【百合好き必見】『同志少女よ、敵を撃て』を読んで

 タイトルとカバーデザインから察せられるかと思いますが、本書はロシア兵を主人公とする戦争小説です。
 注目すべきはその刊行年月日。2021年11月25日。
 当時、我々の世界ではロシアがウクライナ周辺に大規模な部隊を集結させつつあることで、国際情勢は戦々恐々としておりました。
 そして翌2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まるのです。
 いささか不謹慎ではありますが、この世相を追い風とした話題作は、私の中でも刊行当初から注目の的となっていたのです。

 今さらになって読み終えました。
 戦記物を書く傍ら、参考のためと月村了衛の『土漠の花』(※1)などを読みながら、なぜ本書が本棚にずっと置いてあることをこれまで忘れていたのか。
 あ、ちなみに小泉悠の『ウクライナ戦争』(※2)は一足先に読みました。面白かったです。
 本書も読んだら読んだで『熱源』(※3)を思い出してゴールデンカムイ読みたくなりました。

※1. 紛争地ソマリアを舞台とする陸上自衛隊の活躍を描いた小説。第68回日本推理作家協会賞受賞。第12回本屋大賞5位。幻冬舎より刊行。
※2. 丸の内OLの異名で知られる軍事評論家が、開戦劈頭の推移と今後の見通しについて現代戦ならではの観点から解説。ちくま新書より刊行。
※3. 第162回直木賞受賞作。サハリンで生まれたアイヌの話。なぜか本作の読書メーターはゴールデンカムイの感想で溢れている。

 まさに今一番読むべき(もとい、もっと早く読むべき)作品だったので、その所感を忘れぬうちに書き留めておきたいと思います。

 まず、本作は第11回アガサ・クリスティ賞受賞作で、本書にはなんと巻末に選評が載っています! これは単行本買うしかありません。読み終えるまで選評あるの気づかなかったけど。

 そして次に、本作はガチ百合小説です。
 選評ではシスターフッドなどという言葉でこれを表現していますが、とんでもありません。ガチ百合です。これはプロによる犯行です。間違いありません。

 プロットの主軸となる部分と、主要登場人物らの行動原理のほとんどが、百合によって説明され、物語の大半が百合によって支えられ、本作は百合によって成立しています。
 何ならオチまで百合ENDにこだわる徹底ぶり。
 ガンスリンガーガールの百合バージョン。

 それでは続いて、要点ごとお話いたします。

■よかった点
①主人公の描写
 いわゆるアンチヒロインものかと思います。
 アンチヒロインにあちがちな結末になるのかとばかり思っていましたが、そこはいい意味で期待を裏切り、かつ納得のいく終わり方でした。
 これは相当、重要なポイントだったのではないかと思います。ややテーマ(主題)の存在感が強めだった感は否めませんが。

②主要登場人物の描写
 キャラクター性強めでした。みんないいキャラしてるんですよねぇ。戦う女の子好きにはたまりませんね。あと、主要キャラには全員にちゃんと信念がある。
 主人公含め、外見の描写は少なめでしたが、それはおそらく彼女らが軍人としての装いをする以上、必然的に見た目の見分けがつきづらくなるからかなと思いました。
 ちなみに私のお気に入りのキャラはみんなろくな結末を迎えませんでしたが、それがまたいい。

③細部の描写
 神はディティールに宿る、の言葉通りに、狙撃の技術や戦術に関する詳細な描写が物語に説得力を持たせています。
 ミリオタにはたまりませんね。
 軍事考証、時代考証のための取材には相当な労力が費やされたと推察されます。

④冒頭の描写
 戦火から離れた村で暮らす幸せな日々が一変、突如として故郷を焼かれて主人公ただ一人生き残る――このオープニング好きな人かなりいると思います。
 そして村で暮らしていた十四歳の娘がその母親とともに敵兵に凌○されて殺され、今度は自分がやられる番――というタイミングで、のちに主人公の師となる女兵士と出会う。
 最初っから最後まで作者の性癖オンパレードですが、マジでこれ好きな人にはたまらんと思います。

■その他の気づき
①戦闘局面におけるピンチ度
 史実を基にした歴史小説の体裁を取っていることと、狙撃小隊という現場レベルの組織を主役に置いていることから、致し方ない側面もあるかとは思いますが、戦略レベルでのピンチ度合いはやや物足りない印象を受けました。

②文体のシンプルさ
 主語の省略が多く、誰が喋っているのか分かりづらい台詞もありました。これは文章のリズムとテンポに直結するので難しいところですが。
 また、アクションシーンのスピード感や読みやすさを重視したのかもしれませんが、シンプルな表現が多く、地の文において印象的なフレーズというのはあまりない印象でした。
 これも同様の事情かと思われますが背景の描写も少なく、どちらかというと光景が目に浮かんでくる感じではありませんでした。

③モブの描写
 上記②に関連しますが、モブキャラはモブキャラとして描かれていました。
 名前が出て来ないということは、つまり……外見が描写されないということは、つまり……そんな感じ。
 モブにこだわる作家とそうでない作家は分かれますし、そもそもそれの是非も分かりませんので、これはなんとも言えませんが。

④神の視点
 各章、冒頭で引用されるエピグラフ的なものとは別に、いわゆる神の視点による戦況の説明があります。
 物語(というか歴史か?)の概観は分かりやすい半面、いささか戦後の後知恵で書かれた感が出てしまい、その時代を生きる人の視点から見た臨場感は薄れてしまっているように感じました。

⑤タイトル
 終盤でちゃんとタイトル回収あるのですが、選評でも述べられている通りシンプルすぎるかと。

⑥尺
 序盤から中盤にかけて、若干の中だるみを感じました。
 もうちょっと尺短くもできたかとは。
 選評でも指摘はありましたが、各章は比較的シンプルな構成なので、縮めるというよりはどっかを丸ごと削ってもよかったのかなと。

 以上です!

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