Calam
本記事はTwitterにて企画された【お題決めて随筆して議論しよ企画】に参加するために制作された掌編です。
お題は「青空」「杯」。ちょっぴり風変わりな短編ですが楽しんで頂けると幸いです。
それでは、どうぞ!
Calam
「今週もお疲れさま~」
「かぁ~やっぱり週末は飲みにかぎるな」
「やだ、時雨オヤジくさ~い」
「うるせえ、これが飲まずにいられるかってんだ」
「随分荒れてるな、なにかあったのか?」
「きいてくれよ陽介~っとと、イヤホン落っことしちまった」
「私も。ちょっとカメラの調子が悪いわね……」
「ったく、香澄は毎週それだな。そろそろ買い換えたらどうだ?」
「ん~なかなかタイミングがなくて」
「ていうか」「それは……」
「ん、陽介なんかいったか?」
「いや、別に重要なことじゃない。時雨が先でいいぞ」
「んお、悪ぃな……ってか、聞いてくれよ!!」
「うるっさ……音量さげよ」
「今日うちの部長がさぁ、取引先に商品の営業行って来いっていうんだけどさ」
「空気洗浄機なんて、このご時世売れるわけねぇじゃん?」
「それがそうとも限らないって話よ?」
「マジで? 今需要上がってんの?」
「今日の急患の3割がカラム中毒だったし。学会では室内でも安心できないって話で持ち切りみたい」
「陽介もきいてるよね?」
「ああ、きいている。だが、空気洗浄機ごときでカラムが除去できるなら、俺の仕事はなくなるな」
「だよなぁ!? プロが言うんだからまちがいねぇ」
「あー、いっそ外にでてパーっと一杯やりてぇなぁ」
「ちょっと、冗談でもやめてよね……そんな自殺願望者みたいな冗談」
「……昔はよくあったみたいだがな」
「それ、何百年前の話よ」
「はるか昔、この地球が……まだカラムに侵されていなかった時代の話だ」
陽介は、おもむろに手元にあった注射器のようなものを手首に突き刺す。
すると注射器はぶるりと震え、薄い青色の液体を彼の体内に吐き出し始めた。
「いいよな、昔はカラムがなかったんだろ?」
「食い物も今みてぇに内蔵をごまかすためのもんじゃなくて、生きる楽しみだったらしいじゃん?」
言いつつ、時雨は小さな灰色のキューブを口の中へ放り込む。
ガリッと音を立てて咀嚼されたそれは、無機質な刺激で食欲を満たす。
「お酒も安かったらしいわね。それこそ毎日飲んでも平気なくらい」
ブシュゥゥッ! と激しい音をたてる、分厚いビニールのパック。
その中にはおおよそ液体とは思えない、どろりとしたものが封入されている。
「マジかよ……ってか香澄二杯目か!? 随分と豪気だなぁおい」
「ふふ、今日は酔いたい気分なのよ」
香澄はその半固形のモノを喉に流し込み、愉悦の息を吐き出す。
「はぁーあ、畜生……夢も希望もねぇなぁこの世はよぉ!」
「希望なら、ある」
口汚く発せられた時雨の愚痴を、陽介が遮る。
「おまえの職業柄、そう言いたくなるのはわかるけどよ……」
「もう国から支援が出なくなって何年だよ? 今さら、だれもカラムをどうこうしようだなんて思っちゃいねぇよ」
「ちょっと! 何とかしようとしてる本人の目の前で何てこというのよ!」
「事実は事実だろうが! それとも、なにか良いニュースでもあるってのかよ!?」
モニターの向こうで、ギャーギャーとふたりの怒号が交差する。
陽介はため息をつくと、残った酒を一息に流し込んだ。
「ある」
つぶやくように言葉を零し、キーボードをたたく。
「えっ、嘘!? 研究に何か進展があったの!?」
「研究に大きな進展があったわけじゃないが……目指すべき『希望』は見えた」
パチリ、とエンターキーを押下する。
ブンッと音を立ててモニターに表示されたのは、一枚の、なんの変哲もない青い空の画像。
「どれどれ……な、なんだこれ?」
「先週飛ばした衛星が捉えた『青空』だ。あの分厚い雲の向こうには、こんな空が広がっているんだ」
「うっそだろ、おい……これが、空か」
「こんな美しい空の下で飲むお酒は、さぞ美味しいでしょうね……」
「ああ、きっと……美味いだろうな」
陽介たちは、モニターを食い入るように見つめる。
その空の映像は、彼らの知るこの世界に存在するどんなものより、美しかった。
「……すまん、陽介。ちょっと言い過ぎたわ」
「気にするな。夢追い人と世間に揶揄されている職業だからな……言われ慣れている」
「だが、誰に何と言われようと俺はやりたいことをやる。それだけだ」
「……おまえはむかしっから、変なところで明るいってか、熱血だよなぁ」
「明るいフリして年中ジメジメしてるアンタとは大違いね」
「うっせ! あーっ、しゃーねーな。俺も明日からがんばりますか!」
「ったく、時雨は毎週それだな。その頑張りは週を跨げないのか?」
「無理無理、なんのために毎週末飲み会やってるおもってんだ」
「なぁーにー? その後ろ向きの自信。まぁわかるけどさ」
「……よし、そろそろ遅くなってきたし、解散するか?」
「そうだな、うおぉ、もうこんな時間かよ……」
「それじゃ、また来週」
「おう、じゃあな!」
「ああ、またな」
画面の青いボタンをタップすると、モニターからふたりの顔が消失した。
楽しい時間が過ぎてしまったことに、若干の憂鬱を感じながら、陽介はゆっくりと立ち上がる。
そして、薄汚れた分厚い窓から外を眺めた。
ガスマスクなしでは家の外に出ることすら不可能になった、汚染されきった空気が充満する世界。
空は赤く染まった分厚い雲で覆われ、その雲からは強い酸性の雨が降り注ぐ。
光と糧を失った植物は枯れ果て、人間以外の生命は皆死に絶えた。
そんな絶望を具現化したようなこの世界で……人は生きる。
明日か明後日か、来週か、来月か……自分に見える範囲の『希望』に向かって。
それを繰り返し、繰り返して。いつの日か、青い空を見上げて杯を交わそう。
それが……何年、何十年。何千年先だったとしても。
人が歩みをとめなければ、いつかきっと、太陽はのぼるだろう。
空に太陽がある限り、明けない夜など……決してないのだから。