たくひあい 2023/08/13 16:42

なとなと 初盤 後編

後編です!
そういえばダンガンロンパってこれのネタも入ってるのかな?




第2章 : 祭と桑


「警察に……」
立ち上がるぼくを桑指さんが止めた。

「申し訳ございませんが、お嬢様が亡くなられるときに、隣にいたのはあなたがたです。疑いをかけるのをお許しください……もし犯人だったとしたら、そのまま逃がしてしまうことになります。それに外は厳重なセキュリティがありますので、一度中に入ると、家族登録されている方の承認が必要になります。私でさえも、その……」

「ぼくは犯人じゃありません、そんなわけ……ぼくは、緋田さんと、初めて会ったっていうのに、どこにそんな動機が」
「違うよ、なとなとは違う。ずっと一緒にいたし。それに、醤油を付けたのは、エックだけなんだよ」

そう言ってからまつりは暗い顔をした。いつの間にか震えが収まっている。
「そういえば、醤油の場所を訪ねたのはあなたでしたが」

桑指さんは冷たい目をしていた。ぼくはいらいらしていた。なんで、一体なんで、こんなことに巻き込まれているんだ……

「こいつは、そんなことをしないよ」

疑ってはだめだ。疑ってはだめだ。疑ってはだめだ。疑ってはだめだ。まつりを疑ったとき、ぼくがぼくでなくなってしまう。あいつは、そんなことをしない、するわけがない。

「桑指さんだって、怪しいじゃないか」

ぼくはそんな台詞を吐きながら、ひどく情けなくて、滑稽な気分になりそうだった。自虐的とも言えるかもしれない。一体なんで、こんなところでお互いを疑い合ってるんだろう。


「毒が入っているのを知っていて、あえて持って来させたんだ……いや、別に、緋田さんでも良かったんだ。
まつりは醤油をかけないからな。ぼくが醤油をかけるかには考慮出来なかった。ぼくが来ることは聞いていなかったんだろうし」


「まってください、私はただ、折角なのでなにか作ろうと。火を使っていたので手が離せなかっただけで」

「落ち着いてよ」

まつりが叫んだ。びっくりして視線を合わせる。声は低く、少し揺れていた。
「も、申し訳ありません。つい、動揺してしまいました」
「あーあ。電話するしかないか。っていっても、携帯も持って来てないし」
「桑指さんは携帯電話とか」
「すみません」

それが持ってないという意味だとわかると、ため息をつきたくなった。ぼくも持っていない。全滅だ。

なにか連絡が取れる方法はないのだろうか。
そういえば、この家の電話は?
聞くと、桑指さんは悩むような顔をした。

「じ……実は今朝、連絡が必要な用事で、電話を使おうと思ったのですが、どこを探してもそのとき既に三台全てがなくなっておりまして」
「本当?」
「本当です。無駄に問題を起こさぬようにと、私は何も申し上げておりませんでしたが」

やっぱり、連絡をとれないらしい。






「あははは。おはようございまーす。電話がないし!セキュリティで逃げられないし! そしてこちらはただいま26度を記録。いやー晴れ空が広がっていて、空気が気持ちいいですよおー。ははははは! では、今週のお天気を見ていきましょう」

 ん、セキュリティ?
セキュリティ……何かが引っ掛かるけど。それより。

「えっと……」

そばで小さく、なにやら楽しげな台詞が呟かれた。
軽く狂気だった。
まつりが見事に最近の天気予報番組らしきなにかの影響を受けて壊れていた。
落ち着いていないのはまつりもなのだ。

明らかに錯乱している。
精神が不安になりそうになると、その日の朝、または前の日の寝る直前に見ていたものに影響されやすいのだと、いつか聞いていた。誰にだったかな。

「一方関東地方は、今夜は寒空が広がって、涙のあとには虹が」

…………天気予報じゃないかもしれないが。

「岩杵さんは」

「あの方は、確か、奥の廊下を進んで二階へ上がった客間の一番右端の個室の方に普段はおられますが……」
「他に、住んでる人っていますか」
「はい、ええと、もう一人、女性の方。石啓 宿さんがいましたが……もともとよく一日中寝ているのか、部屋から出てきたのを滅多に見ることがありませんでした。最近は、やっとお見かけしたかと思ったら、ふらふらとどこかにタクシーで出ていったきりで――帰っておられません」


ああ、そうか電話だ。
それが引っ掛かっていた。
話を聞きながら、思考を進めていたので、まだ何かを言っていた気がするが途中から何を言ったかわからない。気にしないでいいか。


「……そういえば、そんなセキュリティがあるのなら、電話を盗られることなんてないのでは?」

 「それが、昨日はシステムの故障で、修理の為停止していたのですよ。その隙をつかれたのかもしれません。とにかく、見当たらなくて」


計画的な故障、意図的な外部の侵入というのも考えられるけど、わざわざ電話なんか三台も欲しい人がいるんだろうか?
うーん。

「あの電話は、どれも希少価値のある高いモデルでしたし……いつぞやのパーティーのときの方かもしれません」

パーティー……どんな感じだろう。
ともあれ、今回の事件とは関連しないように思えるので、あまり考える気もなかった。
そのときまつりの顔が一瞬、はっとしたものに変わった気がしたが、気のせいなのかもしれない。










「それでは、今日のきらきら占い!」

「おい、まつり」

「今日のいて座さんは6位!買い物の最中に何を買うのか忘れちゃいそうー」

「おーい」

まつりは近くの皿を持ち、無表情で下に叩きつけていた。ぶつぶつと何かの番組を呟いている。白い破片が緋田さんの体にやや散ったがまつりには何も見えていなかったらしい。少ししてから気を取り戻したのか、はっと目を見開くと、すぐに畏怖を宿した瞳になった。

「……あ」
「まつり」
呼びかけると、声が届いたらしく、不安そうな目をしながらこちらを見上げた。気分が悪いのかもしれない。
「えっと、その」
「あ、うん、絶好の晴れ日和でお出掛け日……じゃなくて、大丈夫、大丈夫だよ」
「そうか」

皿を割っていたことに気付いたまつりがあやまると、桑指さんは笑顔でいいですよ、安いものでしたし、と言い(ぼくも言ってみたいものだ)片付けをするので、岩杵さんを呼びに行って欲しい、と言われた。

片付けると言ったが、危ないですからと断られた。なので、結局二人で岩杵さんを呼びに行くことにした。

「岩杵さん、岩杵さん、大変です」

激しくやりすぎたかもしれないが、勢いよくノックをした。気が動転していたのだ。
「なんだよ、るせぇな」
「開けてください、緋田さんが、死亡しました」

「………」

意味がありそうな沈黙が、僅かに続いたあと、岩杵さんはやはりドアを開けることをせずに言った。

「あぁ?知るか。おれは今ゲームをしているんだ」

「岩杵さん」
「うるせぇ、もう話かけんな」
「………」
「聞こえてる?」
と、さっきまで、この個室のドアの前でぼくと一緒に立っていたものの異様なほど沈黙を続けていたまつりが声を出した。

「聞こえてない?」
「うるせぇ、話かけんな」
「開けないと、無理やりにでも開けちゃいますよ。じきに警察も来ちゃいます」
「…………」






電話


ドア下の僅かな隙間からまつりが中を覗こうとした。だが、なにも見えない。布が貼ってある。

それを剥がして、考える顔をした。
「やっぱり……」
「何が」

まつりがかがんでいるのが気になり、ぼくもかがんで同じようにそれを見た。テレビがついていて音が聞こえていたがゲームはオートプレイ状態のようだ。そして岩杵さんはいない。ただ、黒いスピーカーが居留守をし、それが喋っているだけだった。

逃げたのか。
そんな言葉が頭を過る。

窓しかないのに、二階の窓から逃げた?

ぼくにはできそうにないが、岩杵さんは体が軽いのかもしれない。岩杵さんは一番犯行動機がありそうだが、逆に、分かりやすすぎるような気もする。

 と、いうのは分かりやすいものは犯人という気がしないだけのぼくの独断に過ぎないので、ひとまず考えるのをやめる。
にしても、岩杵さんはどこなのか。

考えながら立ち尽くしていると、いつの間にかひとりになっていた。


「あれ?」

まつりはどこだろう。
キョロキョロしていると、別の部屋のドアから声が聞こえた。

「それは、よくないと思うんだよね」

芯を持って響く声。まつりの声がした。

「もう死んだんだからいいだろうが!」

なんと、岩杵さんの声もする。そういうことだったのか。と理解すると同時にまつりはいつ気がついたのだろうと驚いた。

「よくないよ。そんなんじゃ、お姉ちゃん、宿ちゃんも、悲しいと思うんだ」

「どうして、それを…」
「なんとなく。ちなみに宿ちゃんはお友達」

「なんだよ、なんとなくって!」

ぼくはわかった。
あのスピーカーの隅には、白いペンで岩杵宿と書かれていたのだ。

それから、部屋を少しのぞいたとき、ギターやアンプ、パソコン、CDに紛れて、気の抜けた顔の、たくさんのぬいぐるみ。ファンシーな装飾の本、ヘアゴム、折り紙なんかが目に付いた。モノトーンの部屋で、異彩を放っていたそれが、実はもしかしたら――とは薄々思っていた。

「――ちょっとくらい助けてくれたっていいのに――って言ったじゃん。名前が違うのは結婚しているのか、はたまた別の理由なのかは知らないけど。多額の治療費がかかってるんだよね?ずっと寝てたってのもそのためで、入院してるんでしょ。エックも本当は、それに気付いてたみたいだよ」

「え……」

「岩杵さんは、いつも、《電話で》いろんなところに頼んで……《相談して》いたんだよね。エックはちゃんと知っていたんだよ」

「ならどうして! 金なら腐るほどあるくせにどいつもこいつも、偉ぶって……」

「……お金貸してなんて言いにくいのは理解できるけどね……あの言い方でっていうのは、エックも、いろんな人たちも、そんな気になれなかったんだろうね。エックもはっきり言ってあげたら良かったのに。素直じゃないよ、本当に」

「ふざけんなよ。そこまでわかってて……」

別に彼は怒りたかったわけじゃないのだろう。

ただ、どうしていいかわからないのだ。それは恐怖にも見えた。

しばらく聞き耳を立てていたが、少しの間、何も聞こえなくなった。
どうしたのだろう。ドアに少し近づこうかと思ったときに、ドアが開いた。









岩杵さんがさりげなく部屋のカーテンを閉めた。どうしてだろう。

「ね、桑指さん。それ、下ろさない?」

桑指さんは重そうな彫像を持っていた。瞳は狂気に満ちている。

「あなたは、だあれ?」

まつりも気付いていたのか。
 言葉遣いにどきどき違和感を感じたこと。
あまり、部屋に慣れている様子に見えなかったこと。
 上げればなんとなく、としか言い様のないこともあるが、桑指さんは、なにか違っていたのだ。ただ、ぼくは気のせいだと思っていた。


「ふふ、あはっ、あはは。あっはっはっはっはははははは! バレました? いやぁ、これは公になると、少々困り物でしてねぇ。あー困った困った、どうしましょう」



桑指さんが笑い出す。こちらに向けて振り上げられた彫像をまつりはなんとかかわした。


 衝撃で手から落ちた彫像を部屋のベッドに放り投げると、桑指さんを壁に押し付け、首に手をあてた。
 素早い身のこなしでそれを振りほどいた桑指さんはまつりに殴りかかる。

ぼくはとっさにしゃがんでいた体制から立ち上がり、止めようとしたが、それより先に岩杵さんが桑指さんを押さえつけた。

 こんなときさえ自尊心が疼いてしまう。

あっはっは、と桑指さんが笑った。それはなにかこの場に似合わず、滑稽にも思えた。

「片付けをするふりで、あの女の携帯電話を探していたんですがねぇ。何もなかったですよ。あなたは知ってます?」


 「ああ、エックは、『この電話が終わったら携帯を処分するから』みたいなことを言っていたね。『粉々に砕くの力要るんだよなぁ!』とか愚痴ってた。残念だったねー。そんなに重要な情報が入っていたの?」
「チッ」

桑指さんが起き上がろうとするのを岩杵さんが押さえつける。
目が怖い。


「何に一番困ってんの?
貴方が偽者ってバレちゃうってのがまず第一に、まずいのかな」

「ガキが……」

桑指さんの言葉に、ぼくは怖さを感じた。本音はこんな感じだったのだろう。本当に、桑指さんは「偽者」だったのだ。


「エックは、たぶん、全てに気付いていた。だから、自分で死を選んだんだ。あなたに殺される前に、ね」

  そうだ、緋田さんは自殺した。
その事実に、ぼくは何故か驚くことさえ出来なかった。どこかでそう感じていたような気がしてならなかった。

押さえつけられながらにも桑指さんは暴れた。岩杵さんの腹に桑指さんの肘が当たる。うっ、と岩杵さんが呻いた隙に、桑指さんが起き上がった。まつりがおもむろにカーテンと窓を小さく開ける。

「じゃあ、ちょっと助けを呼んでくる」
「どけっ!」

階段をおりようとするまつり。いきなりの行動やこれまでのいろいろに頭が追い付かないぼくは、ぼんやりしていた。
それを押し退けて桑指さんが逃げようと窓に向かう。この下には階段がついているので脱出は容易い。しまった、とぼくは思った。






「貴方が、悪ぶらなくてもいいんだ」

殴られたらしくいたたと頭を擦りながらまつりが諭すように言う。

「なにを言ってるんだ」

「貴方は悪くない。だから、もう」

そう言いながらぼくの視線に気付いたらしいまつりがちらりとこちらを見た。

「大丈夫か」

こく、と頷き、「心配ないよ」と小さく言う。

「……お前、どこまでを知ってんだ」

「実は全部、もうわかっちゃってるんだよ」

そう言ったまつりに、岩杵さんは肩から力を抜いた。少し項垂れたようにも見えた。まつりはごめんね、と言った。

「──実は、すっかり動揺していたんだ。なんか、混乱しちゃってややこしくしちゃったよ。ここに最初っから電話なんてなかったんだから」

脈絡なくまつりはそう呟いた。それには自虐的な響きが含まれていた。

「え……」


「何度か、部屋に行ったことあった。自分の携帯しか、使ってなかった。だけど《あの人》は、間違いに合わせてくれちゃったんだから、驚いた」

あの人が嘘をついていた―――?どうして。どうして、そんなことをする必要があるんだ。

「ここから出るのを引き留めたのも、きっと、事情があったんだろうね」

ねっ、と、まつりはぼくの後ろの方に視線を向けた。気が付かなかったが、桑指さんが真後ろに立っていた。








真相

岩杵さんがさりげなく部屋のカーテンを閉めた。どうしてだろう。

「ね、桑指さん。それ、下ろさない?」

桑指さんは重そうな彫像を持っていた。瞳は狂気に満ちている。

「あなたは、だあれ?」

まつりも気付いていたのか。
 言葉遣いにどきどき違和感を感じたこと。
あまり、部屋に慣れている様子に見えなかったこと。
 上げればなんとなく、としか言い様のないこともあるが、桑指さんは、なにか違っていたのだ。ただ、ぼくは気のせいだと思っていた。


「ふふ、あはっ、あはは。あっはっはっはっはははははは! バレました? いやぁ、これは公になると、少々困り物でしてねぇ。あー困った困った、どうしましょう」



桑指さんが笑い出す。こちらに向けて振り上げられた彫像をまつりはなんとかかわした。


 衝撃で手から落ちた彫像を部屋のベッドに放り投げると、桑指さんを壁に押し付け、首に手をあてた。
 素早い身のこなしでそれを振りほどいた桑指さんはまつりに殴りかかる。

ぼくはとっさにしゃがんでいた体制から立ち上がり、止めようとしたが、それより先に岩杵さんが桑指さんを押さえつけた。

 こんなときさえ自尊心が疼いてしまう。

あっはっは、と桑指さんが笑った。それはなにかこの場に似合わず、滑稽にも思えた。

「片付けをするふりで、あの女の携帯電話を探していたんですがねぇ。何もなかったですよ。あなたは知ってます?」


 「ああ、エックは、『この電話が終わったら携帯を処分するから』みたいなことを言っていたね。『粉々に砕くの力要るんだよなぁ!』とか愚痴ってた。残念だったねー。そんなに重要な情報が入っていたの?」
「チッ」

桑指さんが起き上がろうとするのを岩杵さんが押さえつける。
目が怖い。


「何に一番困ってんの?
貴方が偽者ってバレちゃうってのがまず第一に、まずいのかな」

「ガキが……」

桑指さんの言葉に、ぼくは怖さを感じた。本音はこんな感じだったのだろう。本当に、桑指さんは「偽者」だったのだ。


「エックは、たぶん、全てに気付いていた。だから、自分で死を選んだんだ。あなたに殺される前に、ね」

そうだ、緋田さんは自殺した。
その事実に、ぼくは何故か驚くことさえ出来なかった。どこかでそう感じていたような気がしてならなかった。


押さえつけられながらにも桑指さんは暴れた。

岩杵さんの腹に桑指さんの肘が当たる。うっ、と岩杵さんが呻いた隙に、桑指さんが起き上がった。
まつりがおもむろにカーテンと窓を小さく開ける。

「じゃあ、ちょっと助けを呼んでくる」
「どけっ!」

階段をおりようとするまつり。
いきなりの行動やこれまでのいろいろに頭が追い付かないぼくは、ぼんやりしていた。
それを押し退けて桑指さんが逃げようと窓に向かう。この下には階段がついているので脱出は容易い。しまった、とぼくは思った。









終幕

「あああ、開けちゃだめじゃないか、桑指さんに逃げられ……て」
まつりが廊下に尻餅をついたまま笑った。
「下、見てみて」
「え?」
下に警察らしき人達がいた。
桑指さんが数十人に取り押さえられている。

「岩杵さんから、知人にメールして、その人に連絡してもらったんだ。喋ったらばれるからね」

「あ、そういえば、岩杵さんは、あの場に居なかったけど……」

「一階の騒ぎが聞こえたらつい、衝動的に逃げたくなっちまってな。なんかほら、事実聴取?とか苦手でよ。ガキの頃から警察にはお世話になってるし。まあ、そんな感じに知り合いが増えたが」

「……疑われて余計面倒になりませんか」

「ああ、途中からやっと冷静になって、慌てて隣の部屋で電話しようとしたんだけど、そのときにこいつが、ドアの向こう側に気配がする、そいつに阻止しようとされるかもとか小声で言うから、言われた通りに、悟られないように演技なんかしながらメールを打ってたんだ。お前らが来るまでにな。なかなか面白かったけど」

ククク、と岩杵さんが笑った。この前の2時間サスペンスドラマの再現がテーマだよ、とまつりは言う。見てない。


思っていたより面白い人なのかもしれない。
どこから演技だったのか、あえて聞かないでおいた。
このタイミングで岩杵さんのジーンズのポケットが震え、岩杵さんが銀色の携帯を取り出した。そして画面をみせられる。

そこにあった文字に、ぼくは笑ってみる。岩杵さんも笑っていた。

まつりはぽーっと天井にプロペラがあるのを不思議そうに眺めながら呟いた。


「一度抜け出したことがある岩杵さんによると、セキュリティは、玄関だけで、窓の方は手薄みたいだったから、岩杵さんに教えてもらった装置をちょちょっと外すだけで、もしものときは逃走自体、実は出来なくもなかったんだけど、やらずに済んで良かった。本当に頼まれていたのは、あの人の炙り出しだったから」

「誕生日祝いでも、勝負でもなく?」

「さあね」

―――まつりと岩杵さんは一体何者か、という問いについては、ぼくはしばらくちゃんと答えられそうにない。

―――数日後。

しばらくはいろいろなところから質問が絶えず、ぼくらはあわただしく、寝不足になっていたが、最近はもう大分落ち着いた。
 
そういえば、あとで聞いたのだが、緋田さんの遺言が、岩杵さんの携帯のメールBOXに入っていたらしい。

 ぼくは内容まで知らない。噂に聞くには、緋田さんの遺産を岩杵さんのお姉さんの治療費にあてるように、と書かれていたとか。


それから、調べによれば緋田さんの飲んでいたシソジュースのグラスから毒が検出されたようだ。(まつりから聞いた。こいつはどこにそんな情報網があるんだか) 
 今思うと、どうしてそれに思い至らなかったんだという感じでいっぱいなのだが、だいたいそんなもので、いざとなれば単純なことほど思考を避けてしまいやすいのだ。

「っていうか、あれぇ、エックはシソジュースなんて飲んでいたっけ? 知らなかったよ」

「見てなかったのか」

「うん、お寿司しか見てない」
「そうか」

どうやらぼくだけが覚えていたらしい。言えば良かったのかな。

「でもさ、なんちゃらかんちゃらっていう、ソッコー性の毒だったらしいんだ。エックは、そのときにジュースを飲んだとしてもしばらく生きてたよね」

「グラス、氷入ってたし、それかな」
「さぁ。どちらみち、死んでしまった。それは変わらないな」
「緋田さんは…………どうして、自殺なんかしたのかな」
「他人の気持ちなんて、わかるわけがない。想像しか出来ない。遺産かなにかの場所をってたり? ていうかさ」
「ん?」
「自分で考えてよ」
「ごめんなさい」

今、何気に、とんでもなく無茶苦茶なことを言われたような気がしたが。
なんだったかな。

「ねぇ、なとなと」
「ん?」
「やっぱり、夏々都って呼んでいい?発音しにくいんだよ」
「どうぞどうぞ。むしろありがたい

















「そういえば、考えてみたんだ」

「どんなこと?」

「桑指さんは、電話が取られたという事実に嘘をついた、んだとぼくは思っていたけれど、それじゃあ、全く無意味だ。そんな嘘をつかなくても別に困らない」
「え、本気で言ってるの?」

まつりが驚く顔をした。

「いや、だって」

そう、電話がない事実についての嘘をついたわけではなく、最初から知らなかったのだろう。そして、たぶん、偽物が成り代わったのは最近。

つまり、事情はちょっと違い、桑指さんは電話がないことを知らなかったのだ。本物なら「知り得ること」を「知らなかった」ことを知られたくない気持ちがわいてしまった。それが咄嗟に、口から出任せということになったのかもしれない。

桑指さんは嘘ではなく、本当を言おうとして、失敗した、のだ。

「知らなかっただけなんだよな」
「まぁ、嘘は事実がないとつけないし……嘘をついたには変わりないんだけど、その「事実」を知らなかったのは確かなのかもね。」

「結局、桑指さんはどこから来たのかな」
「そうだねー。それについては、いつかわかるかもしれないよね。他の理由も」
「え?」
「なーんてね」

含みを帯びたことを言ったまつりが一人で笑う。
それは、どこか恍惚とした、黒く、寂しく、美しい笑みだった。





epilogue


ここからは後日談であり前日談だ。とか言うけどあんまり期待しちゃダメだぜ。


ここからは、極めてどうでもよい話なので、なくてもいい気がするが、優しい誰かが聞いていてくれるなら嬉しいのだが。

まつりは夏々都、というぼくの名前を、緋田さんがぼくを呼んだときにようやく思いだしたらしい。つまり、そんな関係だ。
興味のない人や事柄を全く、清々しいほどに覚えない。興味があっても、無くなると忘れる。


それはぼくも同じだが、まつりの忘れる速さは、一般的でない、とぼくは思う。
これについて、いろいろな前科があるが、今語るとややこしくなりそうなのでやめておこう。








住み始めた頃は、よく話をしていて、暇になればぼくの部屋に来ては、にやにや笑いながらゴロゴロしていたのに、ふと、ある日を境に気づけばまつりはぱったり来なくなった。
 
最近よそよそしくなったなあ。ぼくも忘れられたのかもな、と思いながら過ごしていたのだ。
 
しかしそんなある日、朝飯を食べようとキッチンまで来ると、先に山盛りのシーザーサラダを頬張る祭が椅子のひとつに座って居て、
「あっ、なとなと!久しぶりー!○月○日に寿司食いに行かねぇかい!」

と、なんとも陽気なノリで話しかけて来た。
なんだ、忘れられちゃいなかったぞ。

だが、あれっ?
ぼくは、確かに、いつぞやかに「行七夏々都です」って挨拶したはずなのだが。

渾名なのだろうか、と思っていたが、後で聞くと、「なとなとだと思っていた」と返された。まぁ、なんにしても、
ぼくはまつりが好きだ。
単純に、いいやつなのだ。だから、細かいことは言わない。
名前で呼んでもらえる、それで充分だ。

「で、さっきから、なにぼうっとしてんの?」
「ああ、新しいバイトでも始めようかと思ってな」
「ふうん。それなら、いい場所が」
「遠慮しておきます」
「まだ何も言ってないじゃない!」

まつりに紹介されることは、なにかと面倒なことが待ち受けているからな、とは言えない。 

ちなみに、既に家に戻って来ているぼくたちは、キッチンでお茶を飲みながら会話している。

あの日と同じ場所に、何事もなかったかのような奇妙な空気で、ぼくたちは日常へと戻っていた。






 拗ねている顔を見ながら、いつも、夜中に静かにまつりが泣いているのを思い出した。

廊下を通るとき、奥の部屋から嗚咽が聞こえることがあるのだ。 
 ぼくたちは他人だ。ぼくは何も知る必要がない。
ぼくは、そのことを表に出す必要はない。

だから、そこについては触れないでおく。
それをまつりが望んでいるからこそ、こうしていつも通りに接してくれるのだと思うから。


……ふと、メールの画面を思い出した。
差出人はAとだけ書かれていた。



“連絡しておいたよ。
PS.手術は成功だって。良かったな“


――――あれ?


end.

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