かりーふらわー 2021/07/28 15:24

ステップバック 01.アホ(3)


さあ、アイツの口の悪さは置いといて、後1点。
なんだけど…ものすごく暑い。

3点勝負っていうのは、人が多く集まるコートだと、負けた人がどんどん待機者と入れ替わって、プレイヤー回転率を上げるためによくやっていた。
都会のコート、特に野外の無料コートはいつも人口過密で、1点勝負ってのも時々やったりして、流石に1点だと相手の運芸で負けてしまうこともあるので、あんまり好きじゃない。
じっくりと実力をぶつけ合うという意味ではやっぱり7点勝負とか、時間に余裕があったら11点勝負でもいいんだけど。
この暑さはやばい。沖縄の太陽は強烈で、肌に日差しが差さってチクチクする。
3点勝負にしといて正解だったよ。

「早くやれよ。今度こそブロックしたる。」

イラついた犬のように唸る隼人を前にして、腰の右に挟んでいたボールを両手で掴み、左の太ももの少し後ろへ隠す。

「口だけは一丁前だね。」

「むうっ!!」

たった一言で挑発されて集中力を乱す。
基本的に運動神経が良くて、足りないスキルや経験値を凄い瞬発力で補っている。あくまで同ポジション同士での比較優位ではあるけど、腕と脚が長いのもバスケマンとして好条件。
正直羨ましいくらいだ。
でも、メンタルは遊具ゾーンではしゃいでいる子供たちとほぼ変わらない。
私としてはからかい甲斐があっていいんだけど。

左にジャブステップを入れて、隼人の重心が傾くのを見てから、姿勢を一気に落として大きく右へクロスオーバー。
完全に一拍遅れた隼人は、彼の左側を抜いていく私について来れなくなった。
隼人の伸ばした左手を簡単にすり抜ける。

「これで終わりだよ!」

このままゴールにドライブしてレイアップを決めてやれば試合終了。

「うわあああ!!」

「な、なに?」

背中越しに聞こえる獣のような叫びにびっくりして、思わず横目で後ろの様子をチラッと確認する。
隼人は右に傾いた重心を左にを切り返さず、そのままクルッと右にターンして私を追撃してきた。
1歩の歩幅が広い! 何で私のすぐ横にアイツの手が見えているの!!?
やっぱりあの長い腕うざい!

全力でゴールへ突進する私の進路を左4分の1くらい隼人に塞がれて、このまま突っ切るか、フェイクでステップバックするか、それともユーロステップで左に飛ぶかを迷う。
ステップバックで3回連続のジャンパー。いや、これは流石の私でも確率が低い。ユーロステップで左に飛んだって、アイツの瞬発力とリーチなら、くぐり抜けてボールを上げられる自信がない。

いやああ。迷わずに突っ切ればよかった。

「ちっ! 完璧に抜いたと思ったのに!!」

「すばしっこいって言ってもチビはチビだな! あっ!!」

アイツの指がスパッツ先の私の太ももにほんの少しだけ触れて、その手が慌てて引き戻される。
あら、隙間ガラ空きですよ。

「いただきぃ!!」

歩幅を広くして一気にゴールの横へ飛び込む。
同時に右手を高く持ち上げてサラッとボールを浮かせた。

「くそぉぉぉぉ!!!」

少し後ろから隼人が飛びついてきた。

「はあ?! アンタ先より全然飛んでるじゃん!」

ゴールのネットにぶら下がってふざけていた時と違って、隼人の指先は本当リムすれすれのところまで達していた。

しかし、私のボールは既にリムの上に登って、バックボードの上段で軽くバウンドしたらスッとリムの中へ吸い込まれた。
早いタイミングでボールを高く浮かしてブロックを避けるスクープレイアップ。
ゴールが決まったことを確認した私は、後ろから飛んでくる隼人を避けようと、サイドラインの方にコンコンと跳ねてゴールから遠ざかった。

飛んできてゴール柱の横に着地した隼人が、手を膝の上に乗せて下を向いたままぜいぜいと荒い息を吐く。
私も額から流れ落ちる汗をロングTの袖で吹き上げながら、きつい呼吸を整える。

「別に、少し太ももに触れたくらいで、セクハラで訴えたりしなかったのに。」

そう言葉を投げかけて、ベンチに置いてあった水筒をとる。
名前の分からない男子1,2,3、4がびくっとしながら私から微妙に距離をあけた。
そんな彼らにチラッと目をやって、構わずにごくごくと冷たい麦茶を飲み込む。

「あ、もう、やりにくくてしょうがない。男だったら力で倒してでも防いだのによ!」

悔しい顔でぷんぷんと愚痴を吐きながら隼人がベンチ側へ寄ってきた。

「倒したらファウルでしょ。」

隼人がぎろりと睨んでくる。

「そうじゃなくて、こう腕を当てるのも何かさ、あ、もう、とりあえずやりにくかったんだよ!。」

「あら、見た目によらず紳士的ですな。別にそこまで気遣ってもらわなくてもよかったのに。負けた言い訳にされてもね。」

ぶつぶつとうるさい隼人の愚痴を聞き流しながら、ロングTと同じ濃い黄色の水筒の蓋を閉めてベンチの上に戻す。

ストリートバスケをやっていると、男子たちの中に交じって一緒にプレイすることはよくあった。
何度かスキルでゴールを決めると、中にはムキになって何振り構わず体当たりしてくる奴もたまにはいたけど、大体は隼人みたいに積極的な接触は避けようとする。それが意識的なのか無意識の内なのかはさておき。
しかし、こっちだって、それなりの覚悟をしてゲームに挑むわけで、男子たちと比べて明らかに体格は小さしい、体重も軽いから相手のポストアップや力で押してくるドライブは防ぎようがない。ジャンパー(ジャンプシュートの略語)打つにも、他人より数段距離を置かないと簡単にブロックされてしまうからね。

体を起こして隼人の方を見ると、彼は真っ赤な顔で叫んできた。

「だいたいさ! その服だって、その、パ、パンツみたいな、何でそんなのしか着てないんだよ! 普通のジャージとかだったら、俺がびっくりしてタイミングを逃すこともなかったじゃねえかよ。」

「な、何がパンツみたいな、へ、変な言い訳やめてよね! ちゃんとスポーツ用のスパッツだし! 普通の半ズボンでも肌に触れたのは一緒じゃん!!」

耳の端まで赤くなった隼人は自分のセリフを言い切る前から目線をそらしていて、それに反論しているうちに何だか私も顔が熱くなってきた。
別に変なこと言っていないのに、な、何か、は、恥ずかしい!!

「まあ、隼人。どうせ勝てなかったし。もういいよ。負けたことは素直に認めなきゃ。」

「どうせ勝てなかったって、お前…」

悠馬はベンチに座ったまま背もたれにへたっていた姿勢だけを正した。

「あの子のスキル見たろう。あれだけの実力差があって、しかも勝負に慣れてるんだ。最初から隼人には一回もボールに触れさせないつもりだったんじゃないの?」

悟ったような半開きの目で悠馬がこっちを向いた。

「そうね。ありがたいことに、最初の攻撃も譲ってもらったしね。フリースローで決めたとしても同じだったでしょうけど。」

「そうか! 俺、ドリブルすら一回もやってないんじゃねえか!! ずっと腰落としてディフェンスばかりやってた!!」

何をいまさら。

「あ、後、一つごめん。先スリー入った時、ライン踏んでるってのは嘘だった。」

「はあ!! うそ!? 私、てっきり信じてたのに!!」

目を丸くした私を見て、悠馬が小さく微笑む。

「あまりにも綺麗なステップバックだったからさ。どうせ隼人の野郎は勝てないし、どんなプレイをするのかワン・ポゼッションでも多く見たくてさ。2回目のダブルステップバックも、最後のスクープレイアップもめっちゃ上手かったよ。ごめんな。許して。」

「あんた、平気な顔して嘘言えるタイプなんだよね。」

悠馬は淡々と言い訳を述べて、最後にニコッと笑って見せる。
むうっ、かつくけど、内容的に褒められているからあまり怒れない。イケメンの笑顔はずるいよね。

「私がその後、スリー決めてたらツー・ポゼッションで終わってたけど。」

安静しつつあった頬がまた微かに上気してくる。えっ、何で?

「それはそれでいいんだけどさ、とにかく俺は試合を伸ばしたかっただけだから。まあ、でも隼人は初心者の中では上手い方だから、スリーを警戒して打たせないだろうなとは思ったよ。」

「おいおい。初心者の中ではとは何だ。」

「その通りだよアホ。お前のお陰でもうここのコート使えなくなったじゃねえかよ。ここが一番近いのに。」

「うっ…そうだな…」

隼人は何か言い返そうとしたのをやめて、素直に頷いて頭をかく。

「と、言うわけで、負け組の俺らは帰ろうぜ。」

悠馬はベンチから立ち上がって、周りの男子たちに言い放った。

「え、まじかよ。あのビーチのコートまで行くのかい?」

「山の下まで降りるのか、にーにーからスクーター借りようかな。」

「うわ、ずるっ。俺んち、おじーが乗るチャリしかないのに。」

あはは。これはこれで賑やかになるんだね。

群がって公園の出口に向かう6人の男子。
その中でも頭1個分飛び抜けている185の二人。悠馬と隼人っていうのか。
ボールをお腹の前で持って彼らの後ろ姿をぼーっと見ていると、遊具ゾーンに行っていた子供たちがいつの間にか一人二人戻ってきて、ボール遊びをし始めていた。
悠馬が突然振り返る。

「俺、悠馬っていうんだけど、アンタ、名前何?」

アンタの名前はもう知ってるわよ。

「エイミ。」

彼らに聞こえるように、少し大声を張る。
すると、隣にいたもう一人の185の頭もこっちに振り向いた。

「覚えてろよ! 次は絶対勝つからな! 今度会ったら手加減しねえぞ!!」

なんだよ、それ。悪党が敗退するときの捨て台詞じゃん。
悠馬が隼人の額にデコピンを入れて、他の男子たちが勢いよくからかう様子を見送って、私はコートの中に戻った。

追っ払ってしまったけど、最初に思ったほど悪い奴らではなかったような。
まあ、とりあえず、今日は子供たちに交じって、もう少しシュートの練習して帰ろうっと。


公園の出口で分かれて、男子たちはそれぞれ自宅へと帰る。
歩いて20分ほどの近い町に住んでいる子もいれば、同じ山の上とは言っても、悠馬と隼人は歩いて40分もかかる町に住んでいる。

「あ、くそ、暑いな。車で送ってもらえれば5分でつくのに。」

海が見える2車線道路沿いの歩道を二人してとぼとぼと歩く。

「おい。マジでビーチのコートまで行かないといけないのかよ。」

隼人は、昼間の強烈な日差しを反射してキラキラと光るエマラルドの海を見やる。
ボールを手の上でトントンと弾かせて弄びながら悠馬も海の方に顔を向ける。

「お前のせいだろうが。何で、そんな無茶な賭けするんだよ。」

隼人がピタッと止まって海の方をじっと見つめる。

「悠馬、お前、最初から俺が勝てないって分かってたんだよな。」

悠馬も隼人の隣に止まって、ボールを人差し指の上で回転させる。

「そうだよ。」

「何で? 俺はあんなチビに負けるはずがないとしか思ってなかったのに。」

悠馬は軽くため息をつくと、指の上で回転しているボールを両手で掴んで、歩道の外側から生えた巨木の木陰に入った。

「お前をネットから落としたジャンプシュート。あれは完全にこっち側の人間のフォームだったから。」

目をパチパチしながら隼人も木陰の中に入ってくる。

「何がこっち側だ。カッコつけやがって。何だよ。あのチビもお前みたいなプロ候補生だったんかい。」

「俺もう候補生なんかじゃないよ。まあ、こっち側ってのは冗談で、それはともかく、」

話しの途中で、悠馬は肩にかけている小さめのバックから1リッターの水筒を取り出し、まだ冷たい水を一口飲み込んだ。

「バスケで一番難しいところは何だと思う?」

隼人も自分のバックから同じくらいの水筒を出して一口飲んだ。

「シュート。」

「まあ、大抵はそう思うのが自然だろうな。生まれつきの才能でいきなりボールが投げれる奴もいるけど、それは極めて少数で、とにかく、ボールを正確な軌道に乗せて放物線上に投げるってのが難しいみたいだから。みんな。」

「うわ。言い方ムカつくな。」

「だって、俺知らんし。ボールが飛ばないってのがどういう感じなのか。」

「くそ。それが、飛ばないんだよ。俺はちゃんとジャンプしながら、こう手首もスナップさせてるつもりなんだけどさ。後から動画で見ると自分でもフォームが可笑しいって分かるのにな。打つときはイメージと全然違うんだよな。」

「スリーとか、ましてやディープスリーとか打とうとすると、筋力もそれなりに重要だけど、一番大事なとこは足から跳ね上がる力を指先までつなげる感覚なんだよ。」

「それはもう何回も聞いてる。でも、そのリズムというか、タイミングが掴めないんだよ。どこをいつどう動かしたら自然につながるのか全く分からん。」

悠馬は水筒をバックに閉まって、地面に置いてあったボールを持ち上げる。
そして、ゆっくりと膝をまげて、ジャンプシュートのフォームをとって見せる。

「このリズムだけは俺も何とも説明できない。俺は普通にやってみたらできちゃったからな。とりあえず、これでちゃんと全身の力を上手く伝えると、ボールはすっと飛んでいくんだよ。で、隼人だって練習すれば、いずれは上手くなれるはずだよ。」

「マジか。俺、マジでミドル上手くなりたいんだけど。」

「なれるさ。でも、ある程度限界はあると思う。」

「はあ? なんだよ。その限界って。いくらやっても俺はどうせそんなもんだってのか。」

「まあ、まあ、もうちょっと聞けよ。」

悠馬はボールを左手で腰に挟んで、素手の右手でもう一回シュートのフォームをとって見せた。

「NBAのS級選手だって、みんなディープスリーを上手く打てるわけじゃないだろう。むしろそんな超長距離シュートを難なく打てる選手はNBAでも限られてる。カリーとかリラードとかさ。」

「そうだな。」

「そのボールを飛ばすリズムってのが、人それぞれみんな違うんだよ、多分。俺も何となくしか言えないけど、みんなそのリズムを掴むために練習する訳だし、そして、みんな一所懸命練習しても違いが出てくる。」

「ふうむ。それで、俺はそういうシュートには向いてないのか?」

「まあ、そこは俺がはっきり言い切れるとこじゃないけど。そして、あの、エイミっていう子の話しに戻るけどさ、お前をネットから落としたシュートのフォームがマジで綺麗だったんだよ。いや、綺麗っていうか、めちゃくちゃ自然すぎるっていうか。」

「ほお。お前みたいに、そのシュートの感覚ってのを体得してるってことか。」

悠馬はにこりと笑いながら町の方へ歩き出す。隼人もその隣に並ぶ。

「多分、俺よりずっと凄いよ。俺、そんなに自信満々でステップバック・スリー打てる気しねえもん。あんな派手なムーブからのシュートっていうのに全くフォームがぶれなかった。マジで凄いよ。」

似合わない溜息が隼人の口から漏れる。

「なんだよ。俺、そんな奴にワン・オン・ワン仕掛けたんかよ。止めろよアホ。」

「アホはお前だろう。」

「くそ。そんな凄いやつならお前でも勝てねえんじゃねえの?」

悠馬は頭の上に広がっている晴天をチラッと見やって、首を横に振った。

「いや。勝てるさ。」

あっさりとした声に隼人は少し驚いた。

「マジで言ってんのか。」

「100パーとまでは言えないけど、ほぼな。勝てるよ。バスケはそういうスポーツだから。」


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