PLAY BACK THE MEMORY -椿つみき-
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与えられた役割を演じるのが得意だった。
私の意思は、誰かの願い。
お母様やお父様。家庭教師、習い事の先生。
みんなの言うことを叶えられる自分が誇らしかったし、
私の行動で周りが笑顔になるなら、これ以上の喜びはなかった。
お嬢様という役割を演じてさえいれば、順風満帆に事が進む。
その生き方はわかりやすくて、やることも明確。
作られた道を外れないように歩いていくだけ。
迷うことのない人生はさぞ穏やかなことでしょう。
椿つみきの日々は満たされていた。
そう、満たされていたはずなのに。
今日も私のお腹は空く。
❇︎
家の方針で高校生になってから
習い事は一度おやすみすることになった。
大学受験のために学業を優先していく、ということみたい。
「県外の大学も視野に入れて、進学先を考えなさい」と言われたけれど、
入学したばかりなのに、三年後のことなんてまだわからなかった。
親が入って欲しい大学があるならそこでいいとすら思っていた。
急に時間ができて、急に考えろと言われて、
どうしたらいいかわからなかったけど、
ただ一つ答えが出ていたのは
「この三年間は、美味しいものをいっぱい食べよう」ということだった。
今まで意思決定をほとんど他人に委ねていた私だったが、
唯一こだわってきたのは食事だった。
食事の瞬間は、私だけの世界。
素直な味覚が、私の心。
美味しいという感情は特別で、
幸福とはここにあると思った。
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購買パン、食堂、街のグルメ。
時間とお腹の隙間がある限りなんでも食べ続けた。
そうすると、不思議なことが起こる。
ただ食べ物を食べているだけなのに、
周りに人が集まってくるようになった。
私は、美味しくて幸せで、それだけなのに、
お菓子を分けてもらったり、オススメのお店を紹介してもらった。
会話が増えて、心なしかよく笑うようになった気がする。
私が好きなことをして、好きなようにいるだけで、
人が笑顔になることもあるんだと知った。
そんな中で芽生え始めたのは、
話したいという気持ちだった。
美味しかった食べ物の話、友達の話、授業の話、
自分の考えを誰かに話してみたい。
そういう状態になった時、真っ先に浮かぶ人がいた。
「何食べてるの?」と最初に話しかけてくれた彼女。
その人は、決して目立つような子ではなかったけど、
いつも優しく微笑んでくれて、聞くことがとても上手で。
何があっても笑ってくれる人だった。
その人と話している時間は、心地よかった。
「私」と「あなた」でいられた。
お互いに役割のない関係だった。
特別親密になることはなかったけど、
それでも喋れたときは、
気持ちの良い一日を過ごすことができた。
彼女と話す時間は、食事ともまた違う新しい特別だった。
❇︎
高校三年間はあっという間に過ぎ、
無事に受験が終わり、
私は県外の大学への進学を決めた。
美味しいものをいっぱい食べる目標は果たした。
親の願いも叶えることができた。お腹も心も満たされた。
卒業式の日。
式が終わった後、
記念写真を撮りたいと思って彼女の姿を探した。
人の込みの中で、彼女の姿を遠くに見つける。
楽しそうに笑っている。とても可愛い。
でも、その瞳は私に向いていない。
隣にいる別の誰かを見ている。
別に変なことじゃない。
なのに、その姿を見た途端、
声をかけずにそのまま学校を出てしまった。
なんでだろう?わからない。
私は、今の私がわからない。
きっと彼女は私が話しかければ、
快く写真を撮ってくれたと思うし、
思い出話をして、卒業しても遊ぼうねって、
話すことなんて、難しいことじゃないのに。
…私、まだ何かが足りてないんだ。
満たされていないんだ。
役割を演じ切れた、美味しい食べ物も食べれた。
他に何が欲しいというのだろう。
まだ何かを求めてる自分が、
そして何を求めているかもわからない自分が
恥ずかしくて、情けなくて。
時音神社で手を合わせて、
気持ちを落ち着かせる。
この自分の中にあるわからない何かにそっと触れて、
静かに、言葉がこぼれ落ちるのを、待つ。
「ーー私はもっと、あなたと一緒に…」
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