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ファンタジーものの記事 (44)

「秋の記憶」〜9月の短編ファンタジー

        1

 人は死んだら、その記憶はどこへ行くのだろう。
 ただ消えてしまうのだろうか。
 それとも、どこかに蓄積されるのだろうか。 
 蓄積されるとしたら、どこに?
 いつか誰かが、その記憶を受けとることがあるのだろうか。

        ※

 木下乃秋(のあき)は、最近よく夢を見る。26歳。都内の大型電気店の販売員として6年目。
 埼玉の実家から通っていた店は、悪質なクレームが系列店で最も多いと言われていた。その店のなかで、1番クレームを受けてきたのが乃秋だった。
 小柄で華奢、人に気を使う性格は表情や声に出るようで、文句を一番言いやすいのだろう。
 コロナ禍で人びとのストレスもたまり、クレームの悪質度は日に日に増していった。ストレス発散に怒鳴りに来ていると思われるケースさえあった。
 いつしか、乃秋は動けなくなった。本当に身体が動かないのだ。ベッドから起き上がれない。
 うつ病発症だった。

 休職して3か月。両親が働きに行くなか、乃秋は1人ベッドに寝ていた。
 昼間寝ていても夜も眠れた。夢をたくさん見た。
 夢の中で乃秋は、別の女性になっていた。
 大学生。会ったことも見たこともない女性。
 乃秋より7、8センチ背が高く、165センチくらいだろうか。ストレートの自然な黒髪でロング。
 かわいいタイプと言われる少し鼻の丸い乃秋と違って、目鼻立ちのはっきりした美人タイプだった。
 こんな人に生まれてきたら良かったのにと思うような女性で、この夢はうつ病の乃秋にとって神様からのプレゼントに思えた。
「それにしても、こんなに毎日同じ人になるなんて不思議」
 子どもの頃からこれまでたくさん夢を見てきたけれど、自分以外の人になることはあっても、同じ人ばかりなどということはなかった。
 それがこの3か月、寝てばかりいる乃秋は1日に何度も夢を見るのだけれど、それが全部この同じ女性になっている夢なのだった。
 3か月もたった今では、乃秋は自分が乃秋なのかこの女性なのかわからなくなるほどだった。
 この女性の名前は、秋華という。乃秋と同じく秋という字を使っている。
 そして乃秋にとってこの夢が神様からのプレゼントに思えるのは、秋華には素敵な恋人がいることだった。
 現在彼氏なしでうつ病を患う乃秋にとって、夢のなかとは言ってもきゅんとする時間は宝物のような時間だった。
 彼氏は爽(そう)と言った。名前の通り、外見も中身も爽やかな青年だった。
 そして何より、秋華をとても大切に想っていた。ちゃらちゃらと言葉にするわけではなかったけれど、その瞳はいつも秋華を優しく見つめていた。
 大学の構内のベンチに腰かけている2人。
「私の夢はね、自分の描いたイラストでみんなを元気にしたいの。
 爽の夢は?」
「それなら俺は、君の描いたイラストを商品化して世の中に広めるよ」
「ええ? 嬉しいけど、それでいいの?
 他にやりたいことはないの?」
「これが俺のやりたいことだよ」
 爽はいつも秋華だけを真っすぐに見て、秋華の心は満たされた。
 この幸せな時がずっと続くのだと、秋華は信じていた。

 目を覚ました乃秋は、不安になった。この3か月、夢の中で秋華として爽と幸せな時間を過ごしてきた。
「さっき嫌な予感がしたわ。秋華と爽に何かあるの?」
 夢のなかのことであっても、この幸せが壊れてしまうのは嫌だった。
「だって、あまりにもリアルなんだもの」
 秋華の幸せな感覚は、とてもリアルだった。「どうか2人に何もありませんように」
 乃秋は、夢のなかのことなのに真剣に祈るのだった。

 

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「夏の終わりに誰かが見る夢」〜8月の短編ファンタジー


        

 あなたは、今の現実を本当のことだと思っているだろう。
 だからこそ希望を抱き落胆し、さまざまなことに執着しながら生きている。
 けれどもしあなたが現実だと思っているあなたの人生が、夏の終わりに誰かが見る夢のようなものだとしたらどうだろう。
 かきむしるような後悔や憎しみ、嫉妬、いらだち、劣等感。
 あなたが抱えてきたいろんなものが、シャボン玉のようにはかない夢にしかすぎなかったら。


        1

 8月下旬の朝、28歳の夏乃はベッドの中で目を覚ました。
 カーテン越しの朝日のなか、自分の両手を見つめる。
 肩、胸、お腹、脚。
 生きている。
 怪我もしていない。どこも痛くない。
 ああ、まただ。
 私はまた生き返っている。
 昨日、夏乃はバイクにはねられその後トラックにひかれたはずだった。
 会社からの帰り道、とまっているワゴンを避け道路中央側に出たところを直進してきたバイクにはねられた。
 そこを運悪くやってきたトラックにひかれてしまったのだ。
 遠のく意識の中で、まわりが騒ぐ声が聞こえた。
「かわいそうに。あれじゃ助からない」
 どんな姿になっていたのか自分では見えなかったが、ああ死ぬんだなと覚悟した。
 死ぬまぎわなのに、今日どんな下着をつけていたっけ。部屋、散らかってた。そんなことを思ったのだった。
 なのに夏乃は病院でもなく自宅のベッドでいつものように目覚めていた。怪我一つなく。
 昨日のことは、夢だったのだろうか。
 いやそんなはずはない。確かに現実のことだった。
 夏乃は、ため息をついた。
 誰かに言えば、夢だったんだよと笑われて終わる。
 そう、夏乃はこんな経験をもう5回もしてきていた。
 脳の病気かもしれないとMRI検査を受けたり、心の問題ではと言われ心療内科にかかったこともある。
 特に問題は見当たらず、この程度の頻度では日常にさわりもなくそのままになっていた。
 他人からみれば、夢を見たことで終わってしまう問題だ。
 けれど当の夏乃にしてみれば、あまりにもリアルなのだ。夢と現実の区別くらいつく。
 あれが夢だというのなら、今この現実も夢だとしかいえない。
 どこまでが夢で、どこまでが現実なのだろう。
「わ、いけない。遅刻しちゃう」
 あわてて飛び起きた。
 お湯をわかし、タイマーで炊けていたご飯に生卵を落とした。
「ご飯、炊いた覚えもないんだけどな」
 この不思議な現象のなぞは、いつかわかるんだろうか。
 知りたいような怖いような気がする夏乃だったが、まもなく夏乃はそのなぞを知ることになるのだった。



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「呪いの人型と真実の壺」〜7月の短編ファンタジー


          1


 悔しくて悔しくてはらわたが煮えくりかえる、そんな経験はないだろうか。
 みやびは今まさに、その真っただなかにいた。
 38歳、これまで頑張ってきた仕事が認められ、大きなプロジェクトの総責任者に抜擢されたのは1年前だった。
 社会的にも影響のある大きな仕事だった。
 みやびは持てる人材を活用し、自分の知力、経験、スキル、アイデア、エネルギーをすべて注ぎこんでやってきた。
 仕事にのめりこみ、とちゅう3年越しの彼氏と別れたくらいだった。
 それでもみやびは満足だった。こんな大きな仕事をやれるのは、生涯においてもうないだろう。
 命さえ注ぎこむ勢いで、その仕事に邁進していた。
 出来上がりも上々で、お披露目の日を皆がわくわくしながら待っていた。

 ところが、急に雲行きがおかしくなった。
 クライアント元と連絡がうまく取れなくなってきた。何が起こっているのか、よくわからなかった。
 気がついた時には、自分とは関係ないアイデアが別に立ち上がって進められていた。
 あろうことか、自分のアイディアもところどころ盗まれていた。

 みやびを総責任者として任命してきたクライアント元に再三問い合わせても、はぐかされているような返事しかもらえなかった。
 みやびのストレスはピークに達した。そうして辞任するところまで追いこまれた。解任されたわけではないけれど、総責任者だったはずがいつのまにか窓際に追いやられ、肩たたきをされ続けたようなものだった。

「いったい何でこんなことに?」
 自分の仕事がダメだったのなら仕方がない。だが、明らかに皆に好評だったのだ。
 仕事に巻きこんでしまった人たちにも申し訳なかった。彼らも同じようにはずされてしまっていたから。そのうえ彼らには、途中から支払いもされていなかった。

 最終的にわかったことは、ある人物にプロジェクトが乗っ取られてしまったということだった。
 その人物は、みやびの補助をする立場で4か月前にプロジェクトに入ってきた40代の男性だった。
 彼はみやびの補助をするどころか、影でいろいろ立ち回り、そのプロジェクトを乗っ取ってしまったのだ。
 こんなことがあっていいものだろうか。理不尽すぎる。
 女性が1人、独立して仕事をしてきたのだ。理不尽なことはこれまでにも何回もあった。涙をのんでやってきたことも数知れない。
 けれどこれほどまでおかしなことは、初めてだった。
 誰かを心の底から憎むというのも、みやびにとって初めての経験だった。


 夏の夜、絶望的な気持ちでみやびが1人とぼとぼと道を歩いていると、道端に占いのような台が出されていた。
 双子なのだろうか、そっくりな老婆が2人並んで座っていた。どちらも同じような黒い服を着ている。
 思わず占ってもらいたくなったが、よく見ると台に置かれたプレートにはこう書いてあった。
 左の老婆の前のプレートに書かれていたのは、『呪いの人型』
 右の老婆の前のプレートに書かれていたのは、『真実の壺』



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「夏至のレジスタンス」〜6月の短編ファンタジー小説


        1

 夏至あたりには、いつも不思議なことが起こる。
 田舎育ちのいおりは、子どもの頃はよく精霊の光のようなものを見た。
 木々の中を、木漏れ日とは違う小さな光たちが踊るように飛び交うのだった。
 いおりもつい、一緒に踊りたくなったものだ。
 それでも都会に出てくると、精霊の光を見ることもなくなった。精霊たちには、豊かな緑が必要なのだろう。
 そんなこともあって、大人になると夏至を気にすることもなくなった。

 それよりも、いおりが身を置く業界の悪化が心配だった。
 いおりが就職した20年前は、陰りが見えていたもののまだまだ人気の業界だった。
 一流大学を出ていないと、就職試験さえ受けられなかった。コネもなく地方出身の女性という不利な条件、受かった時には飛び上がるようにして喜んだものだ。
 それなのに、たった20年で近い将来を心配するはめになるとは。
 20代で婚約解消してから、結婚もせずにここまで来てしまった。親も含め、まわりに幸せそうな夫婦がいなかったことも影響しているに違いなかった。
「はあ〜。
 やっぱり、結婚しておけばよかったのかな〜」
 今さら、そんなことを思う。
 20代の時は、
「そこらの男性より私のほうが年収が多い。家事育児分担がきっちりできない男なんて」
と強気でいたけれど、業界自体の雲行きが怪しくなってくると、自分の努力でどうにかなるわけでもない。
 ついつい弱気になる。
 どうしようと気ばかり焦ってしまう。

 そんな日曜の昼下がりだった。午前中雨だったこともあり、マンションでだらだらと過ごしていた。
 インターフォンが鳴った。
「誰よ。ネットショップで何も買ってないけど」
 液晶に映っていたのは、いおりだった。
 え?
 ネット配信ドラマを見過ぎたせいだろうか。
 目をぱちぱちさせたが、そこに映っているのはどう見てもいおりだった。
「え? 何? まさか私、双子だったの?」
 どこかに養子に出されていた双子が会いにきたってこと?
 あるいは、養子に出されたのは私?
 ところが、夏至あたりに起こることはそんなレベルではないようだった。
 いおりそっくりの人物が言った。
「私もあなたも、クローンよ」



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「ホログラム」〜5月の短編ファンタジー


          1

 毎日生きていくなかで、人生が突然変わってしまうことはそうない。
 けれどまれに、突然変わってしまう人たちもいる。
 中山きづなもそうだった。

 31歳、中規模の会社に事務として勤めていた。9時5時で週5日の勤務。残業はたまにあるかないか。
 仕事じたいはそうハードではなかったけれど、会社勤めの常で人間関係で嫌な思いもする毎日だった。
 東京で一人暮らししていくには十分とは言えない手取りだったが、結婚して子供もいる友人たちに比べると自分に使えるお金はあった。
 そのぶん将来への不安もあり、結婚相談所に入ろうかどうかと考え中だった。
 
 31歳にもなると、社内で声をかけられることもなくなっていた。
 婚活アプリではまだまだ声をかけられるけれど、イケメンで高学歴、高収入の人たちは人気で手が届かなかった。
 何人か会ってみたけれど、ぴんとこなかった。
「あれ、恋ってもっと簡単にできるものじゃなかったっけ?」
 とこの3年くらい思っている。
 一人は不安だけれど、長年一人暮らししているとこれはこれで楽なのだ。
 今さら専業主婦でいられる高収入の人と結婚できる気がしない。
 子育てと仕事と家事に追われている友人たちを見ると、「この人となら苦労してもいい」と思える人じゃないと結婚したくないと思ってしまうのは、ぜいたくなんだろうか。

 けれどこのままでは不安だった。出産のタイムリミットもある。
 新しい人生に踏み出したい。なのに踏み出せない。
「はあ~~。めんどくさい」
 うつうつした気分を少しでもはらそうと、ベランダに出た。
 見上げると、満月だった。
 満月に何かを願うものではない、と誰かがきづなに注意すべきだった。
 だが往々にして時遅し。

 煌々と怪しげな光を放つ満月に向かって、きづなは言った。
「お月様。私の人生を変えてください」
 そして、次の瞬間だった。
 人生というより、世界が変わっていた。
「え? え? え?」
 世界が、すうっと半透明になった。
 しゃぼん玉のように、ところどころ虹色にゆらめいている。
「え~~~!」
 みづきの腕も身体も、半透明だった。
 月だけが、そのままだった。



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