「別人」10月の短編ファンタジー
1
夫が別の人になっている。
まさかと思うけれど、この10日間で雅美はそう感じていた。
「おはよう」
まず朝から挨拶してくる。こんなことは27歳の新婚以来15年なかった。
いつもは起きてくるなりテーブルに座ってスマホをずっと見ている。私の顔など見ずにそのまま出された朝食を食べ、子どもたちと洗面台を争いあわただしく出て行く。
休みの日は疲れたと言って午前中は寝ている。子どもたちを連れてどこかに出かける時だけ父親らしくしているけれど、あとはスマホを見ていたりゲームをしたりサブスクの映画を動画で観ている。それが常だった。
「今日もかわいいね」
挨拶の次はこれだ。10日前に最初にこれを言われた時には、持っていた皿を落としそうになってしまった。
「いただきます」
いただきますだっていつも言っていなかった。
「毎朝、ありがとう」
子どもたちも父親の変化をすぐに感じとった。
「パパ、どうしたの?」
中学2年の長女が不思議そうに聞いた。
「ママにめちゃくちゃ優しいよね」
「僕にも優しいよ」と小5の長男。
確かに子どもたちにも優しくなった。
これまでは無関心か「もっといい点数を取らないとな」とテストを見て言っていたのが、雅美が長男の40点のテストを見せて、
「もう少しがんばるように言ってあげて」と言っても、
「おお、がんばったな。こんなにできてるじゃないか」とほめた。
長男はぱっと笑顔になって、
「ここ、がんばったんだ」
「でも、もう少しがんばってもらわないと」
雅美がそう言っても、
「なあに。もうじゅうぶんがんばってるさ」とかばった。
こんなことはこれまでなかった。子どもたちを叱ったり怒ったりすることが子育てだと思っているような人だった。
「うん、がんばってるよ。もっとがんばるよ」
長男はよほど嬉しかったのか、自分からそう言った。
父親が変わると子どもたちも変わる。2人とも父親と同じように朝からスマホを見ていたのが、今ではみんなでお互いの顔を見ている。
「今日は寒いけど、ママのお味噌汁のおかげであったまるな」
雅美も朝は長女と夫のお弁当作りできりきりしていたけれど、早めにお弁当を作って一緒に食べるようになった。
この生活は、雅美が望んでいた結婚生活だった。
これまでは家族という形はあったけれど、夫も子ども達も皆自分勝手にしていて雅美の言うことなど聞こうとしなかった。
それでも雅美はこの生活を維持するためにパートに出てお金も稼いだ。時どき、私は何のために生きているのだろうと感じてしまうこともあった。家族にとって、私はお金も稼いでくる便利な家政婦ではないかと。
「じゃあ行ってくるよ。雅美もパートがんばってね」
会社に出かける時に、夫は笑顔でこう言ってくれるようになった。
ママではなく名前で呼ばれるのも子どもができて以来だ。パートをねぎらってもらえるのも初めてのことだった。
「達樹さんもがんばってね。行ってらっしゃい」
雅美もつい笑顔になってしまう。
けれど、あまりにも変わりすぎだ。ここまで変わりすぎだと、ただ喜んでばかりもいられない。
浮気をすると、男は奥さんに罪悪感を感じて優しくなるとどこかに書いてあった。確かに夫は以前より身だしなみにも気をつかっている。
日曜日、夫がまだ寝ている間に雅美は夫のスマホを盗み見た。
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