「虚飾」~8月の短編ファンタジー

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 8月も終わりに近づいているのに、暑さは一向に衰えませんね。
 それでは、涼んでもらうために一つ怖いお話をしましょう。
 あなたは気がついているでしょうか。
 ネットの海には、目に見えない悪霊のような存在がうじゃうじゃいることを。


 夏奈は安アパートに帰ると、ぐったりとベッドに横たわった。
 服を着替える気力もなかった。
 夏奈はスマホショップに勤めていたが、閉店ぎりぎりにやってくる客のせいで残業になってしまった。
 しかも50代後半のおばさんはものわかりが悪く、わからないとこちらに文句を言ってくるというしまつだった。
「あ~あ、もう何なのよ! 結婚して早く仕事辞めたい」
 けれど結婚どころか、二十八歳の夏奈にはつきあっている彼もいなかった。
 かばんからスマホを取り出して、いつものSNSを見る。
 インスタは、映えの写真を見て落ち込んでしまうから苦手だ。
 夏奈はもっぱら文字が中心のSNSに、匿名でぐちを吐いていた。
「今日もクソ客のせいで残業になった。早く辞めたい」
 そう投稿した時だった。
 一件のDMが入った。
 どうせ業者だろうと思いながらも開いてみると、こんなメッセージだった。

「大変ですね。
 嫌な客って、多いですよね」

 アイコンは、かわいい猫のイラストだった。
 何の売り込みもなく、これだけだった。
 夏奈は匿名だったこともあって、気軽に返事をした。
「多いですよね。
 嫌になっちゃいます」
 すると、すぐに返事がやってきた。
「お疲れさまです。
 もしかして、まだご飯食べてないんじゃないですか?」
「そうなんです。
 お弁当を買ってきたんだけれど、着替えるのもめんどうで」

「わかります。
 嫌な客の対応で疲れると、エネルギーをごっそり持っていかれますよね」
 知らない人だけれど、夏奈を理解してくれる言葉が心地良かった。

 彼女の匿名は、ルージュだった。
「ルージュさんは、もう食べたんですか?」
「ええ」
 そうして送られてきた写真は、どこかりっぱなレストランの豪華な食事だった。

 な~んだ、自慢か。
 私になんて自慢しなくてもいいのに。
 夏奈がスマホを閉じようとした時だった。
 すぐにメッセージが返ってきた。

「気を悪くしましたか?
 実は私は、もうおばあちゃんなんです。
 あなたはお若いでしょう?
 私の代わりにインスタで私の写真を使って、『素敵な人』を演じてみませんか?」

 え? どういうこと?
 夏奈はなんだか気味悪くなって、スマホを閉じた。

 けれども、ルージュからのメッセージと写真は毎日届いた。
 どれも素敵な写真ばかりだった。
 夏奈はルージュをブロックしようと思ったけれど、何かブロックしがたいものがあった。

 ルージュはメッセージで夏奈に語りかけ続けた。
「私の学歴や写真を使って、『素敵な人』を演じてみませんか? ネットの世界なら、あなたはあなたじゃない人になれますよ」
 私じゃない私になる?
 これらの素敵な写真を使って?
 意気込んで上京して二年の専門学校に通っても、結局働けたのはスマホショップだった。
 二回彼はできたけれど、二回とも振られてしまった。二年前から彼はいない。
 スマホショップと安アパートを行き来する毎日を繰り返すだけだった。

 私が素敵な人を演じる?
 夏奈は、いつのまにかルージュの言葉にひきつけられていた。


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