たくひあい 2023/07/23 17:59

二つの鍵9 館(異臭騒ぎ 解決編?1)

1.寮に戻る


やがて寮の正面玄関に辿り着いた。まつりやダイヤさんが身分証を翳して中に入る。

 城のような外壁や調度品のヴィンテージ感と裏腹に、中は結構現代的なようで、すぐに視界に飛び込んで来たのは、天井に固定された大きな液晶パネルだ。
空港等にありそうなもので、左右と合わせて3つほどあった。受け付けた各部屋の宅配荷物や天気予報などの情報を表示しているらしい。
(さっきも寮に入ったけど、実は正面玄関じゃなく裏側だったからな……ささぎさん特権である)


 さらに左側には受け付け口がある。
ちょうど、中には誰も居ないが、そこのガラスに、番号かなにかが貼られていた。

まつりは、黙ってそれを見て電話をかける。

その数字の上には、『困ったらここに!』
と書いてあった。

『はい』
しばらくして、声。
まつりが、ささぎさんの部屋の番号を告げると、受話器の向こうの声は、『ああ、はいはい』と、優しげな相づちを打つ。
どうやら、寮母さん、寮父さん、というものがあるらしい。
大体の寮にいる、管理人みたいな感じで、鍵の管理や、部屋の確認、住民と仲良くなったりもするようなのだ。
出たのは、寮母さんだろうか?
「あの。鍵をなくしちゃって……」
『まあまあ、大変!』

彼女? は大きく目を見開いていそうな(見てないけど)、驚いた声を出す。
『すぐ貸してあげるから、待っとってね』
「ありがとうございます」
『今、ちょっと、テレビ見てたのよ。この時間、あんまり生徒さん、帰らないから』

この反応。
もしかして生徒たちは、寮には、帰っていないのだろうか。
しばらくして、通話が切れ、受付の奥の部屋から音がして、それから、気配が近づいてくる。

「ささぎさん、おかえりなさい」

寮母さんは、少しお腹の大きな、けれど、溌剌としたおばさんだった。
ピンクのエプロンをつけている。少し傷んだ髪は、ひとつにまとめていた。目は好奇心にキラキラしているので、子どもみたいだ。


「あらぁ、お友だち?」

ぼくを見て、彼女はまつりに聞く。

「ええ。可愛いでしょう?」
まつりは、ささぎさんの真似をして答える。
いつも、ああいう風なコミュニケーションをとっているのだろう。
嫌じゃないが、ぼくなら、慣れるまでちょっとかかりそうだった。
「ええ! ささぎさんはお友だち多いわね! いいなあ。寮の子じゃ、ないのね」
「自宅から通ってるんです」
ぼくは声をやや高めに答える。
「泊まってくの? だったら、宿泊許可取ってね」
彼女はうきうきしながら、ぼくに言う。
どうやってとるんだと思ったが、どうやら、受け付けに、そういうのを記録する用紙があって、それを記入するらしい。
「いえ、帰ります」
ぼくは言う。
「ご飯は? 寮の子じゃないならお金かかるけど」
「あ、結構です……」

 ぼくは言う。うーむ……。
あんまりこういう世話焼きな人馴れをしていないぼくは、正直、その距離感には戸惑うばかりである。
「そう」
彼女はぼくが断ると、特に気にすることもない感じで、さっさと受け付けの方に行って、鍵を手にして戻ってくる。

「それじゃ、いきましょ」
まつりが、彼女の前に立って、それを制した。
「あの、私、自分で行きますから大丈夫です」
「でも――」
 彼女は、他人にしてあげたい、人間なんだろう。少しつまらなそうだ。
「『彼女』は、繊細ですからね……山奥に実家があったからあまり他人になれてなくて」
「ええ、そうなんです」
ぼくは、せいいっぱい、奥ゆかしい感じを演じる。
「わかった。終わったら返しといて」

必死に演技を続けていたら、彼女は、そう言ってどこか奥の部屋に戻っていった。


20200418 0210~15 一部加筆







2. 館

「ふぅ、なんとかなりそうだね」
まつりが言い、ぼくは、そうだな、と返した。

 だけど……あれ。
確か、寮の各部屋で異臭騒ぎが起こってるって話だったよな……なんだか、思ったよりも普通に入って来られたけれど、そんなに酷く無かったのだろうか。少なくとも此処からは異臭はあまり感じられない。


   廊下を曲がって、階段を上がる。
奥の方に生徒用の靴箱もあったが、靴のまま上がっても良いようだった。
まぁどのみちぼくらの為の場所は無いのでこのままで良いだろう。
 さて、2階はどんな様子かな――――と、踊り場に足を踏み入れると同時に誰かが階段を降りてくる音がした。

制服姿で、真っ直ぐに切りそろえた襟足の長い髪の子だ。なんだか気まずそうに目を逸らし、さっさと走って降りていこうとして、
「ねぇ」
とやや強めの声を張り上げた。

「ん?」
ぼくとまつりを、真ん丸の目でまっすぐに見つめて
「これ、貴方のですか?」と何やら厚紙を此方に見せてくる。

――――洋館の写真だ。

「その写真が、って事なら違うけど……」
まつりがきょとんとしたまま言い、ぼくも同意の意味で頷く。
白い、柱がいっぱいある建物で、角ばった円形のような形をしている。
なんだか、何処か、見覚えがあるカタチをした家だったけど。
「あっ、そ」
 彼女は彼女で唇を尖らせた。
なんだか少し怒っているようなツンとした態度だ。何かあったのだろうか。それとも、何かあると思ったのに無かったからだろうか。
「素敵なところだね。君の知ってる場所?」
まつりがそんな事を言っていると、彼女は、なんだか気まずそうに、まぁねと答える。
「友達が、いつもこれ、持ち歩いてたのですけど、それが今日は何故か廊下に落ちていたので……」
「友達が持ち歩いて居る写真が落ちてたのと、君にはどんな関係が?」
そもそもなぜこちらに尋ねるのか。
「あぁ、いや、その……」
 彼女はなんだか言いづらそうにして、やはり、ぼくたちを睨みつけた。
うーん、よくわからないな。
言いたくない事情があるようだ。

「……はぁ」
しばらく見ていると彼女はひとりでに肩を落とした。
「あ、異臭騒ぎ、君、大丈夫だった?」
ふと、思い出したようにまつりが訊ねる。
「それは、大したことないですよ」
写真の方が重要だとでもいうように彼女はぼくたちを見ていた――――ところで、
「なになに」
 ぬっ、と背中から誰かが現れ、ぼくは思わず悲鳴を上げそうになった。

まつりはさりげなく避けている。
振り向くと、界瀬さんが頼んでも無いのに勝手に輪に加わっていた。
「この写真、ね」
勝手に写真を見ている。
程なくして、そっか。この写真か、と彼も納得したようだった。
…………????

「あの、この写真、なんなんですか? 彼女は、ずっと、これ見てて
少女が、界瀬さんに訊ねる。
話が出来そうだと思ったのだろうか。
「何かあるとこの写真見て、『おじいさんがいじめられてる絵』って言うんです……よく、わからない子ですよね。此処には洋館しか映ってないのに、気持ち悪い、おじいさんがいじめられてる、と」

手元にあるのは、古ぼけたカラー写真だが、それを見るたびに『おじいさんがいじめられてる』と言う子が、それの持ち主のようだ。
「そっか」
「妄想癖のある子だったんです。これって建物ですよね?おじいさんがいじめられるところなんか何処にも……」
それは、どうなのかな
界瀬さんの眉がやや釣り上がる。ちょっとイラついているような、それでも態度を緩めたままでいるような────
「もう、学園に、来ないかもだけど……思い詰めていたのかな」

彼女は俯いたままでそれを見ていない。
 ただ悲しさにうちひしがれるように声を潜めた。だけどなんだか心配の方向がずれているようなちぐはぐな印象なのは何故だろう。
「どうしよう、そんなに病んで居たなんて」

彼は、大ー丈夫、と根拠があるのかないのか、やけに胸を張って答える。
「つまり、その子はこの館をおじいさんだと思って接しているだけだよ」
「は? いや、これは建物で」
少女が目を丸くしながら何言ってんだこいつという態度を見せる。
彼は、それは違うと言った。

それは違う! 俺にもそういうの、あったからわかるよ。
そうだな、あれは昔住んでた町の道端にあったなんかわからない像なんだが、子どもの頃、あれを俺はカニカお姉さんと呼んでいた」

「それはそれで大丈夫なんですか!?」

「お姉さんって、近所のとかそういう意味だけど、でも彼女が撤去されるとき、ちょうどそれをモチーフにした小説が出てな……カニカ姉さんが惨劇の凶器として使われていたもんだから、役目を終えてお疲れ様って見送ってるときに。気分悪かったな……」
それは確かに、これまで培ってきた自分の想いや、そのときの楽しい思い出を一方的に踏みにじられるようで、嫌な気分になるのかもしれない。




「戦慄! とかキャッチコピー付けて売り出すだろ? いくらただの素材に過ぎないって言っても、なんつーか、まぁ見なきゃいいんですけどね……ってあれ」


  静かだなと辺りを見渡すといつのまにか女子生徒が居なくなっている。
話に夢中になるうちに、上の階に戻って行ったみたいだ。




 ぼくらが界瀬さんたちと盛り上がっているので邪魔になると気を利かせたのかもしれないし、用を思い出したのかもしれない。

「もー! ホスト! いきなり湧いてくるな!」
まつりはまつりで少し不機嫌そうである。沸くって虫かなんかみたいだな。
 

「だーから!ホストじゃねぇ!」
界瀬さんも雑に対応している。
「俺は、これから不審者確認とか、怪我人が居たら運んだりとかしなきゃなんねーの! 調査! オーケー?」
すぐ横には、青みがかった黒髪と白い肌の男性?が立っている。寝不足なのか目の下に隈があり、眠そうだ。
あれが、もしかしてあいづさんだろうか……


「写真が落ちていた……か」
と小声でぼそっと呟いている。


「見回ってきたが、粗方撤収している。異臭についても、非常時だがやむをえないからな。換気をさせているところだ」

そう言いつつ、彼はじっと、ぼくとまつりを見た。
――――?
何か言いたい事でもあるのだろうか。
 しかし界瀬さんが、「そろそろ行こうぜ」と彼に促すと、藍鶴さんもそうだな、と頷いて階段を上って行……こうとして、一度立ち止まった界瀬さんが言う。

「あぁ、そうそう。その小説なんだけどさ。それ以外の違和感もあったんだよ」
と、なぜかぼくたちに視線を合わせたままで言う。

小説や漫画のキャラクターってのは見た目と中身がどこかちぐはぐっていうか、見た目のキャラクターと、作者の中身の心理状態が視えるのが普通なんだ。美少女書いてても、おっさんが喋るように視えるっていうかな……」
 サイコメトリーの話だ。
そう思ったけど、何も言わなかった。彼が何処まで生徒に公表しているのかわからないし。

「これでも、小さい頃は、自分の才能の自覚が無かったから、本とか読んだんだぜ」
まるで今は読まないと言ってるようなことを付けたしながら、なんだか悲し気に彼は言う。

「違和感って言うのが……その館の作者の本はいつもキャラクターと中身の情報が、貼り付けられたみたいに揃っていたんだ。まるで『本物の人間の情報を切り取って貼り付けている』みたいにキャラクターの中に正確に……
 それもあって、それで惨劇を描いているのが不気味だった。『あんな個人情報を他人に易々と提供するとは思えない』。俺にとっては恐ろしい体験だった」

一体何故今そんな話をするのだろう。
今、ぼくたちに聞いて欲しい話だというのか。

「なーんて。俺が言う事じゃないけど。大事なことは目に見えないって言うからな」
先に上って行った藍鶴さんの後を追って、彼も上の階に行く。


「……なんだか、暗示的だな」
二人になってからぼくが言うと、まつりはきょとんと、首を傾げた。
「そうだね」
と、なんだか別の考え事でもしているように、心ここにあらずというように、どこか遠くを見つめている。
 まぁ、とりあえず。ぼくたちも上に行こう。
2023年7月17日3時57分








虫騒ぎ

  上の階に到着すると、
「あ、ささぎさまー」
「ささぎさま! 帰ってたのですね」
4人の生徒たちがそれぞれはしゃいで近づいて来た。
まつりもそれに応える。
「ごきげんよう」
 あまりに自然に受け答えているまつりにちょっと複雑な心境だ。
なぜ気付かないんだろう……まつりとささぎさんは似て非なるのに。
その中の一人、短めのポニーテールの子が、「あっ」と、まつりに気付いた顔をしたので、まつりが人差し指で、「内緒だよ」というサインを送る。
彼女は目だけで頷いたよう瞬きした。


「異臭騒ぎが在ったって聞いたけど、今は落ち着いてるのね」
改めて、まつり……が演じるささぎさんが4人にそう言う。
彼女たちは、そうなんですよぉ!と口々に騒いだ。
思っているよりも賑やかだ。
「もー、大変だったんです。運ばれた子も居るし」
そうだそうだと2人が頷く中、独り、毛先がやたら跳ねている子が
「なんかどっかに隙間でもあるんですかねぇ」と言った。
「な、なにが?」
「カメムシですよ」
短めのポニーテールの子が、困ったような顔で言う。
「ドラマ観てたら、ドラマで主人公がお姉様にシカトされるシーンのときにちょうど部屋に飛んできたんです」
「私も!」
「みんな、ドラマ観ていた人は同じタイミングで虫が入って来たって言うんですよ。この階、そうそう虫なんか出てこないのに」
「誰かが、掃除機で吸っちゃったみたいで、もう階中がダイパニックで」
カメムシは、アルデビド類(特定悪臭物質に指定されている)の強烈な悪臭を放つ虫で……
細部は描写しないでおくが、人によっては気を失うくらいの存在である。
 それがドラマのシーンに合わせて飛んでくるなんて、なんて偶然だろう。
しかも寮中で。
そうそう虫など入って来ない高階層に。


「わ。私。もう嫌……! 寮待機なんて、耐えられない、こんなの、嫌だぁ!」
 お団子頭の子が嗚咽を零し始める。
精神的にかなり参っているという様子だった。
横に居た前髪を斜めに下ろした子が彼女の背を優しく擦っている。
  傍から見る分には、彼女たちを『あんな小さな虫くらいで大袈裟な』と思うことも出来るかもしれない。
 だけど――――
そこに居る誰もが、馬鹿にしたり大袈裟だと笑うような空気ではなかった。
もっと、重くて、じめじめとした何かを覚えてしまうのだ。



「まぁ発狂したり、救急車で運ばれる子が出ている程だからな」
まつりも、特に嘲笑ったりする様子はなく、真面目に思案していた。
「んー。余程虫嫌いが多いと見る事も出来るけど」
 ただの虫嫌いの嘆きというだけではない何かを感じてしまうのは、考えすぎだろうか?

「もう大丈夫よ。偶然でしょ。退治したんだろうし……」
 ――――とまつりは優しく宥めようとしている。
廊下から騒ぎが聞こえたりはせず、確かにもう落ち着いているような雰囲気だった。廊下にある窓は換気の為か開いている。
毒ガス等は撒かれて居ないようだし、そのうち収束するのなら、聞き込みだけすれば充分だろう。
「そうじゃないんですよぉ!」
お団子の子がほとんど泣きそうな状態で言う。
「ねぇぇ、私達、お姉様が頼りです……なんとかしてください」
うえーん、と顔を手で覆ってしまった。
「な、何か、あったの?」
短めのポニーテールの子が「実は……」と言った。
「その、何か、番組があるごとに、虫が現れるんです」
「どういう意味?」
「此処3か月?5カ月?くらい、ずっと……理事長の娘のシオリが、『あの子』と『喧嘩』してから、中の人物が無視されたりするタイミングで、部屋にも虫が入って来るんです」
「えぇ!?」
おやじギャグとかじゃなくて?
「意味がわからないですよね!? 私たちも……学校に居るときは知らないけど寮待機のときに『あ、今のシーンで喧嘩が始まったな』とか思って、それでちょっと天井を見たら居るんですよ」
そうそう!と他の3人も賛同する。
「私たちの部屋もなんです!」
他の人の部屋も……しかもテレビの内容に連動して虫が入って来るのか。

「先生に相談しても、虫くらいで大袈裟なーって」
「そう!」
「テレビ観なきゃいいでしょ、って言われるけど、他の生徒がテレビ観てると、部屋に同じように虫が」
「もう! 隙間あちこち探して塞いでるけど、いっつもどっから来るの!?」
「偶然にしても異常で……」
「ちょうどそのとき、テレビのバラエティ番組で、普段男らしい女性タレントが虫に悲鳴を上げる番組がやってて、『こういうときだけは女性らしいですね』ってテロップが入って」
「うっそ、それ観てない」
「気持ち悪ー」




 うーん。数か月ずっと続いている事、テレビに合わせて虫が入って来ること、何故か生徒全員?の部屋に条件が適用され現れるのは気がかりだけど、
それだけでは何とも言えない。
 偶然と言う事も出来てしまうので、
犯人?側の動機に繋がるようなものが見えて来ないし……
それになにより、生徒たちがそこまで追い詰められている決定的な理由としてはまだ足りない。

「ま、待って、その話って、誰かが、その、無視されるシーンに合わせて入って来るだけなの?」
「それが……」
前髪を斜めに下ろした子が、自分でも困惑していると言った風に答えた。
「A家とB家が、結婚だか権力闘争で揉めてる日には、ムカデが」
他の子も口々に言いだす。
「問題児のシオリがクラスメイトと喧嘩して、無視されているとかなんかのとき、あるいは、何らかの理由のときはカメムシが」
「アリの日もあったよ」
「イギリス王家の知り合いだとかって子に何かあったときはゴキブリが出てた」
そうそう、と4人は結束している。
「虫の種類まで決められているのね。それが数か月継続する、と」

「そうなんです! またシオリに何かあったんだ、また権力闘争なんだ、って虫が出てくるのに身構えるようになっちゃって」



 うーん、確かに数か月同じ現象が続くのは変だ。それに会話のタイミングで、複数生徒が同じ目に合うのも……
そうそう野生の虫など入って来ない高階層に。
どれかに偶然があるのだとしても、ただの偶然だけの問題だろうか。

「部屋のあちこち塞いだら、一度、廊下にうじゃうじゃいたことがあって……部屋に入る気だったんだってなって」
キャー!と、4人が悲鳴を上げる。
「冬と真夏は出ない、か、虫の種類が変わってることが多いです」
「なるほどね」
まつりは真剣な目をしてそれを聞いていた。

「少し、考えてみる。他に変わったことはない?」


2023年7月20日08時19分




小室さんは?

そのタイミングで今度は「あ、そういえば小室さん、見ませんでしたか?」と、4人が言った。
「そう! 小室!」
「小室が……」
「部屋にもいなくて」
口々に小室さんを心配しているようである。
 まつりはやや寂しそうな表情になると言う。
「小室さんが……どうかしたの?」
生徒たちは口々に小室さん、について語った。
「小室さん、寮待機になってからずっと様子おかしくて、それで今も居ないから」

まつりは「わからない」とだけ答えた。
「探してみるわ」


「はぁ……図書館にでも居るのかなぁ」
なんだか疲れたようにお団子頭の子が項垂れる。
「なんか周りに無理やり結婚が決められちゃったって噂ですし」
短いポニーテールの子が続けた。
「ずっと、変なとこ嫁ぐくらいなら量産型の抱き枕と結婚するって言ってたのにね」
「え? 両さんの?」
お団子頭の子が聞き返す。
「違う違う、そこじゃなくて、洋服屋で売ってるゆるい顔してる抱き枕だって」
「あぁ、ティーダでしょ。もちもちしてて良いよね」
前髪を斜めに下ろした子がおっとりと同調した。
「冗談だろうけど。でもだんだん狂ってたのよ、忍者が居るとか言い出すし、よっぽど追い込まれてたのね」
お団子頭の子が呆れたように言う。
「え、何それ、怖い」
「忍者って何!? 量産型の忍者抱き枕?」
短いポニーテールの子が聞き返した。……と以下略。
「鬼滅みたいなこと言い出した」
「抱き枕だって、重要なポイント」
「えー、誰が考えたんだよ……量産型忍者のムキムキ抱き枕とか」
「誰が考えたんでしょうねぇ」
「だからっ、量産型の、話聞いてた?」
「あの子物好きだからね」
「ねー」
4人は仲良しなようだ。
小室さんも入れて、5人、大事な話をするほどに仲が良かったのかもしれない。


  ――――しかし、政略結婚だろうか。なんだか世知辛い話だ。
ある意味お嬢様らしいというか、そういう闇を感じざるを得ない。
しかし、彼女は先ほど屋上から墜落したのだ。まつりは告げなかったけれど。
「やっぱり嫌だったんだよ……『私のことまで無理矢理決める人と幸せになれるわけがない』って、前に言ってたし」

「酷いよね、しかもあれ、表面上仲が良い風で、味方みたいなこと言ってる風だけどアレ全部事情知らないと出来ないよ。虐○の話とか」
「許可なしで興信所で全部調べ上げてたってやつでしょ?監視だけじゃなくて、日記とかも全部勝手に見てたんだって。虐○の話とか勝手に調べたこと近所中に話してたらしいし」
「聞いたことがある。こういうやつなんだーって、自分の事みたいに、勝手に調べた過去とかベラベラ話してからそういうやつと結婚するんだーって近づいたらしいよ。それでも俺は味方だから、キリッ的な、家族とかにも話をしていたみたい」
「こわっ」
「は? 意味わかんないんだけど? えぇ? おかしいだろ、
許可してもないことを勝手にやってるの? 家族にまで話を通して? 鬼かよ」

――――秘密に隠された、視えない圧力。
家族や近所の外堀にまで与えられる卑怯な手回し、か……
それのせいで、小室さんは身動きが取れなかったのかもしれない。


「何処と結婚させられるのかしら」
まつりは端的に聞いた。
「……それは……私たちは」







Kの登場

 と、いきなり、寮の電話(机に置いてある)が大音量で鳴り響いた。
──ピロロピロロ! ピロロピロロ!
「えっ!?」
ぼくがビクッと肩を震わせ、他の生徒も困惑する。
「わわ。なにごと……」 「なぜ電話」
 よく聞くと外からも時間差で同じ音が聞こえる。
なんと部屋中で、電話が鳴り響いていた。
立ち止まっていると、お団子の子に、部屋に呼ばれる。 
 手前の左から三番目のドアだった。急いでついていくと、彼女は備え付けの机にある電話のスピーカーボタンを押した。


『今日送ったプレゼントは、届いたかな? 言っておくが、私は電話に直接アクセスしている。いつでもお前たちを見ることが出来るから、事務員に聞いても無駄だ。通報すれば学園ごと危害を加える事も出来る』

 昨日、が今日になっている。
今日……何か送ったのか?
あの焼死体?だろうか。あれも爆発で……?だけど、それでは約束が違う。
今爆破してしまってはぼくたちに鍵を探させる意味が無いのだから。
だからあれは、単純に火を付けた、あるいは、別の目的と見るべきなのだろう。

「はー、ビットコインでも払えっての? いやらしい動画を全世界に送られちゃうの?」
至極どうでもよさそうにまつりがため息を吐く。
声はそれには答えずに機械的な声で、要求だけを告げる。

『やがて太陽と月が交わり、時に変わる……そこまでがこのゲームの期日だ。期日までに二つの鍵を探せ。
君たちは推理だけをするんだ。
 今では復讐や感情を追う事ばかりして今はもう謎を疎かにしていることだろうけど。それでは沢山の犠牲が出る事だろうね。昔は良かったのになァ!
では、回収の手順は後で連絡しよう……
君が私の探しているホンモノであることを願う』


 まつりは黙って、かけなおすボタンを押した。
しかし非通知の為にそれはかなわなかった。

「うーん、しかしこの愉快犯、センスが少々古いんだよな……きっと昭和で時間が止まってるんだね」


 と、代わりに悩まし気に吐き捨てる。何様なんだよ、探しているホンモノって。
 現地の状況も知らずに一方的に昔は良かったなァ!とか言うやつは信用できないんだぞ。
ぼくはなんだか腹が立って来た。




「なんですか、この電話」
部屋の住民である彼女が、不気味な物を聞いたという感じでやや青ざめる。
「き、今日も、虫が出るのかな……それとも、虫じゃすまないのかな……」
まつりはまつりで、肩を優しく抱き寄せて、大丈夫だよと言っていた。
セクハラにならなければいいが。
性別はともかく見た目は女性形なので、まぁそんなにいやらしさも感じられない。

 しかし誰もいないのに外部からかかるなんて、なぞの監視電話を定期的にしてくるというのが事務員なのかも機械音声かもわからないとなると、確かに事務員を一度全員消すのも手なのかもしれない。 
 しかしそもそもなんのためにやってるんだろう。恐怖のなか働かせるためだとしたら監視を知らせたところで恐がらせるだけで、余計に身がすくむけどな。
(小室さん……)

「今の状況を考えると寮の中が、校舎内では最も安全なのでしょうけど……寮待機の生徒にまで不安を与えているなんて、ただ事じゃなさそうね」
と、ささぎさんの声で、まつりは嘆く。
「とりあえず、状況の確認。今日出た虫は、カ」
まつりが何か言いかけたときこの部屋の住民、お団子の子が取り乱して叫んだ。
「嫌ぁ!!もう、その名前は嫌!聞きたくないっ!嫌ぁ!」
「……便宜上、Kと呼びましょう」

Kと呼ばれることになった。







「――――Kが現れるのは、シオリ、さんや、誰かが無視されている。クラスメイト間のトラブルに関する問題が起きた日の、授業が無い時間帯ね」

 そこまで言うとまつりは突如、クスクス笑う。
 「嘘つき、結婚、嘘つき、フフフフ」
 どうしたんだよ、と聞こうとしたとき、まつりは急にぼくに向き直った。
「な、に……」
女子生徒から離れて、ぼくに近づいてくると、そっと耳打ちする。
「これから、君の『記憶力』が必要になると思う。……まだ、結論を出すには早いから調査はするけどね」
「言われなくてもやってるよ」

  ぼくは自分の見た景色や長期的な自伝的記憶を覚える『超記憶症候群《ハイパーサイメシア》』と言われる体質を持っている。以前説明したので細かくは言わないけれど、それで以前から捜査を手伝っているのだ。
まつりは、頼んだよ、と目だけで合図代わりにウインクした。


「……はいはい」
――――そんなわけでそーっとカーテンに近づいてサッシなどと確認してみる。だけど、他に虫がいる気配はなかった。
 Kなどは秋が近付く頃に集団で現れる場合もある。
そのような場合には一斉に各部屋に現れる現象にも、全体数の多さと合わせて状況を考える事が出来る。

 ――――でも、他の個体の形跡は無さそうだ。
 それに、こっそり閉めてみても虫が入り込みそうな隙間は無さそう。
やつらは1~2ミリ程度あれば入り込めるけど、怪しそうな部分は既にテープで塞がれていた。
此処からの侵入は、無さそうだ。
「やっぱり怪しそうなのはエアコンだけど……」

 あの手のは気温差に弱いっていうけど、此処最近ずっと暑いし。
大体、みんな冷房を付けっぱなしだろう。そもそもそういっぺんに部屋に入って来るとは思えない。
彼女の部屋もまた、程よく冷やされていた。

「何より、一番引っ掛かるのは、侵入経路を塞いだら廊下にうじゃうじゃ居たって点だ」
まつりが小さく呟く。
「同じ虫が、だよね」
一応確認すると、彼女たちは頷いた。
「その日もKです……異臭とかは、その時点では起こってませんでした。
みんなでスプレーをかけて殺しましたけど」
短いポニーテールの子がどこか青ざめながら答える。
「ふむ。……やっぱりなんだか人為を感じるな」

 Kの場合、独特のにおいで他の個体と意思疎通を図っていると考えられている。研究者が少ないのであまり分かっていないこともあるようだけど、
仮にそうだとすると、集まって来る理由としてもどこかの個体が出した危険信号というのが考えやすい。少なくとも餌になるものは無いし、まだまだ暑い気温が続いているので入って来る必要もないわけだから。
(まぁ、高層に来るのかは一旦置いて置いて……)

 とにかく閉じ込められたと感じたり誰かに襲われたりしていたら多少は異臭騒ぎになっているはずだ。……と思う。
廊下の窓を思い返してみても、窓は殆ど開かなさそうで、殆ど入る隙間は無さそうだった。天井や壁も同じで、これといって穴が開いたりはしていない。

「えっとそれって……現時点では集まって来る理由が無い、って事ですよね」
前髪を斜めにおろした子が、うーん、と考える仕草をする。
お団子の子が続けた。
「それに洗濯物から意図的に迷い込んだとしても、そう各部屋に同時刻にというのはおかしいですよ。洗濯は各自ですし……部屋干しも居ますから」

 短いポニーテールの子は、何やら青ざめている。
……当時の状況を思い出してしまったんだろうか。
嫌いな人はとことん嫌いな類のシチュエーションだからな。ぼくも嫌いだ。

「アニメ化するときには、此処のシーン全部、モザイクで進めようね」
まつりがきょとんと呟く。
「しないよ!」
ぼくは雑に突っ込んだ。
「あ、そうだアルファベットを動かそう」
まつりはぼくの突っ込みは気にせず、ぽんと掌を打つ。



――――と、そこで突然、女の人の「いやぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」という叫び声が上階から響き渡った。
ただ事じゃないと感じさせる叫びだ。

「行こう」
まつりが言い、ぼくも頷く。そいつは4人に手を振った。
「それじゃ、またね!」


2021/10/2214:56‐2023年7月21日1時00分














1.亜浅木シオリ


「シオリ! 落ち着いて!」

「シオリ!」
階段を上って、誰も居ないというのを何度か繰り返した後、5階辺りで声が飛び交っている場面に出くわした。
何人かの女子生徒が、廊下に居て、シオリ、を囲むように両端の部屋の前から彼女を宥めている。
「シオリ!」
「くさい、くさい、って、うるさいなぁ!」
 シオリ――――と言われているのは真ん中辺りのの部屋から出て来た、標準より横に少し恰幅のいい女子生徒。
「あのねぇ。思っていてもそういうの、言わないでよ!!」
「どうしたんだろう」
ぼくが呟き、まつりはさぁね、と肩を竦めた。
その間にもシオリの大声がフロア中にこだまする。
「うわああああああああああ!みんな、うるさああああぁああい! 私がくさいんだあぁ」


 うーん……話しかけにくい。
素通りしにくい。
とんとん、とまつりの肩が軽く叩かれる。
 まつりが振り向くと、いつのまに追ってきたのか、さっき会った短めのポニーテールの子が居て、小さく耳打ちして来た。

「……彼女、亜浅木シオリは、小さい頃、いじめられてたらしいんです。私もよく知らないんですけど、それは不登校になるほどのもので……メンタルクリニックにも通って居たみたい」
 なるほど。そのときに、臭い、って言われていたのだろうか。
「今もときどき、あぁやって、不登校とか、オタクとか、特定の単語を言われると自分が抑えられなくなるみたいで」


――――そうなると、誰彼構わず大声で喚きたててしまう。

なるほど、ちょっと怖いな。
心に傷を負っているのはわかるけど……ぼくは人の叫び声が苦手だ。
 あの手は会話が出来なくなると「お前だって唐揚げだろうがぁ!」みたいな会話になるので下手に怒られるよりも理屈が通じない。
理屈が通じない人の怒鳴り声ほど恐ろしいものはそうそう無い。
とりあえず、近付かないでおこう。


「監視されてる! 此処も! あそこも! みんな!」
遠くからシオリさんの叫び声がする。
――監視?

 彼女は、なんだかまだ言いたいことがありげに、けれど堪えるという風に目を逸らした。







2.Kについて

 まつりはさっさと歩いて行き、近くに居た女子生徒に話しかけていたが、すぐに戻って来て言った。
「どうやら、この階も、Kが出ているらしい」
この階も!?
でも、1階、2階、3階、4階は比較的静かだったんだけどな……
まぁ、今の時点で事態が収束しているっていうから、大騒ぎしてたのってそもそもシオリくらいなものだったわけだが。

「2階はときどき職員とかも泊ってるらしいし、元々は先生居なきゃ静かなんじゃない? 今日授業無いしさ。虫騒ぎも、普段はそんなに騒ぎになってないかもだけど」
「うーん……そうなのかな」
「でも、確かに、話題に合わせて虫が送られてるという騒ぎは妙だよね。少なくとも、寮中にあれだけ伝わっているんだから」
一斉に、同じ時間に送り込んでるのも不気味だしな。


 更にそこに来て、1月11日、の事件が起きている。
まだ小室さんの安否がわからない以上、ぼくたちの判断だけで下手に公表できないけれど……あまり信じて居なかったが、本当に監視されているのか?
これだけではハッキリしない。
  ただ、倒れたり発狂する人が出るくらい、追いつめられていることはただ事では無さそうだ。
だけど、だけど……ぼくは今一つ、共感出来ない事がある。
「学生の話題、って、なんかもっと、ゲームとか、読んだ本の話かと思うんだけど」
人間関係の話題ばかりだ。
虫の出てくる日は、いつも人間関係の話題……
しかも、王家とか、会社とかの話って。
まつりは慣れているのだろう、平然と頷いていた。

「ゲームとか本とかの話題もしていると思うよ。でも家柄の話、経済の話、彼女たちには既に死活問題で、重要なことだから。……より全体的に頻度が高いのかも」
「ヒェッ、ぼくには縁の無い世界だ」
「そうかな?」

まつりはくすくすと笑う。


「……でも、やっぱ、偶然だと思う。みんな、その、多感な年頃ってだけで」
ぼくは、なんだか怖くなって話を変えてみる。
 だって時間やタイミング通りに虫が出てくるなんて、そんなの考えすぎだ。
どっかに巣があって、定期的に出てくる環境なんじゃないか。
「偶然ねぇ」
意外にも、まつりは今度は笑わなかった。
「一見有り得ないってだけで、全部偶然で片付ける必要は無いと思う。みんなだって『偶然と思いたいから』、こんなふうにヒステリー化したんだから」
そう言われてしまうと、そうだった。
  そりゃ、ぼくだって、その、虫にも社会性があるって話は聞いた事がある……
虫にだって意思があって、目的があるのかもしれない。
「けどそれにしたって、此処の人間に何の怨みがあるんだよ」
まつりは首を横に振った。
「そうじゃない。人間に恨みがあるかはともかく、人間関係の話題のタイミングを計るなんてのは、人間しかやらない」
「まつりは本気で、人為的だっていうのか? 後で監視カメラでも見ればわかるだろうけど、どうせ誰もいやしないよ、馬鹿げてる」
「虫の脳に極小チップを入れて電磁波で操作する研究なんかもあるんだ。諜報部、開発部が割と本気で研究しているという話もあった、動物以上に細かいところに入り込めるからな」

……マジかよ。









 そのとき。
ちょうど、誰かが、「ささぎさまは今、何をされてるんですか?」と聞いてきた。
「私はね、当時の鷹の会のことを資料とか、探しているの。ちょっと前も残党が逮捕されていたし……みんなも戸締まりをしなさいよ」


 まつりはすっかり演じ慣れて来たようで、堂々として答える。
「はーい」
「わかりました」
返事をする人の一方で、興味深々にまつり、じゃなくてささぎお姉様に聞く人も居た。
「残党ってのはなんですか?」
「鷹の会ってあれですよね、シオリの親会社の……テロ起きたやつ」
 その声を聞いた途端、数人がそれぞれに反応を見せる中、まつりは続ける。

『鷹の会』
それはかつて存在した、日本最大のカルト宗教だ。
芸能人や政治関係者にも多くの信者が居たと言われている。
 昭和頃に瞬く間に国中に広まった一方、信者の殺害事件や、街中に毒薬を撒く大規模なテロ事件等を起こし、死傷者を出した。
 国側からも危険宗教と判断され表向き解散したのだが、実は未だに残党勢力が活動していると言われている。
反日活動の伏兵養成機関とも言われており、そういった国々にも信者を抱えていた。
……っていうのが現代社会で習った内容だ。

けど、それがまさかシオリさんの嫌の会社に関連しているとは。




――――そういえば、とシオリさんの方を見ると、居なかった。
(取り巻きの人に寄れば過呼吸で保健室に行ったらしい)お大事に……


  話を戻すけど、まつり(ささぎお姉様)は、そうそう、と愛想よく頷いて見せた。
「そう、その会社の。ほら、先月だったか、合鍵を複製して転売していた会社が摘発されたじゃない。あれに反日問題が関わってるって噂になってたところなの」

 ――そういえば、ささぎさんの部屋でそのような話をしていた気がする。
シオリさんの会社の件も、もしかするとまつりは合鍵複製事件の関係者について前もって知っていたという事なのか……?
それとも、偶然、シオリの話と結びついてしまったのか。


「そんなニュースあったんだ」派と、「知ってる」派が二対二にわかれる。
やがて一人が
「でもささぎ様がどうして?」と聞いた。
まつりはむすっとした表情で答える。器用なやつだ。
「あー、生徒会とかのことでちょっとね。さっきだって、夜中に侵入者があんな大声で叫んでるのに、学園はなんの対応も取らないじゃない」

生徒たちが一斉に色めき立つ。
「そう!」
「そうなんですよ!気持ち悪い」
「女学園で、なんで大声で叫んでるんですかね?」
「あれって先生絶対気付いてますよね」
「さぁ……生徒会では理事長が井伊先生の効果に頼っているのと関係があるんじゃないか、とはみんな言ってたけれど。いろいろあるのよ。コンクールがある時期に国際問題にしたくないだとか」
「あー」
「あー」
「なるほど」
「サロンと一緒か」
「その辺も理事長と話をしてみるつもりよ」 

 ささぎさま……じゃなくてまつりがそう言うと、生徒たちは一気にキャアと沸き立った。
……。
なんだろう、これ。
やがて、生徒たちと廊下を歩く。ささぎさんが上がって来たらどうしようかとちょっとはらはらしていたがさすがにそんなことは起こらなかった。





3.この階の調査

「窓を確認してみる?」
静まり返った廊下。
 まつりが言い、ぼくも頷く。

  それから承諾を貰った部屋を調べたのだが、この階もまた、意図的に窓を開けっぱなしでも無ければそう虫が入って来る環境では無さそうだった。
ゴミなどが散乱しているという事も無く、清潔さが保たれている。


「しかし、聞いたところドラマを観ている生徒が、っていうより、ドラマを観ている生徒は積極的に気が付くけど、って感じだね」
まつりが言うと、その子――――「唯理です」唯理さんは頷いた。
「そうですね。それに寮に食堂は在りますけど……でも、その辺の管理がきっちりなされている筈なので、今まで寮に発生したことは無いので、余計に不気味なんです」

そうなのか……
けれど、急に職員が管理をサボり出した可能性にしたって……
あまりいいものでは無かった。

「彼女とは駅でちょっと知り合ってね」
まつりがぼくにそんな事を言って来る。
 ふうん。前に、駅で話してたのってこの子達だったか。
別に良いけど。
良いけどね。

「お久しぶりです。今日は、学校のこと、よろしくお願いします」
彼女は朗らかな笑みを浮かべている。
まつりはうん、と短く頷き、
「――あとで食堂も覗いてみるとして」
と、挨拶もそこそこに何か考える仕草をしていた。

 経験上、考える仕草というかまつりがこういう表情の時既に考えるのが終わっている事が多い。結論自体は出ているのだろう。
「どうするんだ?」
ぼくが聞く、のも構わず、まつりはさっさと端末を取り出して、何処かにメールを打った。
そして、嬉しそうににっこりと笑う。
「これで。今出来ることは完了かな」

2023年7月22日17時24分






★☆ここから有料版だったところ☆★ 

2.ナナオ

  それじゃ、もどろっか。とまつりは言う。
唯理さんとも、協力ありがとうとまつりが謎の言葉を残し別れる。
ぼくも否定する理由も無いので頷いた。

「鍵探しの続きか」
「そうそう。まだ期日まであるし。謎迷宮に行こー!
「死に神ちゃん!?」
 しかし期日、って。そんなものあっただろうか。
確か、月とか太陽とか言ってたように思うけれど……
そんなポエムを呟かれてもなぁと思っていたので、あまり聞いてなかった。
「そんな失礼なものじゃないよ!」
まつりが急に憤慨する。
「えぇ……ネタ振られたのに」

 まぁ確かにぼくは、その才能故、関係者が全員自殺すると有名だった幼少期のまつりを知っている。あれだけ追いつめられていた子が、死神なんて言葉に過敏になるのは仕方が無いのか……
失念してたな。
――それに……そいつは忘れているだろうけれど、実際に経営者が建物から飛び降りているのを間近で目撃している。

自分のせいで。
才能のせいで。
「っ……」


「あっ、そっか、まつりが言ったからだね」
まつりはきょとんと、思いついたように納得している。
悲しみの断片との、ちぐはぐな無垢さだった。







◆◇◆◇







 やがて、階段を2階ほどまで降りて廊下を歩いていると、外から張り上げるような大声が響いてきた。

「ちょっと、あなた被害妄想が激しすぎませんか?」
と、唐突に始まる批難。
「なんかよくわからないサイト見ましたけど、けもフレやら京兄やら貴女には何の関係もないですよね。精神疾患持ちの人間が書く小説なんて面白くないので今すぐ消していただきたいです!」

  外から聞こえてきたということは、ぼくたちに言った……わけではないのだろうか。窓から外を見る。




校門のある方角……たぶん寮から出てきてこちらに迷いこんでいるらしい女子生徒が携帯の画面を見ながら声を張り上げていた。

「盗作されてるとか何とか言ってますけど! あなたが盗作してますよね! 間違いなく。お相手にも迷惑なのでやめた方がいいですよ!」
寮の庭……噴水付近に立っているのはささぎさんだった。

「お相手って何方の事かしら」
ささぎさんは困惑している。
  盗作って、なんのことなのだろう。聞きたいが……空気が重い。
気軽に聞いて良いものなのか躊躇ってしまった。

 ささぎさんが不正をしたことにされてる感じだ。

「貴方中心で世界回ってる訳では無いのでー! 上手な方を見つけては根拠が無いのに「トレスだ」とか「シンクロ!?」とか一々言うのやめた方が宜しいかと。いや、やめてくださーい。皆さんに迷惑です。 あなた向いてないと思いますよ、引退をオススメしまあああす!」

まつりはきょとんと、ぼくを見る。
「行こう、どうせ外で会うことになる」
「あ……うん……」 
たしかに、外で会うことになるかもしれない。
「なあ、あれって」
ぼくは、念のために確認してみる。
「ナナオ」
端的な答えが返ってきた。
「ナナオ?」




3.ささぎと…




「またやってる」
突如、声がして振り向くと、ダイヤさんだった。
いつの間に……っていうか此処で何をしているのだろう?
寮の調査?
彼女は涼しい顔で、ファイルを手に頷く。
「えぇ、ちょっと、シロアリ点検の床下工事記録をね、生徒会室から頼まれたから」
「……はぁ」
彼女は呆れたように窓際に近づいてきて言った。

「お姉様の賞が許せないのよ。奴等、竹田や井伊先生が此処を乗っ取る計画でいろいろ寄せてきているように、日本人を優秀な卒業生にしたくないからに決まってる……」
 ダイヤさんがやれやれという感じに呟く。

「シオリは、かつてテロを起こした『鷹の会』の世を忍ぶ姿──つまりそういう会社経営者と理事長の間の娘なんだけど」
まつりが補足してくれる。
「ナナオも、似たようなものかな」

つまり、どういう……
ぼくが考える暇も無く、まつりが廊下の奥に進んで行く。
「ひとまず降りようか。おねぇちゃんも交えた方が分かりやすい」
「虫の……Kの異臭騒ぎの方は良いのか?」

そういえば、ぼくたちは、界瀬さんたちとすれ違わなかったな、とふと思った。
エレベーターで降りたのかもしれない。




 外に出て、噴水のあるあたりまで向かう。
その頃には既にナナオさんの姿は無く、ささぎさんが立っていた。
「どう?」
まつりが言うと、彼女は微笑んで頷く。
「言った通り、鷹の会が絡んでいたわ」

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