【小説】だって俺殺し屋だもん
「遊園地に行く準備をしているのよ」
荷造りをしている母親に何をしているのかと尋ねると、女はそう答えた。
当時まだガキんちょだった俺は、明日は遊園地に行くものだと思い込み大いにはしゃいだ。
お気に入りのヒーローもののリュックに、これまたお気に入りのキャップとフィギュア、そしてたくさんのお菓子を詰め込んで。
その夜は当然眠れなかった。
兄貴に「早く寝ないと寝坊するぞ」と言われても、眼が冴えて仕方なかった。
翌日、母親が出て行った。
俺も兄貴もそして父親も、意味が分からなかった。
朝早く玄関で会った兄貴が言うには、大きなトランクを片手に、買い物にでも行くように出て行ったと。
ガキんちょだった俺は、遊園地が中止になったとがっかりした。
母親が帰ってきたら、すぐにでも連れて行ってもらおうと思っていた。
だけど、3日たっても一週間たっても、母親は返ってこなかった。
元々旅行好きで、1人でふらっとどこかへ行くことはあった。
今思うと、「そういう」ことだったのだろうと思う。
それからは最悪だった。これ以上は何も語りたくない。
一つ言えることは、俺はあの女を母親とは思ってないし、父親のことも大嫌いだ。
「アンタも多分に漏れず苦労してきたってわけかいケヴィン。ま、ここの連中は大抵ワケアリだけどね」
バーのカウンターで、俺は頭を痛めていた。
目の前には普段は飲まない酒。兄貴と違い俺はあまり酒に強くない。
どうしてこんな事になったかは覚えてないが、幸か不幸か今日の客は俺しかいなかった。
「へー、酔わせてはかせようって魂胆? 情報屋にしては手段が手荒くない?」
「勘違いすんじゃないよ、飲めない酒を要求してきたのはそっちの方さ。アンタがはくのは別のモノだろ?」
店を汚したら弁償だよ、と水を出される。
この女の施しなんか受けたくないが、水はありがたい。
「で、どうすんだい?」
「何がさ」
「生き別れた母親に再会したら、どうするんだい?」
そんなの、ずっと昔から決まりきってる。
「殺すかな、だって俺殺し屋だもん」
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