梅谷理花 2022/09/26 19:30

『月1道壱一族』SS「蘇芳色の憂鬱」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
「大樹のこころを聴かせて」の雰囲気をふんわり感じていただければ嬉しいです。

~~~~~

「じゃあ、また明日な」
 |赤道蘇芳《せきどうすおう》は宗主屋敷の客間から廊下に出て、ふすまを閉め、玄関に向かおうとして――引き返した。
 |道壱一族《どういついちぞく》の宗主の血を残すために連れてこられた少女の「相談役」に任じられて約一ヶ月。蘇芳にはもやもやとした不満が溜まっていた。
 もともと蘇芳の属する赤道家は、「何も知らない少女に負わせるには重責である」として、彼女を誘拐してまで連れてきて宗主と結婚させたことに反対している。しかしそれを除いても、少女の話し相手をするうちに、蘇芳の中では宗主へもの申したい気持ちが膨らんでいたのだった。
「あ、つるばみさん。宗主様って今いる?」
 廊下で見知った女中を呼び止めると、彼女はにこりと笑む。
「もうご自分のお部屋にいらっしゃいますよ。なにかご用事ですか?」
「んー、まあ、ちょっと」
「そうですか」
 深く追究せずに歩き去っていったつるばみを廊下の向こうに見送って、蘇芳は宗主の部屋へ向かう。ふすまの前に立って、声をかけた。
「宗主様。蘇芳です、少々お話をさせていただきたいのですが」
「……入りなさい」
 感情の薄い声で是が返ってくる。蘇芳は思わず小さく頭を下げていた。
「失礼します」
 床に膝をついてふすまを開け、一礼。顔を上げると、本を読んでいたのを中断したらしい宗主――|青道縹悟《せいどうひょうご》と視線がぶつかった。
 蘇芳は縹悟の気が変わらないうちにと室内に入り、畳にそのまま正座して縹悟と向かい合った。
「宗主様」
「なんだい」
「――『奥方様』のことを、どうお考えですか」
「…………」
 質問の意図を問うような視線が縹悟のふちなし眼鏡の向こうから向けられる。蘇芳は言葉を続けた。
「彼女はかなり精神的に参っているように見えます。一族のために彼女が本当に必要なら、精神面のカバーも必要なんじゃないですか」
「彼女自身が我々をどうとらえるかは、彼女にしか決められないよ」
「そうじゃなくて、」
「そうでしかない。私にできる説明は尽くした。あとは彼女次第だ」
「っ……」
 蘇芳の中で怒りが込み上げるが、反論の言葉がすぐには浮かばない。縹悟は眼鏡の位置を悠々と直すと、立ち上がった。
「話がそれだけなら、帰るといい。この一族の最終決定権は――私にある」
「……わかり、ました」
 蘇芳は縹悟が開けたふすまから部屋の外に出る。後ろでぱしりとふすまが閉まった音がした。
「……こんなんじゃ、可哀想だ……」
 蘇芳は言うに言えなかった本音を呟いて、とぼとぼと玄関へ向かったのであった。

~~~~~

いかがだったでしょうか。ご感想などいただければ嬉しく思います。
それでは、また次の投稿でお会いしましょう。

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事を検索