「秋の記憶」〜9月の短編ファンタジー

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 人は死んだら、その記憶はどこへ行くのだろう。
 ただ消えてしまうのだろうか。
 それとも、どこかに蓄積されるのだろうか。 
 蓄積されるとしたら、どこに?
 いつか誰かが、その記憶を受けとることがあるのだろうか。

        ※

 木下乃秋(のあき)は、最近よく夢を見る。26歳。都内の大型電気店の販売員として6年目。
 埼玉の実家から通っていた店は、悪質なクレームが系列店で最も多いと言われていた。その店のなかで、1番クレームを受けてきたのが乃秋だった。
 小柄で華奢、人に気を使う性格は表情や声に出るようで、文句を一番言いやすいのだろう。
 コロナ禍で人びとのストレスもたまり、クレームの悪質度は日に日に増していった。ストレス発散に怒鳴りに来ていると思われるケースさえあった。
 いつしか、乃秋は動けなくなった。本当に身体が動かないのだ。ベッドから起き上がれない。
 うつ病発症だった。

 休職して3か月。両親が働きに行くなか、乃秋は1人ベッドに寝ていた。
 昼間寝ていても夜も眠れた。夢をたくさん見た。
 夢の中で乃秋は、別の女性になっていた。
 大学生。会ったことも見たこともない女性。
 乃秋より7、8センチ背が高く、165センチくらいだろうか。ストレートの自然な黒髪でロング。
 かわいいタイプと言われる少し鼻の丸い乃秋と違って、目鼻立ちのはっきりした美人タイプだった。
 こんな人に生まれてきたら良かったのにと思うような女性で、この夢はうつ病の乃秋にとって神様からのプレゼントに思えた。
「それにしても、こんなに毎日同じ人になるなんて不思議」
 子どもの頃からこれまでたくさん夢を見てきたけれど、自分以外の人になることはあっても、同じ人ばかりなどということはなかった。
 それがこの3か月、寝てばかりいる乃秋は1日に何度も夢を見るのだけれど、それが全部この同じ女性になっている夢なのだった。
 3か月もたった今では、乃秋は自分が乃秋なのかこの女性なのかわからなくなるほどだった。
 この女性の名前は、秋華という。乃秋と同じく秋という字を使っている。
 そして乃秋にとってこの夢が神様からのプレゼントに思えるのは、秋華には素敵な恋人がいることだった。
 現在彼氏なしでうつ病を患う乃秋にとって、夢のなかとは言ってもきゅんとする時間は宝物のような時間だった。
 彼氏は爽(そう)と言った。名前の通り、外見も中身も爽やかな青年だった。
 そして何より、秋華をとても大切に想っていた。ちゃらちゃらと言葉にするわけではなかったけれど、その瞳はいつも秋華を優しく見つめていた。
 大学の構内のベンチに腰かけている2人。
「私の夢はね、自分の描いたイラストでみんなを元気にしたいの。
 爽の夢は?」
「それなら俺は、君の描いたイラストを商品化して世の中に広めるよ」
「ええ? 嬉しいけど、それでいいの?
 他にやりたいことはないの?」
「これが俺のやりたいことだよ」
 爽はいつも秋華だけを真っすぐに見て、秋華の心は満たされた。
 この幸せな時がずっと続くのだと、秋華は信じていた。

 目を覚ました乃秋は、不安になった。この3か月、夢の中で秋華として爽と幸せな時間を過ごしてきた。
「さっき嫌な予感がしたわ。秋華と爽に何かあるの?」
 夢のなかのことであっても、この幸せが壊れてしまうのは嫌だった。
「だって、あまりにもリアルなんだもの」
 秋華の幸せな感覚は、とてもリアルだった。「どうか2人に何もありませんように」
 乃秋は、夢のなかのことなのに真剣に祈るのだった。

 

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