「水の記憶」〜1月の短編ファンタジー


         1

 水はすべてを記憶している。
 古代から、いや、古代が始まる前からのすべてを記憶している。
 そして、未来のすべてを。
 
 そう、あなたはすべてを記憶している。
 なぜなら、人の身体はほとんどが水でできているから。
 成人では、約60〜65パーセントが水なのだ。
 全知全能の神とは、あなた自身なのかもしれない。全能であるとは言えなくとも、少なくとも本来はすべてを知ることができる。
 直感という形で。
 それなのに、学校という場で興味のないものをただひたすら覚えるという苦役をわずか7歳から負わされ、本来の力を失っていく。
 全知であることを封印されてしまう。
 そんななかで、何かの事情で封印されずに育つ子どもがいる。
 辻堂波瑠(はる)も、その一人だった。
 波瑠は身体が弱く、学校に通えなかった。両親はそんな波瑠をふびんに思い、できるだけ好きなことをさせていた。
 波瑠はいつのまにか自分で絵本を読み、マンガを読み本を読んでいた。
 好きに絵を描き、工作を作り、その才能を伸ばしていた。
 そこで欲を抱く親ではなかったことは、波瑠にとって幸運なことだった。
 医者に長くは生きられないと言われていたことも、親に一般的な欲を捨てさせることに功を奏していた。波瑠が生きていてくれるだけで、親は嬉しかったのだ。
 本来どの親もそうであるのだろうけれど、子どもが健康であれば次はいい成績を取って欲しい、いい学校に行って欲しいと欲が募ってしまう。
 その結果、子どものためにと言いながら子どもを追いつめている親も多い。
 テストで悪い点を取り、「ごめんなさい」と親に泣いて謝る子どもさえいる。
 本来は、すべてを知っている水で満ちた身体を持っているのに。
 学校で教えているものは、すべてから見れば幼稚なものであったり誤りであったりする。人間の知は、宇宙の1万分の1も知り得ていない。
 けれど水は、すべてを知っているのだ。未来さえ。

 波瑠は自分を信じていたから、常に、
「私はこう思う」と言った。
 医者にも、「私はこう思う」と言った。
 そうして病院にほとんど行かなくなった。
 波瑠は、直感で知ったことを実践していった。食べるもの、食べてはいけないもの、入浴方法、軽い運動。
 波瑠は中学生になる頃には、健康になった。
 けれど、学校には行かなかった。
「私は中学校に行かない」
 まず制服があることが嫌だった。決められた時間に従うことも嫌だった。
 そして何より、すべてを知っているのにそれ以下のことを学ぶことは嫌だった。
 行政の人や親戚はわがままだと言ったけれど、両親は波瑠の味方をしてくれた。波瑠が自分たちより知っていることを、一緒に暮らすなかで実感していたのだ。
 波瑠が地震がくるといえば本当に地震がき、トイレットペーパーが店になくなるから買っておいたほうがいいと言えば、本当にその通りになった。
 いつのまにか両親は、波瑠の言葉に頼るようになっていた。まるで、ご神託ででもあるかのように。
 波瑠は言った。
「お父さんもお母さんも、ほんとはすべて知ることができるんだよ」
 そう言われても、両親はわからなかった。すでにその力は封印され、解除するすべもなかった。そのくらい社会の刷り込みは強かった。
 世に言う天才たちは、波瑠のようにたまたまそこから逃れられたに過ぎない。特別に生まれたわけではない。ほとんどの人間が天才として生まれてくるのだ。科学物質のせいで、生まれた時から封印されてしまっている場合もあるが。
 波瑠が学校を拒否したことは正解だった。
 学校には、「私はこう思う」と言う者の居場所はない。
 人々は遠くの天才を崇めるけれど、近くの天才は全力でつぶす。
 

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