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ファンタジーものの記事 (44)

「私のなかの彼女」1月の短編ファンタジー


        
          

 みんなが私を見ている。
「悠人君のお母さん」でもなく「美哉ちゃんママ」でも「木原さんの奥さん」でもなく、「水城ゆう」として。
「水城ゆう」はペンネームだ。本名は木原優香。38歳、二人の子持ちのパート主婦。何も取り柄もない変凡な人間だったのに、今まさにS文学新人賞受賞者として挨拶するのを心臓をバクバクさせながら待っている。まさか、こんなことが私に起こるなんて思ってもいなかった。
 小説を読むことは学生時代から好きだった。けれど子どもが生まれてから小説なんて読んでいるひまはなかった。子育てと家事、パートで疲れて、あいた時間に電子漫画やネット配信のドラマを見るくらいがせいぜいだった。
 それが去年交通事故を起こしてから、なぜか小説を書きたくてしかたがなくなった。それまで小説など一度も書いたことがなかったのに。いや、ブログでさえ書いたことがなかった。
 それがいきなり書きたい衝動にかられ、子どもたちを寝かしつけた後、眠い目をこすりながらノートパソコンを開いた。ノートパソコンも自分の貯金で安いものを買ったのだ。そうして書き上げた小説を、ためしにこのS文学新人賞というものに送ってみた。原稿用紙にしておよそ300枚も自分が書けるなんて思わなかった。他の小説に劣っているようにも思えなかったし、なにしろこんなことはもう二度とできないような気がした。交通事故で頭を打って何か脳の仕組みでも変わったのだろうか。とにかくこの小説を無駄にできないと思った。まさかそれが、いきなり新人賞を受賞してしまうとは。
「それでは、新人賞受賞の水城ゆうさんにご挨拶をお願いします」
 司会者がにこやかに優香をうながした。
 優香は立ち上がり、震える足で中央のマイクに向かった。

 授賞式の10ヶ月後に、優香の小説は単行本となり書店に並んだ。近くの駅ビルの本屋に行ってみると、小説のスペースに○○文学新人賞という帯をまとって平積みされていた。さすがに有名な賞だけあった。ふるえる指で一冊手に取ってみる。
「水城ゆう」私が書いた本だ。新人賞受賞の電話をもらった時から、ずっと夢の中にいるかのようだ。本を戻して、スマホで写真を撮る。一冊で消える作家は多いと言われた。もしかしたら、もう二度とないかもしれない。これが私の人生の頂点かもしれない。
 名残惜しくその場に10分以上立っていたが、そろそろ帰らなければならない。スーパーで買い物をして、夕飯を作らなければ。
 歩き出そうとした時、ふいに腕をつかまれた。
 ぎょっとして振り返ると、50代前半くらいの女性が優香の腕をつかんでいた。何か怖いくらいの必死な形相だ。
「え? あの?」
「木原優香さんですよね」
「え? どうしてそれを?」
 新人賞を主催している文芸雑誌や出版社のネットに顔写真は出ていた。本名も出ていただろうか。けれど出ている写真はきれいにヘアメイクしたものだ。パート帰りの優香はかなり雑な格好をしていた。
「少しお話よろしいですか?」
「いえ、急いでいますので」
「『私のなかにいる彼女』は、あなたの作品じゃないですよね?」
「え、どういうことですか?」
 さすがにむっとした。パートで疲れてこれからスーパーに買い物に行かなくちゃならないのに、見知らぬ女性が腕をつかんできて「あなたの作品じゃない」とはどういうことだ。盗作だとでも言いたいのか。
 優香は書き上げた小説を締め切りが近く枚数が合っていた新人賞に送ったのだったが、S文学新人賞は小説家への登竜門と言われている賞だった。注目されるぶん、応募者による5チャンネルもできていた。まだ優香の悪口は書かれていなかったが、これまでの流れからするといずれ書かれるだろう。ネットレビューでも。
 けれどまさか、本屋に並んだ早々こうしてリアルに腕をつかまれ盗作だと言われるとは。
「離してください」
 優香は腕を振り払おうとしたが、女性は優香の腕をぎゅっと握っていた。
「いいかげんにしてください」
 どうしよう、店員さんを呼ぼうか。有名な作家にはストーカーもいると言うけれど、優香はまだ本を一冊出したばかりだ。もしかして、賞に応募して落ちた人だろうか。落ちて悔しくて逆恨みということなのかもしれない。なんにせよ、この腕のつかみ方、必死の形相は普通ではない。
 でも、この人、どこかで見たような?
 思い出せそうで思い出せない。まるでついさっきまで覚えていた夢を、まったくといって思い出せないかのように。けれどどちらにせよ、この種の人間と関わるべきではない。店員さんに言おう。優香が無理にでもレジに向かおうとした時、女性が言った。
「『私のなかにいる彼女』は娘が書いていたものです。水城ゆうは娘のペンネームでした」
 娘? そんなこと、いくらでも言えるじゃないのと優香が思っていると、女性は優香の腕を握りながら反対側の手で紙袋をこちらに寄こした。片方の取っ手をこちらに向けて開いた紙袋に、ワープロで印字した原稿の束が入っているのが見えた。
 私のなかにいる彼女 水城ゆう
 原稿用紙の表紙にはそう書いてあった。
「これが証拠だっていうんですか? 本を買って書き写せますよね?」
「そんなことは無理よ」
 確かに今日書店に並んだはずだから、全部書き写すのは厳しいだろうけれどできなくはない。今だとスキャンもできるのではないだろうか。
「もう書店に並んでいるんだから、朝買えば無理じゃないですよね」
「無理なんです」
 その声は悲しそうに響いた。
「娘は二年前に死んだから」
 
 

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「クリスマスイブの訪問者」12月の短編ファンタジー


        
          

 クリスマスイブになると毎年、美乃利のもとに必ずやってくる訪問者が二人いる。
 今年のように土曜日でなくても平日でも同じだった。だいたい午前中の10時過ぎ頃に二人そろってやってくる。
 だから美乃利はクリスマスイブが平日だった場合には休みを取る。サービス業ではなく事務職だったので問題なく休みが取れた。ふだんまじめに働いていることと、毎年のことなので上司も同僚も承知してくれているおかげだった。
 52歳の一人暮らしの女性のもとにクリスマスイブに毎年必ずやってくる父親と息子は、職場の上司にも同僚にも評判が良かった。
「毎年必ずってすごいわよね。特に息子さん、もう二十五歳でしょ? うちなんて彼女とデートだとかで家になんて寄りつかないわよ」
「うちもそうよ。彼女いないくせに忘年会だとかなんだとか。ほんとうらやましいわ」
 美乃利は毎年同じような会話に微笑みを返す。
「その代わり、ふだんはなしのつぶてよ」
 本当にふだんはなしのつぶてだった。電話やラインの連絡も一切ない。けれどそれでもクリスマスイブは決まって必ず二人してやってくるのだ。
 美乃利は十日前からマンションの部屋の掃除に励む。ちょうど年末の大掃除と重なっているのでちょうどいい。
 いらないものを捨て、すみずみまできれいに拭き、父親と息子が少しでも居心地よく過ごせるように整える。
 前の日に花屋で花を買い、ガラスの花瓶に整える。今年も赤いバラを中心にクリスマス仕様にしてもらった。少しお金はかかるけれど、生花があると部屋がぱっと華やかになる。ふだん洋服を買うのを控えても、この特別な日にけちったりはしない。
 食事の用意も前日から買い込み、朝から下ごしらえは準備万端だ。メニューは土鍋で作る炊き込みご飯と、鳥の蒸し焼き、青菜のおひたし、お味噌汁、漬け物。クリスマスイブの食事というより普段の食事のようだけれど、二人ともこういうメニューを望んでいた。クリスマスらしさは予約していたケーキで補う。
 予約していたケーキを取りに行き、家に着くと10時10分。
 コーヒーの用意をしていると、チャイムが鳴った。
 いそいで玄関に行きドアを開けると、
「元気だったかい?」
「お母さん、ひさしぶり」
 父親と息子の直樹が満面の笑みでそこに立っていた。
 ああ、一年がたったんだな、と美乃利はつい涙ぐんでしまう。
「お母さんは相変わらず泣き虫だなあ。入っていい?」
「どうぞどうぞ!」
 二人に入ってもらい、リビングに座ってもらう。
 こたつ式テーブルには、三脚の椅子があった。
 そして三つのカップ。
 美乃利はコーヒーを入れる。コーヒーの香りが部屋に満ちる。
「お母さん、洗濯機使っていい?」
 直樹が立ち上がろうとする。
「座ってて。私がやるから」
 直樹が持っていた大きな袋には洗濯物が詰まっていた。
「お父さんはないの?」
「俺はないさ」
 美乃利は直樹から洗濯物を受け取るとさっそく洗濯機を回した。晴れていてよかったなと美乃利は思う。
 座って三人でコーヒーを飲む。
 晴れていても外の風の音が聞こえてくる。急に冷え込んだ。
「寒くない?」
「寒くないよ」
 そう言った父親はまだ若々しかった。美乃利が二十代だった頃の父親に似ていた。本当ならもう八十歳だ。
「直樹はまた大人っぽくなったわね。二十五歳だものね」
 背は十七歳くらいで追い越された。美乃利も高いほうだったけれど。
 直樹は一年ごとに年齢を重ねていくのに、父親は若返っていくようなのが不思議だった。
 いつもだいたい話すのは美乃利だった。この一年こんなことがあった、あんなことがあった。それに対して二人はうなずいたりアドバイスをくれたりする。いつのまにか直樹もアドバイスをくれるようになっていた。
「絵を習いたいなって思ってるのよ」
「なら、さっさと習いに行きなよ。やりたいことはやっておいたほうがいいよ。後で後悔しないようにね」
 気ままな一人暮らし、誰に遠慮もいらない。
「そうね。さっそく教室を調べるわ」
「おばあちゃん、元気?」
 直樹が聞いてくる。
「この前道でふらっとして倒れたみたいけど、なんともなかったって。弟がよく見てくれてるわ」
 ふと思って、美乃利は聞いてみる。
「おばあちゃんもそっちに行ったら、クリスマスイブに三人で一緒に来るの?」
 母も八十歳だ。今は元気だけれどいつ倒れてもおかしくない。
「もちろんだよ。ね、おじいちゃん」
 父が笑いながらうなずいた。
「美乃利が嫌じゃないならね」
「もちろん嫌じゃないわ」
 子どもの頃や若い頃は母親と気の合わないところがあったけれど、いつのまにか母親は美乃利の理解者になっていた。美乃利がたった一人で頑張っていることを、母は母なりに応援してくれているのだった。
「でもまだお母さんには、そっちに行って欲しくないわ」
 遠くに住む母親には一年に一度も会っていないし頻繁に電話しているわけでもなかったけれど、それでも会おうと思えばいつでも会えるという状況と会えないというのは違う。
 ピーッと洗濯機の終わった音がした。


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「空気読みさん」11月の短編ファンタジー


        1

「終了しました」
 十一月下旬、木枯らしが吹くなかユリナは都内の大学病院のAI棟で亡くなった。32歳だった。
 ユリナは、私が生まれた時からずっと一緒だった。
 機体は好きなイヤーカフにつける型で、最新型に比べればかなり大きく1センチはある。頭の中で再生されるユリナは猫くらいの大きさだった。
 一般的に空気読みさんと言われる彼女たちは、人間のコミュニケーションを円滑に行うための機器として約50年前に販売が開始された。脳内で猫くらいの大きさの人間に再生され、「今相手はこう感じています。~~と言ってあげるのがいいですね」などと補助してくれるのだ。
 空気を読むことがなかなかできないタイプの人間が多くなったために開発されたものだ。私も母のお腹の中にいる時からそのタイプだと診断され、生まれたと同時に空気読みさんであるユリナが左耳に装着された。
 お金持ちの家庭では頻繁に最新型に変えられるが、私のような一般家庭では終了するまで使う。今の最新技術でも故障を直せなかった時に終了宣言がされる。ただの機械ではなく私たちの心に深く関わるために、修理場は大学病院に隣接されその終了宣言はまるで人間の臨終のように厳かでさえある。
「ユリナ、今までありがとう」
 両親よりも誰よりも密接に過ごしてきた。私は貯金の半分を注ぎこんでもユリナを直したかったけれど、それは不可能だと言われた。
 データは最新機に移すことができる。けれども、空気読みさんにはそれぞれ個性があり、データを移してもユリナは再生されない。これは現代科学でも解明できないということだった。まるで、それぞれの機械に個別の魂があるとでもいうかのようだった。
 だからこそ、相性のいい空気読みさんを変えずにずっと使っている金持ちはあんがい多い。日頃のメンテナンスに通常の何倍もかけて長持ちさせている。私ももっとメンテナンスにお金をかけていれば良かった。ユリナを失ってその大切さが身にしみる。
 勧められるままユリナを加工してペンダントにするサービスを申し込むと、ユリナはその場ですぐさま百合の花の型のペンダントヘッドになった。私はそれをつけたけれど、当然頭の中でユリナは再生されない。
「こちらが最新型になります」
 技師は最新型を画面に映し出した。
「データはもちろん保存してありますので、スムーズに移行できます」
 最新型は1ミリほどだ。機器の進歩は速い。
 最新型の中でも料金によって性能が違う。ユリナは当時の標準型だ。一般家庭の両親としては、補助金を受けてもそれが精一杯だったろう。
「木下さんの場合、A型の補助金が受けられます」
 自分の今の経済状況、脳のコミュニケーション機能の具合によって補助金額が決まる。
「脳のコミュニケーション機能の具合から言っても、機器はこちらのR型がいいのではないでしょうか」
 脳の中で再生される女の子は、ユリナより動きがスムーズだ。
「顔をユリナに似せることはできますか?」
「はい、可能です。前の機器の顔にされる方が多いですね」
 技師が操作をすると、女の子の顔がユリナになった。最新型だけあって、ユリナより画像が細かくきれいだ。ユリナなのにユリナではない何かがそこにあった。
「声も前の声にしましょう」
 女の子が、ユリナの声でしゃべった。
「こんにちは」
 確かにユリナだけれど、やはりユリナではない。
 技師が私の心を読んで言った。
「そのうち慣れますよ」
 その技師も、ピアス型の最新の空気読みさんをつけていた。
 私はうなずいた。
 

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「別人」10月の短編ファンタジー


        1

 夫が別の人になっている。
 まさかと思うけれど、この10日間で雅美はそう感じていた。
「おはよう」
 まず朝から挨拶してくる。こんなことは27歳の新婚以来15年なかった。
 いつもは起きてくるなりテーブルに座ってスマホをずっと見ている。私の顔など見ずにそのまま出された朝食を食べ、子どもたちと洗面台を争いあわただしく出て行く。
 休みの日は疲れたと言って午前中は寝ている。子どもたちを連れてどこかに出かける時だけ父親らしくしているけれど、あとはスマホを見ていたりゲームをしたりサブスクの映画を動画で観ている。それが常だった。
「今日もかわいいね」
 挨拶の次はこれだ。10日前に最初にこれを言われた時には、持っていた皿を落としそうになってしまった。
「いただきます」
 いただきますだっていつも言っていなかった。
「毎朝、ありがとう」
 子どもたちも父親の変化をすぐに感じとった。
「パパ、どうしたの?」
 中学2年の長女が不思議そうに聞いた。
「ママにめちゃくちゃ優しいよね」
「僕にも優しいよ」と小5の長男。
 確かに子どもたちにも優しくなった。
 これまでは無関心か「もっといい点数を取らないとな」とテストを見て言っていたのが、雅美が長男の40点のテストを見せて、
「もう少しがんばるように言ってあげて」と言っても、
「おお、がんばったな。こんなにできてるじゃないか」とほめた。
 長男はぱっと笑顔になって、
「ここ、がんばったんだ」
「でも、もう少しがんばってもらわないと」
 雅美がそう言っても、
「なあに。もうじゅうぶんがんばってるさ」とかばった。
 こんなことはこれまでなかった。子どもたちを叱ったり怒ったりすることが子育てだと思っているような人だった。
「うん、がんばってるよ。もっとがんばるよ」
 長男はよほど嬉しかったのか、自分からそう言った。
 父親が変わると子どもたちも変わる。2人とも父親と同じように朝からスマホを見ていたのが、今ではみんなでお互いの顔を見ている。
「今日は寒いけど、ママのお味噌汁のおかげであったまるな」
 雅美も朝は長女と夫のお弁当作りできりきりしていたけれど、早めにお弁当を作って一緒に食べるようになった。
 この生活は、雅美が望んでいた結婚生活だった。
 これまでは家族という形はあったけれど、夫も子ども達も皆自分勝手にしていて雅美の言うことなど聞こうとしなかった。
 それでも雅美はこの生活を維持するためにパートに出てお金も稼いだ。時どき、私は何のために生きているのだろうと感じてしまうこともあった。家族にとって、私はお金も稼いでくる便利な家政婦ではないかと。
「じゃあ行ってくるよ。雅美もパートがんばってね」
 会社に出かける時に、夫は笑顔でこう言ってくれるようになった。
 ママではなく名前で呼ばれるのも子どもができて以来だ。パートをねぎらってもらえるのも初めてのことだった。
「達樹さんもがんばってね。行ってらっしゃい」
 雅美もつい笑顔になってしまう。
 けれど、あまりにも変わりすぎだ。ここまで変わりすぎだと、ただ喜んでばかりもいられない。
 浮気をすると、男は奥さんに罪悪感を感じて優しくなるとどこかに書いてあった。確かに夫は以前より身だしなみにも気をつかっている。
 日曜日、夫がまだ寝ている間に雅美は夫のスマホを盗み見た。
       


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「列の審判」9月の短編ファンタジー


         

「こんなはずじゃなかった」
 身体にいろんな管が入った状態で、狭い病室でまわりが騒いでいるのは聞こえる。六十五歳でいよいよ臨終となった今、ぼうっとしていく意識のなかで秋穂は思った。
「こんなはずじゃなかった」
 夫と娘夫婦はすぐ来てくれたが、感染症対策ということで数秒しか会えなかった。息子夫婦と弟はこちらに向かっているという。両親はすでに他界している。
 一人で孤独に死んでいくわけではないのだから、幸福な最期だと言われるかもしれない。少なくとも、これが普通だと。ただ六十五歳はまだ若いから残念でしたね。きっとそんなふうに言われるのだろう。
 けれど、秋穂はどうしても思ってしまう。私はこんな人生を歩みたかったんだろうか、と。
 物心ついた時から、まわりが「これがいい」ということに従ってきた。幼稚園でも小学校でも、先生の言うことを聞いてきた。いい成績を取りなさいと言われてきたから勉強した。部活でも試合で勝ちましょうと言われてきたから練習した。
 まあまあの成績を取り、バドミントンの試合もまあまあ勝った。まあまあの大学に入り、まあまあの会社に入り、まあまあの人と結婚した。夫は長男だったから、埼玉の義両親の家を二世帯住宅にして同居した。二世帯住宅にしたローンや子どもたちの教育費のためにパートも続けた。義両親のわがままも義姉のわがままも聞いてきた。つい半年前まで義父、義母の介護を一〇年間やってきた。その後は夫の世話、孫の世話・・・。
 そうして私に与えられたのは何だったんだろう。「いい奥さんですね」「いいお母さんですね」「いいお嫁さんですね」「よく働くパートさんですね」「いいおばあちゃんですね」
 体のいい言葉だ。それらの言葉と、「都合のいい人ですね」とどう違ったんだろう。「いい奴○ですね」とどう違ったんだろう。
「何を言っているの、奴○に自由なんてないじゃないの。あなたには自由があったでしょう」
 そう言われるんだろうけれど、はたして本当に自由を感じたことがあったろうかと秋穂は思ってしまう。
 子どもの頃から、家でも学校でも「こうしなさい」と言われてきた。秋穂の家や学校だけ厳しかったわけではないだろう。友だち同士だって、「ちゃんとやらないとだめだよ」と監視しあってきたのではなかったろうか。
 ちょっと自由に愉しもうものなら、「みんなと違う」「おかしいよ」とクラスメートたちに言われ、「まわりにみっともない」と家で言われ、「規則に従いなさい」と学校で言われ、「休まれると困る」とパート先で言われ、「嫁として」と義両親に言われた。
 反抗する勇気もなかった秋穂は、まわりに合わせてきた。両親に合わせてきた。学校に合わせてきた。会社に合わせてきた。社会に合わせてきた。義両親に合わせてきた。
 だけれど、いざ死ぬ間際になると、なんと虚しい言葉なんだろう。
「いい奥さんですね」「いいお母さんですね」「いいお嫁さんですね」「よく働くパートさんですね」「いいおばあちゃんですね」
 ただまわりに都合よく使われただけじゃないのか?
 私自身はどこにいるんだろう。私自身として生きてきたと言えないじゃないか。
 ああ、私、なんでこんな臨終のまぎわに気がついてるんだろう。もうどんなに後悔したって遅い。誰のせいでもない。自分の勇気のなさが原因だ。「みんな」に合わせてきたけれど、「みんな」なんてどこにいるんだ。死にゆく私に、少数の知人が「六十五歳はまだ若いから残念でしたね」と言うだけの「みんな」じゃないか。しかも、テレビを見てポテトチップを食べながら。一時間後には忘れてしまう。
 私の人生は、そんなものだったんだ。


          


 気がつくと、列に並んでいた。
 広い平原で、目立つものは何もなく、ただ列だけがあった。霧のようなもやがかかり、20メートル先ははっきりとは見えない。
 後ろに並んでいる人は、秋穂と同じ年くらいの女性だった。話しかけてみた。
「あの、すみません。この列って何の列ですか?」
 女性が不安げに答えてくれた。
「私にもよくわからないんですが、ここは死後の世界みたいなんです」
「死後の世界?」
 なるほど、私は死んだのだ。
「でも、どうして並んでいるんでしょう?」
「怖いことじゃないといいけれど」
 二人で話していると、秋穂の3つ前に並んでいる女性が振り返った。七十歳過ぎくらい女性だ。
「前に並ぶ人たちの声が聞こえてきたんだけど、どうやら来世を決めるらしいよ」
「来世?」


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