自遊時閑 Dec/23/2023 18:15

[夏目漱石] 変な音 ファストノベル

    上

 うとうとしたと思ううちに目が覚めた。すると、隣の部屋で妙な音がする。始めはなんの音とも、またどこからくるともはっきりしなかったが、きっとおろし金で大根かなにかを擦っているに違いない。それにしてもこの時間になんの必要があって、隣の部屋で大根おろしを作っているのか想像がつかない。
 言い忘れたがここは病院である。今の時間に、なんのために大根おろしを作るのだろう。これはきっと別の音が大根おろしのように自分に聞えるのに決まっていると、すぐ心の中で悟ったようなものの、さて、それなら果たしてどこからどうして聞こえてくるのだろう、と考えるとやっぱり分からない。
 自分はもう少し意味のあることに頭を使おうと試みた。けれども一度耳についたこの不可思議な音は、それが鼓膜に訴える限り、妙に神経に障って、どうしても忘れる訳にいかなかった。辺りはしんとして静かである。廊下を歩く看護婦の上履の音さえ聞えない。その中にこのごしごしと物を擦り減らすような異様な響きだけが気になった。
 自分の部屋は元は特等室として二間《ふたま》つづきに作られたのを病院の都合で一つずつに分けたものだ。東側に戸棚があって、その脇が襖ですぐ隣へ行き来ができるようになっている。この一枚の仕切りをがらりと開けさえすれば、隣で何をしているかは容易く分かるけれども、他人に対してそれほどの無礼をあえてするほど大事な音でない。季節は暑さに向かう時期であったから縁側《えんがわ》は常に明けたままであった。縁側は病棟いっぱい細長く続いている。けれども患者が端へ出て互いを見通す不都合を避けるため、わざと二部屋ごとに開き戸を設けてお互いの仕切りとした。自分は敷居の上に立った。あの音はこの両開き戸の後ろからでているようである。戸の下は六センチほど開いていたがそこにはなにも見えなかった。
 この音はその後もよく繰り返された。ある時は五六分続いて自分の耳を刺激する事もあったし、またある時はその半ばにも至らないでぱたりとやんでしまう事もあった。けれどもそれがなんであるかは、ついに知る機会なく過ぎた。病人は静かな男であったが、時々夜中に看護婦を小さい声で起こしていた。看護婦がまた感心な女で小さい声で一度か二度呼ばれると快い優しい「はい」と言う受け答えをして、すぐ起きた。そうして患者のためになにかしている様子であった。
 ある日、回診の番が隣へ回ってきたとき、いつもよりだいぶ時間がかかると思っていると、やがて低い話し声が聞え出した。それは二三人で遠慮しあってなかなか捗らないような湿り気を帯びていた。それから二三日して、かの患者の部屋にこそこそ出入りする人の気配がしたが、その気配も病人自身も影のごとくいつの間にかどこかへ行ってしまった。そうしてその後にはすぐ翌日から新しい患者が入った。例の妙な音はとうとう見極わめることができないうちに病人は退院してしまったのである。そのうち自分も退院した。そうして、あの音に対する好奇心はそれっきり消えてしまった。


    下

 三カ月ほど経って自分はまた同じ病院に入った。部屋は前の部屋の西隣であった。壁一枚隔てた昔の住まいは空いていた。もう一つ先がすなわち例の異様の音の出た所であるが、ここには今誰がいるのか分らなかった。自分はその後、受けた体の変化があまりにも激しく、異音の事などは全く思い出す暇もなかった。それよりはむしろ自分に近い運命を持った入院患者の経過のほうが気にかかった。看護婦に一等室の病人は何人いるのかと聞くと、三人だけだと答えた。重いのかと聞くと重そうですと言う。一人は食道ガンであった。一人は胃ガンであった、残る一人は胃潰瘍《いかいよう》であった。みんな長くは持たない人ばかりだそうですと看護婦は彼らの運命をひとまとめに予言した。
 やがて食道ガンの男が退院した。胃ガンの人は死ぬのは諦めさえすればなんでもないと言って美しく死んだ。胃潰瘍の人はだんだん悪くなった。夜中に目を覚ますと、時々東のはずれで、付き添いのものが氷を砕く音がした。その音がやむと同時に病人は死んだ。自分は日記に書き込んだ。
 ――「三人のうち二人死んで自分だけ残ったから、死んだ人に対して残っているのが気の毒のような気がする」
 その後、自分の病気は日を重ねるにしたがって次第に快調へ向かった。仕舞いには上履きを履いて広い廊下をあちこち散歩し始めた。その時ふとしたことから、偶然ある付き添いの看護婦と口を利くようになった。いつも通り挨拶をしながら、看護婦はその目を自分の顔に移して「この前のご入院の時よりもうずっと顔色が好くなりましたね」と、三カ月前の自分と今の自分を比較したような批評をした。
「あの時君もやはり付き添いでここに来ていたのかい」
「ええ、○○さんの所におりましたがご存じはなかったかもしれません」
 ○○さんと言うと例の変な音をさせた方の東隣である。自分は看護婦を見て、これがあの時の女かと思うと、少し驚かずにはいられなかった。けれども、その頃自分の神経をあれだけ刺激した音の原因については別に聞く気も起らなかった。すると女が突然少し改まった調子でこんなことを言った。
「あの頃あなたのお部屋で時々変な音が致しましたが……」
 自分は不意に逆襲を受けた人のように、看護婦を見た。
「うん、あれか」と自分は思い出したようについ大きな声を出した。「あれはね、自働革砥《オートストロップ》の音だ。毎朝髭を剃るんでね、安全カミソリを研磨用の革へかけて磨ぐのだよ。今でもやってる。嘘だと思うなら来てご覧」
 看護婦はただへええと言った。だんだん聞いてみると、○○さんと言う患者は、ひどくその音を気にして、あれはなんの音だと看護婦に質問したのだそうである。看護婦がどうも分からないと答えると、隣の人はだいぶ調子が良いので朝起きると、運動をする、その器械の音なんじゃないか羨ましいなと何回も繰り返したと言う話である。
「お前のほうの音はなんだい? よく大根をおろすような妙な音がしたじゃないか」
「ええあれですか。あれは胡瓜《きゅうり》を擦ったんです。患者さんが足が火照って仕方がない、胡瓜の汁で冷してくれとおっしゃるもんですから」
「じゃやっぱり大根おろしの音なんだね」
「ええ」
「そうかそれでようやく分かった。――いったい○○さんの病気はなんだい」
「直腸ガンです」
「じゃとても難しいんだね」
「ええもう本当に。ここを退院なさると直ぐでした、お亡くなりになったのは」
 自分は黙り込んでわが部屋に帰った。そうして胡瓜の音で人を焦らして死んだ男と、研磨の音を羨ましがらせて快くなった人との相違を心の中で思い比べた。

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