活動報告|2023年05月 前日譚『冬に咲く花は』

活動報告|2023年05月

活動報告|2023年05月

前回に引き続き、完全新規書き下ろしの前日譚を公開していきます!
今回は、転学の話が出た一号館の話の続きになります。

詩織は何を思って転学するのかか。
詩織の周りの少女たちは、転学する彼女の話を聞いて、何を感じるのか。

是非ご一読下さい!!

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君が溶ける温度 前日譚『冬に咲く花は』

“人は永遠の相の下に生きるのだ。”

ある哲学者が言ったらしい。
それが、幸福に生きるという事だと。
*

詩織
「……ん」

意識が覚醒する。
心地よい振動に、少し固めの椅子、少し暑いくらいの暖房。
私は学校帰りの電車に揺られている事を思い出す。同時にアナウンスが停車駅の案内を始めた。目的地まで後数分といったところだろうか。

詩織
「……私、寝てた?」

少し乾燥した口を開けて、唾液を作りながら空気を吸い込む。

久美子
「少しね」

詩織
「そっか、ごめん。
 私が寝てる間、なにか話してた?」

久美子
「えっとね、今話してたのは……確か……えっと……」

優子
「久美子ボケ過ぎ。
 なんで冬休みなのに学校があるかなぁ~って話だよ」

久美子
「そう、そうだった。で、それでわたしが、Sクラの人は週3とかあってもっと大変だよーって言ったんだよね」

詩織
「それは大変だね」

優子
「ありえないよねー。週1でも嫌なのに、週3とか全然休めないじゃん」

久美子
「なーにが冬休みって感じだよねー」

優子
「ね~」

そう愚痴る彼女達の声は、どこか弾んでいて内容と反対に楽しそうな彼女の表情からも本音では嫌がっていない事が伺えた。


詩織
「仕方ないよ。進学校なんだし」

私も二人と同じ様な笑みを浮かべながら、同じ様な声色で返すけれど、それでもこの空間に漂うぬるま湯のような空気感に、海月になり切れないポリプな私はどうにも馴染めきれずにいた。

優子
「だよねー。しゃーないか。
 それに、教室で友達と遅くまで勉強っていうのも、意外と悪くはないよね。
 帰り道も、夜桜が綺麗でなんかテンション上がるし」

久美子
「帰り道の夜桜ってあの、正門近くで返り咲いてるやつ?
 あれ今年になって急に咲いたよね。そういうのエモくて好きだわ~」

久美子の感想はそれだけだった。
入学祝いのために植えられた桜が、肝心の春に散ってしまうであろうことについては、あえて触れなかったのではなく、そこまで想像が及ばないのだろう。

きっと、彼女達は今が楽しくて仕方がないのだ。
学園という箱庭の中で、確かな友人を見つけ、築き上げた小さな世界での暮らしを謳歌している。

きっと、彼女達が抱える悩みは、一時的には大層に感じられたとしても、数日後には忘れるようなもので、結局のところ、些細な悩みでしかないだろう。

もしかしたら今の私も同じようなもので、この、全身を重くするような心の疲れは、数年後には下らないと一蹴されて然るべきものかもしれない。

だが、例えそうだとしても、私はこの命題を無視できない。

今の人間関係に感じる空虚さと、この孤独な世界からの脱出について。

詩織
「久美子、お花見好きなんだ。なら良かった。
 今から行く所はもっと凄いよ。毎年いっぱい咲いてるの、冬桜。
 ライトアップもされてて綺麗だよ」

久美子
「お花見……っていうより、桜見るのが好きかな。
 綺麗だし、いっぱい生えてるし」

優子
「めっちゃテキトーじゃん…」

久美子
「皆そんなもんじゃない? 綺麗ならそれでいいんだよ、細かい事はさ。
 でも、詩織がそう言うなら期待しちゃうなぁ~」

久美子
「あ、でも詩織はそんな事はないのかな?
 なんか詩織、植物詳しかったよね。
 それになんか好きな植物があるって……」

詩織
「薔薇だね。好きな小説で出てくるんだよ」

その小説は、転学する時には必ず持っていこうと思っている作品だった。

小さい頃に内容も分からずに読んでいて、その頃はただ綺麗な話だなと思っていた。

けれど、中学生になってもう一度読んでみると、これがなんとまあ新鮮な読み心地で、それから期間を空けて読み返すたびに、新しい読み方が発見できた。

向こうに行く前に、一度読んでおこう。

戻ってくる時も。

忘れずに。

忘れないように。

*

駅を出て、少し歩くとホテルが見えてくる。
受付を右へ逸れて、庭へと出ると雪化粧の中ライトアップされた桜達が一面に広がっていた。
夕闇に照らされる白とピンクは儚く、水面に揺らぐ姿は幻想的だった。

詩織
「壮観、だね」

思わず感嘆の息を漏らすと、その吐息は白く熱を帯びていて、私は冬の寒さを思い出す。

久美子
「やば。綺麗すぎ。
 うわー、こんなことなら彼氏と来たかったー」

優子
「いないでしょ、アンタ」

久美子
「優子だって」

優子
「……」

久美子
「え、嘘だよね?」

優子
「実は、先週から……」

久美子
「こんの裏切り者めー!
 わたしより先にリア充になりやがった挙句、一週間も黙ってやがったなー!」

優子
「だって、直接言いたかったから……って、ちょっ、くすぐるの禁止!!」

久美子
「おだまり! どうせ直接私の嫉妬する顔が見たかったんだろう。
 そんな性悪女にはお仕置きだよ、くらえっ、くらえっ」

優子
「何そのキャラ、っ、あっ、ふふっ、やっ、ストップストップ!」

久美子
「はぁ……はぁ……。
 ねえ詩織、貴方は、いないよね?」

詩織
「彼氏の話? 私はいないけど......」

久美子
「――――」

久美子
「ずっとも!」

優子
「情緒不安定すぎる」

久美子
「裏切り者の言葉は聞きません! ふん!」

優子
「あっ、そう。じゃ、私は先に行っちゃおうかなー」

久美子
「あー待って、置いてくなー!」

仲の良い二人のじゃれあう様子を、私は後ろから眺めている。

私はこれ以上、あの輪には入れないのだろう。
私達は確かに同じ友達グループではあるのだけど、その内訳は2人と1人に分けられるのだろうと思う。

それは悪いことじゃない。
辛いことではあるけれど。

次第に彼女達の歩調は緩まり、桜の写真を撮る事に熱中しだした。
私は私のペースで歩いていく。

灯篭に照らされた薄雪には桜模様のライトアップが反射している。
浮世離れしたその景色は、祝福に満ちているようだった。

私はきっとこんな世界を求めて転学をするのだ。
雑多で忙しく明滅する世界に疲れて、逃避行をする様に私の居場所を探しに。

暫くそんな事を考えながら、桜舞う薄雪の中を歩いた。
周囲の声は喧騒だとは思わなかった。ただ心地よかった。

詩織
「散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき」

浮足立った私は、取り留めもなしに浮かんだ言葉を呟いてみた。

桜で一句詠みたくなる古臭いセンスに我ながら苦笑してしまう。
しかし同時に、その言葉は私に気付きを与えてくれた。

その思いは、転学を決めた今だから浮かんだものなのか、あるいは2人のじゃれ合う光景を見たからかも知れない。

どちらにしても、私は楽しんでいたのだ。

この現状、そして、2人との関係性。
桜の花びらのように儚いそれらを、まるで尊ぶように。

だけど、それでも――

私は、変わらないものが欲しかった。

*

一瞬姿を見失ったが、少し歩くと木製の長椅子に2人が腰掛けていた。

立ち止まると、そこにはひと際大きな桜と、傾斜になって眼下にピンクに白の絨毯を眺める事ができた。

それと無しに一人分空けてくれたスペースへと腰掛ける。
コート越しの寒さを覚悟していたが、彼女達が居たからだろうか、ほんの少しだけ暖かかった。

詩織
「……」

果たして彼女達は引き留めるのだろうか。それとも、変わらず友達のままでいてくれるだろうか。
今更になってそんな感慨に一呼吸置いて、けれど視線は変えないまま私は話し始める。

詩織
「この前の転学の話だけど――」

*

”人は永遠の相の元に生きるのだ。”

ある哲学者が言ったらしい。

だけど、私はそんな事は無理だと思う。
だって季節も、人にもきっと四季があるから。

桜は夏には栄養を蓄え、秋に葉を落として冬を越す。春への期待を膨らませながら。
海月もまた、その生涯の中でポリプへ戻り、新たな姿を志向するのだ。

人も同じ。
いつだって欲しいものがあって、既に持っているものには目もくれず、新たな変化を求め続ける。


生物は、先の幸福を願う事を放棄しない。

だから、私は探しにいくのだ。
全てが変わっても、私は確かに私だと言えるような、ただ一つ変わらない絆(なにか)を。

ただの自己満足でもいい。
私はただ、私に納得をつけに行くのだ。私の幸福の為に。

目の前に並び立つ冬桜は、別の名を四季桜と呼ぶ。
冬と春の二度、その幻想的な姿を見せるのだ。

[了]
執 ルナ 監修 アベレイジ

[記事制作:ルナ] [編集:アベレイジ]

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