「普通じゃない族」〜11月の短編ファンタジー
1
普通って何だろう?
生きているとあたりまえに普通を要求されるけれど、普通って何だろう。
あなたは、明確に答えられるだろうか。
「普通は普通よ」
そう言うかもしれない。
けれど、その集団によって普通は変わる。
日本人はご飯を箸で食べるのが普通だけれど、インドでは手で食べるのが普通だ。
「だから、日本人にとっての普通よ。
よそのことは関係ないわ。
ついでに言うと、現代の日本ね。
江戸時代のことを持ちださないでね」
では、質問を変えよう。
その普通は、私たちにとっていいものだろうか。
「そりゃ大変なこともあるわよ。
たとえば、1日8時間以上週5日働くこととか。
でも、その大変なことをしっかりやるのが大人でしょ」
あなたも、そう思っているのではないだろうか。
そして、それにノーと言った者たちがいる。
それが、普通じゃない族だ。
石崎のゆ19歳は、子どもの時から学校が苦痛だった。
エネルギーがあまって、机にじっとしていることが難しかった。
黙っていることが難しかった。
それで先生によく怒られた。
母親も呼び出されて先生に注意され、そのおかげで母親にも怒られた。
「ちゃんと普通にして!」
何百回言われたろう。いや何万回かもしれない。数えきれないほど言われた。
しまいには病院に連れて行かれて、薬ももらった。
のゆは飲んでいるふりをして飲まなかった。飲みたくなかったからだ。
大人たちがなぜそう怒るのか、のゆにはわからなかった。
授業は退屈だった。ちっともおもしろくない。
おもしろくないものを何時間もじっと座って聞いているなんて、なぜ他の子たちは平気なのか不思議でならなかった。
「変わってる」
とクラスメートにもよく言われたけれど、のゆからすればみんなが変わっているように見えた。
のゆはこんな感じで先生や親に注意されながらも、小学中学高校と進んでいった。
みんなが受験勉強していたので、のゆも自然と大学に入ろうと思って受験勉強した。
なんとか第2希望の大学に入ったものの、授業はやっぱりおもしろくなかった。
そしてのゆは、きっちり時間を守れなかった。高校までは朝遅刻しても、同じ教室で皆と同じ時間帯なので2時間目からは遅刻せずにすんだ。
けれど大学では自分で取る授業を決めるので、曜日によって時間割が違う。
いつのまにか遅刻や欠席ばかりになった。
自分には無理だと、半年で大学を辞めた。
怒られながらも高校まで学校に通い、みんなと同じように大学に進学してみた。
この間、のゆは自分が思った以上に無理をしていたようだった。
のゆはのゆなりに、みんなと同じように「ちゃんと普通」にしようと努力してみたのだ。
けれど、結局ちゃんとできなかった。
親は怒ったし、自分でも情けなくてつらかった。
どうしてみんなが普通にできることが、私にはできないんだろう。
気がついたら、うつ状態になっていた。
ご飯がおいしくない、ふと涙が出ると思っていたら、朝も昼も夜も布団から起き上がれなくなった。
2週間後、母親に病院に連れて行かれ、うつ病と診断された。
薬を出されたけれど、のゆは飲まなかった。飲みたくなかったからだ。
19歳、布団の中で過ごす毎日。
私はいったい、何のために生きてるんだろう。
のゆは生きていることに、何の意味も見いだせなかった。
未来への道も、まったく見えなかった。
「結局、普通になれなかったなあ」
子どもの頃渡された薬を、ちゃんと飲んでおけば良かったんだろうか。
今渡されてる薬を、ちゃんと飲もうかな。
のゆは、薬の入っている袋を手にしてみた。もらったばかりの薬は、けっこうたくさん入っていた。
「これ全部飲んだら、死ねるかなあ」
いやさすがに死んだら、両親に悪いし。
でもこのままずっと寝たきりでいるのも迷惑だよね。
大学の時間が守れない自分が、会社に毎日遅刻せずに行けるようになるとは思えなかった。
無理して会社に通う人生を送るために、布団の中から出ようという気にならなかった。
なんでみんな、普通にできるんだろう。
のゆにはやっぱり、不思議だった。
死の淵をのぞき見しながら、3ヶ月がたった。
ある日突然、のゆは布団の中で思った。
「何で普通じゃないといけないの?」
世の中は多様性とか言っているけれど、ちっとも多様性なんかじゃない。
みんなと同じにしろ、普通にしろってそればっかりじゃないか。
世の中はウソばっかりだ。
のゆは、がばっと布団から起き上がった。
「私は普通になる努力をやめる。
私は普通じゃない族だ!」
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