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かりーふらわー 2021/10/17 09:21

ステップバック 02.ぼいーず・ミーツ・ガール(01)

「ママ、ピーナッツクリームないんだけど??」

開けた冷蔵庫のドア越しに文句を投げつけると、眠そうな目でソファに埋もれているママが見返してくる。

「うちでピーナッツクリーム食べるのエイミしかいないよ。」

目が合ったまま数秒流れていき、

「ドア閉めてよ。電気がもったいない。」

「あ、ごめん。」

パタンと冷蔵庫のドアを閉めて、ママの隣にドサっと座る。

いつものように寝坊した私を置いといて、ママとパパは先に朝食をすました、はずだ。
パパは土曜日なのに仕事。デザインを担当している店の工事にトラブルがあるとかどうとか。まあ、それでなくてもいつも仕事が多くて忙しいから、一緒に過ごす時間は少ない。

そして、ソファの上で伸びているママはと言うと、3年前まではフリーランスの記者だったけど、今は見事なグータラ主婦。
沖縄に来てからは毎日キャミソルとホットパンツしか着ていない。今日も色違いの同じ服装で、だるそうな顔してエアコンの涼しい風に当たっている。
私と違って胸も大きいのに、体はスリムで、運動も特にしていないくせに腰のくびれがはっきりしていて、顔とか普通に綺麗なOLのお姉さんに見えて、肌も艶々で、うわ、まじでリスペクトなんですけど!!

と、今はそういうことで気を取られる時ではない。

「ねぇ、買い物しに行こう。ピーナッツクリーム食べたい。」

ママはあくびをしながら腕を頭の上に伸ばした。

「ふぁぁぁ…そうだね。車のガソリンも入れとかないといけないし。町まで降りてみようか。」

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かりーふらわー 2021/07/28 15:24

ステップバック 01.アホ(3)


さあ、アイツの口の悪さは置いといて、後1点。
なんだけど…ものすごく暑い。

3点勝負っていうのは、人が多く集まるコートだと、負けた人がどんどん待機者と入れ替わって、プレイヤー回転率を上げるためによくやっていた。
都会のコート、特に野外の無料コートはいつも人口過密で、1点勝負ってのも時々やったりして、流石に1点だと相手の運芸で負けてしまうこともあるので、あんまり好きじゃない。
じっくりと実力をぶつけ合うという意味ではやっぱり7点勝負とか、時間に余裕があったら11点勝負でもいいんだけど。
この暑さはやばい。沖縄の太陽は強烈で、肌に日差しが差さってチクチクする。
3点勝負にしといて正解だったよ。

「早くやれよ。今度こそブロックしたる。」

イラついた犬のように唸る隼人を前にして、腰の右に挟んでいたボールを両手で掴み、左の太ももの少し後ろへ隠す。

「口だけは一丁前だね。」

「むうっ!!」

たった一言で挑発されて集中力を乱す。
基本的に運動神経が良くて、足りないスキルや経験値を凄い瞬発力で補っている。あくまで同ポジション同士での比較優位ではあるけど、腕と脚が長いのもバスケマンとして好条件。
正直羨ましいくらいだ。
でも、メンタルは遊具ゾーンではしゃいでいる子供たちとほぼ変わらない。
私としてはからかい甲斐があっていいんだけど。

左にジャブステップを入れて、隼人の重心が傾くのを見てから、姿勢を一気に落として大きく右へクロスオーバー。
完全に一拍遅れた隼人は、彼の左側を抜いていく私について来れなくなった。
隼人の伸ばした左手を簡単にすり抜ける。

「これで終わりだよ!」

このままゴールにドライブしてレイアップを決めてやれば試合終了。

「うわあああ!!」

「な、なに?」

背中越しに聞こえる獣のような叫びにびっくりして、思わず横目で後ろの様子をチラッと確認する。
隼人は右に傾いた重心を左にを切り返さず、そのままクルッと右にターンして私を追撃してきた。
1歩の歩幅が広い! 何で私のすぐ横にアイツの手が見えているの!!?
やっぱりあの長い腕うざい!

全力でゴールへ突進する私の進路を左4分の1くらい隼人に塞がれて、このまま突っ切るか、フェイクでステップバックするか、それともユーロステップで左に飛ぶかを迷う。
ステップバックで3回連続のジャンパー。いや、これは流石の私でも確率が低い。ユーロステップで左に飛んだって、アイツの瞬発力とリーチなら、くぐり抜けてボールを上げられる自信がない。

いやああ。迷わずに突っ切ればよかった。

「ちっ! 完璧に抜いたと思ったのに!!」

「すばしっこいって言ってもチビはチビだな! あっ!!」

アイツの指がスパッツ先の私の太ももにほんの少しだけ触れて、その手が慌てて引き戻される。
あら、隙間ガラ空きですよ。

「いただきぃ!!」

歩幅を広くして一気にゴールの横へ飛び込む。
同時に右手を高く持ち上げてサラッとボールを浮かせた。

「くそぉぉぉぉ!!!」

少し後ろから隼人が飛びついてきた。

「はあ?! アンタ先より全然飛んでるじゃん!」

ゴールのネットにぶら下がってふざけていた時と違って、隼人の指先は本当リムすれすれのところまで達していた。

しかし、私のボールは既にリムの上に登って、バックボードの上段で軽くバウンドしたらスッとリムの中へ吸い込まれた。
早いタイミングでボールを高く浮かしてブロックを避けるスクープレイアップ。
ゴールが決まったことを確認した私は、後ろから飛んでくる隼人を避けようと、サイドラインの方にコンコンと跳ねてゴールから遠ざかった。

飛んできてゴール柱の横に着地した隼人が、手を膝の上に乗せて下を向いたままぜいぜいと荒い息を吐く。
私も額から流れ落ちる汗をロングTの袖で吹き上げながら、きつい呼吸を整える。

「別に、少し太ももに触れたくらいで、セクハラで訴えたりしなかったのに。」

そう言葉を投げかけて、ベンチに置いてあった水筒をとる。
名前の分からない男子1,2,3、4がびくっとしながら私から微妙に距離をあけた。
そんな彼らにチラッと目をやって、構わずにごくごくと冷たい麦茶を飲み込む。

「あ、もう、やりにくくてしょうがない。男だったら力で倒してでも防いだのによ!」

悔しい顔でぷんぷんと愚痴を吐きながら隼人がベンチ側へ寄ってきた。

「倒したらファウルでしょ。」

隼人がぎろりと睨んでくる。

「そうじゃなくて、こう腕を当てるのも何かさ、あ、もう、とりあえずやりにくかったんだよ!。」

「あら、見た目によらず紳士的ですな。別にそこまで気遣ってもらわなくてもよかったのに。負けた言い訳にされてもね。」

ぶつぶつとうるさい隼人の愚痴を聞き流しながら、ロングTと同じ濃い黄色の水筒の蓋を閉めてベンチの上に戻す。

ストリートバスケをやっていると、男子たちの中に交じって一緒にプレイすることはよくあった。
何度かスキルでゴールを決めると、中にはムキになって何振り構わず体当たりしてくる奴もたまにはいたけど、大体は隼人みたいに積極的な接触は避けようとする。それが意識的なのか無意識の内なのかはさておき。
しかし、こっちだって、それなりの覚悟をしてゲームに挑むわけで、男子たちと比べて明らかに体格は小さしい、体重も軽いから相手のポストアップや力で押してくるドライブは防ぎようがない。ジャンパー(ジャンプシュートの略語)打つにも、他人より数段距離を置かないと簡単にブロックされてしまうからね。

体を起こして隼人の方を見ると、彼は真っ赤な顔で叫んできた。

「だいたいさ! その服だって、その、パ、パンツみたいな、何でそんなのしか着てないんだよ! 普通のジャージとかだったら、俺がびっくりしてタイミングを逃すこともなかったじゃねえかよ。」

「な、何がパンツみたいな、へ、変な言い訳やめてよね! ちゃんとスポーツ用のスパッツだし! 普通の半ズボンでも肌に触れたのは一緒じゃん!!」

耳の端まで赤くなった隼人は自分のセリフを言い切る前から目線をそらしていて、それに反論しているうちに何だか私も顔が熱くなってきた。
別に変なこと言っていないのに、な、何か、は、恥ずかしい!!

「まあ、隼人。どうせ勝てなかったし。もういいよ。負けたことは素直に認めなきゃ。」

「どうせ勝てなかったって、お前…」

悠馬はベンチに座ったまま背もたれにへたっていた姿勢だけを正した。

「あの子のスキル見たろう。あれだけの実力差があって、しかも勝負に慣れてるんだ。最初から隼人には一回もボールに触れさせないつもりだったんじゃないの?」

悟ったような半開きの目で悠馬がこっちを向いた。

「そうね。ありがたいことに、最初の攻撃も譲ってもらったしね。フリースローで決めたとしても同じだったでしょうけど。」

「そうか! 俺、ドリブルすら一回もやってないんじゃねえか!! ずっと腰落としてディフェンスばかりやってた!!」

何をいまさら。

「あ、後、一つごめん。先スリー入った時、ライン踏んでるってのは嘘だった。」

「はあ!! うそ!? 私、てっきり信じてたのに!!」

目を丸くした私を見て、悠馬が小さく微笑む。

「あまりにも綺麗なステップバックだったからさ。どうせ隼人の野郎は勝てないし、どんなプレイをするのかワン・ポゼッションでも多く見たくてさ。2回目のダブルステップバックも、最後のスクープレイアップもめっちゃ上手かったよ。ごめんな。許して。」

「あんた、平気な顔して嘘言えるタイプなんだよね。」

悠馬は淡々と言い訳を述べて、最後にニコッと笑って見せる。
むうっ、かつくけど、内容的に褒められているからあまり怒れない。イケメンの笑顔はずるいよね。

「私がその後、スリー決めてたらツー・ポゼッションで終わってたけど。」

安静しつつあった頬がまた微かに上気してくる。えっ、何で?

「それはそれでいいんだけどさ、とにかく俺は試合を伸ばしたかっただけだから。まあ、でも隼人は初心者の中では上手い方だから、スリーを警戒して打たせないだろうなとは思ったよ。」

「おいおい。初心者の中ではとは何だ。」

「その通りだよアホ。お前のお陰でもうここのコート使えなくなったじゃねえかよ。ここが一番近いのに。」

「うっ…そうだな…」

隼人は何か言い返そうとしたのをやめて、素直に頷いて頭をかく。

「と、言うわけで、負け組の俺らは帰ろうぜ。」

悠馬はベンチから立ち上がって、周りの男子たちに言い放った。

「え、まじかよ。あのビーチのコートまで行くのかい?」

「山の下まで降りるのか、にーにーからスクーター借りようかな。」

「うわ、ずるっ。俺んち、おじーが乗るチャリしかないのに。」

あはは。これはこれで賑やかになるんだね。

群がって公園の出口に向かう6人の男子。
その中でも頭1個分飛び抜けている185の二人。悠馬と隼人っていうのか。
ボールをお腹の前で持って彼らの後ろ姿をぼーっと見ていると、遊具ゾーンに行っていた子供たちがいつの間にか一人二人戻ってきて、ボール遊びをし始めていた。
悠馬が突然振り返る。

「俺、悠馬っていうんだけど、アンタ、名前何?」

アンタの名前はもう知ってるわよ。

「エイミ。」

彼らに聞こえるように、少し大声を張る。
すると、隣にいたもう一人の185の頭もこっちに振り向いた。

「覚えてろよ! 次は絶対勝つからな! 今度会ったら手加減しねえぞ!!」

なんだよ、それ。悪党が敗退するときの捨て台詞じゃん。
悠馬が隼人の額にデコピンを入れて、他の男子たちが勢いよくからかう様子を見送って、私はコートの中に戻った。

追っ払ってしまったけど、最初に思ったほど悪い奴らではなかったような。
まあ、とりあえず、今日は子供たちに交じって、もう少しシュートの練習して帰ろうっと。


公園の出口で分かれて、男子たちはそれぞれ自宅へと帰る。
歩いて20分ほどの近い町に住んでいる子もいれば、同じ山の上とは言っても、悠馬と隼人は歩いて40分もかかる町に住んでいる。

「あ、くそ、暑いな。車で送ってもらえれば5分でつくのに。」

海が見える2車線道路沿いの歩道を二人してとぼとぼと歩く。

「おい。マジでビーチのコートまで行かないといけないのかよ。」

隼人は、昼間の強烈な日差しを反射してキラキラと光るエマラルドの海を見やる。
ボールを手の上でトントンと弾かせて弄びながら悠馬も海の方に顔を向ける。

「お前のせいだろうが。何で、そんな無茶な賭けするんだよ。」

隼人がピタッと止まって海の方をじっと見つめる。

「悠馬、お前、最初から俺が勝てないって分かってたんだよな。」

悠馬も隼人の隣に止まって、ボールを人差し指の上で回転させる。

「そうだよ。」

「何で? 俺はあんなチビに負けるはずがないとしか思ってなかったのに。」

悠馬は軽くため息をつくと、指の上で回転しているボールを両手で掴んで、歩道の外側から生えた巨木の木陰に入った。

「お前をネットから落としたジャンプシュート。あれは完全にこっち側の人間のフォームだったから。」

目をパチパチしながら隼人も木陰の中に入ってくる。

「何がこっち側だ。カッコつけやがって。何だよ。あのチビもお前みたいなプロ候補生だったんかい。」

「俺もう候補生なんかじゃないよ。まあ、こっち側ってのは冗談で、それはともかく、」

話しの途中で、悠馬は肩にかけている小さめのバックから1リッターの水筒を取り出し、まだ冷たい水を一口飲み込んだ。

「バスケで一番難しいところは何だと思う?」

隼人も自分のバックから同じくらいの水筒を出して一口飲んだ。

「シュート。」

「まあ、大抵はそう思うのが自然だろうな。生まれつきの才能でいきなりボールが投げれる奴もいるけど、それは極めて少数で、とにかく、ボールを正確な軌道に乗せて放物線上に投げるってのが難しいみたいだから。みんな。」

「うわ。言い方ムカつくな。」

「だって、俺知らんし。ボールが飛ばないってのがどういう感じなのか。」

「くそ。それが、飛ばないんだよ。俺はちゃんとジャンプしながら、こう手首もスナップさせてるつもりなんだけどさ。後から動画で見ると自分でもフォームが可笑しいって分かるのにな。打つときはイメージと全然違うんだよな。」

「スリーとか、ましてやディープスリーとか打とうとすると、筋力もそれなりに重要だけど、一番大事なとこは足から跳ね上がる力を指先までつなげる感覚なんだよ。」

「それはもう何回も聞いてる。でも、そのリズムというか、タイミングが掴めないんだよ。どこをいつどう動かしたら自然につながるのか全く分からん。」

悠馬は水筒をバックに閉まって、地面に置いてあったボールを持ち上げる。
そして、ゆっくりと膝をまげて、ジャンプシュートのフォームをとって見せる。

「このリズムだけは俺も何とも説明できない。俺は普通にやってみたらできちゃったからな。とりあえず、これでちゃんと全身の力を上手く伝えると、ボールはすっと飛んでいくんだよ。で、隼人だって練習すれば、いずれは上手くなれるはずだよ。」

「マジか。俺、マジでミドル上手くなりたいんだけど。」

「なれるさ。でも、ある程度限界はあると思う。」

「はあ? なんだよ。その限界って。いくらやっても俺はどうせそんなもんだってのか。」

「まあ、まあ、もうちょっと聞けよ。」

悠馬はボールを左手で腰に挟んで、素手の右手でもう一回シュートのフォームをとって見せた。

「NBAのS級選手だって、みんなディープスリーを上手く打てるわけじゃないだろう。むしろそんな超長距離シュートを難なく打てる選手はNBAでも限られてる。カリーとかリラードとかさ。」

「そうだな。」

「そのボールを飛ばすリズムってのが、人それぞれみんな違うんだよ、多分。俺も何となくしか言えないけど、みんなそのリズムを掴むために練習する訳だし、そして、みんな一所懸命練習しても違いが出てくる。」

「ふうむ。それで、俺はそういうシュートには向いてないのか?」

「まあ、そこは俺がはっきり言い切れるとこじゃないけど。そして、あの、エイミっていう子の話しに戻るけどさ、お前をネットから落としたシュートのフォームがマジで綺麗だったんだよ。いや、綺麗っていうか、めちゃくちゃ自然すぎるっていうか。」

「ほお。お前みたいに、そのシュートの感覚ってのを体得してるってことか。」

悠馬はにこりと笑いながら町の方へ歩き出す。隼人もその隣に並ぶ。

「多分、俺よりずっと凄いよ。俺、そんなに自信満々でステップバック・スリー打てる気しねえもん。あんな派手なムーブからのシュートっていうのに全くフォームがぶれなかった。マジで凄いよ。」

似合わない溜息が隼人の口から漏れる。

「なんだよ。俺、そんな奴にワン・オン・ワン仕掛けたんかよ。止めろよアホ。」

「アホはお前だろう。」

「くそ。そんな凄いやつならお前でも勝てねえんじゃねえの?」

悠馬は頭の上に広がっている晴天をチラッと見やって、首を横に振った。

「いや。勝てるさ。」

あっさりとした声に隼人は少し驚いた。

「マジで言ってんのか。」

「100パーとまでは言えないけど、ほぼな。勝てるよ。バスケはそういうスポーツだから。」


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かりーふらわー 2021/07/17 13:33

ステップバック 01.アホ(2)

「はあ?!」

下手な185は大分イラついた歩き方でこっちに近づいてくる。
ははん。なに。 お、おい。近いぞ。まさか、殴ってくる気?? こっち女の子だよ?
別にびびっていないけど、さすがに、こんだけ身長差のある男が近づくと威圧されてしまう。
でも、表情には出さない。一歩も引かず堂々としてみせる。
だって、こっちは悪くない。新品のネットを痛めるアホを制止しただけだし。

「何よ。ネットにぶら下がるのがいけないんでしょ。せっかく新品がついてるのに痛めてどうするの?」

「お前、いい加減に…!!」

あちゃー。ちょっとやり過ぎたか??

「やめとけ。こっちが悪い。」

上手な方の185センチが下手男の肩を掴んで止めさせた。
彼は私と下手男の間に入って、下手男をコートの内側に押し寄せながら振り向く。

「ごめん。もうさせないから。アンタも危ないシュートは打たないでくれ。」

近くで見ると結構整った顔だね。南国のイケメンって感じ。

「分かった。そっちがしないんなら。」

イケメンはさらに下手男の背中を押して、コートのフリースロー・ラインまで戻る。2人とも引き締まった体しているし、こうやって見ている分にはいい絵にはなっているんだが。
私、何考えているの。

イケメンがゴール下に落ちていた私のボールを拾って、パスしてくれた。

「俺らも適当に練習するだけだから、アンタもやりたきゃやってよ。」

「あ、うん。」

なぜか照れながら小声で返す。
いや。待ってよ。こいつら、遊んでいる子供達を追い払ってコート占拠した奴らじゃん。みんな悪者じゃん。
とりあえずボールを腰の前に構えて、少し戸惑っていると、下手男がこっちにも聞こえるわざとらしい声で呟いた。

「ふん。チビのくせに。生意気な真似しやがって。」

プチッ。
もう、何なんだよ。あいつは。
今コート上にいる全員の中では、確かに私がいちばん小さいんだけど。
でも、164って、女の子にしては割と大きい方に入るからね!

下手男はフリースロー・ラインから右側に1回ドリブルし、両足で着地すると、そのままゴールの方へ斜めに飛ぶ。
ふうん。着地する時にボールをもっと懐に引き寄せないと、あんなの簡単スティールできるよ。

彼の指から離れたボールはリムの上に軽く登って、不安定そうに2、3回跳ねてからやっとリムの中に滑り込む。
ジャンプしてボールを持ち上げる動作までは悪くないけど。最後のタッチが大雑把。
ブロックしに飛ぶまでもなく、少し横で邪魔を入れるだけで、すぐ乱れてしまうだろう。

「下手くそ。」

あ、言っちゃった。

「はあ?! なんだよ、てめえ。」

「おい。やめとけよ。」

転がっていったボールを拾って、そのままミドルシュートを打ちながら、イケメン185がボソッと仲裁に入る。
お、クリーンに決まった。ミドルのフォーム、すごく綺麗だね。

「こら。どこ見てんだよ。バスケがちょっとできるからって、生意気なんだよ、てめえ。どうせチビで女のくせに、俺にも勝てねえだろうが!」

「はあ?!」

イラついて眉を寄せながら見上げると、鬼の形相をした下手男が目の前に立ちはだかっている。ははん。びびるもんか。
こっちももう我慢の限界なんだよ。

「へえ。どうすればアンタみたいな下手くそに負けるのか知りたいんだけど。」

「お、言ったな。勝負だ、クソ女! 負けたらこのコートに顔出すんじゃねーぞ!!」

下手男が威風堂々と人差し指を突き出す。その高さがちょうど私の額と一緒なのが、悔しくてたまらない。

「アンタこそ。負けたら二度とここ来るんじゃないわよ。」

「おい。まじかよ。」

先みたいに間に入って仲裁しようとしたイケメン185が呆れた顔でため息をつく。


下手男を除いた5人の男子はコートの外にあるベンチに座った。
面白がってざわついている4人の男子と違って、イケメン185だけは渋い表情をしている。

「ルールはどうするの?」

立ったまま足元のすぐ横にボールを跳ね返させながら、下手男に聞いた。

「あ? ワン・オン・ワンだろうが。1体1でやって勝てばいいんだろう?」

まあ、そうだろうと思った。

「そうじゃなくて。ウィナーボールかルーザーボールか、あと何点勝ちにするかとかさ。」

下手男が難しい顔をして聞き返してくる。

「なんだよ、そのウィンナボールとか。知らねえよ。」

「まあ、いい。私が決める。3点勝負。リバウンドなし。ウィナーボールにしよう。いいよね?」

下手男が困った顔してイケメンの方を向いた。
イケメンはベンチの背もたれにへたって、面倒くさそうに答えた。

「シュート打って入らなかったら、その時点で攻守交代。そしてゴールが入ったら、その人がまた攻撃するって意味だよ。」

「あ、そっか。難しい言葉使うなよ。分かった。」

下手男が納得した顔で私の方に振り向く。

「あ、それと、スリーは2点。普通は1点だよ。」

「それくらい知ってるわ、チビ!」

「じゃあ、先攻はどうやって決めるの? フリースローでいい?」

「お前からでいいよ。」

下手男が迷わず即答した。

「後悔するよ?」

強がりじゃないんだよ。本当に後から文句言わないでよね。

「お前みたいなチビのシュートなんか全部ブロックしたるわ。」

「分かった。じゃあ、始めるね。」

ちょうどスリーポイント・ラインの外側に立っていたので、先からずっと足元の横に跳ねさせていたボールを前にドリブルしていく。
下手男がすかさず近づいて、低く腰を落とした姿勢で両手を左右に広げて、私の進路を防いだ。

「お、結構腕長いんだね。」

客観的に見て185センチってのも私が普通に相手するには大きすぎる。しかも、それより手足が長い体型なんだね。
ディフェンスが特に上手い訳ではないけど、そもそも私より頭一個分高い上にこのウィングスパン(両手を左右に広げたときの長さ)。本気でくっつかれると厄介だわ。

下手男は私の身長に合わせてかなり腰を落としていて、そんな彼の横を通り抜けるために、私はさらに姿勢を低くして右足を勢いよく前に出す。
下手男は私の姿勢の低さに慌て出した。

「くっ、ちっこいな。でも、そんなんで通さねえぞ。」

パーン!

後ろに構えていた左足を前に引き寄せずに、ドライブインの姿勢のまま、ドリブルを前方ではなく地面と垂直に強く弾かせる。
ボールが弾く強烈な音の通り、パンチ・ドリブルというスキルだ。
地面から強く跳ね返ったボールをそのまま右手で受け止めながら、私の体は完全に急停止した。
そして、低く構えた体を起こしながら、右手で受け止めたボールを開かれた脚の間にバウンドさせて左手へレッグスルー。

最後に左手で受け取ったボールをお腹の前に持ってきながら、後ろへ一歩ステップバックする。
これで下手男と私の間にはほぼ2メーター近く距離が開かれる。
この距離でまともにシュートをブロックすることはほぼ不可能。

「うわあっ! くそ!!」

ドライブインを防ごうとゴール下へ傾けた体の重心を上手く引き返せずに、下手男はそのままお尻もちをついた。

「あら。とろいわね。」

余裕ぶって一息ついてから、いつものワン・モーションでボールを額の前にセットし、すかさず打ち放す。下手男はまだ完全に起き上がってすらいなかった。
スリー。決まったわ。

スパッ!!

気持ちよくネットを擦り抜ける音とともに、空色のバスケットボールがゴール下へ落ちて跳ねる。

「これで2点。後1点だけだよ。」

起き上がって悔しそうに地面を睨んでいる下手男に向けて意気揚々と声をかける。
すると、ベンチから低くて落ち着いた声が飛んできた。

「いや。ライン踏んだよ。1点だ。」

「うそっ!!」

慌てて目を落として足元を確認する。
スリーポイント・ラインから足一個半分くらい前に出ている。
着地してフォロースローを決めたまま動いてはいないけど、ジャンプして少し前に飛んで着地したから、これでラインを踏んでいたかどうかは分からない。
しかも、シュート打つ前に足元見ていないから、踏んでいないという確信も持てないのでうじうじしてきた。
そこでベンチのイケメンが割と優しい口調でもう一言かけてくる。

「別に嘘は言わない。ただ見たまま言っただけだよ。」

「あ、そう。残念。」

シュートを打つ時の私のジャンプは、速さを重視した形で、ほんの少し体を浮かせる程度なので、飛ぶ前の位置と着地点がそこまで大きくずれることはない。
多分彼の言っていることは嘘ではないだろう。

下手男が赤く染め上がった顔に悔しさいっぱいの表情を浮かべながら、ゴール下で拾ったボールをパスしてくれた。

「おお。やるじゃねえかよ。でも、二度はやられねえぞ。タイミングさえ掴めば届かない距離でもねえよ。」

まあ、確かに。
これくらいの身長差があるからね。私とアンタとは。
でも、そのタイミングを掴ませてやるもんですか。

「じゃあ。後2点ね。」

下手男がまたしも両手を開き、腰を落として、私の前に立ちはだかる。
私はスリーポイント・ラインの外で、下手男からパスしてもらったボールを両手で掴み、腰の右側で低く構えた。


「な、悠馬。あの女の子、めっちゃ上手いんじゃん?」

ベンチに座っている男子の一人がイケメンに話しかける。
あの子、悠馬っていうんだね。

「ああ。あんな完璧なステップバックを実戦で決められるのは、県内でも一人か二人くらいだろうな。まあ、高校バスケであんなスキルやったら怒られそうだけど。」

「それ、やばくねえ? 隼人が勝てる訳ねえじゃん。俺ら、初心者に毛が生えたようなもんだし。」

「まあ、見てみよう。」

ベンチの会話が聞こえたのは、下手男…いや、隼人っていうらしい子が、私のスリーを警戒してかなり密着してきたせいで、あんまり動けずにボールを腰の後ろに隠して立っていたからだった。
こいつ。本当手足長いんだよね。こんだけ近づくと、本当邪魔すぎる。
5秒ルールに関してみんな気にしていなさそうだけど、そろそろドリブルしないとまずいよな。
ここはスピードを生かしてすり抜けるしかない。それが長身を相手する時のセオリーでもある。

「どうだ。俺、ディフェンスは結構評判いい…あっ!!」

語り始めたすきをついて、素早く右方向にドライブインを仕掛ける。
ゴールから右45度の方向。左肩を前に出して、地面に潜るかのような低い姿勢で隼人の横をすり抜けた。

「おい、人がしゃべってるのに、卑怯な…!!」

おおっ。予想より速いじゃん。
大分ゴールに近づいたけど、隼人の長い腕がまた私の進路を防いできた。

パーン!

パンチドリブルで急停止し、今度は右手にあるボールを後ろに回して、お尻の下でバウンドさせる。ボールは右から左にビハインドバックして、ゴール方向へ駆け付けた隼人から遠くなった。

「また後ろに逃げるのかよ! そうはさせねえ!!」

隼人が姿勢を崩さず、上手く重心を反転させて近づいてきた、ので。
もう一回ビハインドバックでお尻の下を通し、ボールを左手から右手にもってくる。

そのまま右足を伸ばしてサイドにワンステップ。ボールを両手で掴み太ももの上に構えながらさらにワンステップ。
私は隼人と完全に交差して、ノーマークの状態でゴールの真横に立つ。
私の左側に、つまり、ゴールの反対側に飛びついた彼との距離はほぼ2メーター以上。ブロックは不可能だろう。

サイドステップバックからノーマークのミドルシュート。
外れる訳がありません。

「後1点だよ。」

リムを通り抜けたボールを自分で拾いながら、ボッとした顔で私をじっと見ている隼人に告げた。
彼はどうも納得いかないと言わんばかりの表情で大声を上げる。

「おい、これ、トラベリングだろう? 今3歩歩いたよ?! 横にこうさ、右足、左足、また右脚がこう。これ反則じゃねえか。」

ああ、これ、どこから説明すればいいんだか。
今時はもう常識になっていると思っていたんだけどな。
まだ、いるんだよね。ゼロステップについて知らない人が。

「あのね。ええと、これ、ボールを手に持った時に、足がこうなるとさ、これがゼロステップというんだけど、だから…」

「反則じゃないよ、隼人。ダブルステップバックってやつさ。後で教えるから。」

ベンチからイケメン、いや、悠馬って子が淡々と話しかける。

「やべー。あれ、ハーデンがよく使う技だろう? 俺、実際に使う人初めて見たんだけど。」

「理屈は何となく分かるけどさ、やっぱり見てるとトラベリングに見えちゃうんだよな。へえ、でも凄いな。俺も実際には初めて見たよ。」

なんだか、ベンチ側が盛り上がった。

「という訳で、後1点だよ。」

スリーポイント・ラインの外に立って、内側にいる隼人にボールをパスする。
隼人はすぐにボールをバウンドで返して、腰を落とした。
両手を広げてディフェンスの姿勢をとると、凄い目つきで睨んでくる。

「ああ。良く二度も騙してくれたな。今度こそやられないからな! くそっ!」

ちょっと、女の子を前にして口が悪すぎるんですけど。

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かりーふらわー 2021/07/03 19:11

ステップバック 01.アホ(1)

大失敗だ。
山の上の公園だし。ここ超田舎だし。バスケコートなんかガラガラでしょ。
と思ってました。すみません。

日曜日の午前。白い雲が漂う爽快な青空。
公園はお子様連れのご家族でいっぱいいっぱい。
なるほど。地元の休日人気スポットということですな。
まあ、丘の下にこんな綺麗な海が広がっていて、最新の遊具もいっぱい。公園自体もかなり広くて芝生も整っている。
そりゃ、皆んな来ますよね。

横目で海を覗きながら、子供でいっぱいの広い遊具ゾーンを通る過ぎると、公園の一角にバスケットコートがある。赤色で塗装されてはいるけど、ウレタンとかではなくアスファルトだ。ちょっと残念。
小さめのハーフコート。ゴールはたった一つ。高さはちゃんと一般用だね。
コートの横幅が足りなくて、サイドのスリーポイントは存在しない。コートの3分の1辺りからスリーポイントラインが伸び始めて、反対側まで円弧を描きながら繋がっている。こう見ると結構狭いな。縦幅も足りていなくて、正面のスリーポイントラインから外側のスペースもかなり狭い。
しかし、狭いながらも、ラインはちゃんと正式な寸法で描かれているんだね。

練習するには十分だ。
ただ、ここも子供達でいっぱいだった。
小学校低学年に見える子達と、ゴムボールで遊んでいる幼児達。ゴールがちゃんと一般公式の高さであるため、リムの中にボールが入るところか、リムに当たるボールすらほとんどない。
でも、子供達はわいわいと騒がしく楽しく走り回っていた。

シュート打つだけなら混じってやれないわけではない。しかし、ドリブルやムーブの練習は、無理だね。

「ごめん。ねえちゃんも混ぜてね。」

申し訳なさそうな表情で小学生や幼児の中に混じる。
でも、引っ越しの準備で1週間もバスケやれてないんだよ。

右足を少しだけ前に出し、コールに向けて若干斜めの姿勢でフリースローの位置に立って、ワンハンドのフォームでボールを抱える。小学生の頃までは私も両手打ちだったな。
ゴール下に子供達がいなくなったタイミングを計らって、ボールを額の前に持ち上げ、すかさず右腕を伸ばしながら手首を下にパッと曲げる。
同時に、少しだけ曲げていた膝を伸ばし、全身をバネのように上方向へと跳ねさせる。体が宙に浮く手前で止めて、爪先立ちのような姿勢になる。

これ、動画で撮って確認しなくても、ステフィン・カリーそっくりのフォームで決まった。

スパッ。

綺麗にリムの中央を通過した空色のボールは、ネットだけを擦り、誰もいないゴール下へ落ちる。

「ねえちゃん、上手い!! もう一回やって!!」

ボールを放った右手を頭の上に伸ばしたまま、フォロースルーしているところで、小さい女の子が私のボールを拾って持ってきてくれた。
可愛い!! 5歳? 6歳くらいなのかな。短い髪の毛を頭の上で集めて、ぽつんと小さい団子を作ってて、可愛いね!!

「ボール持ってきてくれてありがとう。じゃあ、もう一回。」

女の子は私の隣に立って、シュートを待つ。
私は先と同じ動作で、軽く、綺麗に、スムーズでありながらも素早く右手でボールを打ち放した。ちょっと大袈裟だったかな。

スパッ。

「おねえちゃん、すごい!! もう一回!!」

ゴール下ではねる私のボールを、女の子が走って行って、持ってきてくれる。

「あはは、じゃあ、もう一回。」

スパッ。

女の子はまた私のボールを拾いにゴール下へと走り出す。
個人練習の補助で使っているようで、何か申し訳ない。
でも走っていく女の子の後ろ姿が可愛くて眉尻を下げて微笑んでいると、女の子は嬉しい顔で叫び出した。

「すごいね!! おねえちゃん!! 外れないんだね!! ね、ママ!! このお姉ちゃん、すごいよ! ボールが全部入るんだよ!!」

「わー。そうだね、リサ。凄いね!」

周りを見てみると、わいわい騒がしく楽しく走り回っていた子供達が全員止まって、私とリサと呼ばれた女の子を見ていた。
それに、その子供達の両親らしき大人達もコート周りから私の方を見ている。子供達の遊びを邪魔したと思われていないよね。睨まれていないよね。ね?!

「お姉ちゃん! もう一回見せて!!」

「お願いします。リサも見て真似してみて。」

リサのお母さんが微笑んで見せてくれた。

「はい。では。」

リサからボールを渡してもらい、もう一回フリースロー…
ううむ…実はフリースロー2、3回決めて、ミドルシュートに行きたかったな。いつものルーティンなんだし…
でも、私が子供達の間に割り込んで入った訳だし、わがままは言えないよね。

コート上で止まって私を見つめる十何人の子供達。コートの外から、それくらいの人数の大人達もまた、私がシュートを打つところを見ている。
めっちゃ注目されてるよね!! 公園のコートでフリースロー打つだけなのに!!

まあ、でも。
フリースローというのはそもそもコート上にいる全員の注目を集めながら打つシュートな訳で。
躊躇うことなく、ボールを額の前に持ち上げながら、程よく太ももとお尻の筋肉の弾力を使って、体ごと跳ねさせるイメージで。
すっと爪先立ちでボールを放つ。

スパッ。

4連続のスイッシュ。我ながら今日は調子がいい。

「ねえちゃん、やっぱり凄い!! 私も投げたい。教えて。」

リサが可愛さ満点の笑みを浮かべて、私のボールを拾ってきた。
リサちゃんにはボールが重たいですよ。私、女子高生だけど、7号使っていますから。
女子用の6号と比べて、実際は100gも違わないんだけど、投げてみると体感上は結構違うのだ。小学生の5号ボールとは言うまでもない。

私が少し困った目でリサを見ていると、何だかコートの周りが騒ついた。

「おーい。お前らもう十分遊んだろう? にいちゃん達に譲ってよ。」

言い方で誤魔化しているけど、明らかに威嚇している。
子供達はそれぞれお母さんやお父さんの方へと散らばっていった。
リサもボールを私に渡してから、お母さんのところに戻っていく。

「今日はありがとうね。リサも、お姉さんに挨拶して。」

「ねえちゃん。ありがとう。また今度教えてね。」

寂しい表情を隠さず、お母さんの手を握って遊具の所に歩いていくリサを見送った。

「うん。またね。」

子供達が皆んないなくなり、私も一応コートの端に下がった。
そこでボールを腰に挟んで、子供達を追い払って乱入してきた一同の面々を見てみる。
沖縄の太陽に日焼けしている茶色い男子が4、5、6人…体格や髪の毛、服装…見た目からして高校生だ。
結構長身の男の子が2人。ぱっと見、185センチはありそうね。他は170センチ代か、それ以下か。
ヤンキーって感じではないんだけど。コートへの入り方はとても気に入らない。

男子達はコートの端っこに立っている私の存在は完全に無視して、軽くパスを回し、レイアップをしたり、弾いたボールを拾ってそのままミドルを打ったりして遊び始めた。

下手くそ…って訳ではないけど、特に上手い訳でもない。
シュートのフォームは定まっていない、ドリブルはぎこちない、パスは適当。まあ、趣味で楽しむ分には何も悪いことではないんだけど。
バスケのシューティングフォームはこれが正解ってのはないんだけど、一応合理的とされる原理がいくつかある。こいつらのシュートは完全に体の慣れと感覚に頼りっぱなしだ。
ただ1人。185センチの2人中の1人を除いては。

わいわいと騒がしい他の男子と違って、あんまり喋らず大人しそうなツーブロックの男。
短い髪の毛を固定剤を使わず、8対2で綺麗に整えたその男は、まずドライブからレイアップに繋げるステップが安定している。
ボールをリムの上に載せる際の手首、指先の動作も変な力みがなく自然だ。
クロスオーバー、レッグスルーも難なく繰り返す。あいつだけは部活か、クラブかでちゃんと習ってるんだろうね。

「そういえば、ここのネット、ボロボロだったのにまた新品に変わってるんだよな。ほれ。」

下手な方の185センチがゴール下でジャンプして手を上に伸ばす。
185センチといっても、リムを掴むためには結構ジャンプ力要るんだよ。あんなジャンプで届くはずもない。

「くそ。リングは無理か。それだったら…」

懲りずに2度目のジャンプ。
今度はリムを狙うのではなく、その下に垂れ下がった新品の白いネットに右手の指をかける。
コラ、やめて。せっかく新品のネットが痛むから。
下手な185センチは左手も上に伸ばして、両手でネットにぶら下がると、体をグイッと持ち上げてリムにまで登り切った。

「ワハハ! どうだ、これでダンクできるぜ!」

自慢げな彼のドヤ顔で周りの連中も笑い出す。

「ハハハ!! ボール持って登らんとできないんじゃねーかよ。バカか、アハハ!」

プチっ。
もうイライラして我慢できない。
腰に挟んでいたボールを右太ももの前に持ってきて構える。
立っていたコートの横端から軽くジャンプし、手のひら一個分くらい体を浮かせて、額の前に持ち上げていたボールを右手で放った。
途中でボールを止まらせないワン・モーション・シュート。
ボールの軌道は完璧であることが指先から伝わってくる。

「うわあ!! 何すんだ、あの女!!」

空色のボールは綺麗な放物線を描いてリムに吸い込まれた。
私は右腕を上げたままフォロースルーを決める。
慌てて地面に飛び降りた下手な185センチが私を睨んできた。

「あぶねーじゃねーかよ。人がいるのにボール投げやがって。」

はあ?? そっちがそんなこと言える立場??
こっちも呆れて睨み返す。

「あ、そう。まさか、ネットにぶら下がるアホがいるとは思わなくて。」

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かりーふらわー 2021/06/28 18:43

ステップバック ~バスケする女子高生は健康で溌溂です~ 00.プロローグ


やだ…びしょ濡れじゃん。

「あ、もう…よりによって何でエアコンが間に合ってないんだよ…」

眠る前の夜中の空気は確か涼しかった。いや、本当。沖縄の夜は涼しいと聞いたけど本当だった。
窓には網戸がちゃんとついていて、防犯用?というよりは台風対策用らしいけど太い面格子も設置されている。窓全開にしたらかなり快適だった。
しかし、今は晴天の6月の午前10時。2度寝したのが間違いだった。
日が昇ってから、気温は急上昇し、サラサラだったベッドのシーツも、部屋着で着ていたたロングTシャツも。
もう汗でびしょびしょ。
引っ越日の前に装着済みであるはずだったエアコンが、理由不明で遅れていて、今日の午後に設置にうかがいますってさ。
午後? 何時ごろに来るのかまでは教えてほしい。

まあ、とりあえず。

部屋から出て、2階の洗面台で自分の寝起き姿を確認しよう。
引っ越して二日目。誰かに会う予定とかないから適当に顔洗って終わりにするけど。

鏡に映っているのはショートカットの可愛い女子高生。
そう。わたくしである。
薄い青色のグラデーションがかかった金髪はエメラルドグリーンに輝くここの海にも似た気がする。昨日飛行機で見下ろした海は本当に綺麗だった。これからはあんな透明な海で海水浴し放題だなんて。窓に顔をひっつけて、一人見とれて感動していた。
沖縄慣れしているママとパパは互いに見つめ合って、相変わらず綺麗だね。と小さく呟くだけだったけど。

少々くねくねしていて、くせ毛も結構生えているけど、私は自分の髪の毛が好きだ。自分で言うのも何だけど、可愛いと思うから。
そして、明るいブルーの瞳。これはパパと同じ。白い肌もパパと同じ。
あ、焼けるのかな。どうしよう。こげ茶色の肌も悪くないとは思うけど、正直あまり焼けたくない。自分の白い肌も好きだから。

冷たい水で軽く洗顔して、1階に降りる。

「ねえ。ママ。ベッドのシーツびしょびしょだけど、どうすればいい?」

1階のリビングもすでに窓全開だったけど、何か2階よりさらに蒸し暑い。
ママはソファの背もたれにぐったりと寝そべた形で…だらしなく伸びていた。
ママと私は体形や顔つきとか、色々似ている。無駄肉のない引き締まった腰にすらりと長い腕と脚。
そう。ママは顔といい、スタイルといい、女優さん顔負けの美人なのだ。
私と違って胸も大きい。何でだ!

「洗濯機に入れといて。後で回すから。エイミの服とかも全部入れちゃっていいわよ…」

ママの後ろを通り過ぎて、冷蔵庫からギンギンに冷えた麦茶を取り出す。

「服はまだいいよ。公園に行ってくる。どうせまた汗かくから。」

「公園?」

ママは寝そべたまま首をソファの背もたれ越しに伸ばしてきた。
逆さになったママの顔が私を見つめる。
ママ。綺麗な顔してそのポーズはかなり奇怪なんだけど。

「昨日、地図で調べてたら、近くに結構大きい公園があったんだよ。そこにバスケコートもあってさ。ハーフコートみたいだけど。行ってみる。」

ママは二コリと微笑んだ後、首を戻して、ソファの上で身をくるりと返す。
今度はちゃんとこっちを向いて話した。

「あ、南グスク公園ね! 懐かしいな。ママも子供の頃よく遊んでたな。丘の下に海も見えるんだよね。でも、バスケットのコートとかなかったわよ。」

私は麦茶を入れたコップを口に近づけながら答える。

「最近、遊具とか全部新しく変わったらしくて、バスケコートも作ってくれたみたい…けほっ!! 何このお茶!! 麦茶じゃない!!」

飲み込んでから気づいたけど、これ麦茶にしては色がかなり薄い。緑茶よりも薄くないか? 化粧品みたいな香りするし。やだ、これ飲んじゃまずい物??

戸惑っている私を見て、ママは腹を抱えて笑い出した。

「きゃははは、それ、さんぴん茶だよ。匂いで気付くでしょ、普通。あははは。」

「はあ? さんぴん茶って何? そんな知らないし。」

疑心暗鬼の目で私はママを睨む。

「内地でいうジャスミン茶だよ。エイミはあまり飲んだことないのかな?」

「今初めて飲んだ。不味い。」

「美味しいのに。ママがもらうわ。冷蔵庫の中に麦茶もあるから、新しいコップ使って。」

黄色の怪しいお茶が入ったコップをママに渡して、新しいコップに今度はちゃんと麦茶を注ぐ。それから、私お気に入りのマスタード色の水筒にも。

「ちゃんと何か食べてね。パパとママはもう朝ごはん食べたから。」

「うん。」

食パンを一枚取り出して、手のひらに乗せる。
それから、冷蔵庫に麦茶を戻し、ピーナッツクリームを取り出す。
冷蔵庫を閉めて、ピーナッツクリームを食卓の上に置くと、空いた手でスプーンをとって、ええっと、これでピーナッツクリームの蓋を開けて…
作業手順がめちゃくちゃなことに気付き、素直に皿を一枚使わせていただくことにする。

ぱくっ!

甘くて香ばしいピーナッツクリームをたっぷり塗った食パンの角を口にくわえて。
お気に入りの青色のバスケットボールと、お気に入りのマスタード色の水筒を入れた肩掛けバッグをかけて。
玄関を出れば、田舎によくある2車線道路沿いの歩道。
6月の日差しが眩しくて暖かくて気持ちいい。

食パンをくわえて走り出す、これぞ女子高生。

なんだろうけど、すぐに走るのをやめ、食パンをかじりながら歩く。
暑いのだ!!
公園までは走って10分。歩いて20分ってとこかな。

視線を横にやると、そこにはエメラルドグリーンの海が丘の下に広がっている。海岸線の近くは明るい緑に近い色で、サンゴでできたであろう岩が点々と見える。少し遠くなってからは筆で白くなぞったような、波が途中で崩れるポイントがある。そこからはまた、深くて鮮明な青色の海が広がる。
とても綺麗だ。
日差しが海の上で散乱してキラキラと宝石のように光る。
実は家からも海はよく見える。
何を隠そう、綺麗な海を眺められると有名らしい南グスク公園と、昨日からの新しい我が家は同じ山の上にあるのだ。

でも、こうやって道を歩きながら見る海と、家の中で見る海とは何だか違う気がする。どっちも綺麗だけどね。
きっと、公園で眺める海もまた違う感じなんだろうね。
うんうん。

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