即興小説「深い深いなにかの底で見た景色は」
(一年ほど前に別の場所であげたものをコチラに移植)
即興小説「深い深いなにかの底で見た景色は」
ドロリとした感触が指先に絡まって、鈍い音をあげながら地面にボタリと落ちていった。落ちた瞬間に私の足に跳ね返ったそれは、見たことのない不思議な色。黒のような茶色のような、いやにまとわりついて腐敗臭を漂わせている。本当はそれが何か知っていた。今まで自分が捨ててきた善意や良心。それが綯い交ぜになって塊になって、ひどく長い年月がたつうちに得体のしれない何かになった。
「まだ、洗い流せば間に合うのだろうか」
ふと、自分でも驚くような思考が脳裏をよぎる。今までの人生で考えたことのない感傷が胸をついて、まだドロドロと足にまとわりつくそれを私は見つめる。
本来それは、とてもキレイなものだったのだろう。当時、私の目に見えていたモノクロの世界には決して映らなかった崇高な色をしていたのだろう。
「かわいそうに」
それに触れるとまた、ドロリとした濃密な感触が指先を伝って足元のヘドロへと落ちていく。そうしてまるで何かにとりつかれたように、泥をぬぐう指の先では私の心に住んでいたはずの竜が瞳に涙を浮かべて眠っていた。
「ごめんね」
迎えに来るのが遅くなってしまった。
まだ、間に合うだろうか
夢見た美しい世界への旅をもう一度、ここからはじめよう。