投稿記事

2023年 09月の記事 (2)

活動報告|2023年09月 前日譚『麦畑へ』

活動報告|2023年09月
今月も前回の続き、完全新規書き下ろしの前日譚を公開していきます!

今回は、とうとう転学前日。
都会から澄園町へと。段々と本編へと近づいていきますが、彼女は本編でどんな役割を果たすのでしょうか?
そんなこんなで4作品となりますが、次回でいよいよこのお話も締めとなります!
次回はいよいよ本編にリンクしていくかも!?

それでは、是非ご一読下さい!!

ナナシクリエイティブTwitter
君が溶ける温度ホームページ



君が溶ける温度 前日譚『麦畑へ』

転学を決めてからは時間の流れが加速度的に過ぎていき、瞬く間に春休みを迎えた。

カレンダーは2022という馴染みきれない数字へと変わり、いよいよ澄園町での学園生活が始まろうとしている。

私の転学準備も残すところ荷造りのみとなっていた。
とは言っても大体の物はすでに郵送している。
残りは直接持っていくものくらいだ。

少し広くなった部屋を見回す。
家具も少なくなり、大きめの本棚が目立った。
1冊の本を手に取る。

王子様が旅をして様々なものに触れて、
そして、最後には王子様は大切なものに気づき自分の星に帰る話だ。

それはとても大切にしている1冊だった。
今は何処にいるのかも分からない、たった一人の昔の友人から貰った本だから。

昔はよくわからずに読んでいて、ただ綺麗な話だと思っていた。
けれど、読み返した時に純粋に綺麗な話だけじゃないと感じた。
だから、また読み返したくて忘れないようにこれだけは最初にいれてしまいたかった。

パラパラと適当に頁をめくる。
昔の事を思い出す。

小学生の頃、当時うまく周りと馴染めなかった私に彼女は声をかけてくれた。


それからは一緒に遊ぶようになって、次第に周りの子とも普通に遊ぶようになった。
そのうちにつまらなかった学校が楽しくなっていた。

けれど、やはり私が心を開いてたのは彼女だけだった様に思う。

彼女が私に本の世界を教えてくれた。
家でも本を読むことが増えていった。

本を読んでいると色んなことを忘れられる。
それは、次第に私の安らかな居場所になっていた。

だから人には、それぞれの役割があるのだと思う。
私に本の世界を教えてくれた彼女の様に。この小説の狐や点灯人のように。

詩織
「ならば、今の私はなんだろう」

ふと、そんな疑問が浮かぶ。
そして逡巡の後に根拠もなく、ただこう思った。

詩織
「......旅をする王子様かな」

それとも点灯人か、飛行士か...... 。

詩織
「次に読む時はどんなふうに読むんだろう」

詩織
「変わらず狐が好きなのかな。
 それか、私が狐になっているのかな」

そうなればちょっと嬉しいなと思う。
だって、それは誰かと絆を結べたって事だから。

それとも反対に、沢山の薔薇を見た王子様になるか。

詩織
「......下らないね」

苦笑と共に益体も無い考えを一蹴し、本棚を見つめ直す。

他にも数冊持っていきたい本をじっくりと選びバックへと入れる。
思えば大半を郵送しているのだから、持っていくものは少なかった。
本とパソコンと化粧品とそれぐらいだろうか。
簡単に纏め終わった。

身構えていた割にすぐ終り、することもなく澄園町を検索してみる。
出てくるのは再開発という言葉や舞沢というサジェストばかり。
新棚学園についても出てきたが、それをみる限り再開発に相当力を入れていることが伺えた。

けれどそれ以外は風景画像が溢れている。
と言うよりも自然以外がないと言った感じだろうか。
山に田畑、そういったものが多かった。

自然は好きだし、空気も美味しそうだけど虫が多そうだと思った。

夏になればそこかしこから蝉や鈴虫の声が聞こえるのだろう。
夏という気もするが、如何せん自然は好きでも虫は嫌いだった。
蝉を踏んでからというもの虫嫌いに拍車がかかっていた。
だってあいつらは死んでいるかと思えば、急に動き出しておまけにホーミング機能があるのではないかと疑うように私が逃げる先に飛んでくるのだ。

それにコンビニがないのも不満だった。
私の慎ましやかな楽しみであるコンビニスイーツが気軽に食べられないではないか。
ネットでまとめ買いもできるが、割高だし選ぶ楽しみが無くなってしまう。
そう思うと無性にお菓子を食い溜めしたい衝動にかられる。
後で大好きなカヌレを買いに行こう。

けれど、そんなものだった。
転学するのに思う事が思いの外下らないものばかりしかないのだ。

寮ぐらしだとか、新しい環境だとかに対する感想は出てこない。
一人になることは寧ろ好ましかった。優子達とは気が向いた時に遊べばいい。彼女達とはそのくらいの距離が好ましい。

ただ親友が出来ればいい、そのくらいの気持ちだった。
楽しい友達ではなく、絆を結べる親友が。
けれどそれは、作ろうと思ってできるものではないし、同じ様に作ろうと思わなければできないものでもある。

だから、井戸が見つかればいいなと、そう思った。

[了]
執 ルナ 監修 アベレイジ

[記事制作:ルナ] [編集:アベレイジ]

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

活動報告|2023年08月 前日譚『それでもまだ微かに熱を帯びている』

活動報告|2023年08月

今月も前回の続き、完全新規書き下ろしの前日譚を公開していきます!

今回は、詩織がとうとう転学の話を友達に。
詩織の周りの少女たちは、詩織の転学にどう思うのか。
詩織は彼女達をどう感じるのか。
それでも憧れはとめられねえんだ

それでは、是非ご一読下さい!!

ナナシクリエイティブTwitter
君が溶ける温度ホームページ



君が溶ける温度 前日譚『それでもまだ微かに熱を帯びている』

詩織
「この前の転学の話だけど」

優子
「あ〜あれね、結局誰が行くんだろうね」

詩織
「私、2号館にいく事にしたの」

優子
「えっ、どうしたの?急に」

優子
「あそこ何もないでしょ?」

詩織
「まぁ、そうなんだけどね。
 でも、だから行くんだ」

優子
「……田舎の空気が美味しい的なやつ?」

詩織
「そんなんじゃないけど、欲しいものがあるからさ」

彼女達との関係が決して嫌な訳ではない。
彼女達といるのは楽しいし、充実した時間で、言うならば毎日ディズニーランドなのだ。

だけど、毎日出かけていたら疲れてしまうから。
普段の世界(パーソナルスペース)を共有できるような親友が欲しいのだ。

そんな不変の絆が、欲しくなった。

詩織
「だから、ちょっとした息抜きみたいなものだよ」

優子
「まぁ、詩織が行くっていうなら止めないけどさ」

久美子
「でも、わたし達もうすぐ2年生だよ? あっという間に受験シーズンじゃん」

詩織
「だからかな。このタイミングなの。
 丁度いいんだよね、大学はどうせ東京(こっち)に戻ってくると思うし、折角の機会だから」

久美子
「そっか。まぁ、いいんじゃない?
 新校舎だし綺麗そうで」

詩織
「ありがとう」

優子
「何が?」

詩織
「話聞いてくれて。止めないでくれて」

優子
「どういたしまして」

優子
「でもそっかぁ〜。受験かぁ〜。
 来年にはもう勉強始めてるんだよねぇ〜、想像できないわ」

彼女達のあっさりとした返答に安堵を覚える。
もっと何か反応があると身構えていたからだ。

ゆっくりと緊張の糸がほぐれるのがわかる。

優子
「2人はさ、進路とか将来とかもう決めてるの?」

久美子
「わたしはまだ全然。
 だって想像できないし、やりたい事とかもないし。
 詩織はどうなのよ?」

詩織
「ん〜、別に明確にこれって訳じゃないけど、翻訳家とかちょっと憧れてる。
 から大学もそこが基準かな」

優子
「翻訳家か、それまたなんで?」

詩織
「大した理由じゃないかもだけど、好きな本がきっかけかな?」

我ながら実にふわりとしたシャボン玉のような理由だった。

言葉が見つからない。うまく伝えられない。
故に、自己の内面は世界と乖離する。

私はそれを繋ぎとめたいのだ。

形にしたいのだ。
この感情も。彼女たちに対する二律背反な想いも。

砂漠が美しいのは、どこかに井戸をひとつかくしているからだと云う。
だからかの哲学者は芸術を行うことを勧めたのだろう。
私も同じように、砂漠を旅をする人の星の案内役として電灯を灯していたくなった。
詩は絵画は音楽はその美しいテンポを失わぬ様に、灯すように。
彼らのおのおののなかのすべてを。

それがたとえ私の自己満足だろうと。
私が井戸を見つける為だとしても。

*
園内を一週する頃には藍色だった空は寒さを引き連れて次第にその暗さを深めていた。
ホテルのロビーへ戻ると自動販売機を見つけた2人はかける様に近寄り、これ幸いと私達はコーヒーに手を伸ばした。

詩織
「少し温まってから出ない?」

そう提案し、近くにあったソファを指さす。

優子
「初詣どこに行く?」

プルタブをあけずコーヒーを暫く手の中で転がしていると手袋越しにその暖かさがじんわりと伝わってくる。
きっと猫舌な私が飲むにはまだ熱すぎるだろう。

久美子
「近場にする?
 大きな所混んでそうだし」

優子
「え〜でも折角だし大きな所がいい。
 明治神宮とか」

優子
「そんなに遠くないし渋谷も近いし。
 それになんか年越しっぽくない?」

久美子
「でもあそこ毎年めっちゃ混んでるよ、渋谷とか特に」

詩織
「でも、どこもそんなものじゃない?」

久美子
「いやいや、そうだけどさ、でも渋谷は特にそうじゃん」

詩織
「なら、増上寺は? 東京タワー行こうよ」

久美子
「あー、まあ、渋谷よりは?」

優子
「だいぶ離れてるけどね」

久美子
「どんだけ渋谷好きなんだよ」

優子
「だってー、カウントダウンしたいじゃん。
 あの一体感の中にいたいじゃん」

カウントダウンという言葉に、もうすぐ彼女達と過ごす時間が終わることを感じさせる。

そう思って彼女達を見やると、私とは反対にコーヒーの飲み口にピンクのリップが淡く飾られていた。

最近になって、猫舌ではない彼女達を少し羨ましく思うことがある。

優子
「あっ、でもそしたら除夜の鐘聞けないのか」

久美子
「欲張りだなあ〜」

詩織
「優子はカウントダウンと除夜の鐘どっちがいいの?」

優子
「う〜ん、除夜の鐘」

久美子
「なら、渋谷は空いてからだな」

詩織
「まあ、原宿からなら歩けるしね。
 散歩がてらにいいんじゃない?」

優子
「歩くのかー、面倒くさいなあー」

久美子
「終電終わってるわ」

優子
「しゃーないか」

コーヒーは気がつくと冷めていて、けれども暖房の効いたロビーは次第に少し暑いくらいになっていた。

どのくらいこうしていただろうか、10分くらいだろうか。
腰を落ち着かせた時間も覚えていないながら、ふと壁にかけられた時計を見ると23時へと差し掛かろうとしているところだった。
ホテルに来たのはたしか20時ぐらいだったか。私達は3時間ほど桜を見て回っていた事になる。

誰かがマフラーを緩めた。
すると、誰からともなく立ち上がり帰路に着く。
コーヒーはもう冷めてしまったけれども、それでもまだ微かに熱を帯びている。

その温もりは、もう暫くは続きそうだった。

[了]
執 ルナ 監修 アベレイジ

[記事制作:ルナ] [編集:アベレイジ]

この記事が良かったらチップを贈って支援しましょう!

チップを贈るにはユーザー登録が必要です。チップについてはこちら

月別アーカイブ

記事のタグから探す

記事を検索