茶そばきり 2023/03/01 19:41

百合ゲーム『皆に攻略される百合さんのお話』幽霊、木ノ下紫陽花

ヒロイン(幽霊):木ノ下紫陽花
倒木の無常。
凍える永遠雨季の少女。
愛する/呪う亡霊。
のろまーす。


ちょっと旧めな幽霊さんですね!
ずっとびちゃびちゃで、でも想っているのですー。

この子もイラストあんまり用意していなかったので、出てるお話ちょっと載せますね!



 オバケは言う、うらめしや。さて、オバケは何が恨めしい。きっと何より何も出来なかった己の無力こそが、一番恨めしいのだろう。


『あの子……ボクと似てる?』

 その日。はめ殺しのガラス窓から、ショーウィンドウを覗くように瞳をきらきらとさせて、永遠雨季の少女は壊れた笑みをする百合を見つけた。
 くるりと、黄色い傘は彼女の手の中で転がり、足元の長靴が枯れた地面にリズムを刻む。それは全て、恨めしさを忘れるほどの、上機嫌のために。

『彼女なら、ボクを見てくれるかな』

 微笑む少女は、車のライトすら透けて通る程に幽か。だが、彼女は確かにこの世を恨んでそこに残っている。
 永遠少女は微かな百合を見て、以前少しの間憑いてみた相手と違って彼女ならきっと、と思わずにはいられなかった。
 似ているならば、通じるものがあると信じるのも、仕方ない。そう、本物のお化け――木ノ下紫陽花は、自分を見て欲しくって日田百合に取り憑くことに決めたのだった。




 満天の星空に、繊月が輝くそんな夜。あたしは一人、残り少ない帰り道を歩く。舗装された道に、電灯の標。それらに導かれるように、あたしは闇をふわふわ進んだ。
 じゃあねの言葉は少し前。椿ちゃんとふようさんと別れた後から口はぴたりと閉ざされたままだった。思い出したように、ふうと息を吐き出してから、あたしは隣の暗がりに目を向ける。
 暗くてよく見えないけれど、確かあそこは広場で、そこにはスイセンの花が咲いていたと思う。今も薄ぼんやりとした影が風に流れて、黄色い花の存在を思い出させてくれる。
 けれど、今はその綺麗の殆ど全てを伺えない。それをとても寂しいことと、あたしは思うのだった。今だって、ここにあると示すために彼女は咲き誇っているというのに。

「でも、そんな夜だからこそ、輝くものだってあるんだよね」

 闇に映えるのは、赤や黄色の電光たち。街を彩る装飾は、今はあたしが見上げる高みにばかり存在して、案内を示してくれる。
 輝きはそれだけで美しく、闇とのコントラストなんて、あたしが言うまでもないことかもしれない。
 そもそも、黒の世界もそれはそれで一色の絵画として趣あるもの。モノトーンが悪とは、あたしだって流石に思わない。

 ただ、闇の中に蠢くものを、悪いものと取ってしまう心があるとも知っていた。それは恐怖心。枯れたススキをオバケの手と勘違いする、そんなことだってあったのだろう。

「オバケかぁ……居てくれたらいいのに」

 でも、あたしは揺れるスイセンの花を、葵の手のひらと勘違いすることは出来ない。
 彼女は逝って、そのまま。あの心休まる笑顔はもうこの世にないってことくらい、あたしにも分かるのだ。
 だからこそ、悲しい。だからこそ、悼んでしまうのだ。
 つい眦に集まるものを感じて、あたしは綺麗で遠い空を見上げた。すると。

『――ここに、居るよ?』
「え?」

 そんな、声が聞こえた。あたしはどこか縋るようなそんな響きの方を向く。
 すると、そこに居たのは、ぼやけた何か。その何かは、続けて言う。

『ボクが、お化け』
「わ」

 そんな自己紹介に、流石にあたしも驚いた。まさか、この目の前のかろうじて人のように纏まった、モヤのような何かはお化けだったなんて。
 あたしは、思わずそれに向かって手を伸ばしてしまう。そして、あたしは何にもぶつかることなく、お化けさんの曖昧な身体をその手が突き抜いてしまった。
 慌てて、あたしは手を引く。

「わわ、ごめんなさい。痛かった?」
『……ぷぷ。お化けに痛いとかあると思う?』
「凄い。本物、なんだ……」

 笑い声に応じるように、揺れるモヤ。それに、あたしは確かなものを感じて、驚く。
 そうしてから、それも今更かと思い直して心を鎮める。何しろ、あたしは既に鬼と友達をしているのだ。
 不可思議なんて、怖がるものではない。むしろ、友とすべき大切なものだと、あたしは思う。それで命が危険に晒されようとも、あたしにとっては何時ものことと変わらないのだし。

「ああ……」

 けれども、それでも。あたしは少し残念だった。だって、この目の前のお化けさんは、きっと彼女ではないのだから。
 曖昧の前で、あたしは葵がお化けとして出てくれなかったことの悲しさで、涙を零してしまった。

「うっ、うぅ……」
『ど、どうしたの?』
「ごめんね。なんであたしの前に出てきてくれたお化けが葵じゃないのか、ってあたし思っちゃった。ごめんね。そんなの、貴女にも誰にも悪いことなのに……」

 あたしはずっと葵が天国で幸せであって欲しいと願っていたのに、いざお化けの存在を知った途端にそんな曖昧な形でも彼女に戻ってきて欲しいと思ってしまう。
 それは、目の前のお化けさんの存在を否定することにも繋がるというのに、あたしはなんて愚かなのだろう。

 溢れる涙を袖口で拭いきれずに、あたしはハンカチを探る。しかし、湿潤した瞳では、暗がりの中を上手く探すことなんて出来ずに、ハンカチを取り落してしまう。
 急ぎ、膝を屈めて地面を探るあたし。しかし、役に立たない目は上手く布切れを認めることが出来ずに、手のひらが汚れていくばかり。
 そんな中急に、頬にぞっとするくらいに冷たいものが触れた。そして、それはゆっくりとあたしの涙をさらっていく。
 あたしは、去っていくその白魚のような指先に見惚れた。

『ごめんね。ボクはボク。木ノ下紫陽花っていう、ただのお化けなんだ』

 そして、あたしの涙を持っていったその指先は、彼女の唇へと誘われていく。一つ、幽雅に赤い舌が雫をぺろり。
 気づけば、先程までのモヤはどこにもなく。そこには雨具を着込んだ少女が一人。全身に旧き雨を被りながら、そこにあった。
 今までの幽かさなんて微塵も感じさせない真剣な赤い瞳が、あたしを見つめる。

『でも、ボクだって、キミの大事になることは出来ると思うんだ』

 曰く、紫陽花さん。彼女はお化けの筈なのに、オバケなあたしよりよっぽど強い気持ちを持っているように、あたしには見えた。
 白くて生きていない、けれども大理石のような器物の綺麗さの肌が、あたしに向けられる。目の前に開かれた手に驚くあたしに微笑んで、紫陽花さんは続けた。

『キミが失くした大切なものの代わりに、ボクでキミを埋めてあげる』

 そんなことを言ってくれた彼女に、あたしは何も返すことは出来ない。
 ただ、そんな優しい彼女を一人にだけはさせたくなくて。あたしは彼女の手を握り返した。
 真っ直ぐ向けられたものに確りと返すため、あたしは紫陽花さんの亡くなった双眸を恐れずに見つめる。

「ありがとう。でも、良いの」
『え?』
「貴女が、貴女であるだけで、あたしは嬉しいから」

 そう。あたしのためになんてならなくったっていい。そんなことしなくても、あたしは認めるから。
 だから、そんなに今を《《生きること》》を恐れないで。
 あたしは鏡に向かって微笑んだ。

『――やっぱり、キミはボクを見てくれた』

 そうしたら、向こうも微笑みを返してくれる。死んだ姿で生きている、そんな諦観の少女の笑顔に、あたしは心の底から安らぎを覚た。
 紫陽花さんは、そのままあたしに言う。

『ボク、キミに憑いていくよ』
「うん。喜んで」

 傍にあった手と手は絡みつくほどに握り合わされる。その冷たさに熱が奪われるのを覚えながらも気にも留めず。

 そしてあたしは、生まれてはじめて、暗闇と友だちになったのだった。

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