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ファンタジーものの記事 (44)

「暑い夜に、怖い話はいかがでしょう」7月の短編ファンタジー

        



 暑い夜に、怖い話はいかがでしょう。これは、実話だと聞いているお話です。
 聡美は双子でした。一卵性の双子で性格も似ているはずなのに、なぜか双子の姉の悠美(はるみ)にいつも精神的に抑えこまれてしまっていました。
 もう32歳になっても、あれこれ悠美に言われる毎日です。
「その服ダサ過ぎ」から始まり、
「今日の仕事ぶり、何あれ」
 まるで会社での仕事を見てきたように、ダメ出しをされます。
「いいかげんにして」
 そう強く言い返したいのに、聡美はなぜかいつも言えずに終わってしまいます。
 大学入学から田舎の実家を出て、東京に2人暮らし。いいかげん1人暮らしをしたいのに、それも言えません。
 これまで彼氏ができそうになっても、悠美にダメ出しをされうまくいかなくなるという繰り返しです。同性の友人すら、悠美の存在にあきれられてうまく作ることができませんでした。
 小学校3年時に、友達にはっきり言われたことがあります。
「悠美悠美って、変だよ!」
 それから変なうわさが立って、小学中学と聡美は孤立してしまいました。
 高校で心機一転して新しい友達を作ろうと思いましたが、うまくできそうなところでやはり悠美にダメ出しをされてしまいました。大学入学、入社でも同じでした。
 双子だからって、そんなに生活を支配されることはないんじゃない? 生活どころか、人生さえ支配されているじゃない。
 あなたはそう思ったことでしょう。まわりの人もそう言いました。両親でさえ言いました。聡美自身もそう思っているのです。
 けれどなぜでしょう。いざ悠美にはっきり言おうとすると、聡美は抑えられてしまうのです。
「あんたの人生は、あんただけのものじゃない」
 悠美はずっと聡美に言い続けてきました。聡美はどうしても、そうじゃないと言い返せないのです。
 一卵性の双子なのに、なぜこうも性格が違うのでしょう。悠美のようにはっきり言えたなら。そうしたら、私の人生はもっと違ったものになったはずなのに。
 聡美はもう32歳です。会社ではそこそこ仕事をこなしていますが、仲のいい同僚はいません。聡美はまわりと距離を置き、まわりも聡美はそういうものだと思って距離を置いています。男性社員も入社当時はあれこれ話しかけてきましたが、30歳近くなると誰も個人的に話しかけてこなくなりました。
 このままなのかあ。
 このままじゃ嫌だなあ。
 でも・・・・。
 そんな毎日が、まるで永遠のように続いていました。
「変えたい。人生を変えたい」
 あなたももしかすると、そう思ったことがあるかもしれません。35度を超えた猛暑の日、お昼休みに1人で外に出てぎらぎらの太陽に全身の皮膚が焼かれてしまうかと思った時、聡美はふいに心の底から思ったのです。
「このままじゃ嫌だ」
 けれどどうすればいいのか、聡美には見当もつきませんでした。
 いったい、どうすればいいんだろう。
 その時、声をかけられました。見知らぬ40代くらいのきれいな女性です。
「あなた、取り憑かれているわね」
「へ?」
 宗教の勧誘かと思いました。足速に立ち去ろうとすると、
「あなた、姉妹が亡くなっている?」
「いえ」
 女性はじっと聡美を見つめました。
「本当に?」
「本当です!」
 失礼な人だと聡美は憤慨して立ち去り、いつものレストランに入りました。
 すると、その女性もレストランに入ってきたではありませんか。
 な、何? ついて来たの?
 女性はカウンターに座ると、店主の奥さんと話し始めました。
「あら、塔子さん、いらっしゃい。めずらしいいわね。お仕事?」
「近くでお祓いを頼まれて」
 奥さんがうなずきました。
「ひっぱりだこでしょ? 塔子さんみたいな本物は、なかなかいないもの」
 お祓い? やっぱり宗教とかそっち系の人だ、と聡美は思いました。
 なんとなく聞き耳を立ててしまいます。
「うちも塔子さんのおかげで助かったわ。おかげでもうすっきりよ」
「それは、あなた方ご夫婦がきちんと向き合って断ち切ったからよ。私は介助しかできないわ」
 奥さんが、スペシャルランチを女性に出します。
「これは、うちからのサービスよ」
「あら、それは悪いわ」
「いいえ! こうしてまだ商売できてるのも、塔子さんのおかげだもの」
 よほど信頼されているんだなあと、聡美は思いました。
 勘定を支払っていると、塔子と呼ばれていた女性がやってきました。
「もし困ったら、連絡して」
 連絡なんてしない、そう思いながらも聡美は名刺を受け取りました。

 夜仕事を終えてマンションに帰ると、悠美がすかさず怒りまくりました。
「なんで名刺なんかもらうの! 早く破って捨てなさいよ!」
 聡美はいつも不思議でした。どうして悠美はいつも私のすべてを知っているのだろう。まるでずっと一緒にいるかのようだ。



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「白木蓮」〜6月の短編ファンタジー

        1




 香苗の両手は、何かをつかもうと幾度も幾度も空を切った。やり続けさえすれば、何かをつかめるとでもいうように。
 けれどそんなことは、0.01パーセントの確率もなかった。二人は、煙になって空に上ってしまったのだ。その手にもう2度とつかむことはできない。
 何もつかめない絶望とともに、香苗は今日も目覚めた。カーテンのすきまから差し込む晩秋の日差しが、手の甲に当たっていた。まだ38歳なのに筋が目立ち、まるで老婆の手のようだ。ああいやだな、と香苗は眉をひそめた。日の光が憎かった。何もかもが憎かった。
 時計を見ると10時を回っていた。夫は会社に行ったのだろう。
 申しわけないと思う気持ちさえ起こらない。日常をコツコツと積み上げていく気力などもう1ミリもなかった。
 いったい何がいけなかったのだろう。
 香苗は凉太と早紀の成長を願っていた。2人の成績を上げることに、自分の承認欲求がなかったとはいえない。けれど普通の範囲内だ。自分のことを後回しにして子育てをするなか、そのくらいの欲を持ったことでこんな罰がくだされるなど誰が思ったろう。
 その薬は初め、認知症の薬としてアメリカで開発された。あれよあれよと世界で承認され、日本でも政府が高齢化対策として率先してその薬の投与を推進していった。異例のことだっったが、先進国での認知症問題は大きくなっていた。AIの進化を受け、AIのシュミレーションによって動物実験、人体実験の簡素化がWHOで認められ数年たっていた。
 認知症のある家族を持つ者たちは、争うようにその薬の投与予約をした。数が十分ではなかったからだ。けれどそのうち供給量が多くなり、認知症ではない老人たちにも投与券が届くようになった。
 そして半年もたつと、その薬は認知症を改善するだけではなく子どもたちの知能も上げると言われるようになった。その情報に、世の母親たちの目の色が変わった。子どもたちの分も予約できるようになると、予約サイトは幾度もパンクしてサーバーが落ちたほどだった。
 もちろん香苗も、家事パートそっちのけで予約に夢中になった。
「おい、副作用もあるみたいだぞ」
 慎重派の夫の言葉など、ただの雑音でしかなかった。
「何言ってるの? この薬で知能が平均15パーセント上がるのよ。
 みんなの知能が15パーセント上がるのにうちだけ飲まなかったら、凉太や早紀の成績は15パーセントも下がることになるの。
 何のために高いお金を出して塾に入れてるのよ。塾にだってついていけなくなるわ」
 その薬の投与の予約が2人分とれた時には、香苗は天にも昇る気持ちだった。特に高校受験生の凉太にとっては、大吉といってよかった。まだ20パーセントの子どもしか予約がとれないのだ。受験時にもこのままだったら、凉太はあきらめていた県立一位の高校に受かるかもしれない。
 ママ友のライングループから嫌がらせをされたけれど、そんなことはなんでもなかった。いくらでも嫉みなさいよ。香苗は有頂天だった。

 香苗は凉太と早紀を薬の投与会場にすぐさま連れていった。夫は「もう少し様子を見たほうがいいんじゃないか」とまだ言っていたけれど、様子を見ているうちに受験は終わってしまう。
 そんなだから出世しないのよ。20パーセントの子どもしか予約がとれないのに、うちは2人とも投与できる。凉太と早紀の未来は明るいわ。香苗はその未来を信じて疑わなかった。
 凉太と早紀が、薬の副作用で苦しみ出したのは速かった。けれどもともと高熱がでたり頭痛などの副作用が出ると言われていた。香苗はそんなものだと高をくくっていた。知能が15パーセントも上がるのだ。高熱くらい出るだろう。頭痛くらい出るだろう。
 小学6年生の早紀の副作用はひどかった。医師のもとで薬を飲んだ次の日に全身にけいれんが出、歩けなくなった。けれど薬を投与した医師は何の対処もできず、大学病院を紹介されいろいろな検査をされた。原因はわからなかった。
 そんななか凉太は、県立一位の高校に合格した。その嬉しさに、早紀のことはそのうちなんとかなるだろうと甘い見通しを持った。
 けれどそれは甘かった。早紀は、日ごとにあちこち身体が痛むと言い出した。立ち上がることもできなかった。
「痛い、痛い」
 香苗は早紀の看病のためにパートを辞めた。早紀は夜も身体中の痛みで眠れず、「痛い、痛い」とうめいた。
 医者は原因がわからないと言い、ついには精神的なものかもしれないと精神科をうながされた。早紀は小学校の卒業式にも中学校の入学式にも出ることができなかった。凉太が県立一位の高校に入学したことだけが救いだった。
 けれどそのうち、凉太も痛みを訴えるようになってきた。
「凉太まで!?」
 香苗はその事実を受け入れたくなかった。
「せっかくS校に入ったんだから、がんばって」
 病院で原因がみつからなかったこともあり、香苗はつい凉太を頑張らせようとしてしまった。そうして体育の授業中に凉太は倒れた。
 それからはあっというまだった。
 家の中は、2人の「痛い、痛い」といううめき声ですきまなく満たされた。香苗は、2人の身体をさすってあげることしかできなかった。2人の悲痛な声を聞きながら、まるで悪い夢でも見ているようだった。健康だった子どもたちが痛みで身体をのけぞらせている光景に、お腹の内側がぐわんと揺れ空間がゆがんで見えた。
「だから言ったんだ」
 ついに、夫が耐えきれずに言った。
「もう少し様子をみたほうがいいって」
 その通りだった。その通りすぎて香苗は夫を責めるしかなかった。
「だったら、もっと強く言ってくれたら良かったじゃない! なんでもっと強く私を止めなかったのよ!」
 理不尽なことを言っているなどと思うゆとりはなかった。誰かを責めずにはいられなかった。何かを責めずにはいられなかった。
 そうこうするうちに、薬の投与による副作用で世界で死者が出るようになってきた。日本でも死者が何人も出た。さらには、認知症患者に投与されていた時から死者は出ていたという情報も出始めた。
 いったいどういうことなの? なぜ最新の効果の高い薬で人が死ぬの? 認知症患者に投与されていた時点で死者が出たのなら、なぜ薬はストップにならなかったの? 
香苗の理解が追いつかないうちに、早紀が死んだ。痛みを訴え出してわずか三ヶ月だった。
 そうして後を追うように、その一ヶ月後に凉太が死んだ。
 2人は痛みが出てから亡くなるまで休むまもなく毎日毎日、「痛い、痛い」とうめき続けた。
 健康だった2人の健やかな未来を、香苗は奪ってしまったのだ。
 薬を投与した医師を憎んだ。原因をつきとめられない医師たちを憎んだ。薬の投与を推進した政府を憎んだ。薬を作った製薬会社を憎んだ。世界を憎んだ。



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5月の短編ファンタジー「夢うつつの世界」

        1



 結音(ゆいね)は、この頃自分の頭がおかしくなったのかと悩んでいた。
 目覚めているはずなのに、まるで夢の中にいるかのようなことが起こるのだ。
(白昼夢?)
 それにしても、リアルなのだ。
 まだ31歳だからボケたということはないだろうけれども、気のせいですむレベルではなかった。
 つい昨日は、仕事で都内の地下鉄を移動していたはずなのに、ふと気づくと実家がある長野にいた。
 家の裏にある林の中に、1人ぽつんと立っていた。
 そこは少し木が空いていて、空から5月の太陽の日差しが結音に向かってスポットライトのように降り注いていた。
 心地いい。
 どうしてここにいるのかはわからなかったけれど、その日差しのあたたかさは本物だった。
 風に新緑の木々が揺れ、さやさやと音が聞こえる。
 ああ、カッコウが鳴いている。
 なつかしい。
 今年のゴールデンウイークは帰省せず、都内の美術館を巡ったり資格の勉強をしたり彼氏と映画に行ったりした。
 実家は兄夫婦が同居しているので、帰りづらいのだ。兄嫁が少し神経質で、東京から感染症がやってくると思いこんでいる。おかげでコロナが流行ってから、実家には1度も帰っていない。
 もともと兄嫁は苦手だったからそれほど帰らなかったけれど、まる2年以上帰っていないのは今回が初めてだった。
 こうして林の中に立っていると、都会で常にまとわりつく焦燥感がすうっと消えていくようだった。
 心地よさにひたっていると、次の瞬間地下鉄のゴーッという反響音が聞こえてきた。
 結音は、地下鉄の中に座っていた。
 地下鉄にいる人びとは、何事もなかったようにスマホを見たりじっと座っていたり立っていたりした。結音以外は、普通の世界が普通に流れている。

 この2カ月、こんなことばかり起こるのだ。
(病院に行ったほうがいいのかな)
 最初の頃は、この様子を軽く彼氏や友達に言っていたのだけれど、だんだんとシャレにならなくなり、誰にも言えなくなってきた。
 病院に行き医者に言えば、入院させられてしまうのではないだろうか。
 31歳という年齢的に、仕事も腰かけではすまない時期だ。彼氏との結婚もなんとなく先延ばしになり、結婚したとしても経済的に仕事は続けていかなければ厳しいだろう。こんなことで入院などしたら、会社でいづらくなる。彼氏とも、別れることになってしまうかもしれない。
 そう思って結音は、これといった対応策をとらずにきていた。
 夢うつつの世界だったとしても、これまで仕事やプライベートでひどく失敗したこともなかった。
 ただ、自分がとまどっているだけと言っていい状態だ。このまま何もなくもとに戻ってくれるならいいんだけれど。この2カ月そう思ってきたのだけれど、願いはむなしくひどくなっていくばかりだった。
 ついには、日常の景色もくるくる変わり出した。出社した時にはなかったレストランが、お昼で外に出ると出現していた。
 一緒にお昼に出た同僚たちは、
「あれ〜、こんなおしゃれなレストランあった?」
「ほんとだ、いつできたんだろう」
 結音と同じように皆にも見えるようだったけれど、結音のように不思議には思わないようだった。
 こういうことが頻繁に起きた。そうして結音は気がついた。私はこの異常さに気がつくけれど、みんなは見ていても普通に受け入れてしまうのだ、ということに。
 朝なかったレストランが昼に突然出現しても、それを追求しようとはしない。ただ見逃していただけだと、気にもとめないのだ。
 もしかしたら、みんなにも結音と同じような現象は起こっていたのかもしれない。けれど結音のように気にするのではなく、「一瞬寝て夢を見ていた」と処理していたのではないだろうか。
 私とみんなは同じ世界にいる。そして同じものを見ている。けれど、解釈の仕方が違うのだ。
 それは、圧倒的な孤独を生むということに、結音はしだいに気がついていくのだった。


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「贈り物」〜4月の短編ファンタジー


         1

 人は生まれてから育つ過程で、さまざまな贈り物をもらう。
 その贈り物は、すばらしいものとは限らない。なかには、贈られて苦笑いをするしかなかった物もあるだろう。
 いらない物を人に贈る人もいる。けれどたいていは善意から贈られるのだと、人は思っている。
 善意という包み紙で包まれリボンまでかけられた悪意の贈り物があるということを、想像したことがない。けれど実際には、そうした贈り物もある。
 悪意に満ちた言動に人は傷つくが、それらは避けることもできる。善意に隠された悪意の贈り物は、知らずに受け取ってしまうことがほとんどだ。そして、ずっと大切にしてしまうことさえある。
 それは知らないうちに、贈られた者の人生に悪影響を与え続ける。
 井原水菜の人生は、そうして侵食されていった。

 井原水菜30歳は、4月も中旬を過ぎた日曜の午後、ぶらりと街を歩いていた。
 どこかに行く予定もない。ただ家にいたくなかっただけだ。
 桜は葉桜になり、道路沿いに咲いた白と薄ピンク、マゼンタのツツジが美しい。
 午前中は家のダイニングで遅い朝食を食べながら、妹の七瀬の話に笑顔であいずちを打っていた。
 27歳になる3つ下の妹は、ふんわりとカールしたロングの髪を耳にかけながら言った。
「ねえねえ、これかわいくない?」
 テーブルの上に開かれたウエディングブック。指された白いウエディングドレスは、たっぷりとふくらんだスカートと花のモチーフがかわいらしかった。
「いいんじゃない? 似合うと思うよ」
「ねえ、やっぱりお姉ちゃんも一緒に来てよ」
 式場でのウエディングドレス選びに、しつこく誘ってくる。
「今日は約束あるから。婚約者とお母さんがいるからいいじゃない」
「ケチ〜」
 そう言いながらも、実際には水菜がいなくても何の問題もないのは明らかだった。
 母親が助け船を出す。
「ななちゃん、お姉ちゃんだっていろいろ忙しいのよ。
 ねえ?」
「うん、まあ」
 七瀬が聞いてくる。
「もしかして、デート?」
「違うわよ」
「ええ、ほんとかな〜」
 すると母親が、
「お姉ちゃんは後継ぎだから、ななちゃんみたいに自由にはできないのよ」
 まただ、と水菜は思った。
 後継ぎと言っても、父親は一介のしがない中小企業のサラリーマンだ。
 持っているものといえば、東京近郊の小さな建売り住宅だけ。まだローンは残っているのに、もうあちこち痛んでいる。
 それなのに水菜は幼い頃から、「後継ぎだから」と言われ続けてきた。
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、しっかりしないと」
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、家族を第一に考えて」
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、自分のわがままは控えて」
 あまりに幼い頃から言われ続けたので、それが普通だと思っていた。

 青空を見上げて、水菜はふうっと息を吐いた。
 薄い雲がゆっくりと流れていた。
 つきあっていた彼が大阪転勤になりプロポーズされたのは、3年前だった。今の七瀬と同じ27歳。
 水菜は、つきあう際に無意識に長男は避けていた。
 次男だから問題ない。水菜はプロポーズを受けそれを母親に言うと、反対された。
「大阪なんてダメよ。
 お姉ちゃんは大事な後継ぎなんだから」
 父親は、
「別にいいじゃないか。うちは商売もしてないんだから」
「何言ってるの!
 私たちだって、これから老いていくのよ。
 お姉ちゃんには、結婚してもここに住んでもらわないと」
「ここじゃ、2世帯は狭いだろう」
「多少狭くたって、家があるだけ助かるでしょ」
 母は、頑として引かなかった。
 彼も友人たちもその様に驚いた。
「水菜は姉妹の長女だからいずれは考えなくちゃいけないだろうけど、まだご両親2人とも元気なんだよな?」
「ふつう、反対しないよね。
 勤め先もしっかりしてるし、いい彼だよね」
 水菜は彼やみんなの反応に、初めて母親に疑問を持った。
 それまで幼い頃からそう言われ続けていたため、それがあたりまえだと思っていたのだ。
 ただ、同じ姉妹で3つしか違わないのに、妹はずいぶん自由にされているとは思っていた。
「ななちゃんは、しょうがないわよ」
 何かと言うと、そう言って母は妹をかばった。
「ななちゃんは、かわいいのが似合うわ」
 妹には、いつもピンク系のかわいい服を買った。髪も子どもの頃からロングにさせていた。
 対して水菜には、
「お姉ちゃんは、かわいいのは似合わないわ」
 そうして紺などのきっちりした服を買った。髪は子どもの頃からずっとショートだった。
 小学高学年頃から友達に、
「水菜ちゃん、かわいいんだからもっとかわいいの着ればいいのに。
 妹ちゃんみたいな服。
 髪も伸ばしたほうが似合うよ」
とよく言われたけれど、そんなことはないと思いこんでいた。
 それくらいずっと母親に言われ続けていたのだ。
「お姉ちゃんは、かわいいのは似合わない」
と。
 ぶらりと入った駅ビルのショップ。
 鏡に映る自分を、水菜はぼんやりと眺めた。
 ショートヘア。紺のパンツにベージュの薄めのトレーナー。
 店には、女らしいかわいいデザインの服がずらりと並んでいる。
 こういう服、本当は着たかったんだ。
 本当は、行きたかったんだ。彼と一緒に大阪に。
 水菜は泣きそうになって、あわてて店を出た。


        2


 それから数日後。
 父の妹である叔母が、めずらしく会いたいと言ってきた。
 喫茶店でお互いケーキとコーヒーを頼んで、たあいのない話をした後だった。
「3年前、結婚反対されてあきらめたんだって?」
 水菜はふんぎりがつかず遠距離恋愛になり、結局振られてしまったのだった。
 叔母は言った。
「言わないでおこうと思ってたけど、水菜ちゃんが結婚つぶされたって聞いて、やっぱり言っておこうと思って」
 言いにくそうに、
「百合さんは、水菜ちゃんをつぶそうとしてると思うの」
 百合とは、母親の名前だ。
「え?」
「百合さんは、水菜ちゃんの実のお母さんじゃないのよ」


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「さくらと今、歩きだす」〜3月の短編ファンタジー

音声でどうぞ↓
音声 さくらと今、動きだす 1

        1

 人間は、自分たち生き物にだけ意識があると思っている。
 わたしたちに意識があるなんて、思ってもいない。
 人間はいろいろなことを知っていると思っているけれど、実は何も知らない。
 大切なことは、何も知らない。
 何一つ。


 あの子とわたしが出会ったのは、桜が咲き始めたあの子の10歳の誕生日だった。
 わたしはあの子の誕生日プレゼントとして、両親からあの子に与えられた。
「わあ、かわいいくまちゃん。
 大事にするね」
 あの子は、大きな目を輝かせた。
 わたしにぎゅっとおしつけられた色白の頬が、桜色に染まった。
「名前、何にしようかな」
 あの子は3日間悩んで、
「さくら。さくらにする!
 桜が咲いたら、来た子だから!」
 あの子は宿題する時も寝る時も、わたしをそばにおいた。
 家族で出かける時もわたしを連れていき、そこでわたしの写真を親にスマホで撮ってもらった。

 春には、両親とあの子とあの子の4つ上の姉とお花見に行った。
 毎年、桜の下でわたしは写真を撮られた。
「陽菜(ひな)も一緒に入れば?」
「いい」
 あの子は、写真を撮られるのを嫌がった。
「私と撮って」
 4つ上の姉が決まって出しゃばった。
 それでも、あの子はわたしだけの写真も必ず撮ってもらった。
 後でプリントしてもらった写真を見て、あの子は言った。
「幸せそうなさくらを見てると、幸せ」
 そう言ってほほえむあの子を見て、わたしもとても幸せだった。
 日常の中であの子が泣かされることもあったけれど、こういう毎日がずっと続くのだと思っていた。

 あの子は、優しい子だった。
 それに対して4つ上の姉は、いじわるだった。
 陽菜に平気で「ブス」と言った。
「バカ」と言った。
 なぜ姉がいじわるなのか、理由はあった。
 父親は会社で相当ストレスがあるらしく、陽菜の母親である妻に八つ当たりすることが多かった。
 母親はそのストレスに加えてパートでのストレス、近所でのストレス、ちょくちょく口を出してくる姑からのストレスでいっぱいいっぱいだった。
 そのストレスを、母親は2人の子どもにぶつけた。
 母親はあの子の姉にもあの子にも、「ブス」「バカ」と平気でののしった。
 ヒステリックに怒ることも多かった。
 姉はそのストレスに加えて学校でのストレスもあったようで、それをあの子に向かって吐き出していた。
 誰もが、自分より弱い者にストレスを無邪気にぶつけていた。
 それが相手に、どんなダメージを与えるかなど少しも考えずに。
 もしあの子が同じような人間だったなら、きっとわたしをなぐったり蹴ったりしただろう。
 けれどあの子は、一切そんなことはしなかった。
 毎日私の頭をなで、服を整えリボンを整えてくれた。
「かわいいさくら、大好き」
 そう言って抱きしめてくれた。
 わたしは、あの子が大好きだった。

 あの子の姉が、中学3年の時だった。
 学校で嫌な目にあったらしく、わたしの足を持ちわたしの身体を共同の子ども部屋の壁にガンガンぶつけ始めた。
 あの子は泣きながらわたしを取り戻そうとした。
 あの子は何度も突き飛ばされ、わたしは首がもげそうになった。
 あの子が泣き叫び、母親が階下からやってきた。
「何騒いでるの!
 いいかげんにして!」
 母親もストレスでいっぱいだった。
「お姉ちゃんがさくらを!」
「何よ! ただのぬいぐるみでしょ!」
 あの子はぎょっとして、かたまってしまった。
 小さな声で言った。
「ただのぬいぐるみじゃない」
 その声は、母親と姉のどなり声でかき消された。
「やめなさい! 壁が傷つくでしょ!」
「うるさいっ!」
「親に向かってうるさいとは何よ!」
 母親が姉から無理にわたしをもぎとったので、わたしの首がちぎれてしまった。
「さくら!」
 あの子が悲痛な叫び声を上げた。
 母親がそれに怒った。
「いいかげんにしなさい! ぬいぐるみ一つに騒ぐんじゃないわよ!」
 母親はちぎれたわたしの頭を、あの子に向かって投げつけた。
 姉も、持っていたわたしの胴体をあの子に向かって投げつけた。
 あの子が壊れ始めたのは、おそらくあの時だった。
 けれど愚かな人間たちは、何もわからない。
 その時のことを覚えてはいるだろうけれど、たいしたことだとは思ってもいないのだ。
 いつも自分の抱えている悩みこそが、世界の大問題だと思いこんでいる。そしてそれ以外は、たいしたことではないと。
 彼ら彼女らは、相手の心をおもんぱかるということなど一度もしたことがない。ただ自分より強い人間の顔色だけはうかがい、それでまわりを気遣う人間だと思いこんでいる。



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