【実話】やさしい哲学の話
街中の渋滞を抜け、
田んぼの視界のいい道を運転していた。
すると、アクセルが利いてない感覚になった。
ブレーキを踏んで留まったら、
もう動かなくなってしまうかもしれない。
少し先に、ホームセンターが見えた。
信号を曲がって右側だ。
「赤だったら止まらなきゃいけない。
対向車がいても止まらなきゃいけない……」
幸い、信号は青で、対向車もいなかった。
スピードを徐々に緩め、
滑り込むように駐車場へ。
障害物もなく、無事に駐車スペースに留めることができた。
原因は、車のコンピューターの故障。
滅多に起きない現象だった。
修理代は、8万円。
この状況をどう思うか
選択肢は、単純に3つある。
1 「滅多に起きないことが起きて、ついてないな」
2 「事故るよりは、まだマシか」
3 「渋滞中に止まらなくて良かった。
駐車場まで安全に移動できた。
なんて、ついてるんだろう!」
僕の感覚は、迷わず3つ目だった。
事故もなく、車も体も無傷。
修理代はまた働けばいい。
もしケガをしていたら、もっとお金がかかるし、
何より働くことさえできない。
「本当についてるなぁ」
そう思っていたのだけど、
兄は「最悪だな」と言う。
でも、もしこれが最悪なら、
事故っていたら
一体どれほど最悪なことになるんだろう?
お金の損得ではなく、時間を損得で考えたら
最悪だって落ち込む時間は、もったいない。
ついてるなって、気分よく過ごせるほうが
ずっと得な気がするんだ。
兄の考えも間違いではないけれど、
これは「時間の価値観」の差なのかな。