「クリスマスイブの訪問者」12月の短編ファンタジー


        
          

 クリスマスイブになると毎年、美乃利のもとに必ずやってくる訪問者が二人いる。
 今年のように土曜日でなくても平日でも同じだった。だいたい午前中の10時過ぎ頃に二人そろってやってくる。
 だから美乃利はクリスマスイブが平日だった場合には休みを取る。サービス業ではなく事務職だったので問題なく休みが取れた。ふだんまじめに働いていることと、毎年のことなので上司も同僚も承知してくれているおかげだった。
 52歳の一人暮らしの女性のもとにクリスマスイブに毎年必ずやってくる父親と息子は、職場の上司にも同僚にも評判が良かった。
「毎年必ずってすごいわよね。特に息子さん、もう二十五歳でしょ? うちなんて彼女とデートだとかで家になんて寄りつかないわよ」
「うちもそうよ。彼女いないくせに忘年会だとかなんだとか。ほんとうらやましいわ」
 美乃利は毎年同じような会話に微笑みを返す。
「その代わり、ふだんはなしのつぶてよ」
 本当にふだんはなしのつぶてだった。電話やラインの連絡も一切ない。けれどそれでもクリスマスイブは決まって必ず二人してやってくるのだ。
 美乃利は十日前からマンションの部屋の掃除に励む。ちょうど年末の大掃除と重なっているのでちょうどいい。
 いらないものを捨て、すみずみまできれいに拭き、父親と息子が少しでも居心地よく過ごせるように整える。
 前の日に花屋で花を買い、ガラスの花瓶に整える。今年も赤いバラを中心にクリスマス仕様にしてもらった。少しお金はかかるけれど、生花があると部屋がぱっと華やかになる。ふだん洋服を買うのを控えても、この特別な日にけちったりはしない。
 食事の用意も前日から買い込み、朝から下ごしらえは準備万端だ。メニューは土鍋で作る炊き込みご飯と、鳥の蒸し焼き、青菜のおひたし、お味噌汁、漬け物。クリスマスイブの食事というより普段の食事のようだけれど、二人ともこういうメニューを望んでいた。クリスマスらしさは予約していたケーキで補う。
 予約していたケーキを取りに行き、家に着くと10時10分。
 コーヒーの用意をしていると、チャイムが鳴った。
 いそいで玄関に行きドアを開けると、
「元気だったかい?」
「お母さん、ひさしぶり」
 父親と息子の直樹が満面の笑みでそこに立っていた。
 ああ、一年がたったんだな、と美乃利はつい涙ぐんでしまう。
「お母さんは相変わらず泣き虫だなあ。入っていい?」
「どうぞどうぞ!」
 二人に入ってもらい、リビングに座ってもらう。
 こたつ式テーブルには、三脚の椅子があった。
 そして三つのカップ。
 美乃利はコーヒーを入れる。コーヒーの香りが部屋に満ちる。
「お母さん、洗濯機使っていい?」
 直樹が立ち上がろうとする。
「座ってて。私がやるから」
 直樹が持っていた大きな袋には洗濯物が詰まっていた。
「お父さんはないの?」
「俺はないさ」
 美乃利は直樹から洗濯物を受け取るとさっそく洗濯機を回した。晴れていてよかったなと美乃利は思う。
 座って三人でコーヒーを飲む。
 晴れていても外の風の音が聞こえてくる。急に冷え込んだ。
「寒くない?」
「寒くないよ」
 そう言った父親はまだ若々しかった。美乃利が二十代だった頃の父親に似ていた。本当ならもう八十歳だ。
「直樹はまた大人っぽくなったわね。二十五歳だものね」
 背は十七歳くらいで追い越された。美乃利も高いほうだったけれど。
 直樹は一年ごとに年齢を重ねていくのに、父親は若返っていくようなのが不思議だった。
 いつもだいたい話すのは美乃利だった。この一年こんなことがあった、あんなことがあった。それに対して二人はうなずいたりアドバイスをくれたりする。いつのまにか直樹もアドバイスをくれるようになっていた。
「絵を習いたいなって思ってるのよ」
「なら、さっさと習いに行きなよ。やりたいことはやっておいたほうがいいよ。後で後悔しないようにね」
 気ままな一人暮らし、誰に遠慮もいらない。
「そうね。さっそく教室を調べるわ」
「おばあちゃん、元気?」
 直樹が聞いてくる。
「この前道でふらっとして倒れたみたいけど、なんともなかったって。弟がよく見てくれてるわ」
 ふと思って、美乃利は聞いてみる。
「おばあちゃんもそっちに行ったら、クリスマスイブに三人で一緒に来るの?」
 母も八十歳だ。今は元気だけれどいつ倒れてもおかしくない。
「もちろんだよ。ね、おじいちゃん」
 父が笑いながらうなずいた。
「美乃利が嫌じゃないならね」
「もちろん嫌じゃないわ」
 子どもの頃や若い頃は母親と気の合わないところがあったけれど、いつのまにか母親は美乃利の理解者になっていた。美乃利がたった一人で頑張っていることを、母は母なりに応援してくれているのだった。
「でもまだお母さんには、そっちに行って欲しくないわ」
 遠くに住む母親には一年に一度も会っていないし頻繁に電話しているわけでもなかったけれど、それでも会おうと思えばいつでも会えるという状況と会えないというのは違う。
 ピーッと洗濯機の終わった音がした。


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