活動報告|2023年08月 前日譚『それでもまだ微かに熱を帯びている』

活動報告|2023年08月

今月も前回の続き、完全新規書き下ろしの前日譚を公開していきます!

今回は、詩織がとうとう転学の話を友達に。
詩織の周りの少女たちは、詩織の転学にどう思うのか。
詩織は彼女達をどう感じるのか。
それでも憧れはとめられねえんだ

それでは、是非ご一読下さい!!

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君が溶ける温度 前日譚『それでもまだ微かに熱を帯びている』

詩織
「この前の転学の話だけど」

優子
「あ〜あれね、結局誰が行くんだろうね」

詩織
「私、2号館にいく事にしたの」

優子
「えっ、どうしたの?急に」

優子
「あそこ何もないでしょ?」

詩織
「まぁ、そうなんだけどね。
 でも、だから行くんだ」

優子
「……田舎の空気が美味しい的なやつ?」

詩織
「そんなんじゃないけど、欲しいものがあるからさ」

彼女達との関係が決して嫌な訳ではない。
彼女達といるのは楽しいし、充実した時間で、言うならば毎日ディズニーランドなのだ。

だけど、毎日出かけていたら疲れてしまうから。
普段の世界(パーソナルスペース)を共有できるような親友が欲しいのだ。

そんな不変の絆が、欲しくなった。

詩織
「だから、ちょっとした息抜きみたいなものだよ」

優子
「まぁ、詩織が行くっていうなら止めないけどさ」

久美子
「でも、わたし達もうすぐ2年生だよ? あっという間に受験シーズンじゃん」

詩織
「だからかな。このタイミングなの。
 丁度いいんだよね、大学はどうせ東京(こっち)に戻ってくると思うし、折角の機会だから」

久美子
「そっか。まぁ、いいんじゃない?
 新校舎だし綺麗そうで」

詩織
「ありがとう」

優子
「何が?」

詩織
「話聞いてくれて。止めないでくれて」

優子
「どういたしまして」

優子
「でもそっかぁ〜。受験かぁ〜。
 来年にはもう勉強始めてるんだよねぇ〜、想像できないわ」

彼女達のあっさりとした返答に安堵を覚える。
もっと何か反応があると身構えていたからだ。

ゆっくりと緊張の糸がほぐれるのがわかる。

優子
「2人はさ、進路とか将来とかもう決めてるの?」

久美子
「わたしはまだ全然。
 だって想像できないし、やりたい事とかもないし。
 詩織はどうなのよ?」

詩織
「ん〜、別に明確にこれって訳じゃないけど、翻訳家とかちょっと憧れてる。
 から大学もそこが基準かな」

優子
「翻訳家か、それまたなんで?」

詩織
「大した理由じゃないかもだけど、好きな本がきっかけかな?」

我ながら実にふわりとしたシャボン玉のような理由だった。

言葉が見つからない。うまく伝えられない。
故に、自己の内面は世界と乖離する。

私はそれを繋ぎとめたいのだ。

形にしたいのだ。
この感情も。彼女たちに対する二律背反な想いも。

砂漠が美しいのは、どこかに井戸をひとつかくしているからだと云う。
だからかの哲学者は芸術を行うことを勧めたのだろう。
私も同じように、砂漠を旅をする人の星の案内役として電灯を灯していたくなった。
詩は絵画は音楽はその美しいテンポを失わぬ様に、灯すように。
彼らのおのおののなかのすべてを。

それがたとえ私の自己満足だろうと。
私が井戸を見つける為だとしても。

*
園内を一週する頃には藍色だった空は寒さを引き連れて次第にその暗さを深めていた。
ホテルのロビーへ戻ると自動販売機を見つけた2人はかける様に近寄り、これ幸いと私達はコーヒーに手を伸ばした。

詩織
「少し温まってから出ない?」

そう提案し、近くにあったソファを指さす。

優子
「初詣どこに行く?」

プルタブをあけずコーヒーを暫く手の中で転がしていると手袋越しにその暖かさがじんわりと伝わってくる。
きっと猫舌な私が飲むにはまだ熱すぎるだろう。

久美子
「近場にする?
 大きな所混んでそうだし」

優子
「え〜でも折角だし大きな所がいい。
 明治神宮とか」

優子
「そんなに遠くないし渋谷も近いし。
 それになんか年越しっぽくない?」

久美子
「でもあそこ毎年めっちゃ混んでるよ、渋谷とか特に」

詩織
「でも、どこもそんなものじゃない?」

久美子
「いやいや、そうだけどさ、でも渋谷は特にそうじゃん」

詩織
「なら、増上寺は? 東京タワー行こうよ」

久美子
「あー、まあ、渋谷よりは?」

優子
「だいぶ離れてるけどね」

久美子
「どんだけ渋谷好きなんだよ」

優子
「だってー、カウントダウンしたいじゃん。
 あの一体感の中にいたいじゃん」

カウントダウンという言葉に、もうすぐ彼女達と過ごす時間が終わることを感じさせる。

そう思って彼女達を見やると、私とは反対にコーヒーの飲み口にピンクのリップが淡く飾られていた。

最近になって、猫舌ではない彼女達を少し羨ましく思うことがある。

優子
「あっ、でもそしたら除夜の鐘聞けないのか」

久美子
「欲張りだなあ〜」

詩織
「優子はカウントダウンと除夜の鐘どっちがいいの?」

優子
「う〜ん、除夜の鐘」

久美子
「なら、渋谷は空いてからだな」

詩織
「まあ、原宿からなら歩けるしね。
 散歩がてらにいいんじゃない?」

優子
「歩くのかー、面倒くさいなあー」

久美子
「終電終わってるわ」

優子
「しゃーないか」

コーヒーは気がつくと冷めていて、けれども暖房の効いたロビーは次第に少し暑いくらいになっていた。

どのくらいこうしていただろうか、10分くらいだろうか。
腰を落ち着かせた時間も覚えていないながら、ふと壁にかけられた時計を見ると23時へと差し掛かろうとしているところだった。
ホテルに来たのはたしか20時ぐらいだったか。私達は3時間ほど桜を見て回っていた事になる。

誰かがマフラーを緩めた。
すると、誰からともなく立ち上がり帰路に着く。
コーヒーはもう冷めてしまったけれども、それでもまだ微かに熱を帯びている。

その温もりは、もう暫くは続きそうだった。

[了]
執 ルナ 監修 アベレイジ

[記事制作:ルナ] [編集:アベレイジ]

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