【連載小説】『昨日駅』第6話
はじめに
本小説作品はタスクの合間に執筆した筆者の息抜きです。
掲載時点で未完成のものとなりますので、
予告なく更新が止まる場合がございますことをあらかじめご了承ください。
本編
06
「なんで……どうして……?」
俺はまだ、七海を助けられていない。
だからこそ昨日駅は変わらず目の前に現れて、こうして一両編成の無人列車に乗っているわけで。
じゃあ、偽物……あるいは幻覚か?
しかし俺の直感は、否応なしに目の前の彼女が本物の七海その人であると強く訴え続けている。
「七海……なんだよな? 本当に?」
俺は無意識に立ち上がり、近寄ってぺたぺたとその顔を触る。
すり抜けたりしない。ちゃんと熱を持って、生きた人間として実体を伴ってここにいる。
「ふふっ、みなとくすぐったい」
「あっ、ごめん……」
俺は再びもといた座席へと腰を落ち着ける。
「でも、何で急に……」
「うーん……わたしがみなとに会いたいって思ったから、かな?」
「俺に?」
「うん」
そう言って、にっこりと笑いかける。
「わたしね、閻魔大王様とお話ししてきたの」
「は……?」
いきなり情報量で押しつぶさないでくれ。
「閻魔大王って……あの閻魔大王?」
「そう、あの閻魔大王様」
「地獄で……大きくて……しゃくを持ってる?」
「そう、その閻魔大王様」
「待って」
繰り返すが俺はオカルトの類は信じていない。
昨日駅だって存在してしまっているから無理やり折り合いつけているだけで、やっぱり夢なんじゃないかって思っている。
なのに七海の幽霊とか、地獄とか、閻魔大王とか……話が飛躍しすぎている。
本当にこれは現実か?
「ていうか、何でお前が地獄に……」
「親より先に死んだ人間は全員地獄行きなんだって」
苦しかったよ? この十年。
あっけらかんと、残酷にその一言を口にする。
「賽の河原って聞いたことある? わたしが居る地獄なんだけどね、河原で石を積み上げて、塔を作れって命じられるの。わたしはその通りにするんだけど、完成しようとすると必ず鬼がやってきて、石を崩されちゃうんだ。でも真面目にやらないともっと苦しいところへ落とされちゃうし、ちゃんと続けていれば天国から救いの手が差し伸べられるっていうのを信じて、続けるしかないの。まあ、わたしは十年続けていて、救われている人なんて一人も見たことないんだけど」
淡々と、何でもないことのように続ける。
「みなとには、一生終わらない作業を延々続ける苦しみが分かる? 娯楽はもちろん、休憩だってない。眠ることすら許されない。でも痛みはちゃんとあって、河原のごつごつした石の上が作業に適しているわけないよね。気がおかしくなって、そのまま別の地獄へと落とされる子を何人も見てきた。わたしもああなっちゃうのかなって不安を抱えたまま、ひたすら崩されるのが分かっている石を積み上げる苦しみが、みなとには分かる? その間みなとは何をしてたのかな? 普通に幸せに生きて、当たり前に学校に行って、大学とかにも行くのかな? やがて就職して、結婚して、子供も授かるのかもね。ゲームも漫画もあって、かわいい妹や、暴力を振るわない親に見守られながら。その間もわたしはずっと、河原でひたすら石積みを──」
「やめてくれ!」
俺は叫んでいた。
「もう……やめてくれ……!」
ぼろぼろと、涙を流して。
「……情けないね、みなと。そうやって何回わたしのために苦しんで、藻掻いてきたの? まだ生きているのに、まるで死んだみたいに」
「ごめん……っ、ごめん……」
「謝らないでよ。別に責めたいわけじゃないの」
少しの沈黙を挟んで、再び七海は口を開く。
「わたしね、閻魔大王様とお話ししてきたの」
俺は袖で目元を擦り、じっとその内容を聞く。
「みなとたちから見た現世……つまり『この世』ってね、同時に存在できる生命の数は決まってるんだって。少子高齢化って言うじゃん? あれ、ご老人が長く生きられるようになってしまった分、そのバランスを取るために新しい命が生まれにくくなってるの。命のキャパシティは、コップいっぱいに入れた水みたいに、すでに溢れる寸前なんだって」
手のひらを下にした片手を手首のところで九十度折り曲げ、ぷらぷらと振ってジェスチャーを取る。
それが俺には首を切る仕草に見えて、嫌だった。
「一滴でも落としたら、その分こぼれ落ちていく。さながら椅子取りゲームみたいに、常に枠を取り合っている状態なんだよね」
そう言って、再び手を下ろして行儀のよい姿勢へと戻る。
「……それって、どういう」
俺の言葉を受け、七海は俺の目を見たまま口元を綻ばせて、言った。
「わたしを助けたいなら、代わりに誰かを殺すしかないってこと」
「……っ!」
思わず、言葉を失った。
「わたしは、地獄から抜け出したい。もうこれ以上あんな苦痛を味わいたくない。でもね、人を殺せば当然地獄に送られるし、賽の河原なんかよりももっと苦しい目に遭うことになる。当然救いなんてない。二度と這い出せない文字通りの地獄に、終わることなく囚われ続ける……わたしはね、みなとにそうなってほしくないの」
変わらず淡々と、まるで感情をどこかに置いてきてしまったかのように。
「みなと、好きだったよ」
「…………」
「お願いみなと、もう過去に囚われないで。未来に生きて。もうわたしのために苦しまないで。わたしのことは忘れて、わたしの分まで幸せに生きて」
そう言う七海の言葉は相変わらず感情が無かったが、それでも俺の目を見る七海の目は、それが本心であると静かに物語っていた。
「……俺、お前と約束したんだ。十年待ってくれって。そしたら一緒に暮らそうって。まだそれを果たせてない」
「忘れたよ」
「何度も繰り返してようやく気付いたんだ。俺も、七海のことが好きだったんだって。だから、まだ諦めたくない……なあ、何かまだ方法があるんじゃないか? まだ思いついてないだけで、誰も犠牲にしないでお前を助けられる、そんな方法が──」
「ないよ」
「そんなこと言わないでくれよ……! 俺、お前と一緒に──」
「もう諦めてよ!」
そこで初めて、七海は感情を露わにして叫んだ。
「今のみなと、死んだ人より死んだ顔してる……! そんな顔で助けられたって、嬉しくないよ! みなとはまだ生きてるんじゃん! 幸せになれるんじゃん! だったら幸せになってよ! 幸せに生きてよ! もう嫌なんだよ、好きな人が自分のために苦しみ続けるのは……! お願い、分かってよ……!」
「七海……」
「……過去に戻ったら、何もしないでわたしを家に帰して、見殺しにして。それきり、もうこの電車には乗らないで」
「…………」
「みなと、好きだったよ」
最後に、もう一度そう言って。
まばたきをした次の瞬間には、もうそこに七海の姿はなくなっていた。
「……七海」
俺は再び一人ぼっちになった電車の中で、両手で顔を覆い、うずくまる。
「……ちくしょう……」
七海はもう、助からない。
助かることすら、望まなかった。
──好きだったよ。
「……畜生!」
窓から差し込む夕陽が指の隙間から目を焼く。
視界が眩む。
世界が──歪む。
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