/16 06:12

【読後の思考】『廃屋の住人』著者:袈裟丸周造

廃屋の住人 著者:袈裟丸周造


※ほんのりネタバレ含みます








昔、ちらっとヤングジャンプ?で見かけたことがあり、ふと続きが気になったので電子書籍版で購入。ラクガキの不気味さが強く印象に残っていた。

読んでいて思ったことは、創作における「子供」の役割についてだった。

家に帰ってきた幼い子供へ何気なく一日の出来事を尋ねる母親。
そして、返ってきたその内容に、ぎょっとする。
当人は無知であり純粋なので、その状況がいかに「オカシイ」のか理解できずにいる。
平然と答えるのだが、大人が聞くと不安や恐怖を感じたりして、「ああ、よかった」と我が子の無事を安堵する……そんな状況が生まれてもなんら不思議じゃない。

あからさまな異常事態であれば、流石に子供も危険を察知するけれど、それが「どれくらい異常なことなのか?」を判断するにはまだまだ幼かったりする。

そういった存在なので、創作においては「平常」が「異常」に代わる引き金として子供を使うことがあるよなぁ、などと考えていた。
「日常」と「非日常」との架け橋のような役割ともいえる。

たとえば、大人だけの世界で何かが起こるとする。
その場合は、大人の人生経験からの推測や判断力で、その異常事態の早期発見がなされやすい。何より「世の中そういった異常が起きてもなんら不思議ではない」という認識があるので、自分たちが常に異常と隣合わせで生きていることを自ら理解している。だから、どんなことが起きたのか?その程度はいかほどか?と異常を察知し何かしら対応をとれる可能性が高い。

しかし、そこに「子供」という要素が入ると、どうなるか?

子供の存在が、「大人」と「異常」の間に挟まる「ワンクッション」と成り得る。

異常 ← 大人「異常あり!」
異常 ← 子供「?」 ← 大人「……」「異常なし!」

大人の世界で起きてもすぐに見つかってしまう異常だが、しかし、大人の世界の内部に存在する「子供の世界」であれば、うまく潜伏できてしまう

子供たちは大人に比べて異常に対しての意識が低い。
そもそも、それが異常なのかどうかを判別できない。
できないので、何事も起こらない。
何事も起こらないのだから、平常である。
平常な子供の世界をみて、まさかそこに「異常が潜伏している」などと大人たちは夢にも思わない。

そういった前提があるので「大人たち」と大人たち視点で物語を読み進める「読者たち」は予想を裏切られる形となる。結果、その存在を知ったときの衝撃は大きい
今回の 廃屋の住人にもそういった描写がちらほらあった。


もちろん、子供が「隣で死体が転がっていても平然としているNPC」みたいに鈍感な存在だとは決して思っていない。作品によっては大人が馬鹿ばっかで完全に立場が逆、というものもあるはず。無論、大人だって子供のことを気にかけるから、上のたとえは現実的ではない。

これはステレオタイプを利用して読者をだますトリックと言っていいんじゃないかと思う。(だますというのか、なんというのか…)

「子供ってこうだよね」「子供がそうなわけないよね~」という一般常識の影にタネを仕掛ける手法。ミステリー作品では定番だと思う。

リアルよりの世界観だとこういった子供の役割もあるな~と感じた作品だった。

作品の評価については、まぁ、えー、どうだろ。
人によってけっこう変わってくるかもしれない。

雰囲気が好き。

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ぼんやりクラブ 2019/06/15 17:35

【読後の思考】凍った時間 (『ちぐはぐな部品』より/著者:星新一)

※一応ネタバレ注意












ちぐはぐな部品

凍った時間

大雑把な内容

特殊な放射能を浴びてしまい、全身サイボーグになってしまった主人公。
人々からは奇異の目で見られるので地下にこもって生活していた。
ある日、唯一の楽しみであり、外界との接点であったTVが停止。
気になって、地上に上がると人々が倒れている。動いている人間はどこにもいない。

人目を気にしない自由を感じるも、町は死んでいる。
主人公は孤独を感じる。

そこに気密服を着た人間が現れる。同じ仲間扱いされるが、彼らは人々を眠らせるガスを開発しクーデターを起こしていたのだった。主人公はブチギレでその主犯格である博士を銃で撃つ。

二時間後、ガスの効果は消えて、人々は眠りからさめる。
開発者が死んだので、仲間たちは陰謀を企てる気力を失った。

やがて、人々が目を覚まし、立ち上がる。
きょとんとしていたが、次第にその視線は主人公のもとへ注がれる。

主人公は再び地下へ戻る。


なんとなく、『どろろ』の百鬼丸を彷彿とさせた。
村に住む妖怪(だっけ?)に苦しむ人々を百鬼丸たちがやっつけるんだけど、恩人にも関わらず「不気味だ」って理由で爪弾きされ村を追い出される、この一連の流れを思い出した。

それから、TVが地上世界と地下世界をつないでいるという点にに創作的な魅力を感じた。それに近しいものといえば私のなかでは「監獄(牢屋)」がそう。固く扉を閉ざされた独房に唯一ある小窓、なんかにも心惹かれるものがある。
『男には何もなかったが、その小窓から差す光だけが、唯一自分と外界とをつなげる存在であった』のようなシュチュエーション。※完全に創作世界における監獄だけど

隔絶された環境にあるものでいえば「無人島」もそう。
たったひとりで生活しているうちに物事の見え方が変わっくる、みたいな。

「身の回りに物が・情報が溢れまくっている世の中だから意識が分散しがちだけど、視野をきゅっと狭めて何か一つのものだけに意識を集中させると、いつもとは違った視点で物事が見られるよね。その見え方が新鮮だったり奇抜だったりして面白いよね」
…っていう考え方が自分にあるので、そういったものに魅力を感じるのだと思う。

半径3m以内に大切なものは全部ある by.宮崎駿
※若干ニュアンスが違うかも知れない

一見何もいないようなそのへんにある草地にしゃがみこんで、じぃ~~っと眺めみると、実は色んな虫が潜んでいたりして驚くことありますよね。子供の頃はそうじゃなかったのに。

そういう視点を忘れないようする。
そこから得たものを創作に活かしたい。

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