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2020年 02月の記事 (4)

第8回「人に言える趣味」を考える会議

「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ」
 本稿の一個前の記事のタイトルが目に入って、改めてこの小説ってスゲーなと思いました。
「普通じゃない人間を裁判するのが趣味な普通の人間」って、高度に抽象化された人物像ですよね。本当は世の中そんなステレオタイプの人間ばかりじゃないですよ。みんな一人ひとり個性があって特徴があって、ぱっと見は無個性の量産型でも、実は少しずつ違ってる。
 でも小説を書くって、そういうこと。
 キャラクターは分かりやすくて、つかみやすくて、覚えやすいもの。だからリアリティを追求したディティールは削ぎ落されることもある。
 それにしたって、この小説はJ-POPの歌詞みたいに多くの人が思いを重ねられるよう抽象化されて書かれてる。小説なのに! 文庫版160Pの文章が全部歌みたいなんですよ。すごいです。
 村田沙耶香の『コンビニ人間』の話でした。

第8回「人に言える趣味を考える会議」

 永遠の命題でしょう、たぶんこれは。かつてダイレンカリアの前身のサークルでweb連載をしていたときも「本を置く場所がないぞ会議」を何回も繰り返していましたが、もしかしたらこの議題も長いこと続くのかもしれません。できれば続いてほしくないですが。

 現実の人間は、フィクション作品みたいに抽象化されていないし多面性のある複雑なものですが、社会では「かつまんだ自己紹介」を求められる場面もあるでしょう。そんなとき、「趣味は××です」と話すのは好印象な方策です。
 私が新卒で入った会社は職場の人同士の距離感が非常に近く、強烈な体育会系の風土の組織でしたが、今にして思えば意外とプライベートを詮索されたり干渉されたりすることはなく(理由は後述)、本稿の議題のように人に話せる趣味で困ることはありませんでした。
 でもやっぱり社会では「趣味は何?」とか、「休日は何をしているの?」などと聞かれることもあるのです。

 いうほど「趣味(人に話せる)」って、あります?
 休みの日にしていることってそれほど話題性あります?

 そりゃあね、筋トレが趣味な人は日常的に体を鍛えているでしょう。競馬が趣味な人は定期的に馬券を買っているでしょう。
 だけど、例えば海外旅行が趣味な人だったら、休みの日にしていることなんて特に何もないですよ。みんなと同じように過ごしてます。
 しかし、世間の人々は私たちに問うわけです。他の個体との識別記号を。分かりやすいタグをつけたいのでしょう。

 上述の前々職での状況について話します。
 まず私たち新卒入社のメンバーは他の先輩社員たちと一緒に寮や社宅で暮らしていました。だから嫌でもプライベートで顔を合わせていました。
 っていうかそれ以前に激務な仕事で労働時間が長かったので、夜遅くまで一緒に残業して過ごすことが日常でした。
 なので自然とお互いのことを知る機会は増えるし、なんとなくどんな人か分かってくるもんなんですよね。
「こいつはどんな奴なんだ?」なんて腐心してあれこれ詮索する必要ないんです。

 仕事の楽な会社はみんな定時で帰ります。飲み会の少ない会社もあります。そうすると接触する機会も減ります。
 だから結構長い期間一緒にいる割にあんまり相手のこと知らないな、なんてことにもなるのかもしれません。ある種の危機感が芽生えたり、不安な気持ちになったりするのかもしれません。

 あと、寮で一緒に生活してると嫌でも出かけ際とか目撃するので、わざわざ聞かなくても勝手に想像することだってできます。なんとなく印象としてつかめます。それに、お互い普段からプライベートを共有しているので、「もうお腹いっぱい」感があります。

 それから、前々職は印刷会社だったので、「趣味は読書です」って言えば通用しました。面接もそれで通りました。本を読んでいる人が多いので、それで会話もできます。当時は電車通勤、電車営業でしたから実際に本をよく読んでいましたしね。
 でも今は徒歩通勤の車営業なので……前職も徒歩通勤だったのでマジで本読まなくなりましたね。前職は外回りも少なかったですし。

 まぁやっぱり一番大きいのは労働時間ですよね。月平均100時間残業してましたからね。「休みの日は何してる?」って聞かれたら、「体を休めています」って言えば通用します。何なら土日も仕事してましたし。実際みんなめちゃくちゃ働いてましたからね。休みの日なんか、休んでるに決まってんだろっていうw
 あとはエンドユーザーがBtoCのビジネスをしていたので市場調査してたっていうのもありました。実際にしてましたし。今にして思えばプライベートの時間まで仕事関係のことに注力する文化がありました。
 とにかく労働時間が長いと趣味に打ち込む時間もなくなるんですよね。社会人になってから趣味がなくなった人も多いのではないでしょうか。でも仕事が楽な会社に入るとプライベートの時間が充実するので、その増えた分の時間をどう過ごしているのかについては、説明を求められてしまうこともあるんですよね。困ったなぁ。贅沢な悩みなのかもしれませんけど。

 という感じのことを今朝、運転しながら考えていました。

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2/21(金)本邦公開映画『ミッドサマー』を見て

見て! じゃなくて、見て感じたことを書きます。
モリサマーではありません。ミッドサマーです。

※以下ネタバレ注意。

結論から言うとスパイラルマタイでアタマリバースです。
『素晴らしき日々』未プレイ勢は置いてけぼり必至です。
葉っぱでトリップするあたりはまんますば日々。

『素晴らしき日々』中盤の麻薬中毒で電波になるあたりが苦しく感じない狂気に満ちた人ならきっと楽しめると思います。
でも健常な精神をお持ちの人にとっては長ぇよ! 引っ張りすぎだろ! どんだけもったいぶるんだ! 家で見てたら寝るわこんなん! ってなるかもしれません。

あと民俗学とか好きな人は楽しめるかもしれません。
『ひぐらしのなく頃に』とか、『果てしなく青い、この空の下で…。』とか、『水月』とかもこんな感じでしたよね。
(例示が全部エロゲになる生粋のエロゲクラスタ)

ダニーの家族はなぜ死んだのか?
ペレは最初からそのつもりだったのか?
ダニーがクリスチャンの救済を選択しなかったのはなぜ?
とかそういうところに着目してみると面白いかもしれません。もう一度見たくなる映画です。
でも個人的には絵画やルーン文字で伏線を表現するのはいかにも「解読してみて!」感が出てちょっと安直な気もします。あと引っ張りすぎ感もあるけどそこはホラーなので多少はね?

序盤の鏡を生かしたカットはめっちゃ好きです。
(意味はよく読み取れませんでしたが)

それから結構大変な濡れ場があるので誰かと一緒に見に行く際は気をつけてください。
『パラサイト』の濡れ場はまぁドラマではこのくらいあるよねって感じですけど、『ミッドサマー』は濡れ場ってレベルじゃなくてもはやあれはAVです。途中まで無修正だったし。

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「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ」

村田沙耶香の第155回芥川賞受賞作『コンビニ人間』に登場する台詞です。

「何で一回も恋愛をしたことがないのか。性行為の経験の有無まで平然と聞いてくる。『ああ、風俗は数に入れないでくださいね』なんてことまで、笑いながら言うんだ、あいつらは! 誰にも迷惑をかけていないのに、ただ、少数派だというだけで、皆が僕の人生を簡単に強○する」

他にも、地の文で。

私は妹が黙ってしまったので暇になり、冷蔵庫からプリンを取り出して泣いている妹を見ながら食べたが、妹はなかなか泣き止まなかった。

ここらへんがこの小説を象徴するセンテンスだと思います。
普通になれない人たちと、普通を強いる世間の人々を強烈に風刺した作品です。

的確で無駄のない語り口に運ばれて物語は動き出し、その展開には目が離せません。
登場人物たちに好感を抱かせようなどと1ミリも思っていない風の人物描写は純文学然としていますが、私たちを取り巻く"いま"を克明に描いた作品には、引き込まれる魅力があります。

それにしても目を見張るのは、面白さとリアルさを両立したこの人物描写の匙加減。
高度に抽象化されたキャラクターたちの言動には「こんな奴いねーよ」という感じすらあります。にも関わらずすんなりと読めてしまう筆致にはどんな秘密が隠されているのでしょうか。

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第92回アカデミー賞受賞作『パラサイト』を見て


見て!

タイトルは「~~を見て、感じたことを書きます」じゃなくて「~~を見て!」です。見て!

パク・ソダム演じる主人公の妹役ギジョンがマジで可愛すぎるので見てください。

飄々と詐欺を働いたり、文書偽造は朝飯前だったり、初めて兄に連れられてターゲットの自宅を訪問する前もインターホンを押す前に覚えた設定をそらんじてみせたりするしっかり者。
しつこく口説いてくる運転手をうまいことあしらった上に罠にはめるところなど超クール!
かと思いきやビーフジャーキーをかじって「犬用のじゃねーか」と悪態をつくなどちょっと抜けてるところもあって可愛いです。
この脚本、キャラクター描写の演出、配役、役者、本当に最高です。超かわいい。

モチーフは経済格差。昨秋に話題になった『ジョーカー』と通じています。
内容はサスペンス風コメディ。スクリーンでは大真面目に騙し合いが繰り広げられ、観客席は「ねーよww」ってリアクション。プロットは結構、雑です。たぶんその雑さの匙加減が絶妙なんでしょう。

でも本当にギジョンのキャラクター描写は素晴らしかったと思います。
序盤、ネカフェ(?)で煙草を指に持ったままキーボードを操作してマウスパッドの上に灰を落としてしまうところなどは見事に彼女の性格を表していると思います。
家族からの「ソウル大学に文書偽造学科はないのか?」、「詐欺の才能もあるわね」などの台詞もよい。
あと終盤での彼女自身の台詞「他の人のことなんかより私たちのことを心配してよ」なんかもよいです。

映画って、すごく勉強になる。
小説だと地の文で説明してしまいがちなところが、必然的に排除されていますから。

あ、ちなみに『パラサイト』本編では途中に濡れ場が出てくるので子供は連れて行かないようにしてください。

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