紅い薔薇
本記事はTwitterにて『キリサキ 乙女ゲ制』さまより頂いた
「歌」「赤い薔薇」「少女」「ダーク」のお題から作り上げた掌編小説です。
やや猟奇的な描写を含みますので、苦手な方はご注意を。
大丈夫な方のみ、以下のサムネより下にお進みください!
紅い薔薇
白。
窓ひとつない、部屋の最果てすら認識できないほどに、白い部屋。
その壁面らしき場所にはずらりと、おびただしい数の棺桶が並んでおり、
床面には不気味なほど白い薔薇が無数のつぼみをつけていた。
棺桶と薔薇。双方に囲まれるようにして部屋の中心に横たわるのは、一つの祭壇。
大型の寝具ほどの大きさのその祭壇には、一人の少女が捧げられている。
その髪は白く、その肌もまた、白い。
「ただいま、デア」
棺桶の隙間から、ガチャリと扉を開く音と共に青年が顔を出す。
青年はその長い金髪を揺らしながら、少女の眠る祭壇にひざまずいた。
「やっと、やっとだ。ようやく、君を取り戻せる日が来たよ」
青年は、するりと少女の頬を撫でる。
しかし、少女は生理的な反応すら見せない。その肌は、氷のように冷たかった。
ぽたりと肌に熱いしずくが落ちるが、その熱は氷を溶かすことなく流れ落ちる。
「君がいなくなって数年。本当に、辛かった。気が、狂いそうだった」
「……でも、それも今日までだ」
立ち上がり、手にしていた杖を大きく振るう。
ぶわり、と部屋中の薔薇が鳴き声をあげた。
「アルヒ、テレティ、スィスィア……」
歌うように、青年はひとつひとつ、呪文を紡いでゆく。
その言霊は部屋全体に反射し、ひとつひとつ、白い薔薇の中に染みわたってゆく。
「……アナヴィオスィ」
最後の呪文と共に、杖を地面に突き刺す。
その瞬間、部屋中の白い薔薇のつぼみが一斉に花開き、うめき声にも似た歌を、唄う。
棺桶たちもギシギシと軋むような悲鳴を上げ、その底から、じわりと紅い色がにじみ出る。
白い薔薇はそれを、我先に、我先にと吸い上げ、飲み込み、歓喜の声をあげた。
部屋の端、棺桶から染み出た『紅』は、白い薔薇を部屋の中心に向かって侵してゆく。
やがて、ゆっくりとその浸食は収まり、部屋全体が燃えるような深紅に染め上げられた。
部屋の中央、祭壇に眠る少女の白い髪を残して。
「ほら、見てくれデア。綺麗だろう……? 君が失ってしまった、命の色だよ」
青年が、少女の真っ白い髪をすくように撫でる。
「……最後の、仕上げだ」
ふっと自嘲するように口角を歪ませると、青年は自身の胸にずくりと手を突き立て、紅の根源を引きずり出した。
「ああ、愛するデア。僕の、愛しのデア」
ぶるぶると震える手を掲げ、突き刺した杖の頂点に、『それ』を捧げる。
「どうか、わらっておくれ」
どくり、と紅が脈打つ。
どろり、と紅が流れ落ちる。
紅い薔薇が、唄う。
その歌に促されるようにして、べたりと、少女の無垢な『白』の上に紅が落ち、犯し、侵してゆく。
「ん……」
少女の喉が鳴る。
少女の髪は、肌は、命の色を取り戻していた。
「ああ、スィスィ……!」
少女は祭壇を降り、床に倒れ伏している愛しい人を抱き上げる。
そのむくろはすでに温度を、そして、あらゆる色を失っていた。
「スィスィ……私の、スィスィ……」
少女はその白い体をかき抱き、言葉にならない声と共に熱い涙を流す。
「あなたの居ない世界で、生きていけというのね」
「自分と同じ苦しみを、私に味わえというのね」
「愛しくて、憎らしくて……非道い、ひと」
その白い肌に爪をたてても、一筋の色も流れ落ちはしない。
「わかったわ、私は……生きる」
「それがあなたの犯した罪に対する罰ならば、私は受け入れるわ」
少女は自身の髪をいとおしそうにひと撫ですると、立ち上がり、杖の先端にあるモノに食らいつく。
「あなたと共に。いつまでも、永遠に」