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ショートショートの記事 (10)

梅谷理花 2022/10/31 19:30

『月1道壱一族』SS「策を練る鳶」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
「大樹のこころを聴かせて」の雰囲気をふんわり感じていただければ嬉しいです。

時系列は縹悟ルート(原作小説)です。

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 昼も夜もあまり大差のない座敷牢の格子の向こう。す、と人の気配が近寄ってきたのに気がついて、|白道《はくどう》|練《れん》は顔をそちらに向けた。
 見えたのは焦げ茶の羽織と見慣れた顔。練は目を見開く。
「……|鳶雄《とびお》」
「お久しぶり、練さん」
 廊下に面した格子の前の板張りの床にこだわりもなく正座したのは、|黒道《こくどう》鳶雄。練の幼馴染であり、つい先月までは同じ少女に侍る「相談役」でもあった。
 お互い自分の家に縛られる立場と年齢、黒道家と白道家は正反対の意見でぶつかっている。――今日はいったい、なにを話しに来たのか。
「白道家の謹慎部屋はこんな感じなんだね。練さんが中にいるところは実際に見ると結構ショックだな」
「雑談をするだけの用事なら通してもらえないだろうに、相変わらずお前らしいな」
「練さんは逆に真っ直ぐすぎるんだよ」
 疑念の目を向ける練に、鳶雄はただ微笑む。
「まさか彼女を逃がそうとして最終的に謹慎になっちゃうなんてね。練さんもやることが大胆だ」
「悪かったな、頭の回らない幼馴染で」
「そんなことは言ってないじゃない。白道家の主張と練さんの正義感を考えたら想像に難くないよ」
 鳶雄はくすくすと笑う。練はむっつりと黙り込んだ。なんだかんだ、読まれている。鳶雄の頭の回転には舌を巻くばかりだ。
「でも、だからこそ、ありがとうと言わせてもらうね」
「……何故?」
 鳶雄が一度口を閉ざし、にこりと笑みを深める。
「彼女は決意を固めた。黄道家も様子見で晃麒を下がらせた。蘇芳は泳がせているけど、事態は黒道家と青道家の思ったように進み始めた」
「…………」
「ああ、詳しいことは話したら白道家のひとにオレが怒られちゃうから、ごめんね」
「そのくらいは心得ているつもりだ」
「まあ、そうだよね」
 つらつら話していた鳶雄がふと口を閉ざし、沈黙が場を支配する。
「……それでも、私は自分の行動に後悔はしていない」
 練は呟くように、しかしはっきりとそう口にした。鳶雄は微笑む。
「練さんらしいな。オレも後悔のないように行動しないとね」
「お前は後悔なんてしない性格だろう」
「わからないよ」
 二人は目を見合わせ、小さく笑い合う。
「私が退場しても、白道家は止まらない。鳶雄も身の振り方に気をつけたほうがいい」
「心得ました」
 鳶雄は頷いて、立ち上がる。ひらりと手を振って歩き去っていくその姿を、練はじっと見つめていたのだった。

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それでは、また次の投稿でお会いしましょう。

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梅谷理花 2022/09/26 19:30

『月1道壱一族』SS「蘇芳色の憂鬱」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
「大樹のこころを聴かせて」の雰囲気をふんわり感じていただければ嬉しいです。

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「じゃあ、また明日な」
 |赤道蘇芳《せきどうすおう》は宗主屋敷の客間から廊下に出て、ふすまを閉め、玄関に向かおうとして――引き返した。
 |道壱一族《どういついちぞく》の宗主の血を残すために連れてこられた少女の「相談役」に任じられて約一ヶ月。蘇芳にはもやもやとした不満が溜まっていた。
 もともと蘇芳の属する赤道家は、「何も知らない少女に負わせるには重責である」として、彼女を誘拐してまで連れてきて宗主と結婚させたことに反対している。しかしそれを除いても、少女の話し相手をするうちに、蘇芳の中では宗主へもの申したい気持ちが膨らんでいたのだった。
「あ、つるばみさん。宗主様って今いる?」
 廊下で見知った女中を呼び止めると、彼女はにこりと笑む。
「もうご自分のお部屋にいらっしゃいますよ。なにかご用事ですか?」
「んー、まあ、ちょっと」
「そうですか」
 深く追究せずに歩き去っていったつるばみを廊下の向こうに見送って、蘇芳は宗主の部屋へ向かう。ふすまの前に立って、声をかけた。
「宗主様。蘇芳です、少々お話をさせていただきたいのですが」
「……入りなさい」
 感情の薄い声で是が返ってくる。蘇芳は思わず小さく頭を下げていた。
「失礼します」
 床に膝をついてふすまを開け、一礼。顔を上げると、本を読んでいたのを中断したらしい宗主――|青道縹悟《せいどうひょうご》と視線がぶつかった。
 蘇芳は縹悟の気が変わらないうちにと室内に入り、畳にそのまま正座して縹悟と向かい合った。
「宗主様」
「なんだい」
「――『奥方様』のことを、どうお考えですか」
「…………」
 質問の意図を問うような視線が縹悟のふちなし眼鏡の向こうから向けられる。蘇芳は言葉を続けた。
「彼女はかなり精神的に参っているように見えます。一族のために彼女が本当に必要なら、精神面のカバーも必要なんじゃないですか」
「彼女自身が我々をどうとらえるかは、彼女にしか決められないよ」
「そうじゃなくて、」
「そうでしかない。私にできる説明は尽くした。あとは彼女次第だ」
「っ……」
 蘇芳の中で怒りが込み上げるが、反論の言葉がすぐには浮かばない。縹悟は眼鏡の位置を悠々と直すと、立ち上がった。
「話がそれだけなら、帰るといい。この一族の最終決定権は――私にある」
「……わかり、ました」
 蘇芳は縹悟が開けたふすまから部屋の外に出る。後ろでぱしりとふすまが閉まった音がした。
「……こんなんじゃ、可哀想だ……」
 蘇芳は言うに言えなかった本音を呟いて、とぼとぼと玄関へ向かったのであった。

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梅谷理花 2022/08/29 19:30

『月1道壱一族』SS「鳶色の提案」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
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「はー、相変わらず長旅だ」
 実家へ帰ってきた|黒道鳶雄《こくどうとびお》は車から降りてひとつ伸びをした。迎えに出てきた女中に荷物を預け、豪勢な日本屋敷の中へ入る。
 大学の夏休みに帰省する予定はなかったのだが、呼び戻された理由はだいたい電話で聞いている。
 ――宗主家の血を継いだ少女を、ついに里へ連れてきたのだと。
 どんなやり方で連れてきたのかは知らないが、少女の母親は一族から逃げ隠れして暮らしていた人物だ、それなりに強引な手を使ったのだろう。
 もちろん反対派の家は反発。そこで急遽決まったのが、「相談役」の設置だ。各家の長男を少女の側に侍らせ、策略を弄したければすればいい、というもの。
「宗主様もなかなか強気だなあ……」
 鳶雄は廊下を歩きながらひとりごちる。どこへ向かうでもない足に、ひとりの女中が近付いてきた。
「鳶雄様。宗主様が当主様のお部屋へおみえになっておられますよ」
「ありがとう」
 女中の言葉に頷いて、鳶雄は黒道家当主――父親の部屋へ向かう。廊下に座って、ふすま越しに声をかけた。
「父上、宗主様。鳶雄です、ただいま帰りました」
「おお、鳶雄か。入りなさい」
「失礼します」
 鳶雄が部屋に入ると、当主と道壱一族宗主――|青道縹悟《せいどうひょうご》が向かい合って座っていた。鳶雄は当主の隣に座るよう促される。
「お疲れだったね」
「恐縮です」
 縹悟の淡々とした労いの言葉に微笑みで返して、鳶雄は父親のほうをちらりと見る。
「今、どんな話を?」
「赤道家と白道家の動きをどう封じるかについてな」
「なるほど」
 赤道家と白道家は現宗主のやり方に反発している。「相談役」を通じてなにかよからぬことを少女に吹き込むおそれがあるということだろう。
 ……よからぬこともなにも、それもただのいち意見でしかない、と、鳶雄は思うのだが。
 まあ、少女の中にある黒道家の血を残したいというのが黒道家の主張だ。それに逆らうほど、鳶雄は愚かではない。
「相談役のことなら、オレがグループチャットでも作りましょうか」
「グループチャット?」
 縹悟がふちなし眼鏡の向こうから無機質な瞳を向ける。鳶雄はただ微笑んだ。
「ほら、スマホの連絡アプリがあるでしょう。あれで、相談役としての動きを報告させるんです」
「ほう」
「蘇芳は単純だし、練さんは真面目なところがあるから、よっぽどのことがなければ活用してくれるはずです。そうすれば監視も楽になる」
 『監視』という単語を使ったことで、当主の怪訝な雰囲気が少し和らぐ。大人はこういうの疎いからな、と鳶雄は他人事のように思った。
「鳶雄がそれがいいと考えるなら、任せようか」
「ありがとうございます」
 強硬な姿勢を見せたかと思えば、こういうところは無頓着。縹悟のことはよくわからないが、自分で自分の仕事を増やしたことに気付いて、鳶雄は内心苦笑したのだった。
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梅谷理花 2022/07/25 19:30

『月1道壱一族』SS「練色の思案」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
「大樹のこころを聴かせて」の雰囲気をふんわり感じていただければ嬉しいです。

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 |白道《はくどう》家当主が足音も荒く客間を出ていったのを見送って、白道|練《れん》はため息を吐いた。視線を正面に戻すと、向かいには何を考えているのか全く読めない無表情で|青道《せいどう》|縹悟《ひょうご》がぽつりと取り残されて座っている。
「また怒らせてしまった」
 苦笑を口の端に乗せる縹悟に、練は頭を下げる。
「短気な父で……失礼を」
「いや。昔からの付き合いだ、それくらいはわかっているさ」
 練はその言葉に顔を上げ、もの思いにふけっているらしい縹悟を見やった。
 青道縹悟。青道家の前当主の長男で、今は不在の道壱一族宗主の代理を務めている男。
 本来なら彼は青道家の当主に収まるはずだったし、練の父――現白道家当主ともそういう心づもりで接してきたはずだ。……十八年前までは。
 十八年前。前宗主の一人娘であった|桑子《そうこ》が、一族以外の人間との間に子を産んだ。そして、縹悟が後見人の立場を利用して宗主の座に無理やりのし上がった。一方の白道家当主は、宗主家の血を引いている白道|和成《かずなり》こそ宗主たるべきだと反論を始めた。
 そのとき練はたったの四歳だったので、このふたりの袂が分かたれる以前の関係性は記憶にない。ただ、こうして話し合いが何度も決裂し|怒《いか》っても決して縹悟を罵倒しない父と、ただひたすら困惑したようにそれを聞いている縹悟を見ていると、もともとは仲が悪くなかったのではないかと思うのだ。
「……つかぬことをお伺いしますが」
「なんだい?」
「父とは、以前はどんな話をされていたのでしょうか」
 縹悟はひとつ目を瞬かせる。小さく笑った――ように見えた。
「逆に君たちは、どんな話をしているのかな」
 今度は練が目を瞬かせる番だった。この場合の「君たち」はおそらく、なにかと一緒に扱われがちな他の当主候補のことを指しているのだろう。
「……いざ問われると……。なんでもない話しか、していませんね」
 宗主の座を争っているのは、あくまでも練の上の代の話だ。多少その話題が口に上ることがあっても、他の当主候補はまだ学生だし、そこまで深刻になることもない。
「私たちも同じだったさ。昔はなんでもない話ばかりしていたよ」
「…………」
 縹悟の言葉に、練は返す言葉をなくす。それが今では、こんなに険悪になってしまっただなんて。
 上の代の動向次第では、練の代もなにかしらもめることがあるかもしれない。そう思うと無邪気な幼馴染の顔がちらついて、なんともいえない気持ちになった。
「さて、君の父上を怒らせてしまったし、今日はお開きかな。また来ると伝えておいてくれないか」
「……承りました」
 縹悟がゆっくりと立ち上がり、客間を出ていく。練はまたひとつ、ため息をこぼしたのだった。

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梅谷理花 2022/06/27 19:30

『月1道壱一族』SS「麒麟の詮索」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショート、「麒麟の詮索」を載せようと思います。

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 高校から自分の家――黄道《おうどう》家当主屋敷に帰ってきた黄道晃麒《こうき》は、廊下で道壱《どういつ》一族宗主、青道縹悟《せいどうひょうご》が女中と立ち話をしているのを見て、もともと細い目をさらに細めた。
 ローファーを脱ぎ、玄関を上がって廊下に進む。縹悟の近くで足を止め、にんまりと笑った。
「こんばんは、宗主サマ」
「やあ、晃麒。学校帰りかい?」
 青い絽《ろ》の長着、耳のやや下で切りそろえられた黒髪、ふちなし眼鏡。縹悟はいつも通りの服装だが、一方の晃麒は学ラン姿だ。嘘をつく意味もないので、晃麒は頷く。
「ま、平日の夕方なんでそんなところですねー。宗主サマは……うちんとこの女中のナンパ中とみた」
 ふ、と表情の薄い縹悟の口角が小さく上がる。
「それは心外だな。では晃麒にも少し話を聞いてもらおうか」
「僕、そういう趣味ないんですけどー」
「私にだってないさ」
 軽口を叩きつつ、女中に空き部屋を案内してもらう。適当に押し入れの中から座布団を二枚引っ張り出して、晃麒はひょいと縹悟に一枚を投げ渡した。
 特にその失礼を咎めることもない縹悟は、しかし今この里の台風の目だ。なぜ宗主の座にこだわるのか、それは晃麒だけでなく、里のほとんどの人間が知るよしもないのだろう。
 ふたり、向かい合って座る。正座をする縹悟、あぐらをかいた晃麒。ここでも無礼は咎められるそぶりがない。
「そんで、宗主サマは僕になんの御用で?」
「なに、たいした話じゃないさ。最近、君のお父上がなにか私について言っていなかったかと思ってね」
 黄道家は現在、縹悟が宗主にふさわしいかどうかで割れている道壱一族五家の中で中立を保っている。おかげで縹悟の実効支配のような形になっているわけだが――。
「そりゃ、父上に直接聞いたほうが早いんじゃないですか?」
「直接聞いて話してくれる御仁じゃないだろうに」
「あっは、そうかも」
 天然パーマの少し入った髪を揺らして晃麒が笑うと、縹悟は目を細める。
「まあ……君も、お父上に似ているところがあるから。そこまで期待していないよ」
「だから女中を狙ったわけですね。ずるいなー」
「どちらがずるいか、だね」
 中身のない会話。ふと、晃麒が細い目を少し開けた。
「そんな宗主サマは、なにか新しいことを企んでたりして?」
「……どうかな」
 返答に間はあったものの、縹悟の表情は変わらない。晃麒は目をいつもの糸目に戻して笑みを作った。
「まーた一族大騒ぎの気配かー。父上も忙しくなるだろうなー」
「私に賛同してくれれば、多少心労が減ると思うけどね」
「あっは、一応伝えておきますね?」
「よろしく頼むよ」
 縹悟は立ち上がる。晃麒は座ったままひらりと手を振って、去っていく縹悟を見送った。

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