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老津ちお

老津ちお 2021年04月28日 18:58

こっくりさん

新米中学校教員の那智と他数名が、大橋に飲みに誘われた時のことだった。
大橋は竹を割ったような性格で、この職について長く、頼れる人だと那智は思っていた。
さっきだって、飲みの席を断った同僚を、
「この軟弱者!」なんて面白おかしくバッシングして、楽しくコミュニケーションを取っていた。
今の時代、すぐにパワハラだと主張する若者に、日々ストレスを募らせていそうな年代であるのだけれど、大橋は那智がそれまで出会ってきた人間とは違い、歳に比べて、頭の硬くない上司だった。
昔の体育教師のような豪快な先生なのだけれど、担当科目は意外にも数学である。
授業では釣りだとか、車だとかが好きな生徒にこの計算式が使えるだのと嘯いて、茶々を入れられたり、入れられたりしつつ楽しくやっているらしい。
那智は少し憧れていた。
そんな大橋の魅力に惹かれ、那智は酒の席に足を運ぶのだが、経験豊富で豪放磊落そうな大橋にも怖いものがあるという話しは面白かった。
那智のイメージでは、その言葉がすぐ結びつかなくて、一瞬、高所恐怖症なのかと思った。
いや、そっちではない怪談だ。
「ありゃあ、血生臭いこと言ったりしてズルイだろうよっ。顔が半分ないとかさぁ、四肢がもがれるだとかぁ」
なんだか、可愛らしいところもあるなんて、ますますこの人こそずるいと、和まされた。

*********

那智の勤める学校は始業のチャイムが鳴らない。
昔の名残りが伝統的に受け継がれているだけなのだけれど、そのせいか、教員が教室に入ると生徒は皆着席してしまう。
生徒の自己管理能力の育成を銘打って、チャイムが鳴らないはずなのに、代わりに教師の到着が始業の合図となっているのだ。
時間通りに来て、すぐに授業を始める教員の大半も悪いのだけれど、大橋の場合に限っては少しわちゃわちゃと生徒と戯れてから、始業らしい。
この間の酒の席で、その話しを聞いた時には、困ったものだと大橋は笑っていたけれど、それこそ教員と生徒の温かみのある、あるべき姿だと思っていた。
だから、その日、那智もそれを真似して、少し早く教室に入った。教団の近い前の扉からではなく、生徒に圧を与えてしまわないように、後ろの扉から。
いつもと違う那智の動きに、生徒は気がついて指摘されてしまうことが少しこそばゆかったが、那智は気になるものを生徒の机の上に見つけた。
「あ、せんせーも、一緒にやんない?」
それは鴨居の下に、零から九までのローマ数字、五十音が書かれた紙だった。那智の知る形とは少し違うけれど。
「うわー、懐かし。こっくりさんなんて今の子でもなかなかやらないでしょ?」
「デジタルネイティブの私たちでもやりますよ?このご時世にいつまでたっても学校はスマホ禁止だし」
「あなたがスマホゲームしてるの今朝見たばっかなんだけど」
女生徒は見間違いを主張する。と、その流れで、真偽はこっくりさんに聞こうと那智を誘導した。
那智も流行った世代ではないのだけれど、学生時代に何度か友人たちと遊んだことがあった。
「あー、この人数じゃ狭いからさ、芽李、抜けてもらっていい?」
「え、あ、……うん。わかった」
言うほど、窮屈とは思えなかったので、那智は大丈夫じゃないかと言って、結局総勢五人でやることになった。
結果、狭かった。
だから言ったじゃん!
そう言うもの、こっくりさんこっくりさん。呼び出しは始まった。
「先生の彼氏の名前は?」
「ちがうっ!」
当初の予定と違った。だがしかし、十円玉は動き出す。
最初は。
り。
次は。
よ。
その次は。
う。
りよう……
りょう……あと一文字で、りょうたの名前が完成するところだった。
那智は部活の顧問をしていたし、部活内で生徒とそんな話しをしたこともあった。
この歳の女子は色恋沙汰がやはり好きで、その話しが盛り上がっているタイミングで良太からメッセージが送られてきたことがあった。
上手く回避できたと思ったが、いやはや盗み見られていたようだ。
いくら歳が離れていようと、交際相手の名前で生徒にからかわれるのは、首筋を撫でられるようなくすぐったさがある。
力の限り硬貨を揺さぶった後、押し付けて、抵抗すると皆の指先は止まる。
期せずして、“りょうこ”という名前が完成したところで、那智は始業を言い訳に逃げた。

そんなこともあって、昼休みに、ふと大橋のの怪談嫌いを思い出す。
そういえば、大橋は世代的にこっくりさんの全盛期を経験しているはずだ。それは生徒の時にか、先生になった後なのかまでははっきりしないが、どのみち教員が生徒に、こっくりさん禁止令を出した時代を見ているはずだ。
今の感性で考えると、非科学的な杞憂であって、古い時代の一言に過ぎるなと、そんなことを考えて、そんなことを踏まえて、那智は聞いた。
以前、霊は信じない。いたら怖いから、と言っていたサッパリした先生だ。
禁止令行使に躍起になっていた(イメージである)他の教員を見て、大橋は何を思ったのだろうか、それを聞きたくて話題を振ったところ。
「あぁ、あったなぁ」と。
「人って、やっちゃだめになると俄然魅力を感じちゃったりするだろう?だから、あの時は、やめさせるの大変だったな」
なんて、予想になかった返答を返してくる。
「え?大橋先生は霊的なものは信じないって言ってませんでしたっけ?」
「ん、」
いや違うのだと。
「俺は、ほぼムキになって信じていないんだけど、だからさ余計怖かったのよ」
一拍おいて。
「霊力でもなんでもなくって動くなら、それって結局人のすることだろ?」
「んで、なのに皆んな力を込めてやっちゃいけないとか、途中でやめちゃダメとかルールがある。終いにゃ、友達の好きな人の好きな人とか占うんだぜ?」
「それが遊びの範疇で収まってんならいいけどさ。思春期ってたまにドロドロしてるじゃんか」
「——そこに、顔色伺いとか、腹の黒い人間関係と結びつくと思うと怖くってね」
確かに、那智だって彼氏の名前が公になるところだった。いや、もしかしたら、一部の女生徒の間では知れ渡ってるかもしれないけれど。あの場で、“りょうた”が完成していたら、一部ではなくなっただろうことは事実なのだ。
人によっては、その失点が気に病むこともあるだろう。
誰しもが……ましてや思春期の少年少女が、大橋のように相手の機微に合わせて、ユーモラスに不快な思いさせない調整を行えるわけではない。
喜び。
怒り。
悲しみ。
楽しみ。
青春はそんなハッキリした色彩だけでは語り尽くせない。時として、もっと複雑で、もっと複合的で、難解で、よくわからないもので構成されたりするものだ。
「仲間はずれとか」
続けた大橋の言葉にゾッとした。
大橋の持論である、教員と教師の違い。
員が師と呼ばれるまでの道のりの険しさを、那智は痛感する。
さっきの教室で、狭いから抜けてもらっていい?と言っていた裏には、はたして何か別の意味合いはあったのだろうか……

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