『Dark Dawn』 語られなかった追憶1
配布中のフリーゲームの過去話にあたる小説を掲載していきます。
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『Dark Dawn』 呪いの子 Act1
記憶に浮かぶのは、いつも、闇の中で声を殺してひとり泣く母の姿だった。
隔絶された森の奥の小さな家の中で、幼い自分は母とただ二人きりで暮らしていた。
白く透けるような肌に、陽光を受けて光り輝く金色の髪。澄んだ青空をそのまま映しとったような、淡い青色の瞳。その儚げな外見に似つかわしく、常に穏やかで物静かだった母。
自分の容貌と母の容姿が大きく異なっているということには、子供心に気づいていた。ひとめ見ただけでわかる。その違いは、はっきりと明確だった。
親と子供の姿は違っているのがごく当たり前のことで、そういうものなのだろうと思っていた。母と自分以外の人間を、ほとんど目にしたことがなかったからだ。
あの頃の自分は母以外の人間を知らず、また知ることを許されていなかった。
母は何も語らなかったし、それは、訊いてはならないことだったのだ。
夜更けに目が覚めると、隣に寝ていたはずの母の姿がなかった。
真っ暗な部屋の中に自分一人しかいないことに気づいても、心細い、とは感じなかった。家の中ならば、探せばすぐに母を見つけられると思ったからだ。
夜の風は冷たく、少し肌寒かった。妙に静かな夜だった。時折夜風が木々の枝を揺らす葉ずれの音が微かに窓の外から聞こえる他は、夜鳥の声も、虫の声も聞こえない。
灯りはなくとも、夜目はきく方だった。闇に怯えて泣くような子供でもなかった。部屋を出て、真っ暗な短い廊下をひたひたと歩いていくと、その先の静まり返った部屋の中に、微かに人の気配がした。暗がりの向こうで、誰かが声を殺して泣いている。
そこにいるのが誰であるのかは、確かめるまでもないことだった。この家には、自分と母しかいないのだから。
それにしても、どうしてこんなところで、一人で母は泣いているのだろう。
足音を忍ばせ、息を潜めて、そっと部屋の中を覗くと、仄かに揺らめくか細い灯りに照らされて、母の白い肌と金の髪がうっすらと淡く闇の奥に浮かび上がっているのが見えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
両手で覆ったその顔は見えない。押し殺した声で、いったい誰に母は謝っていたのだろうか。
「私が……あの子を……られなかったばかりに……」
その声は消え入りそうに小さく、部屋の外からは、はっきりとは聞き取れない。わずかに拾った母の言葉を繋ぎ合わせても、意味を理解するには、その時の自分はまだ幼過ぎた。
日の光のような母の容姿とは似ても似つかぬ漆黒の髪と黒い瞳。夜に潜めば微かな灯りに白く浮かび上がることなどなく、誰にも気づかれずにそのまま闇に溶けてしまう子供。
ただ、暗闇の中で一人静かにむせび泣く母を、じっと陰から見ていることしか出来なかった。
かつて、世界は二人の女神に見守られていたという。
透き通る白銀の月の女神、セレネ。
輝ける黄金の暁の女神、イオス。
昼と夜とを司る二人の女神の祝福の元、世界には光が満ちていた。
しかし、ある日、光は奪われた。あってはならない悲劇が起きた。
何が原因だったのかは誰にもわからない。いつの日にか、それは現れた。すべてを呪う大いなる災厄……魔神と呼ばれるもの。
激しい戦いの末に、魔神は神々に討ち滅ぼされた。けれど、姉であるセレネがいつ覚めるとも知れぬ眠りにつき、世界は月を失った。
もはや太陽の光も、世界の半ばまでしか届かない。闇に覆われた大地にはどこからともなく魔物が溢れ出し、人々を脅かすようになったと伝えられる。
俺は、まだその時、知らなかった。
世界にただひとつ残された光、暁。その夜明けの光で大地を照らす、女神の化身たる巫女姫の血統に連なる朝陽(あさひ)の一族。
太陽の光のように輝く黄金(きん)の髪、青空と同じ瞳を持つその一族に、闇に等しき黒い髪と黒い瞳を持つ子供が生まれるということが、どれほど不吉なことだったのかということを。