「オルゴールが鳴る時」8月の短編ファンタジー
1
その少し古いオルゴールは、いつも突然鳴りだした。
誰もいないしんとした部屋で、パッヘルベルのカノンがゆっくりと鳴りだす。
古都がたいてい一人で泣いていたり、心がぺしゃんこになった時だ。
不思議と、怖い感じはまったくしなかった。
このオルゴールは、母の形見だった。母はとても綺麗な人だったけれど、ぴりぴりしたところのあるエキセントリックな人だった。
「古都ちゃんのお母さん、綺麗でいいなあ」
子どもの頃よくそう言われたものだけれど、古都には普通に見えるみんなのお母さんのほうがうらやましかった。そもそも、古都の母親はあまり家庭が似合わなかった。自分で好きなことをやるほうが合っていた。古都が小学5年、弟が小学3年になって母が始めた起業はうまくいき、その稼ぎは父親の給料を超えた。
母にぞっこんだった父はいつの頃からか卑屈になって、家で母にねちねちと嫌みを言うようになった。母は黙って聞いている人ではなかった。母と父のけんかが増えていき、古都が中学に入った時に離婚した。古都と弟は母に引き取られたけれど、母の関心は仕事にあった。
家事代行の人がたまに来て掃除や洗濯、食事の作り置きをしていってくれた。古都は中学一年、弟は小学5年生。小遣いも渡され困ることはなかったけれど、寂しくなかったと言えば嘘になる。朝は家族3人で食事をしたけれど、夜はたいてい弟と2人で食事をした。たまに会う父のほうが、古都と弟の話をよく聞いてくれた。
古都が母に反抗するほど母に何かをされたわけでもないけれど、反抗するほどの関わりもなかったといえばそうなのだ。
そんななか古都も弟もそこそこまっとうに育ち、大学を出て就職した。
母が亡くなった時、母はまだ58歳だった。古都は27歳、弟は25歳だった。58歳になっても母はまだまだ若くきれいで、仕事は順調すぎるほど順調だった。その仕事を古都が引き継いだ。
母がやっていた事業は、リアルな占いの館とネットでの占いだった。エキセントリックなところがある母は、占いの館でトップの占星術師でもあった。古都にはその位置を継ぐことは無理だった。母から占星術の教本や資料はたくさんもらっていたけれど、直接教えてもらったことはない。
占星術の力も危うい27歳の古都に、あからさまに逆らう古参の占星術師たちもいた。もともと占星術師はクセのある人も多かったけれど、母のカリスマ姓と実力で抑えていたところがあった。母のやっていた事業を引き継いでみれば、母はよく一人で占いの館でのトップ占星術師と占いの館とネット事業の経営を同時にこなしていたものだと思う。58歳での死は、その無理がたたったのかもしれない。
「これじゃあ、家事や育児なんてやれるわけないわ」
後から調べてみれば、早々に再婚した父は養育費を4年ほどで送らなくなっていた。古都と弟の私立四年大の費用はすべて母が出してくれていた。冷たいように思っていたけれど、古都と弟への責務を果たしていたのは母だったのだ。
「素人にあれこれ言われるなんてやってられないわ。ここ、辞めようかしら」
占いの館で月一度行われる会合で、母亡き後、館のトップ占星術師になった古参のラリル・百合華が古都に聞こえよがしに言った。
「あら、ラリル先生がそう言うなら、私も考えようかしら」
「ラリル先生、新しい館お作りにならないんですの? お作りになられたら、ついていきますわ」
ラリル・百合華にくっついている2人の占星術師が、これまた聞こえよがしに言う。
他の占星術師たちも突然カリスマだった母を失い、とまどっているのがわかる。
どうしよう。私じゃうまくまとめられない。古都は40代、50代の占星術師たちに囲まれながら、泣かないようにするのが精一杯だった。
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