梅谷理花 2022/07/25 19:30

『月1道壱一族』SS「練色の思案」

今回の投稿では、Twitterにも投稿した道壱一族のショートショートを載せようと思います。
「大樹のこころを聴かせて」の雰囲気をふんわり感じていただければ嬉しいです。

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 |白道《はくどう》家当主が足音も荒く客間を出ていったのを見送って、白道|練《れん》はため息を吐いた。視線を正面に戻すと、向かいには何を考えているのか全く読めない無表情で|青道《せいどう》|縹悟《ひょうご》がぽつりと取り残されて座っている。
「また怒らせてしまった」
 苦笑を口の端に乗せる縹悟に、練は頭を下げる。
「短気な父で……失礼を」
「いや。昔からの付き合いだ、それくらいはわかっているさ」
 練はその言葉に顔を上げ、もの思いにふけっているらしい縹悟を見やった。
 青道縹悟。青道家の前当主の長男で、今は不在の道壱一族宗主の代理を務めている男。
 本来なら彼は青道家の当主に収まるはずだったし、練の父――現白道家当主ともそういう心づもりで接してきたはずだ。……十八年前までは。
 十八年前。前宗主の一人娘であった|桑子《そうこ》が、一族以外の人間との間に子を産んだ。そして、縹悟が後見人の立場を利用して宗主の座に無理やりのし上がった。一方の白道家当主は、宗主家の血を引いている白道|和成《かずなり》こそ宗主たるべきだと反論を始めた。
 そのとき練はたったの四歳だったので、このふたりの袂が分かたれる以前の関係性は記憶にない。ただ、こうして話し合いが何度も決裂し|怒《いか》っても決して縹悟を罵倒しない父と、ただひたすら困惑したようにそれを聞いている縹悟を見ていると、もともとは仲が悪くなかったのではないかと思うのだ。
「……つかぬことをお伺いしますが」
「なんだい?」
「父とは、以前はどんな話をされていたのでしょうか」
 縹悟はひとつ目を瞬かせる。小さく笑った――ように見えた。
「逆に君たちは、どんな話をしているのかな」
 今度は練が目を瞬かせる番だった。この場合の「君たち」はおそらく、なにかと一緒に扱われがちな他の当主候補のことを指しているのだろう。
「……いざ問われると……。なんでもない話しか、していませんね」
 宗主の座を争っているのは、あくまでも練の上の代の話だ。多少その話題が口に上ることがあっても、他の当主候補はまだ学生だし、そこまで深刻になることもない。
「私たちも同じだったさ。昔はなんでもない話ばかりしていたよ」
「…………」
 縹悟の言葉に、練は返す言葉をなくす。それが今では、こんなに険悪になってしまっただなんて。
 上の代の動向次第では、練の代もなにかしらもめることがあるかもしれない。そう思うと無邪気な幼馴染の顔がちらついて、なんともいえない気持ちになった。
「さて、君の父上を怒らせてしまったし、今日はお開きかな。また来ると伝えておいてくれないか」
「……承りました」
 縹悟がゆっくりと立ち上がり、客間を出ていく。練はまたひとつ、ため息をこぼしたのだった。

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いかがだったでしょうか。ご感想などいただければ嬉しく思います。
また次回の投稿でお会いしましょう。

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