Blankmap情報局 2024/07/07 19:00

手記:6月30日

 小さな街の中心部、商店街の少し外れに、一際大きな賑わいを見せる居酒屋がある。
ようやく日も沈み、街並みも静かになる頃。しかしそんな静けさと反比例するように、店の明るさも一層強くなっていく。客同士の話し声や笑い声が、店の中を包み始めた。

「しっかし、アンタも物好きだな。祭りの話を聞きに来たってなら、始まってから来ればいいのによ」
「始まってからじゃ、皆さん忙しいでしょ?それに、こういう時だからこそ分かることもあるし、ね」
「ふぅん、そういうもんかね」

 カウンターを挟み、店主の男性と言葉を交わす。彼に差し出されたジョッキ一杯のジンジャーエールには、大きな氷が三つ浮いていた。

「今時こんな規模の、というより町ぐるみのお祭りってのも珍しいのよ。私としても、こういう催し事は大事にしていかないと、って思い始めてね」
「ワハハ、ホントなのは三割って所だ。嬢ちゃんがそんな理由で祭りなんかに食いつくワケねえ事くらい、俺だって分かるぜ」

 やれやれ、どう思われているのやら。間違ってはいないがなんだか複雑な気分。ジョッキの中の氷をストローで回しながら、少しだけ目を伏せる。

「で、今回はどこに感じたんだ?例の『スクープの予感』ってヤツは。伊達に雑誌記者なんかやってるんじゃなかろうし、今回も何か思うところあったんだろうさ」
「そんなに色々言われたら、私もかえって話しづらいんですケド。それに白鳥さん、もう大体分かってたりして」
「いや、まさか。超能力者じゃあるめぇ、人様の考えてること一々理解できててたまるかい」
「どうだか」

 ポケットからメモ帳を取り出す。普段ならボイスレコーダーを併用して使うが、この喧噪ではおそらく役に立たないのでお休み。合わせて取り出したボールペンのインクを確認してから、再び店主に向き直った。
 卓上には一枚のポスターが広げてある。私がお願いして用意してもらった、『ささな七夕祭り』の宣伝用ポスターだ。邪魔にならないようにジョッキを少しずらしてから、できたスペースにメモ帳を置く。

「今年の七夕祭り、今年も特に、その……言い方は良くないかもだけど。いつも通り、変なことはしないわよね?」
「そういう企画があるなら大歓迎だと思うぞ?」
「生憎品切れ。私が欲しいくらい」
「零細雑誌のネタねぇ。祭りの企画より考えるのが大変そうだ……ともかく、今回はそこのポスターに書いてるのが全部。あっても後は役場やら個人企画のものくらいだろうな」
「ふーむ……」

 少し言いたい事はあるけれど、一先ず置いておこう。ペンを走らせ、少しずつ情報を整理していく。
 見たところ、ポスターにおかしな表記は無いし、何か隠された企画がある感じでもない。これ以上の情報は話の中からも得られないだろう。加えて、ここまでの情報はどれもピンとくるものが無かった。そうなると、私が求めている情報はこの中には無い。
 ……私が何かありそうだと感じていたのはこの祭りではないのだろうか?もっと何か、別の……
 ジンジャーエールを一口喉に流し込み、再びポスターと睨み合う。大きく見えていた氷が、水滴だらけのジョッキの中ですっかり小さくなっていた。

「どうしたよ、なんか気になる事でもあったか?」
「逆。何も気になることがないの」
「なんだそりゃあ。気になる事が無いのにわざわざこんな街まで来たのか?」
「いや、何かにひっかかりはある……でも、一体何が……」

 どれだけ中身を見直しても、綺麗なデザインのポスターだと感じるばかりで何もひっかからない。ポスターの隅では、可愛らしいデザインで描かれた織姫と彦星が笑顔で手を繋いでいる。
 実に七夕な雰囲気だ。間違いなく今の私が欲しい情報じゃない。

「いいデザインだろ?ウチの町にゃ絵も描けるヤツも文が書けるヤツもいる。今回はソイツらが全面的に協力してくれたよ」
「……」
「ワハハ、集中し過ぎて聞いてねえな?……んー、ここに書いてないだけで、別の所にはあるのかもな。本祭と合わせて、ウチのバカ息子が行ってる高校で学校祭もやるし、商店街じゃ露店も開かれる。規模が規模だから、この中に無くても不思議はないな」
「……そういえば毎年、展望台の方でイベントもやってたもんね。となると確かに、この中には無いってだけ……?」
「折角だから、祭りが始まるまで見ていったらいいじゃねえか。探し物があるかもしれないぞ」

 たしかに、そうすれば『ネタ』は見つかるかもしれない。間違いなく魅力的な提案だ。何より、私自身がこうした祭りにのんびり参加できた例が無い。取材がてら、一夏の思い出作りにはピッタリだろう。そんなガラでもないけど。
 ポスターを折りたたんでメモ帳に挟みこみ、ボールペンと一緒に鞄の中にしまう。ストローと氷だけになったジョッキとお代を卓上に残し、私は席を立った。

「折角だけど、今回はここでお暇するわ。居られても精々数日、そんなに居たら最後まで遊んでいきたくなっちゃうし」
「なんでえ。今度は本番に遊びに来いよな」
「考えとく」

 後ろ手に手を振って、私は今なお騒がしい店を出た。店から漏れ出す明かりに照らされているとはいえ、外はすっかり暗くなっている。軽く伸びをして腕時計に目をやると、短針はすでに12の文字を通り過ぎていた。

(今日の所は収穫無し、か……とはいえ、このまま引き下がるのもなんか悔しい。仕切り直しって事で、どこかでもう一回来よう)

 携帯のスケジュールアプリを確認しながら、星空の下を少しずつ歩き始める。今日は取り敢えず、宿に帰ってゆっくり休むことにしよう。

(……ん?)

 一瞬、空が明るくなった。
 何事かと上を見上げると、暗い夜空を裂くように一筋の光が流れ、消えていった。ただの流れ星、にも見えた……けど、今の光……随分近くにも感じたし、なにより今の星の流れ方……
……まさか、落ちてた?
 確証はない。そんなに星に詳しい訳でもないし、あくまで素人の想像の域は出ないだろう。でも、そうだったら。きっとそうだ、と胸の高鳴りが抑えられない。

(これは……明日の予定は決まりね!)

 そうと決まれば、もうのんびりもしていられない。この後の楽しみに備えて、急いで準備しなくては。
 気付いた時には、すでにその足は走り出していた。もしかすると、私が探していたのはこれだったのかも。

「……スクープの予感がするわ!」

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