ステップバック 01.アホ(2)
「はあ?!」
下手な185は大分イラついた歩き方でこっちに近づいてくる。
ははん。なに。 お、おい。近いぞ。まさか、殴ってくる気?? こっち女の子だよ?
別にびびっていないけど、さすがに、こんだけ身長差のある男が近づくと威圧されてしまう。
でも、表情には出さない。一歩も引かず堂々としてみせる。
だって、こっちは悪くない。新品のネットを痛めるアホを制止しただけだし。
「何よ。ネットにぶら下がるのがいけないんでしょ。せっかく新品がついてるのに痛めてどうするの?」
「お前、いい加減に…!!」
あちゃー。ちょっとやり過ぎたか??
「やめとけ。こっちが悪い。」
上手な方の185センチが下手男の肩を掴んで止めさせた。
彼は私と下手男の間に入って、下手男をコートの内側に押し寄せながら振り向く。
「ごめん。もうさせないから。アンタも危ないシュートは打たないでくれ。」
近くで見ると結構整った顔だね。南国のイケメンって感じ。
「分かった。そっちがしないんなら。」
イケメンはさらに下手男の背中を押して、コートのフリースロー・ラインまで戻る。2人とも引き締まった体しているし、こうやって見ている分にはいい絵にはなっているんだが。
私、何考えているの。
イケメンがゴール下に落ちていた私のボールを拾って、パスしてくれた。
「俺らも適当に練習するだけだから、アンタもやりたきゃやってよ。」
「あ、うん。」
なぜか照れながら小声で返す。
いや。待ってよ。こいつら、遊んでいる子供達を追い払ってコート占拠した奴らじゃん。みんな悪者じゃん。
とりあえずボールを腰の前に構えて、少し戸惑っていると、下手男がこっちにも聞こえるわざとらしい声で呟いた。
「ふん。チビのくせに。生意気な真似しやがって。」
プチッ。
もう、何なんだよ。あいつは。
今コート上にいる全員の中では、確かに私がいちばん小さいんだけど。
でも、164って、女の子にしては割と大きい方に入るからね!
下手男はフリースロー・ラインから右側に1回ドリブルし、両足で着地すると、そのままゴールの方へ斜めに飛ぶ。
ふうん。着地する時にボールをもっと懐に引き寄せないと、あんなの簡単スティールできるよ。
彼の指から離れたボールはリムの上に軽く登って、不安定そうに2、3回跳ねてからやっとリムの中に滑り込む。
ジャンプしてボールを持ち上げる動作までは悪くないけど。最後のタッチが大雑把。
ブロックしに飛ぶまでもなく、少し横で邪魔を入れるだけで、すぐ乱れてしまうだろう。
「下手くそ。」
あ、言っちゃった。
「はあ?! なんだよ、てめえ。」
「おい。やめとけよ。」
転がっていったボールを拾って、そのままミドルシュートを打ちながら、イケメン185がボソッと仲裁に入る。
お、クリーンに決まった。ミドルのフォーム、すごく綺麗だね。
「こら。どこ見てんだよ。バスケがちょっとできるからって、生意気なんだよ、てめえ。どうせチビで女のくせに、俺にも勝てねえだろうが!」
「はあ?!」
イラついて眉を寄せながら見上げると、鬼の形相をした下手男が目の前に立ちはだかっている。ははん。びびるもんか。
こっちももう我慢の限界なんだよ。
「へえ。どうすればアンタみたいな下手くそに負けるのか知りたいんだけど。」
「お、言ったな。勝負だ、クソ女! 負けたらこのコートに顔出すんじゃねーぞ!!」
下手男が威風堂々と人差し指を突き出す。その高さがちょうど私の額と一緒なのが、悔しくてたまらない。
「アンタこそ。負けたら二度とここ来るんじゃないわよ。」
「おい。まじかよ。」
先みたいに間に入って仲裁しようとしたイケメン185が呆れた顔でため息をつく。
下手男を除いた5人の男子はコートの外にあるベンチに座った。
面白がってざわついている4人の男子と違って、イケメン185だけは渋い表情をしている。
「ルールはどうするの?」
立ったまま足元のすぐ横にボールを跳ね返させながら、下手男に聞いた。
「あ? ワン・オン・ワンだろうが。1体1でやって勝てばいいんだろう?」
まあ、そうだろうと思った。
「そうじゃなくて。ウィナーボールかルーザーボールか、あと何点勝ちにするかとかさ。」
下手男が難しい顔をして聞き返してくる。
「なんだよ、そのウィンナボールとか。知らねえよ。」
「まあ、いい。私が決める。3点勝負。リバウンドなし。ウィナーボールにしよう。いいよね?」
下手男が困った顔してイケメンの方を向いた。
イケメンはベンチの背もたれにへたって、面倒くさそうに答えた。
「シュート打って入らなかったら、その時点で攻守交代。そしてゴールが入ったら、その人がまた攻撃するって意味だよ。」
「あ、そっか。難しい言葉使うなよ。分かった。」
下手男が納得した顔で私の方に振り向く。
「あ、それと、スリーは2点。普通は1点だよ。」
「それくらい知ってるわ、チビ!」
「じゃあ、先攻はどうやって決めるの? フリースローでいい?」
「お前からでいいよ。」
下手男が迷わず即答した。
「後悔するよ?」
強がりじゃないんだよ。本当に後から文句言わないでよね。
「お前みたいなチビのシュートなんか全部ブロックしたるわ。」
「分かった。じゃあ、始めるね。」
ちょうどスリーポイント・ラインの外側に立っていたので、先からずっと足元の横に跳ねさせていたボールを前にドリブルしていく。
下手男がすかさず近づいて、低く腰を落とした姿勢で両手を左右に広げて、私の進路を防いだ。
「お、結構腕長いんだね。」
客観的に見て185センチってのも私が普通に相手するには大きすぎる。しかも、それより手足が長い体型なんだね。
ディフェンスが特に上手い訳ではないけど、そもそも私より頭一個分高い上にこのウィングスパン(両手を左右に広げたときの長さ)。本気でくっつかれると厄介だわ。
下手男は私の身長に合わせてかなり腰を落としていて、そんな彼の横を通り抜けるために、私はさらに姿勢を低くして右足を勢いよく前に出す。
下手男は私の姿勢の低さに慌て出した。
「くっ、ちっこいな。でも、そんなんで通さねえぞ。」
パーン!
後ろに構えていた左足を前に引き寄せずに、ドライブインの姿勢のまま、ドリブルを前方ではなく地面と垂直に強く弾かせる。
ボールが弾く強烈な音の通り、パンチ・ドリブルというスキルだ。
地面から強く跳ね返ったボールをそのまま右手で受け止めながら、私の体は完全に急停止した。
そして、低く構えた体を起こしながら、右手で受け止めたボールを開かれた脚の間にバウンドさせて左手へレッグスルー。
最後に左手で受け取ったボールをお腹の前に持ってきながら、後ろへ一歩ステップバックする。
これで下手男と私の間にはほぼ2メーター近く距離が開かれる。
この距離でまともにシュートをブロックすることはほぼ不可能。
「うわあっ! くそ!!」
ドライブインを防ごうとゴール下へ傾けた体の重心を上手く引き返せずに、下手男はそのままお尻もちをついた。
「あら。とろいわね。」
余裕ぶって一息ついてから、いつものワン・モーションでボールを額の前にセットし、すかさず打ち放す。下手男はまだ完全に起き上がってすらいなかった。
スリー。決まったわ。
スパッ!!
気持ちよくネットを擦り抜ける音とともに、空色のバスケットボールがゴール下へ落ちて跳ねる。
「これで2点。後1点だけだよ。」
起き上がって悔しそうに地面を睨んでいる下手男に向けて意気揚々と声をかける。
すると、ベンチから低くて落ち着いた声が飛んできた。
「いや。ライン踏んだよ。1点だ。」
「うそっ!!」
慌てて目を落として足元を確認する。
スリーポイント・ラインから足一個半分くらい前に出ている。
着地してフォロースローを決めたまま動いてはいないけど、ジャンプして少し前に飛んで着地したから、これでラインを踏んでいたかどうかは分からない。
しかも、シュート打つ前に足元見ていないから、踏んでいないという確信も持てないのでうじうじしてきた。
そこでベンチのイケメンが割と優しい口調でもう一言かけてくる。
「別に嘘は言わない。ただ見たまま言っただけだよ。」
「あ、そう。残念。」
シュートを打つ時の私のジャンプは、速さを重視した形で、ほんの少し体を浮かせる程度なので、飛ぶ前の位置と着地点がそこまで大きくずれることはない。
多分彼の言っていることは嘘ではないだろう。
下手男が赤く染め上がった顔に悔しさいっぱいの表情を浮かべながら、ゴール下で拾ったボールをパスしてくれた。
「おお。やるじゃねえかよ。でも、二度はやられねえぞ。タイミングさえ掴めば届かない距離でもねえよ。」
まあ、確かに。
これくらいの身長差があるからね。私とアンタとは。
でも、そのタイミングを掴ませてやるもんですか。
「じゃあ。後2点ね。」
下手男がまたしも両手を開き、腰を落として、私の前に立ちはだかる。
私はスリーポイント・ラインの外で、下手男からパスしてもらったボールを両手で掴み、腰の右側で低く構えた。
「な、悠馬。あの女の子、めっちゃ上手いんじゃん?」
ベンチに座っている男子の一人がイケメンに話しかける。
あの子、悠馬っていうんだね。
「ああ。あんな完璧なステップバックを実戦で決められるのは、県内でも一人か二人くらいだろうな。まあ、高校バスケであんなスキルやったら怒られそうだけど。」
「それ、やばくねえ? 隼人が勝てる訳ねえじゃん。俺ら、初心者に毛が生えたようなもんだし。」
「まあ、見てみよう。」
ベンチの会話が聞こえたのは、下手男…いや、隼人っていうらしい子が、私のスリーを警戒してかなり密着してきたせいで、あんまり動けずにボールを腰の後ろに隠して立っていたからだった。
こいつ。本当手足長いんだよね。こんだけ近づくと、本当邪魔すぎる。
5秒ルールに関してみんな気にしていなさそうだけど、そろそろドリブルしないとまずいよな。
ここはスピードを生かしてすり抜けるしかない。それが長身を相手する時のセオリーでもある。
「どうだ。俺、ディフェンスは結構評判いい…あっ!!」
語り始めたすきをついて、素早く右方向にドライブインを仕掛ける。
ゴールから右45度の方向。左肩を前に出して、地面に潜るかのような低い姿勢で隼人の横をすり抜けた。
「おい、人がしゃべってるのに、卑怯な…!!」
おおっ。予想より速いじゃん。
大分ゴールに近づいたけど、隼人の長い腕がまた私の進路を防いできた。
パーン!
パンチドリブルで急停止し、今度は右手にあるボールを後ろに回して、お尻の下でバウンドさせる。ボールは右から左にビハインドバックして、ゴール方向へ駆け付けた隼人から遠くなった。
「また後ろに逃げるのかよ! そうはさせねえ!!」
隼人が姿勢を崩さず、上手く重心を反転させて近づいてきた、ので。
もう一回ビハインドバックでお尻の下を通し、ボールを左手から右手にもってくる。
そのまま右足を伸ばしてサイドにワンステップ。ボールを両手で掴み太ももの上に構えながらさらにワンステップ。
私は隼人と完全に交差して、ノーマークの状態でゴールの真横に立つ。
私の左側に、つまり、ゴールの反対側に飛びついた彼との距離はほぼ2メーター以上。ブロックは不可能だろう。
サイドステップバックからノーマークのミドルシュート。
外れる訳がありません。
「後1点だよ。」
リムを通り抜けたボールを自分で拾いながら、ボッとした顔で私をじっと見ている隼人に告げた。
彼はどうも納得いかないと言わんばかりの表情で大声を上げる。
「おい、これ、トラベリングだろう? 今3歩歩いたよ?! 横にこうさ、右足、左足、また右脚がこう。これ反則じゃねえか。」
ああ、これ、どこから説明すればいいんだか。
今時はもう常識になっていると思っていたんだけどな。
まだ、いるんだよね。ゼロステップについて知らない人が。
「あのね。ええと、これ、ボールを手に持った時に、足がこうなるとさ、これがゼロステップというんだけど、だから…」
「反則じゃないよ、隼人。ダブルステップバックってやつさ。後で教えるから。」
ベンチからイケメン、いや、悠馬って子が淡々と話しかける。
「やべー。あれ、ハーデンがよく使う技だろう? 俺、実際に使う人初めて見たんだけど。」
「理屈は何となく分かるけどさ、やっぱり見てるとトラベリングに見えちゃうんだよな。へえ、でも凄いな。俺も実際には初めて見たよ。」
なんだか、ベンチ側が盛り上がった。
「という訳で、後1点だよ。」
スリーポイント・ラインの外に立って、内側にいる隼人にボールをパスする。
隼人はすぐにボールをバウンドで返して、腰を落とした。
両手を広げてディフェンスの姿勢をとると、凄い目つきで睨んでくる。
「ああ。良く二度も騙してくれたな。今度こそやられないからな! くそっ!」
ちょっと、女の子を前にして口が悪すぎるんですけど。
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