宮波笹 2020/08/29 22:00

【小説】いつもと違う時間、同じ席で同じメニューを

朝の6時50分。
カフェ・スワンを開けるため、1階の店に降りる。

「おはようございます、ケイシーさん」
「おはよう」

律儀な彼はここのバイト君。働き者で朝の準備や玄関の掃除も彼に任せている。


「今日もあの人来ますかね」
「そうね」

あの人というのは、最近上のアパートに引っ越してきたイアンという男。
開店時間の朝7時きっかりに来て、同じ席で同じメニューを頼む。
店の売り上げ的には大変ありがたい人だ、今日も来るだろう。

といいつつ、正直私はあの人が苦手だった。
嫌な人という意味ではない。そんなのは裁きなれている。
同じ時間に同じ席で同じメニューを頼む、それだけ。
でもどこか近づきがたい、人を遠ざける雰囲気が彼にはあった。
だから私も、彼の事は時間に律儀な人ということ以外何も知らなかった。


「……遅いわね」

朝7時5分。
彼がこんなに遅かったことがあっただろうか。いやない。
昨日の夕方に帰宅したのを見かけた。なら今日はくるはず……

「ケイシーさんあれ」

バイト君に促されて玄関を見る。
噂の彼はすでに店の前に来ていた……けど入ってくる様子がない。
あ、目があった。
すると、彼は何かを諦めたように店に入ってきた。

「すまない」

来店のベルと当時に謝罪。もちろん、こんな彼は初めてだ。

「え?」
「落ちていたから直そうと思ったが……無理だった。」

彼が指さす先には、片方だけぶら下がった不格好な掛け看板があった。
昨日の夜は風が強かった、その時はずれてしまったのだろう。

「一言言ってくれればよかったのに」

ううん無視してもいいぐらいだ。
それを、この人は……。

「後はうちの子に任せて。さ、入って」

いつもと違う時間、でも同じ席で同じメニュー。

「今日もなのね」
「うちでは毎朝そうだった」
「そう」

あとはいつも通り。支払いを済ませて帰っていく。

「バイト君」
「すみません……」
「罰として、明日から1つ仕事を増やしてあげるわ」

あの人は明日も来るはず。同じメニューを用意して待っていよう。
朝7時きっかりにね。

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