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シュヴァルグラン(ウマ娘)'s articles. (3)

まっちー Feb/10/2024 17:00

[続き]女の子の連絡先を消すたびに愛してくれる姉シュヴァル

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トレーナーが破滅しちゃうので、そういうのが嫌な方は閲覧をご遠慮ください。

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まっちー Feb/10/2024 16:57

(姉シュヴァ)薬のせいで小2になったトレーナーをお世話し自分に依存させようとするシュヴァルグラン1

うっーーん、と伸びをする
カーテンを開けた窓から入ってくる朝日を浴びると今日一日のやる気が出る。
今日は何を作ろうかなと髪と服を着替えてキッチンに立つ。
冷蔵庫の中身は卵とかトマト、ほうれんそう、ウインナーがあったため、これで簡単な料理を作ろう。
温まったフライパンにほうれん草を入れ、醤油で味付けをする。香ばしい匂いがキッチンに広がる。
すると、寝室の方から誰かが起きるような声が聞こえる。
僕は一回フライパンを暖めるのをやめて寝室に向かう。

「シュヴァルおねえちゃん、どこ?」

そこには僕のトレーナーがいる。
だが、今の彼はダメで残念な僕をずっと支えてきたすごいトレーナーさんじゃなかった。
指をくわえて、布団を寄せて、若干涙目な体の体躯が前よりも二回り以上小さくなったトレーナーさんがいた。顔は丸くなり、まるで小学2年生のようだ。
彼は僕を見つけると、手を広げて抱っこしてとせがんでくる。

「うん、…僕はここだよ」

僕は彼を安心させるように抱きしめ、背中をポンポンと叩く。
トレーナーさんは隣に僕がいないのがよほど怖かったのか、抱きしめる力をぐっと込める。

「僕はどこにも行ったりしないからね。……ずっと、弟君のそばにいるよ」
「ほんと?」

彼は僕の顔を覗き込む。目の奥がまだ涙で濡れている。

「そうだよ。僕が支えてあげるからね。キミの衣食住、全部僕が管理してあげるからね。おいしい食べ物も居心地のいい空間も、………僕が君をお世話するよ。……ずっとずっと一緒だよ」

たどたどしい喋りになったけど、彼は安心したようだ
彼の顔が太陽みたいに明るくなり、精一杯僕の胸をほおずりをする。
彼にいじわるをしたくなった僕は一つ彼に質問する。

「ねえ、弟君は……僕のこと好き?」
「大好き!」
「じゃ、じゃあ、どれくらい好き?」
「え?………」

えーっとと困った様子。
目が泳ぎ、手に込めた力が弱くなる。

「よくわかんないけど、それがいえないと、シュヴァルおねえちゃんはぼくのこときらいになる?」
「えっと。……弟君が好きじゃないと……僕もそんなに……好きじゃないかも」
「やだやだやだ! だいすきだよ!おねえちゃんのことだいすき! はなれちゃいや!」

彼の小さい体躯から全力の力でぼくを縛る。
ぼくにいつも励ましの言葉をかけたトレーナーさん、ぼくをいつも支えてきてくれたトレーナーさん。優しく見守ってくれる、大切な人。
そんな彼がぼくに行っちゃいやだといっている。

「…そうだね。ねえ、弟君。僕と離れたくない?」
「はなれたくない!」
「じゃあ、……僕とずっといる?」
「ずっといる!」
「うん。じゃあ僕も、ぎゅ~っと♡」

安心したように目を細めて、僕に精一杯甘えるトレーナーさん。
どうして彼がこんなことになったのかは、一昨日にさかのぼる必要がある。



一昨日の昼休み、僕は掲示板に張られてあった張り紙に応募したところ当選したため、アグネスタキオンさんの研究室に来ていた。
やけに薄暗く、部屋の机や本棚にあるネオンの光がこの部屋の不気味さを際立たせていた。
僕を含めて3人の生徒はタキオンさんが出してくれた紅茶かマンハッタンカフェさんが出してくれるコーヒーかを選び、それぞれの前に出されたタイミングで話を持ち掛けられた。

「まずは、来てくれてありがとう。こんな部屋で少々不安の気持ちもあるのだろうが、君たちにとって魅力的な提案を持ち掛けることを約束するよ」
「あのー、私たち、あの張り紙を見て来たんですけど、『自分のトレーナーのことを愛している』なんて、誰だって思っていることじゃないんでしょうか」

僕の隣に座ったのはキタサンブラックさんだった。彼女は疑心に満ちた目をタキオンさんに向けるが、彼女はまったく気にしない

「口伝えできいたのですが、『自分のトレーナーが担当ウマ娘に夢中になる』という情報をお聞きしました! どういうことか私たちは気になって夜も眠れなかったんです!」

その向こう側にいるサトノダイアモンドさんも口が荒げる。その気持ちもわかる。僕たちはそれぞれのトレーナーに支えられ、今日の結果を残してきた。
そんな恩人に、ただのトレーナーという認識は僕たちにはできない。
友達よりも深く信頼しあった関係。その先に行けるのなら、僕たちだって行きたい。
でも現実はそんなに甘くない。僕のトレーナーさんは彼女なんてほしくないらしいし、それを僕が立候補したところで彼の気持ちはぶれないし、困らせるだけだ。
彼女たちもきっと同じなのだろう。その理由は対面のせいか、それとも仕事の方に熱心なのか
その理由を崩し、自らの願望をかなえられるのなら、いかなる努力も惜しまないだろう。

「まあまあ落ち着いてくれたまえ。まず2点確認するが、この実験については他言をしてはいけないよ。君たちが口伝えできいた情報というのはもともと出そうと思っていたのだが、掲示板などの一目の多いところで直接書いたとしても反感が出てくると思ったんだ。だから、わざと情報を流した。そして、君たちはなんとしてでも自身のトレーナーを手に入れたいと思っている。例え自身の身が物理的にも立場的にも不利になろうとも、その思いを止めることができない。私が求めているのはそんなウマ娘だ。この2点に何か思うことがあるのなら今すぐ出て行ってくれたまえ」

僕たちは動かない

「よろしい。じゃあカフェ、連れてきてもらえるかな」

部屋の奥の扉からある一人の男性が見えてきた。
見たことはある。カフェさんの世代の有馬記念前、カフェさんとそのトレーナーさんが一緒にご飯を食べているところが記者やsnsに取り上げられた。とても優しそうでカフェさんとお似合いの雰囲気を出していたことが脳裏をよぎった。
その彼はあの時見た彼と同じだった。顔も体格も雰囲気も。
ただ印象的なのはカフェさんの手を恋人つなぎで握っていることだった。
彼の方が力強く握り、カフェさんに対して不安そうな目を向けている。
大丈夫ですよ、とカフェさんがいい、僕たちに目を向けないでタキオンさん側のソファに座る。

「紹介します。私のトレーナーです。……ほら、挨拶していいですよ」
「ああ、ママ……いやマンハッタンカフェのトレーナーです。よろしくお願いします」

ごめんなさい。今日はたくさん人と会うから緊張しているんです、とカフェさんがフォローした。
おかしい。トレーナーさんがどれほど緊張気味だとしても、ウマ娘側から催促されるまで緊張しっぱなしというのはあの時の記事にも書いてはいない。むしろ、余裕あるトレーナーさんとちょっと頬を赤らめているカフェさんが話題になっていたはずだ。

「さて、このようにカフェとそのトレーナーは恋人、いやそれ以上の関係になったといえる。みてくれたまえ、今つないでいる手だってトレーナーの意志だし、カフェの言葉の言う通りにしているのも彼が望んだことだ」
「恋人だなんてそんな、俺はカフェと恋人なんかじゃない」
「…んっ、…ちゅぱ…ちゅっちゅ…… ぷはっ。 
 少し静かにできる? できたらもっとご褒美を上げますよ」

カフェさんとトレーナーさんがキスをし始めたのにまるで日常のように振舞っているのが、この空間の狂気を物語る。
頭の中が真っ白になっていると、タキオンさんがポケットから3つの同じ色の液体が入っている試験管を取り出し、机の上に置く。

「これは私が開発した人間を一時的に虚弱かつ幼児退行化させる薬だ。飲むことによって作用し、全身の肉と骨が解け、小学2年生のような風貌になる。名前は適当だが、『よわよわドラッグ』といったところだ。作用時間は1週間。その間、ずっと小学2年生のような発達と思考をする」

ファンタジーでもメルヘンでもあるまいし、そんなことが起きるはずがない。
そう思いたいのに、彼女の自信たっぷりの説明は僕たちを圧倒されていた。

「この薬のいいところは、服用者の過去を変えることができる点だ。一週間ではあるが、服用者の経験を上書きでき、作用時間が消えても元に戻るわけではない。その時間で得た経験や考え方を基準に性格や人格、また志向、もちろん好きな女性のタイプも再構成される。」
「………!」

口が閉じれなくなる。

「実験の結果、服用者の学生時代の体験も作用後には別の体験に入れ替えられていた。だが、おおすじの出来事は変わらない。例えば、所属している高校は同じになるし、もちろん、トレーナー業への就職というのも変わらない。それでも、学校の友達にどんな気持ちを抱いたかとか、学生時代の成績が変化したなどがあげられるね。」
「あ、あの! じゃあこの実験って」
「もちろん、君たちのトレーナーにこの薬を服用してもらう。私はとても慎重な人間でね。私自身この薬をさっさとモルモット君に服用したいんだが、もっと情報を集めてたいんだ。この薬はもう完成といってもいいが、何がどう変わるかまでははっきりわかっていない。このデメリットをまったく気にしないというのなら、私はこの薬を君たちに無償で渡そう。」

カフェさんがある用紙を渡してくれる。そこには薬を服用するときの場所とその方法が書かれていた。1週間不在になる言い分というのがそこに詳しく書かれている。
薬服用中、指定された部屋での活動になるという。ソファやベッド、台所と浴室もあり、生活に必要な食材はすべて冷蔵庫に保管され、適宜要求すれば補充してくれると書いてある。

「私が保証できるのは薬を服用する前の段階のみだ。実験中、また実験後は私は一切関与するつもりはないし、問題はそちらの方で持ってもらいたい。あああと、また薬が欲しいのならいい値段で取引させてもらう。」

さてどうする、と話し終わったタキオンさんはソファに背を預ける。
僕は正直迷っていた。
トレーナーさんのことは大好きだし、付き合いたいとは思うけど、トレーナーさんの体験や記憶を変えたいとは思っていない。
僕の欲望を理由に、大切なトレーナーさんを変えようなんて、おこがましい。
いい機会だったけど断ろうとしていると、机の薬が一つ取られていた。横を向くとキタさんの手に薬はあった。

「……あの! これを飲ませればいいんですよね?」
「水に溶かすことでも作用はあるが、その場合は半分の効果しか得られない。ジュースと偽って飲ませるのを推奨するよ」
「キタさん……?」
「わかっているよ。これはいけないことだって。……でも私! トレーナーさんとずっと一緒にいたい!」

キタさんは覚悟を決めた目をして、僕に大きいな声を出す。
……すごい覚悟だ。僕とは違う、トレーナーさんを本気で愛しているってことがわかるぐらい。
キタさんに蹴落とされ、机にある試験管を見つめる。

「…………あれ? もう一本は?」
「……キタちゃん、わかったよ。私もトレーナーさんの隣でずっといたい!」
「ダイヤちゃん……!」
「さっきまで、私はトレーナーさんに申し訳ないと思ってたけど、そうじゃないんだね。私がトレーナーさんを幸せにすれば、トレーナーさんはわかってくれるはずだよね!」
「そう! 過去を変えても、私と付き合ってればよかったって思わせればトレーナーさんはきっとわかってくれる。」
「…………キタさん、ダイヤさん……」

もう二人は決めてしまった。トレーナーさんの義理とか恩を気にして、動けない僕とは違う。
自分の思いに正直になって、自分の○す行動にいいものにしようとする覚悟。
僕には埋められない差。

「シュヴァルちゃんはどうするの?」
「…………えっ?」
「シュヴァルちゃんはシュヴァルちゃんのトレーナーさんと一緒になりたくないの?」
「だ、だって! ……トレーナーさんの過去を変えるって、僕なんかのために、そこまで変える必要ないんじゃないかな」
「でも、トレーナーさんがシュヴァルちゃんの気持ちに応えないかもしれないよ」
「…………」
「シュヴァルちゃんが本気なって私に勝ったことがあるように、努力は報われるよ。でも恋愛はそうじゃない。想いが強いのに、立場とか受け入れられないとか、両思いだけど、環境とか親の意向とかで付き合えない時もあるよ。シュヴァルちゃんはトレーナーに断られたら、立ち直れる?」
「!…………」

想像する。想像してしまう。
私が気持ちを告白する。ずっと僕を支えてください。ずっとあなたと一緒にいたいです。ずっと、好きでした。僕の気持ちを余すことなく恥ずかしい気持ちも全部吐き出すような告白。
それでも断る。僕のことを傷つけないように言葉を探してやんわりと。……それでも支えるよっていって、僕の気持ちをわかっていながらそばにいて、生殺しにするトレーナーさんの姿を。

「………うぅ、…………」

頬に伝う涙。想像したら嫌で、苦しくて痛くて。
大切だと思ってた宝物が僕を拒絶したみたいに、僕を形成しているピースが大部分がどこかに行ってしまうような感覚に陥る。

「ねえ、シュヴァルちゃん。今ならまだ間に合うよ。」

僕の手を握って、僕に訴えかける。

「自分のトレーナーのことを好きだって気持ちは私も同じだよ。だからこそ、私はシュヴァルちゃんに失敗してほしくないの」

彼女の優しくて、頼りになる声が頭にスッと入る。

「ねえシュヴァルちゃん。自分のトレーナーさんと離れたい?」

首を振る。

「一緒になりたい?」
「…………うん、なりたい。……ぼ、ぼくも、僕のトレーナーさんと一緒にいたい! こんな僕と付き合っても何も返せないかもしれないけど。……けど、僕は、僕は! 僕の気持ちに正直になるよ!」

僕は机の上の試験管に手を伸ばす。そんなに重くないのに、これでトレーナーさんの過去が変わると思うと、すごく重く感じる。

「よろしい。これで私の実験に協力することを承諾したとみなすよ。これから渡す誓約書にサインをしたら、各々の判断で服用してもらって構わない。ただ、服用時に発生するトラブルを考慮すると、この部屋に誘いこむのが一番だろう。そうなったらこちらも喜んで協力しよう」






「シ、ュ、ヴ、ァ、ル、グ、ラ、ン」
「 シ、ュ、ヴ、ァ、ル、グ、ラ、ン」
こうして、トレーナーさんは僕の子供のようになっている。
彼はウマニカ学習本で方眼紙に向かって僕の名前を書いている。
鉛筆の持ち方が槍のようにもっているのに一生懸命書く姿はとても愛らしいものだ。

彼を観ているととっても笑顔になる。
小学2年生という親がいなければなにもできない年齢を僕が支えている。
僕のために、一生懸命僕の名前を書いている。
胸が愛しさとか親心とか母性とかでいっぱいになる。
次は何を教えよう?
算数? 英語? I love youとか覚えさせようかな。
それとも少し先の社会とか理科とか? 実験とかしてあげようかな。
それとも運動? でもこの部屋から出られないから部屋の運動になっちゃうのかも。
けんけんぱでもさせる? ラジオ体操とか?
やりたいことが頭でいっぱいになる。
彼が喜ぶんなら何でもやってあげたい。
彼が笑顔になるんだったらなんでもやってあげる。

ジリリリリリリリ

時計が鳴る。午後三時のようだ。
トレーナーさんにおやつの時間だと伝えても鉛筆を放そうとしてない。
子供の興味というのは難しい。おやつを用意しようと、フルーチェをキッチンで作る。
バナナと一緒に混ぜたものは彼の好物らしく、ガラスの器に盛り付ける。
彼の方まで運んでも、一生懸命僕の名前を書き続けるだけだった。

「……どうして、そんなに僕の名前を書くの? おいしいフルーチェさんが待ってるよ」

僕は彼に無理強いはしたくなかった。
僕の思い出的に、姉妹に振り回されてばっかりだったからだ。
何かを強要するのは心が離れる前兆だ。姉妹は今も大好きだけど、黒い感情を持ったことがなかったわけじゃない。
だから子供のトレーナーさんは何を思っているのか把握したかった。彼に対して関心を示し続けること、それが心を通わせる大切なことだと思うから。
彼はその曲がりくねった文字をひたすら矯正しながら恥ずかしながらいう。

「……だって、かっこいいおねえちゃんの名前、かきたいから」
「…え?」
「…しょうらいけっこんするとき。そのときに、かっこいいおねえちゃんの字、かきたいから。だから、今がんばる。ぼく、おねえちゃんにささえられてばっかりだから、これだけはうまくなりたい!」
「!……」
「えっ!? お姉ちゃん! 何で泣いてるの」

目を閉じることができない。
彼から視線を外すことができない。
もう胸がいっぱいで涙があふれてくる。
実の息子が立派な発言をするようになった達成感
僕を想っていて、大切にしてくれているという相互愛
全部が僕の心を満たし、あふれ、止まらない。

「……うっ、うわ~~~ん……」

トレーナーさんの思いと発言が僕の心を熱く強くさせたことがある。しかし、今の言葉は僕史上一番心に直接クるものだった。……そうなるはずなのに
そんな素敵な彼をこんな姿に変えてしまったことをいまさらながら後悔してしまう。
こんなに誠実な人を僕のエゴで縛ってもいいのだろうか。
罪悪感とかうしろめたさが背中に張り付いて離れない。
胸が暖かいのか冷たいのかわからない感情で満たし、涙がこぼれてしまう。

「え、えーと、よし、よーし? だいじょうぶだ、よー。ぼくは、おねえちゃんのこと、きらいにならないからね」
「えぐっ、ひぐっ………ほんと?」
「うん! だっておねえちゃんは、いだいなおねえちゃんなんだもん」

えっ? と目線を上げるが、彼は真剣な顔をしていた。
その顔は僕を支えてきたトレーナーの顔そのものだった。
真剣で誠実で、偽らないし自信にあふれた彼の顔をそっくりだ。

……

彼はフルーチェを食べて、お昼寝をしている。
布団を敷いてあげて、すうすう、息を立てて安らかな表情だ。
……もう、いいか。
目も潤った。心も満タンになった。それなのに、いつまでも離れない罪悪感を胸に、彼を支えたくはない。
というか支えるというのも変な話だ。
こんな状態にさせて、無理やり一人で孤独だろうに、そんな心の未完成なところをつくようなマネはもうしたくない。

立ち上がり、電話をかける。かける相手はタキオンさんだ。
『どうかしたのかい? 問題でも発生したかい』
「……ご、ごめんなさい。……今回のこの話は…なかったことに……できますか?」
『……』

沈黙が続く。彼女にとってもこんなことを打診したのは初めてではないだろうか。

『君の意見はわかった。尊重したいとも思う』
「それでは、…後はよろしくお願い……します。」
『しかしねえ、実験は停止できないんだよ』
「え?…」
『通称『よわよわドラッグ』の解毒剤は用意できなかったというのもあってね。実験の途中停止はこちらとしても困るんだ』
「そ、そんな! 困ります!」
『それはこちらのセリフだ。だが、そこまで拒否するのならしょうがない。君は帰っていいよ。」
「ほ、本当ですか!」
『ただし、その場合は、カフェが君の担当トレーナーの世話をするだろうね」
「えっ?………は?」

どす黒い殺気を覚える。
眉間にしわが寄り、電話をつかむ手の力が強まる。
電話口は相変わらず冷めた口調で対応する。

『いやいや、それはしょうがないな。カフェに悪いが、もう一人、トレーナーを篭絡してもらわないといけなくなるなんて』
「ちょ……ちょっとまってください。そんな話は…ありえないじゃないですか。僕のトレーナーですよ」
『そうだね。でも育児放棄というのなら仕方がないのではないか』
「そんな言い方はないですよ!」
『罪悪感も悪気も申し訳なさも、全部背負うのが子供を世話するということなんじゃないかな』
「!……」
『最初はカフェもそういう風に罪悪感に苦しんでいた時もあったさ。でも彼女は子供になったトレーナーの顔を見て決意が固まったらしいね』
「顔を?」
『まあ、どっちみち君は世話をやめることはしないはずさ。とりあえず今日一日は頑張ってみたまえ』

そういうと切られた。
残念な気持ちはあるが、もう少し彼を見てられるのなら僕としてもうれしい。
でも、カフェさんが積極的になった出来事って何だろう。

うーん。
いろいろと頭をひねるが浮かばない。
ソファや小さな机、その間で彼が寝ている。

……僕も彼の隣で横になる。
昨日もしたのに、胸の鼓動が鳴りやまない。
ドキドキする。
かわいい彼がこれから元のかっこいい状態に戻るって思うと、たまらない。
好きだ。
僕も大好きだよトレーナー。
トレーナーも同じ気持ちなんだよね。
見つめられるだけでドキドキして
触れてもらうとそれだけで幸せで
この気持ちが言えないと胸が苦しくなる
そんな気持ちを持っているんだよね。
今は純粋な気持ちだけど、これから大人になったらどんな風に変化するのかな。
僕がどこかいかないか不安になって。僕におしおきをするのかな
僕の首を、耳を唇を、
奪って貪って蹂躙して、
彼の傷でいっぱいになった後で、衣服を剥がして、何にもできない僕に突き入れて
それでもどこか行く僕をまたお仕置きして、何度も何度も、僕が離れないようにしてくれないかな。

ねえトレーナーさん?
僕、どこか行っちゃっても追いかけてよ。
そんなつもりないのに、トレーナーさんに追いかけてほしくて心と裏腹になる僕を縛ってよ。
拘束して禁じて罰を与えてよ
お仕置きに対して、身をよじることしかできない僕に気にしないで、トレーナーさんのものにして。
自信がなくて、ダメで、全然偉大じゃない僕を
ダメだって、俺が居なきゃダメなんだからって、俺のものだって、
何度も何度も、僕にわからせて。
頭が悪い、学習しない、不安がちの僕を叱って、いじめて、道具にして。

ああ、わかった。
これなんだね。僕の望みっていうのは。
僕はトレーナーさんのものになりたかったんだ
対等とか、そんなのトレーナーさんに失礼だもんね。
彼が右を向けといったら右を向くし、
彼が走れと言ったら走る。
彼が望むなら、彼の稼ぎ頭になるし、彼の慰め物になる。
そうしたら、ずっと、彼と同じ空間に居れる。

「……んぅ、……うーん……」

トレーナーさんが起きる。眠気眼をごしごししながら部屋を見渡し、僕を探す。
彼と目線が合うと、手を伸ばし、僕の手を握ろうとする。

だから僕は自分の手を下げる。

「え? どうしたの、おねえちゃん?」

彼が僕を欲しているのはわかる。でもそれだけじゃだめだ。

「ごめんね。……僕もう行かなきゃいけないんだ」

彼が僕を自分のものにしようとしなくちゃいけないんだ。

「え……やだ、やだやだ!」

自分自身の意思で、自分の行動で、僕を拘束させないといけないんだ。

「じゃあ……行くね……」
「待って! 待ってよ!」

トレーナーさんは僕の腰あたりに抱きついて何とか歩く僕を止めようとするが、ブランブランと揺れるだけだ。
抱きつきたい。安心させたい。安堵した彼を慈しみたい。
その感情をかくして入り口に向かう。

「え? ほんとうにいくの? ぼくなんかわるいことした? あやまるから! あやまるからいかないでよ!」
「そうだね……僕はこのままだとこの部屋から出るよ」
「いやだよ! もっとおねえちゃんとあそびたいよ! ぼくのこと、きらいにならないでよ!」
「だったら……君が僕に…おまじないをかけないと」

腰を下ろし、え? と困惑した彼と目線を合わせる。

「ねえ、僕が行くのは……いや?」

首がとれるのかと心配するほどうなづく。

「じゃあ……僕がどこかに行かないようにするおまじないがあるんだ。」
「ほんと!」
「うん……方法は簡単だよ。……首に…口であとをつけるんだ」

僕は顎を上げて首を見せつける。
口であとを? とたどたどしい口調で反復する。

「うん。ストローでジュースを飲むみたいに、……僕の首にするんだよ」
「え、でも、そうすると、おねえちゃんがいたいんじゃないの?」
 
本当にこの子はいい子だ。
僕が大好きなトレーナーにそっくりで、とても愛らしい。
でももう一歩、踏み込め。

「うん、いたいよ。でもお姉ちゃんが痛い思いするのと、……お姉ちゃんが出ていくの、どっちがいや?」
「それは、……どっちも、いや。おねえちゃんにいたいおもいさせたくない」
「そうなんだ。……じゃあ僕は行くね」

戸惑う彼に背を向け、靴を履き始める。
できるだけゆっくりと、わざと慎重に
あたふたしている彼がしやすいように下を向き、待っていると思わせないくらいの速さで
僕が立ち上がるために手を床につき、力を籠めると彼は背中に飛びつく。
立ち上がっても彼は何もしない。ただ力を込めて、ぎゅっと僕に張り付く。
彼の息遣いがうなじにあたり、くすぐったい。でもその最後の一歩を踏み出せずにいる。

最後の一押しが必要だ。
彼の良心を折る、最後の言葉は何だろう。
突き放すこと? それだったら優しいトレーナーは僕の本心が離れたがっていることを尊重して、きっと跡を残さない。
説得する? それだったらトレーナーは話で解決することを望むのだろう。
ならばどうするか。

「僕も楽しかったよ。でも行かないといけないんだ。僕をいじめる悪いやつのところに」
「え?」

仕方なくいくという理由を作ろう。

「僕はそいつに逆らえなくなるのろいをかけられたんだ。だから、君と一緒にいたいのに、どうしようもなく、あいつのところに行かないといけないんだ!」
「……じゃあぼくのことをきらいになったわけじゃないの」

彼が僕を助けるという大義名分を作る。そうすれば、彼もやりやすくなる。

「もちろんだよ! でも、君のことより、こののろいが強すぎるんだ。僕はこののろいに対抗できないんだ。このまじないに勝つためにはさっきのまじないをかける必要があるんだ」
「……でも、でも!」
「ごめん。こんなのろいに敗けちゃう、弱い僕でごめんね」

僕は一歩扉に近づき、ドアノブに手をかける。

カプッ………ちゅ、ちゅ……
そうした瞬間、彼が僕のうなじを吸い始める。
足も僕の体にまとわりつく。
行かないで。
ずっとここにいて。
そんなことを全身で訴えている。

何回もかわいらしい音がなり続ける。
よほど焦っていて、激しい息遣いが耳に届く。
そしてついには肌を噛みつく。ぐっと力を込めると、僕も「ひゃ!」と口が開く。

「! ついた! ついたよおねえちゃん! これでもう、いかないていいよ!」

彼は飛び降り、鬼の首を取ったようにはしゃぐ。

「……」
「おねえちゃん、ないているの? ごめんね、いたかったよね」
「ううん、なんかうれしくて」

彼はいつでも、いつまでも彼のままだ。かっこいい、僕のトレーナー。
彼は優しくうずくまる僕を撫でる。

「おねえちゃん。おねえちゃんはよわくないよ! おねえちゃんはつよいんだから!」
「うん、ありがとう。悪いやつに会いに行くおまじないは弱まったみたい」
「え! まだのこっているの?」
「あのおまじないは5日ぐらい続くんだけど、トレーナーさんがしたおまじないは1日しか続かないんだ。だから、明日も、お姉ちゃんを守ってくれる?」
「やる! ぜったいやる! ぼくがおねえちゃんをまもるよ!」

一緒に笑い、リビングに向かう。彼は張り切って、僕の手をぎゅっとつかみながら。
首に跡が残っているかはわからない。でも、何回もトライしたことを考慮すると、肌を吸うだけでキスマークはできないのかもしれない。方法を検索しないと。
あとは、この時間を彼にとって、とても大切で居心地のいい空間にしないと。彼が望んで僕と居たくなるような最高の時間を過ごそう。
そうすれば、彼はきっと、僕を欲す。
ずっと一緒に居たくなる。
……そういえば、薬が切れたとき、服用中の体験をもとに人格が再構成されるといっていたけど、彼が過ごす1週間のあと、僕はいるのだろうか? 



『ああ、そうだよ。服用者にとってはあいまいな記憶として体験に付着するようだ。したがって、無駄に依存をさせてしまうと今後の交友関係、というよりかはコミュニケーション能力に弊害が出るようだ。カフェのトレーナーがいい例だね。第二の母として交流を続け、何でも世話を焼いた結果、今の状態に落ち着いたようだ』

トレーナーには風呂の掃除と準備を頼んでいる間でタキオンさんに電話をした。

「じゃあ僕は別れのことを想定しながらトレーナーさんとかかわった方がいいということですね」
『ああ、考慮しなかったら服用者目線、突然いなかったということになり、一部の例では人間不信の状態になったケースもある。君の場合はなかなかうまいやり方だ。今後に期待しているよ』

僕に依存させることができれば、十中八九彼とはずっと一緒にいられる。
でも、僕が好きなのはあのかっこいいトレーナーさんだ。
だから、必要以上に彼の交友関係はいじりたくはないな。

『ああそうだ、さっきのまじないやのろいっていうのはこちらとしても大変ユニークなかかわりだった』
「ええ、うまくいってよかったです。」
『でも客観的な立場から言わせてもらうと、少々危険なものかもしれないね』
「? どういうことですか」
『そのまじないやのろいを、これからの人生でほかの人物に行う恐れがあるということさ』
「!!」
『君がどうこの問題を解決するか。それは実に興味深い。君の判断に任せる』

タキオンさんが電話を切る。
そうか。確かにそうなのだ。
彼の人生が何が起こっていたのかはわからない。
だから、もしも、本気で付き合っていた人がいたのなら、彼は間違いなく、これを使うだろう。いや、そうじゃなくても、いじめを見過ごさないような人だ。このまじないを使って、助けるんだろうな。僕以外人に。
首の後ろも、側面も、もしかしたら真正面から
気軽に首をかむ。
その人を守るために
僕以外に!

全身の毛が逆立つのを感じる。
矯正しないと。
今なら間に合う。

「おねえちゃん! おふろわいたよ!」
「……うん、ありがとう。お風呂、楽しみだね」
「うん! ねえねえ、こんどはバラのかおりをつかってみたい!」
「もちろん。一緒に入ろうね」

バラの入浴剤をお風呂に入れると、いっきにその匂いが湯気と一緒に広がる。
着替え室に戻り、トレーナーの着替えを手伝おうとすると、

「いや! ぼくがやる!」

といわれる。
一生懸命ボタンを外す彼もいとおしい。
でも外せない。うまく指を使えていないため、無理に服を引っ張りボタンを外そうとしている。
そんな彼を後ろから優しく抱きしめ、安心させるために声を出す。

「大丈夫だよ。……弟君だったらできるよ。落ち着いて、成功したら一緒に喜ぼうね」
「あっ……」

今度は冷静にボタンの角度を把握し、見事外すことができた。
できた! とはしゃぐ彼が振り向き、撫でてほしそうに抱きつく。

「ほらね。諦めなければ君はできるんだよ」

頭を撫でてあげると、彼は安心した顔をする。
そっか、頭をなでるという行為が彼にとっては行動の自信につながるんだ。トレーナーさんが僕に励ましの言葉を投げかけるたびに自信が生まれたみたいに。
……ふーん。

「それじゃあお風呂に入ろうか」
「うん!」

浴室に入ると、いっぱいになったバラの入浴剤の香りが迎え入れてくれた。
初めての出来事らしく、彼は飛び跳ねたりして「おねえちゃん! 上のほうがかおりがつよいよ! おもしろいよ!」といった。
こらっ、飛び跳ねたりすると危ないよ。そう伝えたいけど、彼を傷つけたくはない。
だから彼を持ち上げてもっと上の香りを嗅がせてあげると、もっともっと楽しんだ。

ひとしきり彼が匂いを堪能したあと、シャワーで体を洗い流してあげる。
ぼくの膝に乗せた彼の頭や背中を入念に洗い流す。やっぱり僕に撫でられるとうれしいのかきゃっきゃっとはしゃぎ、シャワーを飲み込み唾として出す。
シャンプーは自分でやらせた方がいいかもしれない。彼の身に何かあることは僕が絶対に許さない。
……でも、これから僕は彼のものになるんだから、僕がやった方がいいのかな。悩むな。
間違いないのは、ただのお風呂というのに二人で入るとこんなに楽しいことだ。

シャンプーはともかくせっけんを使って彼を洗ってあげる。やわらかい肌がもっと滑らかになるようにじっくりとする。
全身を泡だらけにするの、少し楽しい。彼も鏡を見て楽しそうだ。

「こんどはおねえちゃんのばんだね。ぼくがせなかをあらってあげる!」
「うん、お願い……いや」

ここだ

「ねえ弟君。僕の体……全体を洗ってくれないかな」
「え? いいけど、なんで」
「今日のお昼に、弟君は僕におまじないをかけたでしょ」
「うん! すっごくむずかしかったけど、ちゃんとあとはのこっているよ!」

彼は自慢げに胸を張る。

「あのおまじないってかけた人を…自分のものにするおまじないなんだ」
「じぶんのもの?」
「そうだから…僕はいま、弟君のものだよ」
「ぼくのもの? でもそれだったら、……あ!」

なにかをひらめいたように口を出す。

「じゃあ、めいれい! おねえちゃんはぼくがいいっていうまでぜったいにうごかないでね!」
「うん。じゃあ僕はうごかないよ」

狙った通りだ! トレーナーさんは僕のための行動を絶対に行う。
だってトレーナーさんは優しいから。僕の体や事情と労わってしまう。
トレーナーさんは動かない僕の後ろに回ってせっけんで体を洗い出す。背中、足、手、そして胸を洗う。丁寧に、隠れているところまで、胸の間も脇などの関節の部位まで大事なものを掃除するように洗ってくれる。
でもおっぱいは感触を楽しむように手で弾ませる。
たゆんたゆんと揺れると口端がほころぶのが見える。

「……僕の、楽しい?」
「うん! おねえちゃんのおっぱい、すっごくすき!」
「……偉いね。よしよし」
「えへへへ。あ、ダメだよおねえちゃん! しじがあるまでうごかないで!」

ごめんねといいつつ、頭を撫で続ける。
「よし、じゃあもっとなでてよ!」というから、泡だらけの体に引き寄せて抱きしめながら撫でる。
泡で滑らかになっているけど、僕たちは離れることはないだろう。

ああ、今とっても幸せだ。
トレーナーさんが僕を求めて、好きって言ってくれて、
もう僕、どうにかなっちゃいそうだよ。

それで、彼が大人になったら、どうなるんだろう。
僕のこと、姉として慕うのかな。
彼の方が年上で僕は年下で、生徒とトレーナーの中なのに、全く疑問に思わずお姉ちゃんと慕うのかな。
タキオンさんに聞いてみようかな、でも楽しみにしておきたいな。

今はとりあえず彼との交流を楽しもうか。
あとは仕込みを終えるだけだ。
僕のことを絶対に意識してしまう、僕以外に誰も寄せ付けないためのおまじないをすればいい。


実験開始から1週間がたった。
時が過ぎるのが早いと感じるほど、この時間はかけがえのないものだった。
彼の小さいながらも頑張る姿に心が癒されたし、頼りになろうとしているところはきゅんとしたし、いろいろな意味で充足した毎日だった。
キスマークを付ける練習もさせたし、当然フレンチ・キスもディープの練習もした。
初めてした時の彼の恍惚とした表情は筆舌に尽くしがたい。
そのあとも何回もしたし、はまる時期が実験の最初の方からだったら多分僕の方が大変だったんじゃないかな。お風呂の時間なんて全部キスばっかりになっちゃって、カフェさんが助けてくれなきゃ二人とものぼせ切ってしまっていた。
そんなわけで最後の夜。窓から満月の光りが差し込む一室で僕たちは、いや彼にとっては長い別れになる。
朝起きると僕がいなくなっていること、そして君がトレーナーになるまで僕は会えないということを伝えると彼はひどく取り乱して、必死に僕の首にあとをつけて嫌だと叫んだ。
暴れる彼をいさめるのは非常に難しかったが、今は僕の胸で落ち着きを取り戻している。
でも、いつも二人で飲んでいたココアも口をつけないで、ベッドに座っている僕に抱きついているままだ。

「ごめん。君にとってはひどいことを言うことは覚悟していたんだ」
「………」
「でも、安心して。とっておきのおまじないがあるんだ。僕と弟君の魂をつなぐ最強のおまじないなんだ。……僕なんかの言葉は信用できないかもしれないけど」
「……じゃあぼくはしんじるよ。」
「……ほんと?」
「ぼくはおねえちゃんがすきだよ。でも、おねえちゃんはぼくがおねえちゃんのことすきだってわかんないでしょ。だって、ぼくがこんなにすきなのに、ぼくがおねえちゃんのことうたがうわけないじゃん。すきって、そのひとのことをしんじぬくことなんじゃないの?」

……どうして、彼は僕の自己肯定感を上げるような言葉をいつも選ぶんだろう。
彼から信じるのが当たり前とか愛されてることを伝えられると否応なく胸がときめく。
僕のことをちゃんと信じてくれているんだって思うから。
やっぱり大好きだ。

「ありがとう。弟君」
「……そのおまじないはなに?」

彼は胸に顔をうずめる。パジャマの服を通して、彼の顔の温度が上がっているのを感じる。

「それは、僕と君で一緒に首に跡を残すんだ」
「それってつまり、ぼくもおねえちゃんのいいなりになるってこと?」
「僕も君の言いなりになるんだ。そうすると、未来永劫、僕たちは愛し続けることになるんだよ」

無理があるような話だ。教会でお互いを愛することを誓ったカップルだって浮気や離婚するときもあるのに、
でも彼は子供で、僕のことを好きだといった。そして、先日の僕がいかなければならない話、今日お別れだという話、彼がこの無茶苦茶な話を受け入れる土壌はもう整っている。
そう思っていたのに、彼はうつむいたままだ。

「……それは、おねえちゃんはこまらないの?」
「え?」
「いまおねえちゃんはすきなひとはいないの? ぼくはしょうらいぜったいかっこよくなって、おねえちゃんにけっこんをたのもうっておもってたのに。おねえちゃんはそれでいいの? ぼくがかっこよくなってくるのを、まっててくれる?」
「………」

どこまでも、純粋で。
どこまでも、相手を思いやる心。
僕、君がトレーナーで本当に良かった。
だから、僕も約束するね。

「じゃあ約束しよう。僕たちはお互い最高のパートナーになるために再会しよう。再会した時、僕は君のことを……覚えていないんだ。けど、絶対に思い出すよ。僕は君をこの世で一番愛しているから」
「わかった! ぼくがかっこよくなりすぎても、おねえちゃんにおもいださせるためにがんばる!」
「うん、……僕ももっともっと偉大なウマ娘になるからね」

彼と一緒にベッドに横になる。目線が同じになり、彼のまるい顔の輪郭がはっきり見える。
そして、僕たちはお互いの首を口に含む。

ちゅっ……、ちゅぅぅ、……ちゅぱっ………

一個痕をつけるともう一個痕をつける。
別れを惜しむように何度も何度も吸う。
この味が忘れないように
この温度を忘れないように。
キスマークをつけるために吸う力が強くなるといとおしさが弾けそうになる。
体がかすかに揺れて僕の髪が君の耳をくすぐる。

5回ほどあとをつけあうと、僕たちは見つめあう。
目線の先には唇がある。
あの小さくて、やわらかそうな口が僕をたべていたんだ
彼も僕の唇を見ている。
目線が合う。
言葉なんかいらないみたいにキスをする。

ちゅうっ


彼の小さな口をこじ開け、侵入する。
ぞくぞくっと快感が脳髄を○す。
そのまま舌も歯も頬の内側も、調べて探して犯し続ける。
歯も舌も口の中も小さくてとてもかわいいらしい
何度やっても慣れない味。何年たっても思い出す味。

知らなかったよね。知るはずないもんね。……でも知っちゃったね。僕のせいで体験っちゃったね。
幼子の真っ白なキャンパスをピンク色に染め上げる。濃艶に強烈に残すように○す。何年たっても僕を欲するように、彼の記憶と体験と遺伝子に刻むようにキスをする。
ぱちっと目を開ける。目がとろけきっていて焦点のない瞳。
そうだよね。僕でさえ油断すると貪りたくなるぐらいの快楽。キミに耐えられるはずないもんね。でも耐えなくて正解なんだよ。このまま力を落として、僕が与える快感を覚えて。このままこの快感を受け取って、キミの人生を作ってあげる。思い出すだけで僕を欲するようになって、僕を見るだけで人肌が恋しくなるようにしよう。

僕が苛烈に責めるたびビクンッとなる彼は力を完全に失ってしまう。さっきまで必死に抱きしめていた腕はだらんと下がり、目も上を向いて固まっている。
キスをやめる。
おねえちゃん、おねえちゃんとうわごとのようにつぶやき、顔は幸せそうにだらけきる。
かわいすぎる。…………思いついた。

ちゅっ、…………じょりじょり…… 、じゅる、じゅるるるるる……

「!!!!!??????」

舌を思いっきり吸い出す。彼のちいさな舌を唇で挟んで、キスマークを付けるみたいに吸いだす。
たったそれだけなのに、彼の体は今までにないくらいに飛び跳ね、飛び跳ね、飛び跳ね続ける。
目も上を向き、何度も体が上下に揺れる。

弟君の唾液っておいしいんだね。弟君のべろってとってもおいしいんだね。だから吸い取っちゃった。ストローみたいにチューチューって。そしたら弟君は上下に揺れるんだもん。とってもかわいい。
だから覚えてね。僕の胸の中で覚えてね。これは僕がいたから味わえたんだよ。僕がいるから君はこんなに気持ちいいことできるんだよ。僕の胸の中で、僕の腕の中で、僕のキスで、君はこんなに飛び跳ねるぐらい気持ちいい体験をしているんだよ。
ちゃんと覚えてね。僕がいなくなってから10数年間。ずっと思い出してね。お風呂に入る時も、布団に入る時も、誰かの唇を見たときも、思い出して会いたい会いたいって思い続けてね。ほかの女の子じゃこんなことできないよ。ほかの子じゃこんな体験味わえないよ。
僕だけ。えへへ、僕だけが、キミにこんな体験をさせられるんだよ。

僕が彼の向こう10数年、いや数十年の女の子の趣味を変えた。もう彼はこのキスじゃないと満足できない。もう彼は僕のキスじゃないと幸せになれない。もう彼は僕じゃないと生きていけない。
そんな風に変われたかな? そんな風になってほしいな。

彼の舌が枯れるまですいつくすと、僕はようやく舌を離す。
彼はそれを見届けると、最後の力振り絞って僕を抱きしめると、寝息を立ててしまう。

「おやすみ、……愛しているよ」

聞こえていなくてもいい。だってもうその気持ちは伝えられたと思うから。
僕も彼に布団かぶせてから隣で目を閉じる。
二人の温度で暖められる布団は僕を心地よく夢心地に誘った。

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まっちー Feb/10/2024 16:57

(姉シュヴァ)薬のせいで小2になったトレーナーをお世話し自分に依存させようとするシュヴァルグラン2

「うん、健康状態に異常は見られない。1週間お疲れだったね。もう問題ないかと思うけど、激しい運動は控えるように」
「はい、ありがとうございました。」
「ああそうだ、一応処方箋も用意しておくよ。何か考え事をするときに使ってみてくれたまえ」

聴診のためにまくっていた服を直す。
少し薄暗い一室でアグネスタキオンの診察を終えた俺とシュヴァルグランお姉ちゃんはようやく解放された。
1週間、集中治療という名目でお姉ちゃんと一緒に同じ空間に過ごすことになった。
俺はともかくお姉ちゃんに何かあったらそれこそ心が引き裂かれる思いだった俺は大丈夫だという彼女を引っ張って入れさせた。

俺はお姉ちゃんと過ごしていたことがある。一緒に寝やを共に過ごしていたし、お風呂も入ったこともある。そしてなにより、永遠の愛を誓い合い、俺の性癖を壊すほどのキスは俺の人生に大きく影響している。
たった1週間だったが、決してセピア色になんかならない素晴らしい記憶だったと言い張れる。
だから、おねえちゃんがこの学校に在学していて、そして年も下だと判明した時は驚いた。
これを話すとき人から呆れられるし、ドン引きされる。それはそうだ、だって、今隣にいるお姉ちゃんは生徒で、俺は立派な大人だ。それなのに、どうして一緒に過ごしていた記憶ができるのだろうか。

だが他人からどういわれようと、俺は自分の記憶を信じている。
現に今までの生活はすべてお姉ちゃんに出会うために過ごしてきたからだ。
お姉ちゃんに自慢できる立派な男になるためにどんなことでも努力を惜しまなかった。
お姉ちゃんに浮気だと思われないために、どれだけ泣かれようとも告白は受け入れなかった。
お姉ちゃんに立派になったねと褒められるための行動だったら何でもしてきた。
髪のセットも肌のケアも計画的な食事管理、服もおしゃれなものにしたし、勉強もしてきた。
今までの行動すべてお姉ちゃんが起因しているのだ。

お姉ちゃんは俺との記憶がないらしく、最初お姉ちゃんと呼んだら気味悪がれた。
だが、何とかごまかし口八丁で勧誘をし続けた結果、何とか担当トレーナーになれた。
最初懐疑的だったヴィロシーナの視線は痛かったが、結果を出すにつれやわらかくなったのを今でも覚えている。

でも、お姉ちゃんは俺との記憶を思い出せずにいた。
多少意味深なことをいったり、あの1週間でお姉ちゃんがしてくれたほめ方も実践した。しかし彼女の記憶を想起させるに至らない。
1年2年過ぎて彼女がどんどん自信を身に着けるたび、あの時のお姉ちゃんの顔がよぎって頭から離れなくなる。
あの時みたいにぎゅっとだきしめてほしい。
俺の気持ちを受け入れてほしい。
そう心で叫んでも彼女には届かない。

集中治療といっても学園内の寮への自主的謹慎も終わり、今日からはお姉ちゃんはもういなくなる。
1週間のことはあまり記憶は定かではないが、とてもいい気持だったことだけが脳に残っている。

タキオンの部屋から出た俺たちはトレーナー室に戻る。
歩いているとき、お姉ちゃんがところどころ俺の顔を伺うからやけに緊張した。
髪とか、鼻とか、いつも見ているだろうに
まるで俺を初めて見るように、興味深そうに目線が泳ぎ、気をもっているかのように少し赤らめた表情が俺を困惑させる。

「飲み物入れるけど、飲む?」
「……」
「おね、……シュヴァル、何飲む?」
「……えっ? ああ、お願いします。」

何か変だ。心ここにあらずという感じだ。
それはともかく彼女のために飲み物を準備する。
あの1週間で言ってた彼女が好みだと言っていたココアを用意するために、戸棚を開くが……

「あれ。……ないな」

なかった。いつもおいてあるところなのに。
おかしい、俺の記憶ではここにしまっておいたはずだ。

「おと、トレーナーさん。どうかした?」
「いや、ココアを用意しようと思っていたんだけど、どこにもなくて。ここにおいてあったはずなんだけどな」
「ココア? それだったら上の戸棚の方ですよ」

彼女の言う通り、確認してみると、そこにはちゃんとコーヒーや茶葉、ココアの元があった。

「あれ、ほんとだ。……なあシュヴァルが片づけてくれたのか」
「いつもそこにしまっているのトレーナー、……いや、えっと……僕が片づけました。」

本当かと視線を送る。

「いや、あの、えっと………」
「こっちこそごめん、困らせること聞いちゃったな」

自信は身に着けたとしても困らせるのは毒だ。
だが、おかしな違和感というのが拭え切れない。
まずこの部屋の内装。確か俺はストレッチを欠かさないために丸めた簡易的なマットを用意していたはずだ。それに、お姉ちゃんにくさいと思われたくないから制汗剤もおいていたはず。あと、自分のトレーニングメニューのメモも貼ってあるはずだ。
でもない。俺の記憶通りじゃない。でも、同じ部屋だし、間違いない。
だけど、感じる強い違和感。
なんだ?

「考え事するのなら、タキオンさんからもらった処方箋を飲んだ法がいいと思います」
「あ! 確かに」

なんでも集中力を高める効果があると渡された処方箋を開けると、20錠ぐらいのカプセルがあった。
段ボールからペットボトルを取り出し、服用する。

すると、目の前が少しぼやける。
ゆらゆらして、まるで自分の目がおかしくなったかのようだ。
足元もふらつき、誰かに支えてもらう。
……あれ、誰だっけ?
ていうか、ここはどこ?

「…えっと、確かタキオンさんは、調整薬は服用後1分間、服用者が見聞きしたものに対して違和感を感じなくさせる薬で、支援者が言語化をすればするほど効果が高まるって言ってたな。あと、あくまで過去を改変する力はなくて、現状に対して違和感を感じなくさせる程度の力しかないって」

だれかがしゃべる。
しゃべるないようもわかる。
でもあたまがとろけてうごかない。

「すー、はー。…トレーナーさん。ここが僕たちのトレーナー室だよ。この3年間、ずっと大事に使っていた部屋だよ。ちゃんとわかったら返事をして?」

ゆがんだしかいでへやをみわたす。
タンスの位置、ソファの位置、デスクの位置。
だんだんと視界が鮮明になってくる。
そして、感じていたはずの違和感がないことに気づく。
そうだ。ここは俺たちの部屋だ。何の問題もない。

「うん、わかった。ここは俺たちの部屋だ。」
「そうだよトレーナーさん。……思い出せてよかった」

うん。この人が言ってくれたんだから、きっとそれが真実に違いない。
シュヴァルの名前を思い出すまで十数秒後かかった。その間何か悩んでいたような気もするがそんなことはなかった気もする。
買い物に出たはいいものの何を買えばいいかわからなくなった時と同じ感触だ。
だが、気にしなくてもいいだろう。

「ねえ、今日は僕のトレーニングメニューを作るはずだったんじゃないの?」」
「あ、そうだった」

疑問は山積みだ。だが、やらなければならないことをきっちりやる。それがかっこいい大人というものだろう。
PCを開き、内容をまとめる。
うーん、やっぱりpcの方も変だ。1週間前はこんな内容だったのかな。

「ねえ、トレーナーさん。僕が、ココア入れますね」
「ああ、よろしく頼むよ」

視界の端でシュヴァルがお湯を用意しているのが見える。
まあ別にいいか。
どんな違和感でも、お姉ちゃんがそばにいる。それに俺のためにココアを準備してくれる。
あの幸せな1週間が形だけでも戻ってくるのだとしたら、それだけで満足だ。

トレーニングメニューはおおよそ変更しなかった。
俺よりも優秀でユニークなものが多かったからだ。
お姉ちゃんを助けるためにトレーナーになったようなものだったから、お姉ちゃん専用のメニューになりがちな俺とは違って、ほかのウマ娘たちの交流をヒントにした戦術も編み込まれている。
……考えたくはないが、別の次元に飛ばされたとか? いやいや、ありえないだろう。
おそらくだが、1週間で予定を組んだか何かをしたんだろう。

「トレーナーさん。ココア、用意できました。……なにか悩んでます?」
「えっ? ああ、ありがとう。いただくよ。なあシュヴァル、治療期間中俺はトレーニングメニューを作っていたか?」
「いや、作っていませんでしたけど」
「今の俺のアイデアじゃ逆立ちしても出てこないものがあるから、違和感があるなって思って」

お姉ちゃんはわかりやすく狼狽している。目線が泳ぎ、しっぽも落ち着きがない。
だが、気っと話してくれないだろう。だから、これ以上は問い詰めなかった。
…こんなメニューでトレーニングしていたら、過去の俺よりも優秀な成績を納めているのかもしれない。
そうだ! 過去のレースの記録が残っているはずだ。そこから俺の記憶と整合すれば違和感の正体に気づけるかもしれない。


「……ねえ、トレーナーさん。いつも僕を支えてくれてありがとう」
「えっ、ど、どどどうしたんだ、いきなり」
「僕、トレーナーさんのおかげでここまで来れたから、だから感謝が言いたくて。……よーしよし、よく頑張ったね」
「え、……おね…いや! そんな子ども扱いしないでもいいだろ」

頭の撫で方、その体温、俺の記憶の奥と情報が一致して、ノスタルジック的な涙が出てきそうになって、おもわずうつむく。
違う。勘違いするな。お姉ちゃんはシュヴァルグランなのだ。お姉ちゃんじゃない。
だっておかしいだろ。1週間なんかで今まで気づかなかったのに、ここで突然思い出すなんて、そんなご都合展開あるわけがない。
だから、この撫でることも、彼女がからかっているだけで、何か特別な意味もないんだ。
ないはずなんだ。

「トレーナーさん。……どうして僕に抱き着いているの?」
「……えっ?」

気が付けば俺は手をお姉ちゃんの腰まで伸ばしていた。
あの時よりも伸びた腕は容易にお姉ちゃんの腰をつかんで離さない。

お姉ちゃんはそんなのを気にせずに撫で続けている。もっとテンポをゆっくりにして、子供をあやすように何回も何回も。
それは俺にとっては許可なのだ。撫でている間は抱きしめ続けていいよという、あの思い出の中で確かにあった暗黙の了解
だから、そんなつもりはないのに、腰に回している手に力が入る。

違う。そういうつもりじゃない。誤解しないでくれ。
そんな釈明文を言おうとしても、彼女が撫でている間は脳が溶け、まともな思考を許さない。
何十年、このぬくもりを待っていたか
何十年、お姉ちゃんに褒められるために行動してきたか。

「トレーナーさん。本当によく頑張ったね。」
「……そんなことないよ。……でも、もっと、してほしい、かも」

大の大人が何ということを、なんて恥という感情も、彼女のぬくもりの前では蒸発していた。
気が付けば、あの時おねだりしていたように、声に出していた。
お姉ちゃんにほめてもらう、その一心で居るのかすら怪しい人のためにこれまで活動してきた。
その人と出会えたものの、俺との記憶はなくて、何もかもが嘘だったんじゃないかと思い、さみしくなって眠れない日々もあった。
でもそんなお姉ちゃんは今、俺を受け入れ、あの時のように甘えさせてくれる。

お姉ちゃんも俺の気持ちを察して、片手で俺の頭を固定しながら優しくなでる。
もう髪型のセットことは頭にはない。
ただ、この時間がいとおしい。
あの時のどんなことしても許されるぬくもり
ミルクのような甘い匂い
確かにいる実体。
それがたとえ彼女の気まぐれであったとしても、それだけで、架空かもしれないお姉ちゃんに認められたと思えるから。

「ねえトレーナーさん。今も僕の文字、練習してる?」
「……えっ?」

どくんっ
心臓が跳ねる。
それはあの1週間の思い出に合って、それは彼女も覚えていなくて

「僕を悪いやつから守ってくれたおまじないは、トレーナーさんは今でも覚えていますか」

動悸が激しくなる。
そんなことあるはずがない。だって、俺が大人で彼女は子供で、そんな関係はあるはずないのに。

「僕とトレーナーさんでお互いの思いを確認しあった夜から、トレーナーさんは本当に努力してきたんだね。」

思わず彼女の顔を見る。
いつものように少しおびえ気味で、それでも信頼を獲得していくうちに朗らかになっていた彼女ではない。自分よりも小さいものをいつくしむような慈愛に満ちている顔だった。
まさしく、あの、思い出通りの顔で。成人男性に向けるような顔じゃなかった。
でもそれが、俺にとっては涙が出るくらいにうれしくて、あの思い出が嘘じゃないことを証明してくれたようで、意を決して、ずっと彼女をこう呼びたかった名前を口にする。

「……おねえ、ちゃん……?……」
「なあに、弟君」

俺は、いや、僕は彼女の胸の中で目頭が熱くなるのを感じた。


そのあと、俺は今までたまった鬱憤を吐き出すようにお姉ちゃんに吐露した。
どうして、今まで気づかなかったの。
なんで、今思い出したの。
いろんなことを言ったけど、結局お姉ちゃんに褒めてほしくて、お姉ちゃんのために髪型を選んだこととか、ほめてほしくて体型をかっこよくしたとかで話は広がっていった。
それに、ずっと申し訳なさそうにしているお姉ちゃんは観たくなかったからだ。好きな人を困らせるのは違う。それにお姉ちゃんだったら俺を裏切ることはないって思ったから。
俺がお姉ちゃんにほめてほしいことを言うと、すごいねとか、自慢の弟だもんと言ってくれて、すごくうれしい気分になる。
あんなに昔なはずなのに、俺たちはあの頃に戻ったように話を続けていた。

キーンコーンカーンコーン

気が付けば、学校のチャイムが鳴っていた。
「あ、そろそろ戻らないと」
「えっ?」
「姉さんやヴィブロスと一緒にご飯に行く約束したからね」

待って、行かないで。もっと一緒にいたい。あの時みたいに過ごしたい。
そう口から出かかってもうまく口から出てこない。
迷惑だったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。
久しぶりに出会ったお姉ちゃんの距離感が俺にはわからなかった。
あの時永遠の愛を誓い合ったはずなのに、早ければ結婚してもおかしくないような年齢になった俺を足踏みさせた。

お姉ちゃんは僕に振り返り、「じゃあまた明日」といってドアに向かう。
あの時みたいに、悪者に会いに行くみたいに俺から離れていく。
さっきまで撫でてもらっていたところが急激に冷める。
だけど俺はあの時みたいにしがみつくこともできない。
なんて情けないんだろう。
若かった時の方が勇気があったなんて酷な話だ。
だから俺はうつむくことしかできない。

「……ねえ、弟君」

なんだろう? 挨拶しなかったから? それで不安にさせた?
でも俺の口は動かない。言ってほしくない気持ちを言葉に出すと、お姉ちゃんを困らせちゃうから。

「お姉ちゃんのここ、……空いてるよ」

髪を上げて、首が見える。
細くて、きれいで、一度や二度じゃない、俺が傷をつけたあの部分が。
甘くて、すべすべで、おいしそうな首が俺のためにあらわになっている。

気が付けば、お姉ちゃんは俺の腕の中にいて、俺はその首を堪能していた。
あの時のようにかわいい首を無造作に無秩序に○す。

「……もっと、いいんだよ?」

そんなこと言われたらもう止まらない。
顎のラインもうなじも、全部に俺の刻印をつける。
お姉ちゃんは俺のものだぞ。
ほかのだれにもあげない。
10数年間燻っていた思いが炸裂し、艶めかしいその首は俺の脳を焦がす。

やめるころには息が切れていた。
肺活量にはあんなに鍛えたはずなのに、彼女にかかればそんなものかもしれない。
お姉ちゃんは満足したように俺を見上げて、とろけた表情で俺を誘う。

「これでまた、僕は弟君のものだよ」

お姉ちゃんはうれしそうに笑う。

「次は、どんなことをしようか。一緒にご飯? それともお風呂? なんて、えへへ。……ほんとは恥ずかしいけど、弟君の頼みなら断れないよ? だって、……僕は弟君のものだから。弟君が僕をものにしちゃったから。」

俺を誘うように、来てほしいように
うるんだ瞳で俺を見る。

「僕、どんなことでもするよ。あの時みたいに接してっていえば、僕は頑張って弟君をいっぱいほめるし、僕のこといらなくなったら、……ちょっと寂しいけど、多分いう通りにする。だから、ね、なんでも頼んでよ。僕はどんなことでも聞き入れるよ」

誘惑するように彼女は言葉を紡ぐ。
俺に一歩近づいて胸あたりで上目遣いになる。

「ねえ、あの時みたいに僕を欲しがって僕に頼って僕で癒されて? 君の全部を僕が満たして放さないで? それとも、あの時みたいに、キス、する?」

ドクンっ!
全身の血流が早まる。
思い出すのはあの暴力的で暴虐的なあのキス。
俺の意思を魂を人生をすいだすようなあのキス。
あのキスはいつだって日常の中にあった。昼も夜も、風呂に入る時も布団に入る時も。
もう一度味わいたい。もう一度手にしたい。そんな欲望で勉強に身が入らなくなったときはやばかった。体が勝手に震えて、興奮が抑えきれなくなる。

「……でも、どうしよう? こんなに跡が残ったらしばらく誰かとお風呂入れないよ。その間、お風呂はどうしようかな? …………弟君」

とすん

彼女が俺をソファに向けて押し出す。
重力にされるがままになり、ソファに横になるように倒れる。
シュヴァルは俺にまたがり、俺に顔を近づける。

ちゅっ…………じゅる…………ちゅるちゅう…………れろっ…

キスをした。
キスをしただけなのに。

「!!!???」

俺の体の全部が歓喜する。
よみがえるのはあの1週間のキス。
暇があればキスをしてた。お絵描きの時も、ゲームしているときも、お風呂に入っているときも、布団に入っているときも。
当たり前のように、日常のように、狂ったようにキスをしたあの時。
体が期待する。あの時の快感を。
体が反応する。あの時の快楽を。
俺の今までの体験とか成功とか達成とか、すべてを凌駕する圧倒的快楽が目の前にあり、今味わっている。それがどれほど俺が待ち望んでいたか。

舌が絡まるたび、唾液が増える。血流の音がうるさいのに、舌をうごめかせるたびに脳内に響く水音。
お姉ちゃんの唾液がぬるっと舌を通り、のどに行く。花の蜜のように甘く、毒のようにしびれる味。
舌のざらついた感触も、温泉のような温度も、その行為のすべてが俺の思考を奪い、凌○し、支配する。

なごりおしそうに舌を離すと、きらめく線が俺と彼女をつなぐ橋になった。

「…………ねえ、弟君。…………僕のこと、好き?………」

「……好きだって言ってくれたら……僕、苦しそうな弟君を助けられるかも……」

「………好きだよ。弟君。……だから、言って? 僕が欲しいって。僕がいいって。僕じゃないと嫌だって。…………言って?」

真っ白になった俺の思考にするりと入る彼女の言葉。

俺はもう言葉を発することができなかった。だから、彼女の手を握って答えた。

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