「ジグゾーパズル」~8月の短編ファンタジー

おまたせしました、8月の短編ファンタジーです。
出だし、皆さんにチラ見せです。

ジグゾーパズル




            

 美沙は、目をこすった。
 これまで一生懸命作りあげてきた現実が、まるでジグゾーパズルであったかのようにぽろぽろと崩れおちていく。

「こんなはずない」
 もう一度つぶやいた。
「こんなはずない」

 コツコツ貯めていたはずの通帳には、16,700円しか残っていなかった。
 もしやと思って確認した定期も、すべて解約されていた。

 こんなことができるのは、夫しかいない。
 一部上場企業の主任とはいえ、給料の手取りはそう高くなかった。
 美沙はまだ幼い2人の子どもたちを保育園に入れ、共働きしてきた。

 いずれ家を買うためにと、ぜいたくもしなかった。
「どうして?」
 夫はまじめだったはずだ。
 まさか、浮気? ギャンブル?

 ラインを何度も送るも、夫から返事はなかった。
 会社に電話してみると、
「木下さんは、一週間前に退職されています」

 美沙は、何がなんだからわからなかった。
 その日まんじりともせず待った夫は、帰ってこなかった。
 

           
 

 夫の実家に電話すると、夕方、姑がやってきた。
「夫の管理ができないなんて、妻失格よ!」
 来る早々、姑は美沙をなじるように言った。

 貯金を勝手におろし、退職金も持っていなくなった息子について、親なら謝ってもいいのではないだろうか。

「まさしは、だいじょうぶかしら?
 まさか自殺なんてことはないでしょうね」
「自殺する人間が、お金を持ち逃げしない」
 そう言うと、姑がかっと目を見開いた。

「なによ、その言い方は!
 夫の心配もせずにお金のことが心配なの?
 なんてお金に汚いのよ!」

 お金に汚いのは、お金を持ち逃げしたあなたの息子でしょう、
と言いたかったが、美沙は言わなかった。
 隣の部屋にいる子どもたちは、ただでさえ不穏な様子におびえている。

 姑は、息子を心配したり美沙をののしったりと忙しかった。
 息子に何度も電話をしては、
「なんで私の電話にもでないのよ。
 警察に言ったほうがいいのかしら」

「警察に電話しましょうか?」
 美沙がそう言うと、
 姑はしばらく考えて、
「まだ早いわ」

 この人は、ずっとこうだった。
 美沙をののしりながらも、息子がお金を持ち出したことが問題になるのではないかと考えているのだ。

 結婚前から、姑は美沙のことが気にいらなかった。
「まさしは大卒なのに。
 何もわざわざ短大卒じゃなくても」
 一流大学卒でもなかったけれど、大卒ということに重きをおいていた。

 わかっていたことだけれど、美沙は目をつぶったのだ。
 完璧な結婚なんてないわ。
 同居じゃないんだし、まさしさんはいい人だし、私は幸せだわ。

 けれど実際は、別居であっても姑はあれこれ口を出してきた。
 まさしはそれに、いつまでも影響され続けた。

 共働きなんだから家事や育児を手伝ってほしいとお願いしても、
「おふくろが、そんなのみっともないって言ってる。
 家事、育児をやれないなら、仕事なんかするなって」

「何言っているの?
 あなた1人のお給料じゃ、家を買うことができないわよ」

 そんな時まさしは、
「悪かったな、少ない給料で」
と機嫌を悪くした。

 美沙はそれを、見ないようにしてきた。
「ちゃんと働いてくれているから」と。
「まじめだから」と。

 確かにまさしは、まじめに働いてくれていた。
 けれど今、まじめに働いて貯めたお金をすべて持ち逃げしていた。
 美沙が働いた分も。


            
 


 とにかく美沙は、働かなければならなかった。
 夫はお金を持って行ったのだ、帰ってこないと考えていいだろう。
 とすれば、もっと稼ぐか家賃の安いところへ移るしかない。
 引っ越し代もいる。

 舅に、お金を請求しようか。
 きっと姑が文句を言ってくるだろう。
 
 働き終わってため息をつきながら保育園に向かっていると、歩道のわきに段ボールがあった。
『黒猫屋、閉店しました。
 よかったら、お持ちください』

 段ボールの中には、ジグゾーパズルがいくつか入っていた。
「へえ」

 タダだったらもらって、気晴らしにジグゾーパズルでもやろうか。
 1つを手にとって見ると、
「あ!」
 どういうことだろう。
 完成画像は、美沙とまさしと子どもたちだった。

「驚いた?」
 振り返ると、髪の長い黒いワンピースを着たきれいな女性が立っていた。


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