「列の審判」9月の短編ファンタジー
1
「こんなはずじゃなかった」
身体にいろんな管が入った状態で、狭い病室でまわりが騒いでいるのは聞こえる。六十五歳でいよいよ臨終となった今、ぼうっとしていく意識のなかで秋穂は思った。
「こんなはずじゃなかった」
夫と娘夫婦はすぐ来てくれたが、感染症対策ということで数秒しか会えなかった。息子夫婦と弟はこちらに向かっているという。両親はすでに他界している。
一人で孤独に死んでいくわけではないのだから、幸福な最期だと言われるかもしれない。少なくとも、これが普通だと。ただ六十五歳はまだ若いから残念でしたね。きっとそんなふうに言われるのだろう。
けれど、秋穂はどうしても思ってしまう。私はこんな人生を歩みたかったんだろうか、と。
物心ついた時から、まわりが「これがいい」ということに従ってきた。幼稚園でも小学校でも、先生の言うことを聞いてきた。いい成績を取りなさいと言われてきたから勉強した。部活でも試合で勝ちましょうと言われてきたから練習した。
まあまあの成績を取り、バドミントンの試合もまあまあ勝った。まあまあの大学に入り、まあまあの会社に入り、まあまあの人と結婚した。夫は長男だったから、埼玉の義両親の家を二世帯住宅にして同居した。二世帯住宅にしたローンや子どもたちの教育費のためにパートも続けた。義両親のわがままも義姉のわがままも聞いてきた。つい半年前まで義父、義母の介護を一〇年間やってきた。その後は夫の世話、孫の世話・・・。
そうして私に与えられたのは何だったんだろう。「いい奥さんですね」「いいお母さんですね」「いいお嫁さんですね」「よく働くパートさんですね」「いいおばあちゃんですね」
体のいい言葉だ。それらの言葉と、「都合のいい人ですね」とどう違ったんだろう。「いい奴○ですね」とどう違ったんだろう。
「何を言っているの、奴○に自由なんてないじゃないの。あなたには自由があったでしょう」
そう言われるんだろうけれど、はたして本当に自由を感じたことがあったろうかと秋穂は思ってしまう。
子どもの頃から、家でも学校でも「こうしなさい」と言われてきた。秋穂の家や学校だけ厳しかったわけではないだろう。友だち同士だって、「ちゃんとやらないとだめだよ」と監視しあってきたのではなかったろうか。
ちょっと自由に愉しもうものなら、「みんなと違う」「おかしいよ」とクラスメートたちに言われ、「まわりにみっともない」と家で言われ、「規則に従いなさい」と学校で言われ、「休まれると困る」とパート先で言われ、「嫁として」と義両親に言われた。
反抗する勇気もなかった秋穂は、まわりに合わせてきた。両親に合わせてきた。学校に合わせてきた。会社に合わせてきた。社会に合わせてきた。義両親に合わせてきた。
だけれど、いざ死ぬ間際になると、なんと虚しい言葉なんだろう。
「いい奥さんですね」「いいお母さんですね」「いいお嫁さんですね」「よく働くパートさんですね」「いいおばあちゃんですね」
ただまわりに都合よく使われただけじゃないのか?
私自身はどこにいるんだろう。私自身として生きてきたと言えないじゃないか。
ああ、私、なんでこんな臨終のまぎわに気がついてるんだろう。もうどんなに後悔したって遅い。誰のせいでもない。自分の勇気のなさが原因だ。「みんな」に合わせてきたけれど、「みんな」なんてどこにいるんだ。死にゆく私に、少数の知人が「六十五歳はまだ若いから残念でしたね」と言うだけの「みんな」じゃないか。しかも、テレビを見てポテトチップを食べながら。一時間後には忘れてしまう。
私の人生は、そんなものだったんだ。
2
気がつくと、列に並んでいた。
広い平原で、目立つものは何もなく、ただ列だけがあった。霧のようなもやがかかり、20メートル先ははっきりとは見えない。
後ろに並んでいる人は、秋穂と同じ年くらいの女性だった。話しかけてみた。
「あの、すみません。この列って何の列ですか?」
女性が不安げに答えてくれた。
「私にもよくわからないんですが、ここは死後の世界みたいなんです」
「死後の世界?」
なるほど、私は死んだのだ。
「でも、どうして並んでいるんでしょう?」
「怖いことじゃないといいけれど」
二人で話していると、秋穂の3つ前に並んでいる女性が振り返った。七十歳過ぎくらい女性だ。
「前に並ぶ人たちの声が聞こえてきたんだけど、どうやら来世を決めるらしいよ」
「来世?」
続きは「フォロワー」「無意識からの言葉」プランでどうぞ。
「フォロワー」「無意識からの言葉」プランなどの入り方はこちらクリック
フォロワー以上限定無料
今すぐフォローをどうぞ! ①詩・エッセイ・雑感など。 ②上位プランの進歩状況などのお知らせ。
無料
【 1000円 】プラン以上限定 支援額:1,000円
このバックナンバーを購入すると、このプランの2022/09に投稿された限定特典を閲覧できます。 バックナンバーとは?
支援額:1,000円