「贈り物」〜4月の短編ファンタジー
1
人は生まれてから育つ過程で、さまざまな贈り物をもらう。
その贈り物は、すばらしいものとは限らない。なかには、贈られて苦笑いをするしかなかった物もあるだろう。
いらない物を人に贈る人もいる。けれどたいていは善意から贈られるのだと、人は思っている。
善意という包み紙で包まれリボンまでかけられた悪意の贈り物があるということを、想像したことがない。けれど実際には、そうした贈り物もある。
悪意に満ちた言動に人は傷つくが、それらは避けることもできる。善意に隠された悪意の贈り物は、知らずに受け取ってしまうことがほとんどだ。そして、ずっと大切にしてしまうことさえある。
それは知らないうちに、贈られた者の人生に悪影響を与え続ける。
井原水菜の人生は、そうして侵食されていった。
井原水菜30歳は、4月も中旬を過ぎた日曜の午後、ぶらりと街を歩いていた。
どこかに行く予定もない。ただ家にいたくなかっただけだ。
桜は葉桜になり、道路沿いに咲いた白と薄ピンク、マゼンタのツツジが美しい。
午前中は家のダイニングで遅い朝食を食べながら、妹の七瀬の話に笑顔であいずちを打っていた。
27歳になる3つ下の妹は、ふんわりとカールしたロングの髪を耳にかけながら言った。
「ねえねえ、これかわいくない?」
テーブルの上に開かれたウエディングブック。指された白いウエディングドレスは、たっぷりとふくらんだスカートと花のモチーフがかわいらしかった。
「いいんじゃない? 似合うと思うよ」
「ねえ、やっぱりお姉ちゃんも一緒に来てよ」
式場でのウエディングドレス選びに、しつこく誘ってくる。
「今日は約束あるから。婚約者とお母さんがいるからいいじゃない」
「ケチ〜」
そう言いながらも、実際には水菜がいなくても何の問題もないのは明らかだった。
母親が助け船を出す。
「ななちゃん、お姉ちゃんだっていろいろ忙しいのよ。
ねえ?」
「うん、まあ」
七瀬が聞いてくる。
「もしかして、デート?」
「違うわよ」
「ええ、ほんとかな〜」
すると母親が、
「お姉ちゃんは後継ぎだから、ななちゃんみたいに自由にはできないのよ」
まただ、と水菜は思った。
後継ぎと言っても、父親は一介のしがない中小企業のサラリーマンだ。
持っているものといえば、東京近郊の小さな建売り住宅だけ。まだローンは残っているのに、もうあちこち痛んでいる。
それなのに水菜は幼い頃から、「後継ぎだから」と言われ続けてきた。
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、しっかりしないと」
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、家族を第一に考えて」
「お姉ちゃんは後継ぎなんだから、自分のわがままは控えて」
あまりに幼い頃から言われ続けたので、それが普通だと思っていた。
青空を見上げて、水菜はふうっと息を吐いた。
薄い雲がゆっくりと流れていた。
つきあっていた彼が大阪転勤になりプロポーズされたのは、3年前だった。今の七瀬と同じ27歳。
水菜は、つきあう際に無意識に長男は避けていた。
次男だから問題ない。水菜はプロポーズを受けそれを母親に言うと、反対された。
「大阪なんてダメよ。
お姉ちゃんは大事な後継ぎなんだから」
父親は、
「別にいいじゃないか。うちは商売もしてないんだから」
「何言ってるの!
私たちだって、これから老いていくのよ。
お姉ちゃんには、結婚してもここに住んでもらわないと」
「ここじゃ、2世帯は狭いだろう」
「多少狭くたって、家があるだけ助かるでしょ」
母は、頑として引かなかった。
彼も友人たちもその様に驚いた。
「水菜は姉妹の長女だからいずれは考えなくちゃいけないだろうけど、まだご両親2人とも元気なんだよな?」
「ふつう、反対しないよね。
勤め先もしっかりしてるし、いい彼だよね」
水菜は彼やみんなの反応に、初めて母親に疑問を持った。
それまで幼い頃からそう言われ続けていたため、それがあたりまえだと思っていたのだ。
ただ、同じ姉妹で3つしか違わないのに、妹はずいぶん自由にされているとは思っていた。
「ななちゃんは、しょうがないわよ」
何かと言うと、そう言って母は妹をかばった。
「ななちゃんは、かわいいのが似合うわ」
妹には、いつもピンク系のかわいい服を買った。髪も子どもの頃からロングにさせていた。
対して水菜には、
「お姉ちゃんは、かわいいのは似合わないわ」
そうして紺などのきっちりした服を買った。髪は子どもの頃からずっとショートだった。
小学高学年頃から友達に、
「水菜ちゃん、かわいいんだからもっとかわいいの着ればいいのに。
妹ちゃんみたいな服。
髪も伸ばしたほうが似合うよ」
とよく言われたけれど、そんなことはないと思いこんでいた。
それくらいずっと母親に言われ続けていたのだ。
「お姉ちゃんは、かわいいのは似合わない」
と。
ぶらりと入った駅ビルのショップ。
鏡に映る自分を、水菜はぼんやりと眺めた。
ショートヘア。紺のパンツにベージュの薄めのトレーナー。
店には、女らしいかわいいデザインの服がずらりと並んでいる。
こういう服、本当は着たかったんだ。
本当は、行きたかったんだ。彼と一緒に大阪に。
水菜は泣きそうになって、あわてて店を出た。
2
それから数日後。
父の妹である叔母が、めずらしく会いたいと言ってきた。
喫茶店でお互いケーキとコーヒーを頼んで、たあいのない話をした後だった。
「3年前、結婚反対されてあきらめたんだって?」
水菜はふんぎりがつかず遠距離恋愛になり、結局振られてしまったのだった。
叔母は言った。
「言わないでおこうと思ってたけど、水菜ちゃんが結婚つぶされたって聞いて、やっぱり言っておこうと思って」
言いにくそうに、
「百合さんは、水菜ちゃんをつぶそうとしてると思うの」
百合とは、母親の名前だ。
「え?」
「百合さんは、水菜ちゃんの実のお母さんじゃないのよ」
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