なつき戦史室 2022/12/31 18:00

二〇二二年の戦史感想

今年は私生活が忙しく、落ち着いて戦史と向き合えなかった。それでも少しだけ読んでいるので、感銘を受けたものを挙げておく。




戦史の探求「トンディビの戦い_1591_西アフリカでの銃兵と騎兵の衝突」


軍事専門家の書く戦史は、迂回・包囲・突破など“軍隊の機動”に興味が偏りがちだが、戦史が教えてくれるものはそれだけではない。

わたしは以前、小牧長久手の戦いを中心として日本戦国戦史について調べていて、このことは特に思った。包囲なんてしなくたって敵を追い崩すし、統制された戦闘なんてしていない。命知らずの武士たちが功名を得ることをかけて個々に突っ込んで行くのだ。だから敵を前にして、真っ先に首を取る一番槍には特別な価値がある。

真っ先に敵陣に突っ込む兵士は“恐怖”と戦わなければならない。視線の先から放たれる鉄砲玉が自分のからだを貫通するかもしれない。目の前の槍が突き刺さるかもしれない。死ぬかもしれないという恐怖に打ち勝って進み続けなければならない。

戦史の探求さんが書いた「トンディビの戦い」記事は、そんな恐怖に関する戦史の一つだ。十六世紀におけるモロッコ帝国とソンガイ帝国の戦争を取り上げている。

この「トンディビの戦い」は銃兵対弓兵の戦史としても注目されている。不勉強ながら、わたしはまったく知らなかった。

昨年、戦争心理学の古典として名高いドゥ・ピック『戦闘の研究』が有志の手で翻訳されているので併せて読みたい。




hajimemasite「英第二十一軍集団内の人間関係:MontgomeryとO'Connorの場合」


一九四四~四五年西部戦線におけるイギリス軍内、モントゴメリーとオコナ―の人間関係が書かれている。

モントゴメリーは好き嫌いが激しく、自分の子分を重用した。オコナ―は野戦指揮官として有能で人当たりもよかったが、モントゴメリーとは折り合えなかった。

人間関係に軍事的合理性はない。組織の気風と個人の性格、そして“仲がいいか悪いか”が作用して席が決まる。

不可思議な人事があるときは大体醜聞がある。日本軍の戦場における人間関係を調べて感じていたことをイギリス軍から得られて興味深かった。




●hajimemasite「Lorraine戦役とその忘れられた論争について」


本稿は『征論』(兵勢社、二〇二二年)の記事の一つとして収録されている。一九四四年九月~十二月まで西部戦線において行われたロレーヌ戦役の“論争”について書かれている。

英語圏でもほとんど扱われることのないロレーヌ戦役の詳細を追究しようというのではなく、ロレーヌ戦役がどう論じられてきたかを探るというユニークな構成だ。

「機動戦対消耗戦」論争を懐かしく思えたり、スティーブン・ザロガのシャーマン戦車愛はやはり異常の域にあるのかもしれないと思えた。わたしも依然シャーマン戦車に関する記事を書いたことがあり、ザロガ氏はシャーマン戦車のことを好きすぎるのではないかと感じていた。

ロレーヌ戦役の論考には書かれていないが、hajimemasiteさんによるとザロガ氏はシャーマン戦車の戦果を意図的に高くしている節があるという。好学の士は調べてみると良いかもしれない。

このロレーヌ戦役記事は、独自の論点から切り込む面白いものであるが、人名・地名が英語表記のままで地図がないのは読者への壁を高くしてしまっているかもしれない。

わたしは英書も参照することがあるのであまり気にしないが、趣味者でも外国語に触れる者は少ないだろう。

hajimemasite「ある米軍戦車大隊長のLorraineの記憶」も併せて読みたい。

わたしのシャーマン戦車記事も一応紹介しておく。ただ、主に参考にしたザロガ氏の本は、意図的にシャーマン戦車に有利な数字を採用している可能性がある。

なつき戦史室「シャーマン戦車はパンターに劣るのか?」




遠藤美幸「悼むひと 元兵士たちと慰霊祭」


本作は、生きのびるブックスにてオンライン連載されている。第二次大戦にて戦地に派遣された兵士が戦後どういった思いで戦争を振り返っていたのか、戦友会や慰霊祭を中心に書かれている。遠藤氏はビルマに派遣された兵士たちの戦友会の世話人をしていたので、話もビルマ帰りの兵つながりが多い。

わたしが遠藤先生を推しているのは、元兵士たちのいいところも悪いところも書いてやろうという意図が見えるからだ。

顕彰目的では人間が見えてこない。実際に戦場で何をやっていたのか、戦友会では時にどんな議論がなされたのか。顕彰では、対立も醜聞も書かれない。遠藤先生は書いてしまう。だからインタビューした元兵士に怒られることもある。

けれど日本軍が愚にもつかない顕彰目的の戦史編纂をしてしまったことで思考の枠を狭めてしまったことを思えば顕彰だけの物語がいいとはどうしても思えない。

旧軍の戦史編纂については、塚本隆彦「旧陸軍における戦史編纂—軍事組織による戦史への取組みの課題と限界—」を読んでいただきたい。

生きて帰ってきた兵士たちの戦後史については、保坂正康『戦場体験者 沈黙の記録』(筑摩書房、二〇一八年)吉田裕『兵士たちの戦後史 戦後日本社会を支えた人びと』(岩波書店、二〇二〇年)がある。

遠藤先生の連作もこれに連なるもので、帰還兵士たちの内面を探っている。ほかの媒体で掲載された戦友会記事も併せ収録して単行本化されてほしいと思う。

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