百合ゲーム『皆に攻略される百合さんのお話』憑依、金沢真弓
ヒロイン(憑依):金沢真弓
砂金の真心。
引き継いだ愛。
諦観のロマンチスト。
遅すぎた転校生。
物語の転換点にやってくる女の子です!
転校生ですねー。そして何やら彼女には秘密があるようで……憑依していました!
またちょっと足りてないのでどんな子かちらりと載せますねー。
柔らかに、風が草を撫でる音がする。そして、そんな音色を気にも留めずに歩を進めるざわめきも。そこで、遅ればせながらあたしは気配を察する。
あたしたちの会話の隣で人が居た。そのことに、今更気付いてあたしはそちらへと振り向く。
エノコログサの傾ぎを引っ張りながら、白いスニーカーが砂利を踏んだ。そして、緋色の瞳があたしへと真っ直ぐ向けられる。
向かいのふようさんが既に見つめていたその子へ、あたしの視線は吸い寄せられた。
「えっと……こんにちは」
「ふふ。こんにちは」
勝手にもお友達の誰かを予期していたあたしは、しかし見ず知らずに対したことでまごつく。そう、あたしの後ろにいた少女は、この学校で過ごした二年間で初めて見る顔で、そうして格好までも知らないものだった。
笑みの中から覗くどんぐり眼に鮮明に意志が垣間見える、そんな明らかにフォルティッシモな彼女。それでいてどこか全体に柔らかさをすら纏っているのが驚きだった。
紺色セーラー服に慣れたあたしには、少女が身にまとう白に淡い青のストライプが愛らしいこんな制服には驚きばかりが湧いて出てしまう。
よく日に焼けているのが特徴的な、あたしよりちょっと背丈の大きな彼女はあたしのそんなうろたえ振りに微笑んで、口を開く。
「ごめんね。違う格好のせいで驚かせちゃったかな。ふふ、でも不審者じゃないから安心して。私、これからこの学校に転入する予定なんだ」
「わ、そうなんだ! ちなみに学年は幾つ?」
「ふふ。私は二年生だよ」
「おおっ、一緒だー! うーん。ひょっとしてクラスも一緒とかだったりするかな?」
「ふふ。まだ手続きをしている最中だから、分からないかな」
「そっかー……」
「でも、一緒だといいね。折角の縁だから、大事にしたいな」
「そうだねー」
先につんつんしてみていたダンゴムシさんみたいにころりころりと会話は進む。その笑顔に助けられているとはいえ、初対面の人とのお話がこうも滞りないのは珍しい。
あたしが勝手にも見ず知らずに好意を持ってしまうのは何時ものことだけれど、それに引かない彼女は実はとてもすごい人なのかもしれなかった。
そして、縁を大事にしたいというのは、葵がよく言っていたこと。とても素敵な人だな、とあたしは素直に思うのだった。
しかし、別人が同じ人に違う面を見つけるのだって、当然。ちょっと険のある表情をしたふようさんは、問った。
「……名前は?」
「あ、ごめんね。話し込む前にそれが先だったね。……私は金沢真弓。出来るならまゆみちゃんって呼んで欲しいな」
「あたしは日田百合って言うんだよ、まゆみちゃん!」
「ふふ、百合ちゃん、か。可愛い名前だね」
「まゆみちゃんこそ!」
あたしなんかを褒めてくれるまゆみちゃんに、あたしは全力で返し、手を大きく広げてぴょこんと跳ねる。彼女は笑う。
「……あ。ちょっとあたし騒々しすぎたかな……ごめんね」
そして再び地に足をつけてから、あたしは途端にあまりに優しげな笑みの前でちょっと踏み込み過ぎかなと思いついた。
別に、あたしだって対人距離を知らないわけではないけれど、なんだかこの子の前ではブレーキが中々利かない。それは良くないことだった。遠慮なく当たってばかりでは、相手を傷つけてしまうこともあるのだから。
反省するあたし。しかしちょっと下を向いてしまったあたしに、まゆみちゃんはこう言ってくれたのだった。
「大丈夫。うるさくないよ。むしろ私は百合ちゃんの綺麗な声、好きだな」
「わわっ、そう? うう、照れちゃうなあ」
あたしのさえずりなんて、子供みたいな甲高いものでしかないはず。そう思っていても、褒められて嫌な気はしない。
いや、むしろとても嬉しいのだ。きっとあたしなんかよりよっぽど綺麗なハスキーボイスのまゆみちゃんに、好きな声と言ってもらえて。
きっと人がいいのだろう、彼女はあたしを見て柔和に微笑んでいる。きっと、普段は真面目な顔がお似合いな凛とした美人さんなのだろうに、わざわざあたしに視線をあわせてまでして。
そして、まゆみちゃんはあたしへの肯定を重ねるために水を向ける。額にシワを寄せて、何か深く考察している様子のふようさんへと。
「貴女もそう思わない? ええと……お名前、聞いていいかな」
「うん。それと……私は、火膳ふよう」
「そう、ふよう……芙蓉、か。奇遇ね。貴女《《も》》いい名前だわ」
「なるほど……法則性……教えてくれて、どうもありがとう」
「どういたしまして」
「? うん?」
まるで符丁合わせのような、そんな会話にあたしは首を左右に。ちょっとふらりとしてから二人を交互に眺める。
あたしは、ふようさんが怖がりというのは知っていた。そして、彼女がとても優しいからこそ、相手がよく分からないままでいられずにいつも頭を悩ませていることだって。
それを思うと、今ふようさんが睨みつけるようにまゆみちゃんを見つめているのも、歩み寄りの一つであるだろう。
とはいえ、そんなに真剣に覗かれてしまえば、気を悪くしてしまうのが普通。でも、まゆみちゃんはどこ吹く風と笑ったまま。
何もかもを受け入れているような体のままに、彼女は再びふようさんの口が開くのをゆっくりと待っていた。
「…………それで貴女は、私達の会話をどこまで聞いていたの?」
「ん? それは勿論――――全部よ?」
「え?」
真っ赤な舌がちろり。そうして彼女は器用なウインクを披露した。
あたしは思わず驚く。まさか、ずっとまゆみちゃんがあたしたちの話を聞いていたなんて。
先程まであたしたちがしていた奇跡を題目とした会話は、正直なところ普通じゃない。空想のような、理屈のような、傍には理解し難い不明の羅列。
それを聞いて、おかしくも思うことなくまゆみちゃんはむしろ笑んでいる。或いは聞いたところで分からなかったのか、それともお遊びの会話とでも考えたのか。
もしくはあたしたちを下らないとしてそれでさっきからずっとウケてしまっているのか……ついついあたしが悪意を想像してしまった時。
「ふふ」
あたしが黙ったことでどこか水の中のように重苦しくなった空気を笑い声で割って、まゆみちゃんは続ける。
そして彼女はそれこそ、ふようさんですら想像しなかっただろう突飛な言葉をからりと零すのだった。
「もう、ぷんすかだったよ? ――――先にネタバレしちゃうなんて」
瞳に篭められた強い意志はそのままに子供のようにふくれて、まゆみちゃんは言う。
そしておもむろに二歩三歩と歩いて光を背にするような位置に動いたと思うと。
「まあ、バッドエンドの後の蛇足なんて、誰も楽しみにしていなかったでしょうけれど」
陽光に重なり表情不明なまま、まゆみちゃんはそう続けた。
水底のコークティクスを代表としてゆらりゆらりと強い光は揺れて、体をなくすこともある。
そして不思議な彼女も当然のようにこの世に映えて、そして。
「ふふ……ふふふふふ」
お腹を抱えて喜色に身動ぎ揺らいだ。