何をやるかじゃない。誰とやるかだよ
ゲーセン運営って難しいね。
ゲームのゲーセン運営たーのしー!!!
ってなわけで、本題だ。
練習する時間やお金を無駄にしたくないからと、
どのゲームがオススメか聞かれる。
それ自体はまあ、いいんだけれども、
どの格ゲーがオススメか聞かれるのはちょっと困る。
はっきりいって、どれをやっても同じだと思うからだ。
あなたが対戦することに楽しさを感じているならね。
ゲーセンの親玉がなにいってんだ?!
と思うかもしれないけれど、正直な感想だ。
どれをやっても大差ない。
少なくともオヤカタにとってはね。
わずかばかりの技の性能、キャラのデザイン、音楽の良し悪し、
それが白髪三千丈、つまり生き死にに関わるほど大切で、
大事のようにいうのは「こだわり」が強すぎると思うのだ。
オヤカタがおおらかすぎるのかもしれないけれど、
このゲームじゃないと嫌だ、ほかのゲームは嫌いだ、
そんなのはやらないし、やってる奴も認めない。
こんな狭い狭い了見でゲームをやっている人は、
自分が大好きなゲームで勝てなくなったりしたとき、
運命で定まっていたかのように
「壊れる」んだ。
ゲームをやめるだけならまだいい。
人間的に壊れちゃう。職場でも問題行動を起こすとか、
SNSで暴れ出すとか、多くはないけれど、たまに目にする。
それくらいならまだマシかもしれん。
そんなわけで、こだわりが強い人のためにも
おいそれとゲームを紹介しづらいってのはある。
絶対に受け入れられないものがある人、地雷の多い人には
ハッキリいって対戦ゲームはオススメしない。
人格に影響が出るからね。
あとは、あなたにとって
なんのための「対戦」ゲームなのかってことなんだ。
ここが重要だ。
対戦する仲間との交流に意味を感じることが一番長続きするし、
上手くなる。
そこに価値を見出さない人の多くが勝利至上主義というか、
効率重視な印象を受けるね。
勝つために対戦するって人はいつの時代も多いけどさ、
それって相手がいなくなったら終わりなわけだよ。
そして、勝ちを至上命題にしているのであれば、
そういう人ばかりが集まってきたとして
勝ち続けられるのは優勝する1人だけなんだから
最後は誰もいなくなるわけよ。
それでいいのかと思う。
だから、勝利に軸足を置いている人が語る、
「ゲームを楽しみたい」とか「流行らせたい」は聞き流してる。
オヤカタと長く付き合っている人はわかるだろう。
オヤカタは明確に態度に出すからね。
ウソつけないから。
いや、つかないようにしたいから「出して」いる。
見ていて気分のいいものではないとは思うけどさ。
流行らないし、ほぼ全員が楽しめないのが
勝利至上主義だ。そして、本人が勝てなくなれば
当然にやめてしまうので、グループの中心がいなくなる。
まあ、グループができるかどうかも……なんだけどね。
全員が不幸になる仕組みを応援する気には
ちょっとなれなくってね。
勝っても許される人
でもさ、どんなに勝っても許される人もいるよね。
勝利至上主義的な思考なのに、人が集まってくる人もいる。
これはまあ、結局のところ人間性でさ。
性格や風体、育ってきた環境などいろんな要素が
絡むことだけれども、往々にして
・交流を拒む人
・対戦相手のことを気にかけられない人
は対戦相手がいなくなる。
本人は自分が上手いからだと思ってるだろうけど、違うよ。
見限られているだけだ。
人の心根を伺える連中が離れているだけだ。
対戦ゲームである以上、相手が必要なんだよ。
その相手のことを考えてあげられないってのは致命的だ。
とはいえ、そういうことが先天的、後天的問わず
得意、不得意ってのはあるだろう。
相手の精神の機微が感じ取れないってのは責められない。
才能に起因する部分もあるだろうから。
だけど、不得意な人のところには残念ながら人は集まらない。
それも事実だ。
残酷極まりないんだけど、
声がよくないと声優になれないとか、
運動神経がよくないとプロ野球選手になれないとか、
頭がよくないと研究者になれない……
みたいな能力によるものだから、持ってなければ埋まらない。
でもさ、勝利至上主義なら別にどうでもいいことだよな。
自分が勝てればそれでいいんだから。
周囲に誰もいなくなってもいいじゃないか。
もっとも、オヤカタはそういう考えをもつのは自由だと思う
だけどもオヤカタの目の届く範囲ではそういうのは
ノーサンキューなので、自分で専用のコミュニティを
つくってくれとも思うけどね。
勝ちを目指さないでなにがゲームか?!
そもそも勝利至上主義じゃなければ上手くなれないのかといえば、
そんなことはない。
ヌルい環境になるのは各人がヌルい考えだからであって、
和気あいあいとやっていても、いや、いるからこそ、
様々な戦略などを隠さず開陳して、研究が進むこともある。
真剣な人が多ければ楽しむことが主眼でも全然問題ない。
そういった場面をオヤカタはいくらでも見てきている。
むしろ勝利至上主義でギスギスしているグループのほうが
互いにネタや相手のプレイの隙を隠し、指摘せず、
強いキャラや相性だけで勝とうとして一人、また一人と
欠けていく印象があるね。
自分だけ勉強する、相手には教えない。
これってたぶん、2~3回は勝てるけど、その先。
対戦相手がいなくなってオシマイだと思うぜ。経験上ね。
勝利至上主義だろうがなんだろうが
何を遊ぶかじゃないんだ。誰と遊ぶかだよ。
気のあう仲間と遊ぶこと。それしかない。
あわせられないならひとりで遊ぶしかない。
他人は変えられない。変われるのは自分だ。
つってもね、相手にあわせて変わっても
損しかしないこともあるというのが事実でさ。
だったら自分をしっかり持つしかない。
オヤカタはどんなゲームでも結構。
その人と遊ぶのが楽しければなんでもウェルカム。
グラフィックがどうの、永久がどうの、
バランスがどうの……なんて細かいことは気にしない。
本当に細かいことだと思う。すぐに4ぬならなんでもいい。
なにより、つまらないヤツとゲームするくらいなら寝る。
何をするかなんて些細な問題だ。
PONGでも光線銃でもヨーヨーでも
ルービックキューブでもいい。
おやおや、ゲームである必要すらなくなっちまった。
100、200、1000連敗しようが、
おもしろい人とおもしろいことがしたいね。
さて、キミはどっちがいいかな?
それでも勝利至上主義の道を行くならそうするべきだし、
人と楽しむことを重視したいならそうするべきだ。
最後に思い出話をして終わろう。
かつてのオヤカタ少年はザンギで勝っていくうちに
誰もやってくれなくなったスト2を眺めていてた。
本当に辛かった。だから本田にキャラを変えた。
戦うのはザンギよりずっと大変だった。
ガイルやダルシムにボコボコにされた。
それでもたのしかった。
みんなが相手をしてくれるから。
スト2がターボになって本田が強くなった。
またみんなが相手をしてくれなくなった。
自分のせいじゃないのに……
そしてオヤカタのスト2は一旦幕を閉じたんだ。
いや、格ゲーの幕をおろしたといっていい。
あんな思いはしたくない。
オヤカタにとって勝つことは勝負結果であって、
ゴールでもなんでもない。
仮に100連勝したって微塵も楽しくない経験もしているし、
心底、勝つことに興味がないんだなと思う。
いま、カードゲームをやっているけど、
勝ったら申し訳なく感じて、もう嫌になってきている。
一番楽しいのはデッキを構築する瞬間で、
プレイはしたくないんだ。
考えたり、はなしたり、悩んだりするのが好きなだけ。
対戦ゲームは手段でしかない。
世の中にはそんな人間もいるってことを、
勝利が大切に感じている人たちに知ってもらいたい。
オヤカタは勝利至上主義から一抜けした。
あんな袋小路はまっぴらだ。
1人のしあわせのために残り全員がつまらない思いをするのはね、
功利主義のオヤカタの主義に反する。
そんなわけで、棲み分けも大切かもな、と思った次第だ。
冒頭の練習時間やお金の無駄遣いが嫌だからって考えからするに、
おそらく勝利至上主義な気がすっからね。
こういう質問たくさんきてるけど答えられないでいるんだ。
軽々に遊びなんだから勝利至上主義なんて考え捨てろとはいえんしさ。
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