「想いの牢獄」~9月の短編ファンタジー
1
気がついてしばらくの間、私は状況がうまく飲み込めなかった。
とっぴょうしもない状況に、これは夢なのだろうと思った。
ピッピッと小さく機械音が聞こえる。
「わかりますか?」
白衣を着た医師のような40歳くらいの男性が話しかけてきた。
これは、いったいどういうこと?
聞こうとしたけれど、うまく話せなかった。
唇は少し動かせるけれど、声が出ない。
「言っていることがわかったなら、口を一回開けてみてください」
私は口を一回開けてみた。といって、大きくは開けられない、5ミリくらいだ。
男はiPadのようなものに打ち込みながら、また話しかけてきた。
「どこか痛いところはありますか? はいなら口を一回開けて、いいえなら開けないでください」
頭が少し痛い。口を一回開けた。やはり5ミリくらいしか開けられない。
「どのくらい痛いですか? 1から5くらいだとしたら。回数だけ口を開けてみてください」
私は一回口を開けた。
「1ですね。はいなら口を一回開けてください」
私はもう一回口を開けた。
「それではもう少しだけ、鎮痛剤の量をあげますね」
男はやはり医師なのだろう。男は看護師に鎮痛剤の量をあげるように指示した。
けれど一般の病室とは様子が少し違う。
「三沢さんはラッキーでした。この装置での延命は世界初なんです。T大学病院に三日前に導入したばかりなんですよ」
三沢とは私の苗字だ。三沢沙代里。32歳。
ラッキー? この状況の延命は、ラッキーなんだろうか。
見える限り、私の身体はない。見えるのは、髪とかろうじて鼻と口元だけだ。
そして、首につながっているのだろう幾本ものチューブ。
チューブの向こうは、液剤だったり機械だったりにつながっている。
これは、夢ではないのだろうか。
10年前だったら夢でしかなかったろう。
けれど今だったら、技術的に可能なのかもしれない。さっき男は、世界初だと言っていた。
ああ、そうだ、思い出した。私は交通事故にあったのだ。
後ろから走ってきた自転車に突き飛ばされ、トラックの前に飛び出していた。
私の身体はつぶされてしまったのだ。
でもこれが、延命なんだろうか。
両手両足切断になっても、医師たちは延命のために最善を尽くしてくれるだろう。
全身やけどに近くても、医師たちは延命のために最善を尽くしてくれるだろう。
けれどこれは、頭部しかない状態での延命というのはありなのだろうか。
80歳を過ぎチューブにつながれてほとんど意識もない状態で生かされている老人たちが延命されているというのなら、これも延命なのだろうか。
「口が乾きましたよね」
20代らしき看護師が、スポイトで口の中に少しだけ水を入れてくれる。
少しだけ心地いい。
でも私はもう、水を飲むことはできないのだ。
首から下がないのだとしたら、声帯もなくしゃべることもできない。
私ができるのは、見ること。口を5ミリくらい開けること。これだけだ。
動き回る看護師。医師。
彼らの持つ生活は、私にはもうない。
義手をつけることも義足をつけることも車椅子に乗ることもできない。
こんなのが、延命?
これがラッキー?
ああ、これはきっと夢だ。
眠くなってきた。目が覚めたら、普通の生活に戻るはずだ。
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